虹色のアジ   作:小林流

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本当にたくさんの方が見てくださっていて、感無量です。
感想もありがとうございます。

皆さんがもっと楽しんでいただけるように頑張ります。



第13話

  翌日、機械の駆動音がする中アジは目覚めた。微震が体を揺らすがメンダコのように張り付く彼が落ちるような問題は起こらない。どうやらこのゴミ処理施設は未だに現役のようだった。アジは体をズリズリと動かしながら、清掃車がゴミを投げ捨てるタイミングを見計らって天井を進んで外へ出た。

 

 

 アジは器用に体を変化させながらプラットホームの上へ。窓がないことを確認してアジはようやく人間体になれた。太陽を直接浴び、ぐぐっと伸びをするアジ。爽やかな風を感じる。全裸だから感じすぎてしまうのが玉に瑕だった。

 

 

 アジは気を取り直してとりあえず昨日、空腹から救ってくれた液体を見てみる。スポーツ飲料によく似たパッケージで、成分表には見たことがない名前がずらりと書かれ、下には研究機関の名が連なっていた。中身はどうやらピンクの液体。ヤバそうな感覚がしたものの、吸収してしまったものは仕方がない。アジは、意識を切り替えてこれからの行動を考える。最初の目的はずばり服の入手だった。股間が爽やかすぎるのは、もう嫌なのである。

 

 

 アジはそのまま動くのではなく、反省を踏まえて小柄な犬の姿になった。空腹になったもしものために容器を体内で保管するアジ。まこと便利な肉体であった。アジは人の目を避けて、プラットホームの上から飛び降りた。鈍い音と若干のアスファルトのひび割れと共にアジは着地、そのまま道を進んだ。

 

 

 アジは道を歩く。しかし、昨日の人の数が嘘のように街中は廃れていた。どう見ても無人のビルが立ち並び、車通りもほとんどないのだ。時折白衣姿の人々を見かける程度で、全くと言ってよいほど活気がない。そういえばあのゴミ処理施設の清掃車も異様に少なかったと、アジは思い出した。焦ったときの暴走によって、辺鄙なところまで走ってしまったのだろうか。これではマズイ、と犬アジは唸る。

 

 

 アジは住宅近くにある場所へ向かいいらなくなった服ないし布を見つける算段だったのである。しかしこれでは無駄骨になりそうだ。アジは犬の姿でため息をつくとトボトボと当てなく歩いた。空を見上げるとまたもや飛行船。側面にはニュースが流れている。犬アジの姿では移動距離もかせげず、正午になっても辺鄙な雰囲気から抜け出せずにいた。

 

 

 しかし、大通りに出るとアジは目撃する。それは若者たちが運転する数台の車だ。赤信号で止まる車は曲を車外まで響かせ、窓からはいくつかのピアスを揺らして煙草を吹かせるドライバーが見えた。車は乱暴な運転でアジの横を通り過ぎ、そのまま狭い路地へ入っていく。

 

 

 アジはせめて人の会話からでも情報を得ようと駆け出した。小さな足で懸命に走ると、奇跡的に車を見失うことなく追うことができた。車は廃ビルの横に3台止まっていた。アジはコソコソと廃ビルに入っていく。廃ビルの一角で8人の若者たちは座りケタケタと笑いながら酒を飲む、お菓子を食べ、煙草を吸っている。様式美のようなサボりだった。若者たちは新作のゲームの話だったり、学校の話だったりで盛り上がっている。

 

 

「お前それやめろって」

「やっぱりそうかな」

 その中の二人の会話を聞くアジ。緑色の奇抜な髪型の男が非常に筋肉質な男に話した。どうやら飲み物を飲むか飲まないか、という話しだった。男は毒々しいピンク色の液体の入った容器を見る。それはアジが持っているものと同じものだ。アジは食い入るように見つめ、話を聞く。

「そうだよ、悪いこと言わないからよ」

「でもなぁ」

「もう十分マッチョになったんだからいいだろ?学園都市専売のプロテインってのがもう胡散臭いだろ。それ一滴で、みるみる筋肉がつくのはいいけどよ。いくらなんでも急激すぎるわ。飲んでどれくらいだ?」

「............2ヵ月」

「デブがゴリラになるまでの期間じゃねーって!?クソ頑張っても一年ぐらいはかかるだろ!」

 緑髪は筋肉男の肩をバシバシ叩く。体の大きさと性格は正反対のようだ。

 

 

 

「あ、あとその、黙ってたことがあって」

「なんだよ」

「これもう売ってなくて、だから、こ、これだけでも飲みたいっていうか。飲まないにしてもす、捨てるのももったいないっていうか」

「............なんで売ってねぇんだ?」

「研究してた博士が逮捕されちゃって。なんか、あんまり使っていい薬じゃなかったみたいで、回収になったみたいって、やめてやめて!!投げようとしないで!」

「うるせぇ、ダチの体が大事じゃい!」

 緑髪男はひったくるとそれを思い切り投げる。すると、それは不運にも犬アジに直撃。衝撃に驚きながらもアジは無傷。だが、無情にも容器はそのまま落下。破片が飛び散り中身が零れる。あアッ!もったいナイ!犬アジは唸った。この液体どうやらヤバい液体のようだが、アジにとっては空腹時の心強い味方になりそうだからだ。

 

 

 やべぇ!緑髪の男は眉間に皺を寄せて、すぐさまアジに近づいた。他の若者たちもアジに近づいてくる。そして触って怪我がないことを確認すると息を吐いて安心した。優しいやつらだなと、アジは思った。緑髪の男はすごい勢いで謝ってくると、お菓子をアジの目の前に置いたりして、犬アジを歓迎してくれた。アジは久方ぶりの人の優しさに本当に泣きそうになった。

 

 

 若者の中の女子は犬アジの小ささにときめいたのか、抱っこしようとする。

 しかし、

「やっべ!?なにコイツ全然持ち上がんない」

「ほんとだ!?デブすぎだぞ!おまえ」

 ギャーギャー騒ぐ女子二人を見ながら若者は大笑いした。酔いすぎだぞと、一番赤い顔をした男が言った。じゃあ、やってみろし。と女子がいい何人も犬アジ抱っこチャレンジをしたが、だれも持つことはできなかった。アジは頭をかしげる。僕ってそんなに重いかな?

 

 

 アジは囲まれながらもあの気弱マッチョを見る。どうやら彼のカバンの中に、まだあの容器が入っていたようで、緑髪の男に怒られていた。容器は残り一本だけ、それを緑髪はまたもや投げようとしている。

 

(やメテ!もったいないカラ!いらないならちょうダイ!)

 アジは緑男の近くまで駆け出した。しかし、間に合わない。容器は窓の外へ、アジの体は瞬間変貌を遂げる。小さな犬の背からは、アンバランスなほど長い触腕がいくつも伸び、容器を掴んだ。しかし、触腕を伸ばしすぎた結果、犬の体では引っ張られてしまう。アジは犬の体を解除。顔は犬のまま、甲殻類の足を生やして体のバランスをとった。

 一安心である。アジは唸った。

 

 

「「「............」」」

 若者たちは唖然とした顔でアジを見ていた。飲んでいた酒をこぼすものもいた。笑い声はかき消えて、静寂が一角を支配した。アジは、そこでようやく気付く。自分の変化を人はどう見るのか。やってしまった。アジは周りを見回して、アハハと笑った。実際には、グルルと唸った。

 完全無欠の化物である。

 悲鳴が上がるまで一秒もかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 アジは体を犬に変化し治してトボトボとゴミ処理施設に向けて歩いている。せっかく優しい人々だったのに悪いことをしてしまった。あの後、若者たちはすぐさま走り出して車へ。何度か車をこすり、ぶつけながらすごい勢いでその場を離れた。優しくしてくれたお礼も言えぬまま、驚かせた謝罪も伝えられぬまま、アジは白目を剥いてため息を吐く。はやく、話せるようになろう。アジは心に誓った。

 

 

 アジは身を寄せる場所などないのであのゴミ処理施設の屋上で過ごすことにした。朝は犬や猫になり町を散策し情報を集め、夜な夜な迷惑が掛からないように人語の練習をする。職員による不気味な声が聞こえたという鉄板怪談ネタを提供しつつ、日々を過ごした。

 

 

 アジはその期間の中で、自分がいるのが第一九学区と呼ばれる一番人気がない地区であること、アジが怪物になってから8年もの月日が経過していたこと、もうすぐ夏休みであることなどを仕入れてきた。8年もの月日の経過は一時、アジを絶望させたものの、成長した天草式の仲間たちを妄想することで何とか持ち直した。

 

 

 言葉はというと、ようやく「アジ」「まじュツ」「ごハン」「おなかすイタ」が言えるようになった。語彙の少なさにこれまた絶望するアジである。しかし、なにより彼が危惧したのは空腹だ。あの容器二本は早々に吸収してしまった。夜になるとアジはゴミの中にもぐり、あの容器を探すことを日課にしていたが、見つかることはなかった。

 

 

 本来ならばすぐさま移動し、学園都市から違う町にでも行けばよかったかもしれない。しかし、空腹がいつ来るのかわからないことや、出るために学園都市を覆う巨大な壁を超える必要があることが彼の動きを制限していた。怪物になり強行突破も可能だったが、あまり騒ぎを起こすのも躊躇われたのだ。判断を先延ばしにして、動かなかったツケをアジはすぐに支払うことになった。

 

 

 

 

 

「おなかすイタ」

 アジはゴミの山の下で呟いた。口からはよだれ、手足に力は入れられない。気合でゴミを食べることはやめているが、いつまで理性が保てるかわかったものではない。あの容器の一滴すらもう残ってはいなかった。くそう、アジは唸るが、どうしようもなかった。おそらく理性を失えばゴミを喰らい散らし、人をも襲ってしまうかもしれない。その時は素直にパスを切ろうとアジは思った。今のアジは本体と共通の意識こそあれど、本体の分裂体だ。

 

 

 分裂体は本体からの魔力の供給で動いているので、そのつながり、パスを切ってしまえばアジは単なる肉の塊である。意識がなくなれば体が動かなくなるのも当然だった。だからアジは今の体にも、実はそんなに思い入れはないのだ。保険がある、そう考えるだけでアジは少し安心した。

 

 

 そんな中、アジは感知する。ゴミの上を歩くなにか。おそらく生き物である。アジは無意識に触手をそれを掴んでしまった。吸収しそうになった寸でのところで、衝撃。アジは触手を蠢かせてゴミの中にひっこめた。どうやら生き物をつかんだ触手に、別の生き物が体か何かをぶつけたようだった。

 

 

 しめたと思った。もし生き物がネズミでも、なんでも腹の足しになるはずだ。アジはゴミの中を進んだ。夢中なアジは途中でぼろ布が引っかかるのも、無視して移動を続ける。ようやく体をゴミの外に出したアジが見たものは、強い光だ。思わず後ずさりをしてしまう。

 

 

「こんにちは」

 急に声が聞こえてアジは驚いてしまう。見てみると、警察の機動隊員のような恰好をした女の人がいた。女性は謝りながらさらに近づき、しゃがんでアジの顔を見た。アジは女性と共に後ろにいる人影を見た。そこで気づく、やべぇ。ぼく、人間を捕まえてた?アジの心臓がバクバクと高鳴った。というか、なんでこの人はこんなところにいるんだろう。アジは高速で考えていく。警備隊のような恰好、そして後ろの二人組。二人組は若者のようだった。

 

 

 もしかして、アジはある結論を導き出す。街中で怪物になったり、若者の中で化物になったりしたから、調査に来たのではないだろうか。学園都市は科学力がすんごいことになっているそうだし、怪物を捕まえて調査・研究をしていてもおかしくない。アジは冷や汗をかいた。女性が何か言ったところで、アジの視界が光に食いつぶされる。

 

 

「おうあうウア!!おうああういおおいぇあいエウ!!!」

(ごめんなサイ!!ぼく悪いものじゃないデスッ!!!)

 アジは謝罪しながら脱兎のごとく逃げ出した。アジはゴミの山の下でガタガタと震える。ちくしょう、巨体じゃなくてもお尋ねものかよ!?アジは頭を抱えてイヤイヤと振った。なんとかしなければ。とにかく逃げなければ。アジはそう考え、とりあえずゴミ溜の下へ下へと移動した。こうなれば仕方がないと、アジは決意する。翌日になれば、機械が動き出すはずである。クレーンが動き出しゴミを掴み上げて、隣の大穴へ入れ細かく粉砕し、炎で塵にする。せっかく作った分身体だが、この体は燃やしてもらおうと決意した。

 

 

 すぐさまパスを切ろうとしたが、空腹ゆえにうまくできない。くそうとアジは唸った。こうなればヤケである。体が燃やされ無くなれば、流石に意識も保てないだろう。こんなところで疑似的な死を体感することになろうとは、アジは滂沱の涙を流し、よだれも流す。

(くソウ、おなかもすいタシ、よいことなイナ)

 アジはそう考えて目を閉じた。このまま眠ってしまえば、そのまま処理してくれるだろうから、痛みも怖いこともないはずだった。アジは、深い休眠状態になった。ちょっとやそっとでは起きないように。

 


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