虹色のアジ   作:小林流

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第1話

 

 目覚めると目の前で海藻が揺れていた。

 エラ呼吸に慣れて何年も経つが、揺れる海藻の不気味さにはなれないと阿字平鱗(あじひらうろこ)は思った。海中に潜む彼は揺れる海藻が、人間の髪の毛のように見えるので嫌いだった。

 

 阿字平、皆からはアジと呼ばれていた少年は、もう何年も人の目を避けて生きていた。理由はその姿、今のアジの体は人間とは似ても似つかないものだった。

 

 

 龍のような頭部、アザラシのような体、背中にはサメのような背びれがいくつも並び、体の至る所からはタコの触手のようなモノが伸び蠢いている。

 全長は100mを超えていた。まさしく怪物だ。

 

 

 

 そんな怪物アジの巨体の後ろに小さな影が動く。せわしなく泳ぎまわる小魚だ。瞬間、小魚のその体がブレる。蠢く触手が一瞬にして小魚を捕まえたのだ。触手はその至るところに口のようなものを作ると、小魚をボリボリと咀嚼した。海中に血と食いちぎれた肉片が漂った。

 

 

 触手がもとの位置に戻り海中の流れに任せて蠢めくと、先ほど喰らった小魚のヒレや顔が一瞬、アジの巨体の表面に現れ、徐々に体に取り込まれた。

 これが彼の能力だった。

 喰らったものを無尽蔵に吸収する力だ。

 巨体もいくつもの海洋生物を取り込んできた結果だ。彼は元人間にして、大洋を支配する怪物になった。いや、なってしまったのである。

 

 

 龍のような顔、その鋭い牙の隙間からボコボコと空気が漏れる。泡は流れに揺られて海面へと向かっていった。アジはそれを見ながら普段と同じように心中で口癖を漏らした。

 

 おなかすいタナ

 

 

 アジは口を大きく開けてあくびをする。

 先ほどよりも大きな泡がいくつも飛び出していった。

 

 

 アジは最初から怪物になろうとしたわけでも、そういった能力を持っていたわけでもなかった。元々アジは変哲のない人間だった。とある不幸な事件によって、今の姿に変貌してしまったのである。

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 アジが生まれたところは至って普通の町だったが、彼の家族、家族が属する集団が異様だった。

 

 まず服装のセンスが独特だった。体の二回りも大きなTシャツ、靴紐が長すぎる靴、ダメージジーンズの上からあえてガムテープを貼り付けるなどの多様で奇抜なファッション。それらを堂々と着ていた。個人的なオシャレという割には気安さがなく、物々しい雰囲気があった。

 

 

 さらに週に何度もある会合では、小難しい模様を書いたり、現代社会ではお目にかかれない様々な武器の手入れをしたりしていた。

 終いには、その武器の先から炎を吐き出させたり、武器を振って水を蛇のように操ることもしていた。

 

 

 本来ならばあり得ないことが数多く起きている環境だった。アジが物心ついたころ、両親は何でもないように「私たちは魔術師だ」と彼に説明した。

 

 

 魔術、人が様々な方法・理論、信仰や聖書、伝説をもとにして異世界の法則を用いて神秘を発生させる手段。それが魔術だそうだ。要するに色々なことができるトンデモ技術である。

 

 少年アジはその説明を聞いて、ひっくり返るほど驚き、そして体が震えるほど喜んだ。彼は魔術なんてものが実在し、自分も使えるようになるかもしれないという現実が、嬉しくて仕方がなかった。夢のようだとすら思った。

 

 

 それもそのはずで、彼はいわゆる前世の記憶をもっていた。魔術などというものが眉唾で、平々凡々ながら刺激のない生活をしてきた前世の記憶をもっていたのである。

 

 

 だから魔術の存在が大いにアジを興奮させた。これまでにない刺激はアジを魔術にのめり込ませるのに充分だった。アジは両親や仲間の魔術師から様々な秘術、魔術を学んでいった。彼らは自分たちを天草式十字凄教だと言った。人目を忍び、弱きを救う魔術集団、それが彼らだった。

 

 

 

 アジは幼少の頃から、両親が舌を巻くほどの勤勉性をもって魔術の勉強に取り組んだ。同年代が遊んでいるときや親に甘えているときもひた向きに、魔術の鍛錬を行った。そして、アジの理解力は同年代に比べると群を抜いていた。一つのことを教えると、それを理解したうえで六つは質問を返した。それに両親は、自らの息子を天才だと抱きしめ頬にキスをした。

 

 

もっともアジは前世の記憶をもっているために、その辺の子供などより知識も理解力もあるのは当然だったのだが。

 しかし、それを両親に言えるほどアジは両親を信用しきれていなかったし、何より喜ぶ親を困惑させるのは申し訳ないと思い、言うことができなかったのである。

 

 

 両親は天草式の中でも優秀な部類であり、特に天草式の神髄である偶像崇拝を用いた魔術霊装制作能力が高かった。そのためにアジもそれにならって、魔術霊装を作ることに力を入れた。

 両親の説明をかみ砕いて、アジはカンタンに偶像崇拝の魔術を理解した。要するに伝説や伝承に出てくる武器やアイテムを真似て創ると、それっぽい力と能力が込められるのである。

 

 

 そしてアジは、幼い身でありながら様々な霊装を作り上げていった。日本古来から存在する天狗の扇を模した扇子を作成すると、凄まじい風を生み出せる武器を作ることができた。妖猫の毛を使って作った猫耳は、つけるだけで足音を消し数倍の運動能力を得る霊装になった。

 

 

 アジにしてみれば前世の漫画やゲームの知識やらをぶち込んで作ってみただけだったが、効力はアジが驚くほど素晴らしいものになった。

 

 そんなだから、アジは天草式の中でも一目置かれることになった。

 いつしか彼は「虹色のアジ」という二つ名を貰うまでになっていった。

 彼は生まれつき瞳が魔術の発動により様々な色に輝いた。それが二つ名の由来になった。

 

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