虹色のアジ   作:小林流

10 / 50
第10話

(おなかすいタナ)

アジは泡を吐き出しながら呟いた。場所はおそらく太平洋のどこかだが、アジも把握しきれていない。それも仕方がないといえた。あの日、数年以上前に南極に飛ばされてからアジは地球の海を彷徨いながら空腹に耐える日々を過ごした。南極という過酷な環境は、アジがせっかくため込んだ魔力をかなり消費しなければ活動できなかった。なんとか北へ向かい、事なきを得た頃にはすぐに強烈な空腹感が彼を襲っていた。ほとんど無意識に捕食を繰り返し、小康状態に落ちついたと思えば、また強烈な空腹感が襲ってきての繰り返しだった。

 

 

 深海に入り、図鑑では見たことがない巨大生物を喰らうことで今はなんとか落ち着きを取り戻したというところだった。龍の頭にずんぐりとした体で海中を漂う、この状況をそろそろ脱却したいとアジは考えた。無論、天草式と連絡を取りたいとも常に考えている。アジは前のような攻撃的な再会はもう御免だと思った。友好的に接触し、協力し合えばこの術式を解除できるはずだ。特に神裂に会いたいとアジは思う、あの聖人の魔力を使えば大きな術式も展開できる。そうすれば様々な手段とアプローチで、魔術の解除に迫れるはずだ。

 

 

(でもそのためには陸地に行かないトナ)

アジはそこに頭を悩ませていた。あの南極転移のあった日から、実は何度か上陸を果たしたアジだったが、どうにも巨体は目立ちすぎるし捕食を優先しがちになる。魔術結社からの攻撃も苛烈になっているところを見るに、やはり指名手配されているだろう。最悪だ、とアジは白目をむく。

 

 

 本来ならそうした捕食活動ではなく、探索を目的にした上陸をしたい。だが、この巨体のままではとてもできそうにない。完全なる手詰まりだったが、なんと最近、光明が見られたのだ。この状態を打破する希望がチラついたのだ。

 

 

 それはあの南極に飛ばされた日に、仲間たちが切り裂いてくれた触腕だった。あの触腕は、体が南極に飛ばされた時、あの海近くで切断され置き去りになっていた。あの触腕は、なんとあのまま朽ちることなく、海へ移動し、本体であるアジを求めて移動していたのだ。そして最近になって、アジ本体とその触腕たちは感動の?再会を果たしたのである。

 

 

 触腕はサメやイルカなどに体を変異させ移動していたようで、移動中は普通に食事をしていた。さらにその触腕の中には人からエサをもらったり、一緒に写メをとったりしたようだった。なぜ、こんなことをアジは知ることができたのか、それは元触腕達と合体し、一体化した時に、彼らの経験が流れ込んできたからである。

 

 

 これにアジは驚愕した。現在のアジの異体は、体を分裂させればある程度自立し、そしてそこで見聞きしたものを共有できるのである。言うならば使い魔を使っての偵察などが、自分の体だけでできることを示していた。

 

 

(どんどん人間じゃなくなルナ)

 流石のアジもしばし落ち込んだが、そこは魔術大好き男子にして好奇心の塊である。すぐに自分の体に備わった新たな能力を試し、そしてその成果にニンマリと笑う時間を数日過ごすと、彼の憂いはすぐに霧散した。そして、その過程で件の希望を見つけたのである。上陸しても騒ぎにならず、なおかつそこまで空腹に襲われない希望を。

 

 

(ヨシ、これができタラ、すごイゾ)

 アジは満を持して、自身の能力を使いこなそうと体を変異させた。背から伸びるのは一本の触腕。そしてそれはアジの鼻先まで伸びると停止し、途中から細くなり、ブチンと切れる。切られた触腕は塊になると、アジの目の前で蠢き、形を整えていく。

 

 

 細い手足に目鼻、そして腰から伸びる2mほどの尾。それは、人型をしていた。尻尾は余計だったが、しかしそれでも人間に見えた。そしてパチパチと目を開き、手足と尾を動かす。異体アジは喜びの声をあげ、巨体は咆哮に変換する。さらに、その人型もアジの咆哮で生み出された音撃に吹き飛ばされつつバタバタと手足を暴れさせて喜んでいる。

 

 

((成功ダッ!!!やッター!!!))

 怪物と人間が海中で言った。

 アジはなんと、自分の体を分裂させ、それを操る術を手に入れたのである。しかも単なる操作術式ではない。どちらもアジ本体であるという解釈と、他宗教の神が人間に化けて地上の民を導いた伝承を利用することで、アジ分裂体もアジの意識をバッチリ持っているのである。そればかりか、アジ分裂体とアジ本体は意識だけでなく、魔力的な繋がり、通称パスも接続されている。つまるところ、本体や分裂体が捕食活動をしたら、それらはすぐに共有され魔力を分け合うことができるのである。

 

 

 アジはこの術式を使って、巨体である本体をこれまで通りに海中に潜伏させ捕食に専念、分裂体を地上に派遣し天草式の仲間と連絡を取ろうとしたのである。

(よしヨシ!これでみんなと連絡できルゾ!!!)

 アジは喜び、海中で暴れる。分裂体も尻尾を自在に動かして喜ぶ。どちらも動かしている感覚があるため、少々違和感があったが、アジはすぐに慣れてしまった。

 

 

 一通り感情を爆発させた後、アジ本体は潜水。しばし深海にて捕食を行いつつ休眠することにしたのだ。感覚は分裂体に集中させ、体力・魔力共に省エネすることにしたのだ。こうすれば空腹もある程度抑えられるはずだ。本当にある程度だが。

 

 

 

 

 分裂体アジは、久々の手足に感動しつつ長い尾で大海を泳いでいく。以前、龍脈を感知していたことが幸いし、彼は陸地への方向を完璧に掴んでいた。体が圧倒的に小さくなったことで、移動速度は大きく減退したがそれでも二週間も泳げば陸地に着けるはずだ。

 

 

 二週間も泳ぐことがカンタンに思えるほど、水中での生活に慣れてしまった憐れなアジ少年。しかし、海中ゆえに誰もつっこんでくることもない。アジが泳ぎだして一日が経過したが、アジは本体の位置と流れてくる魔力を感じ続けることができた。しかし、順風満帆に見えてもアジに耐えがたい感覚が襲う。

 

 

(お、おなかすいタナ)

 アジ分裂体にも空腹が襲った。アジは手ごろな生き物を探すが、中々見つけることができない。魔力補給を受けているが、やはりこの魔術的特性はきちんと引き継がれしまった。空腹のまま進むこともできなくはないが、精神的に辛すぎる。

 

 

 アジは海中でよだれを垂らしながら進む。ギリギリ陸地に向けて泳いではいるが、もし近くに魚でもいたなら、それに突進してしまいそうだ。

なにか、なにかいないのか。アジは泳ぎながら体を変貌させる。推進力である尾はそのままに、背中からいくつかのタコのような触腕を生やし、その先に目玉や感覚器を創る。視覚を増大させながら泳ぐアジ。少しして彼は、海中に不確かな波を感じた。風ではない、何かが動いたからできる波。小さいものだったが、海中生活の長いアジにはすぐに感知できた。これは、小魚の群れが出した微小な波である。

 

 

 アジの予想は当たった。視界の端に、魚影が見える。アジはすぐさま方向転換、すべての触腕と尾を蠢かせ肉薄。いたのはイワシの群れだ。アジは、自身の口と触腕から生やしたギザギザの牙でイワシを喰らっていく。ばりばりばりばり、非常に恐ろしい光景だったが、そこでふとアジは違和感を覚えた。

 

 

 捕食者であるアジからイワシが逃げ出さないのだ。そればかりか群れはアジの体にまとわりつき、体にぎゅうぎゅうと密集してくる。不思議に思っているアジだったが、その思考を遮ったのは機械の駆動音だ。ロープを引き上げる音と、スクリューの音。気づいたときには、アジの体は重力を感じていた。

 

 

 見えたのはクレーンを積んだ船だった。船は大きく傾きながらも、ギリギリのところで沈まない。アジは強化性特殊金属の網の中にいた。船は回収した量を確認し、帰港していく。船内にはだれもいなかった。いる必要がないのだ。高性能AIには漁業が可能なのかを確かめる試験運用型の船だったからだ。無論、そんな船がそう簡単にあるはずもない。現在の科学力の数十年以上先を行く、科学技術をふんだんに組み込んだ未来船。側面には大きく、「学園都市製」と書かれていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。