勇者の隣の式神さん~(異)世界を救うのはネコミミです!~   作:白千ロク(玄川ロク)

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#009

 朝露が滴る早朝。朝日が顔を出す時間にオレは犬井と対峙していた。ジャージ姿で。準備運動後に。

 

 さすがに巫女服――犬井はいつもラフな格好なのに、なんでオレの方は巫女服がルームウェアになっているのか謎である――では走りにくいので、ジャージだ。髪型は巫女さんもどきのままだけども。渋々といった感じであったが、用意してくれたのは犬井に他ならない。そこは感謝してやるよ、素直に。

 

 体力作りのための走り込みは、異世界に来てからの日課となっている。初めこそ無理矢理付き合わされていたが、いまとなってはいい運動になっていた。ジョギングよりベッドの上でのあれやこれやが多いけど、それはそれだ。犬井とオレとでは走る距離が違うけれど、ハンデとしては十分だろう。ゴールでは狐ちゃんが待っており、狐ちゃんに触れたら終わりである。

 

「今日こそは絶対負かしてやるからな!」

「解った解った」

 

 肩を竦める犬井はスタート位置に立つ使用人――メイドさんに片手を上げて合図をした。メイドさんが手を打つとスタートである。早朝から付き合ってくれるなんて物好きだよなと思いつつも、どうせ犬井といたいがためだろうからこれでいいんだろう。

 

 手を打つ高い音にネコミミがぴくりと動くと同時に走りだした――のはいいが、犬井はもう背中しか見えないんですがね。速すぎだろ! なんかの記録でも狙っているのか、お前は!

 

「犬井のアホンダラー!」

 

 毎回毎回、風のように走る姿を見せつけられてばかりで、心が折れそうになる身にもなれってんだ。走る足は止めないけどな。

 

 もう少し、あと少し。跳ねる狐ちゃんの真後ろの塀に凭れている犬井から視線を外して距離を縮めていく。いちいち戻ってこなくていいんだぞ。

 

「きゅー!」

「くそー……、また、負けた……」

 

 頑張れと応援してくれた狐ちゃんたちを抱きしめたらば、犬井がオレを抱き上げた。こっちはまだ息を整えているんだから、邪魔をするでない。

 

「なんのつもりだ……」

「エスコート」

「……どこに、なんて、聞くだけ無駄、ですかね……」

「そうだな」

 

 にっこりと笑った犬井は、早朝訓練をしている広場まで足を進めた。第二の体力作りの場である。こっちでは体力を作るというよりかは、剣術と魔法に慣れるためというのが大きかった。近衛の訓練に混じってというやり方なので、近衛の人たちからは疎まれているかもしれないが、悪口なら犬井に聞かせてやってほしい。それもこれも犬井が望んだことなのだから。

 

 肩慣らしと称した犬井対その他大勢の対決を見ている間に万全になったオレは、犬井に向かってもう一度宣言をする。「今度こそ負かしてやるからな!」と、声高らかに。ちなみに、オレは犬井としか戦わないし、オレと戦う場合では魔法の使用は禁止となっている。いまも勝てないというのに、魔法まで加わったら戦わずして白旗を上げるしかないだろう。

 

 二度目も「はいはい」と余裕綽々に肩を竦めていた犬井だが、今日こそその余裕をなくしてやる!

 

 木剣(ぼっけん)を手にほくそ笑んだオレは、犬井に向かって走り出した。考え抜いた秘策を繰り出すために。

 

 木剣を構える犬井の下半身はがら空き。秘策というのは即ち――下半身を狙い打ちにすることなのだった。想像を絶する痛みだが、勝つためには手段なぞ選んでいられない。許せ、犬井。オレは痛くも痒くもないしな。いや、やっぱり前屈みにはなるでしょうね。

 

「オレの勝ちだー! あっ!? わっ!?」

 

 木剣を放り投げてそちらに視線を誘導しつつ懐に入り込み、蹴りを繰り出そうとしたのだが、膝裏あたりをがしりと掴まれてしまった。そのまま犬井が覆い被さってくる形で地面に尻餅をつき、敗北が確定する。判定役の人も犬井の方の手――左手を上げていた。

 

「俺を殺す気か」

「……殺しても死なないだろ」

 

 ふんと顔を逸らせば犬井の手が元の位置に戻し、親指とその他の指が頬を挟む。ぶーたれた顔のままだが唇が重ねられ、そして囁かれる。

 

「使えるかどうか確認しないとなあ」

 

 なに言ってんだと思う間もなく担ぎ上げられ、「後片づけお願いできますか?」と判定役の人に目を向ける。頷いた男から視線を外した犬井は「行くぞ」と歩き出した。「離せ!」と暴れてみても、あれよあれよという間にベッドの上だ。犬井は背中から抱きすくめるように覆い被さり、耳を舐めては「ユウ」と囁いてくる。いつにも増して甘い声に躯の力が抜けそうになるが、どうにか掌に爪を食い込ませて踏ん張っていた。

 

「確認の必要なんてないよな!?」

「なにも聞こえない」

 

 しれっと答える犬井は、這い出ようと暴れるオレの襟首を掴んで「《管狐》」と狐ちゃんに命令をくだす。青くなるオレのことなどお構いなしに。

 

「《悠希の手首を固定》」

 

 「きゅ!」「きゅ!」と狐ちゃんたちが手首に巻きついた瞬間、オレの抵抗は終わりを告げた。あっさりと。

 

 

    □

 

 

 「お、お願っ……も、許ひてっ、許ひてくだしゃいぃ……」と懇願して、ようやく昼すぎにベタベタでドロドロな躯を洗い流された。無茶苦茶な責めに何度も意識が飛びかけ、その度に治癒魔法を使われて快楽の渦に呼び戻されるという鬼畜仕様に声も涙も枯れた気がする。ヘロヘロなままベッドに運ばれてからは、掛け布団のなかで丸まっていた。「色狂いなんか知らん!」と声を上げてから。

 

「ユウが悪いんだろ。自業自得だからな」

「股間を狙わないと勝てそうにないのが悪いんだっ」

 

 何度も躯を揺すられてしまい、「うるせええええ!」と掛け布団を剥いでしまったのは犬井の企んだどおりだろうか。しかし、こうでもしないとずっと邪魔されてばかりだ。そのまま唇を尖らせれば、狐ちゃんが頬に擦り寄ってくる。

 

「言っとくけどな、俺はいつだって負けてるんだぞ」

 

 そんなはずはなかろう。負けているのはオレの方なのに。「いつ負けた?」と訝しげに問えば、「いまもだな」と膝にかかる掛け布団ごと抱き寄せられてしまう。

 

「答えになってないし」

「答えなら解るだろ? ――なあ、悠希」

「知るかー! ネコミミを食むんじゃないぃ!」

 

 この感じは唇で軽く食んでいるだけだろうけど、それも弱いからやめろや! 特にいまは、まだ躯の火照りが消えてないんだからなっ。

 

 「離せ!」と胸板を押せば、「愛してる」とネコミミに囁いてくる。だが、なにもオレだけに言っているわけではないだろう。とても甘い響きを持つ魔法のようなその五文字は、女の子がとても喜ぶ言葉だし。魔王様にも部下さんにもメイドさんにも――ハーレムメンバー全員に言っているに違いない。別に、犬井が誰にどんな言葉を囁こうが勝手だけどさ。

 

「おい、なに笑ってんだよ?」

「いや、しっぽの方はわりと素直だなと思って」

「はあっ!? 立ってねえよ! そんなわけないだろ!」

 

 ネコミミからしっぽと流れるように触れた犬井は、頬を緩ませていた。優しい顔というのか、甘い顔というのか――もうどっちでもいいけど――心臓に悪いとしか言いようがない。

 

 「そんなわけない、か……」と含み笑いでしっぽを撫でているが、違うってば! オレは立たせてない! ほら、ちょっと先っぽが曲がってるだろ!? だから垂直じゃないんだよ!

 

「腹減った、から、なんか食わせろ!」

 

 犬井が誰とどんなことをしようとも、どんな甘い言葉を囁こうとも関係ない。オレの平穏が保たれればそれでいいんだ!

 

 腕を払おうと身じろいでも、犬井はにやにや笑うだけでしっぽに触れたままだった。腹が鳴り出したのをこれ幸いにと、「さっさと行け! オレの空腹が限界なんだよっ!」と強く胸板を押せば、ようやくその手が離れていく。柔らかな刺激にさえも息が上がったオレの唇を塞いだあとに起き上がり、「なにが食いたいんだ?」と袖を捲る。現れた腕は一見細く見えても、やはりきちんと筋肉がついていた。しなやかという言葉が一番しっくりくる。

 

 ――いいよな、犬井は。鍛えたらちゃんと筋肉になるし。オレの方はなかなかついてくれないというのに。いくら羨望の眼差しを向けても、現状、叶うはずもないんだよな。消し去るように嘆息を吐き出せば、犬井は「どうした?」と戸惑いがちに腕を伸ばした。

 

 頬に触れた手を叩き落としつつ「なんでもない」と短く答え、「なんでもいいから早く行け」と追い払うように手を動かす。納得していない顔をしていたが、「解った、待ってろ」とベッドから下りていった。小さくなるその背中も広くていいなーと思ってしまうあたりがダメなんだよな……。比べてしまうからダメなところばかりが目立つんだ。比べるのはやめよう。そうして犬井本人が部屋からいなくなれば、「狐ちゃん!」とがしりと狐ちゃんを抱きしめ、切々と語り始めた。

 

「オレは別に犬井がなにをしててもいいんだ。誰となにをしようが、犬井が決めることだしな。愛の言葉を囁かれてもオレは別に嬉しくないし、嬉しくないったら嬉しくないんだ!」

 

 キスだって嬉しくない。激しく求められても嬉しくない。だから、ネコミミもしっぽも立たないんだ。『愛してる』なんて言っておいて、オレの気持ちを丸無視してくるんだから! 『愛してる』は免罪符じゃないし、優しさの欠片もない鬼畜なんか嫌いだ。うん、よし、結論が出たな。

 

 ぺろぺろ唇を舐めてくる狐ちゃんをそのままに、掛け布団を手繰り寄せる。

 

 嬉しくない。喜ばない。――そんなのは当たり前だ。いくら犬井が両性を愛せても、オレは違うんだから。彼女を作ることは諦めてない。

 

 そう言い聞かせているのに、裏腹に喜びを表してしまうのだからどうしようもない。犬井の言葉に、触れる指に、嬉しそうなその顔に、ネコミミもしっぽもピンと立ってしまう。

 

「犬井は解ってんだよなあ……」

 

 いくら言葉で誤魔化しても、肝心のネコミミとしっぽでバレてしまうんだから厄介だ。喜怒哀楽を感じたら最後だもんな。こうなったら、ポーカーフェイスとポーカーネコミミ、そしてポーカーしっぽを学ばないとな。

 

 そう決意を新たにして、犬井を待つことにする。きゅるきゅる鳴る腹を押さえながら。いつの間にやら舐めるのをやめて胸元で丸まっていた狐ちゃんの背中を撫でれば、ドアが開いた。「遅くなった」と。瞬間、漂う香ばしい匂いに勢いよく躯を起こす。

 

「この匂いはホットサンドかっ」

 

 よしよし、遅めのランチタイムを堪能するとしよう。

 

 ワゴンを押す犬井に駆け寄れば、「犬みたいだな」とくすりと笑う。うるせえ、犬はお前の方だろ!

 

 ふんと顔を逸らしたあと、部屋の角に配置されたテーブルへと配膳の手伝いを終えれば、「いただきます」と高級感溢れる平皿に乗せられたホットサンドを頬張った。ホットサンドといえば、とろけたチーズだろう。ハムやレタス、外側はカリカリだがなかはもっちりとしたパンにうまく絡むのはチーズならではだ。ケチャップも捨てがたいが、オレはチーズを取るわ。

 

「熱いけど、やっぱりうまいよな」

「満足したならよかった」

 

 微笑む犬井に顔が熱くなり、俯き加減になるのはしかたがないことなのだ。あんな顔で見られながらは食いにくいんだから。まあそれでも、ぺろりと平らげるくらいには慣れているはずなんだけど。いまはなんというか、ネコミミやしっぽの指摘をされたからか、なんか恥ずかしい。犬井の顔から察するに、また立ってたんだよな……。

 

「おかわりはいいのか?」

「大丈夫、ごちそうさま」

 

 落ち着くためにお手拭きで手を拭いて、小さくわけられたホットサンドを啄む狐ちゃんを眺める。ああああー、かわいいー。

 

 少しして狐ちゃんから犬井に視線を移せば、目を逸らされてしまった。なんだろうか。地味に傷つくわ、これ。

 

「片づけるか……」

「手伝う」

 

 空になった食器とコップをワゴンに戻し、布巾でテーブルを拭けば完了。なんでもかんでも犬井任せであるが、オレだってやればできるのだ。

 

 部屋を出る直前、ワゴンを片手にした犬井に「助かった」と頭を撫でられた瞬間、戻ったしっぽが立ったのが解った。それはそれは勢いよくね。

 

「うわ、わわわっ!?」

「そうかそうか、そんなに嬉しいんだな。よしよし」

「嬉しくないわい!」

 

 違うって言ってんだろうが! 頭を撫でるな!! その微笑みを消しやがれ!

 

 背中を殴ったものの、物理的にも精神的にも無傷であろう。

 

 だってオレは、力を込めてはいないんだからな。

 

 

 

 

 

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