虹色のアジ   作:小林流

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魔術を度外視してアジを見ると、こんな感じになります。


第14話

 第一九学区で謎の少年をゴミ処理施設で発見した黄泉川愛穂は、すぐに警備員本部に連絡をした。日々の黄泉川の活動から彼女の発言が信用できると上層部は判断。彼らは勤務時間を過ぎている中、迅速に行動してくれた。施設の管理者に顛末を伝え、一時施設の運用を停止。加えてゴミに潜んでいる彼を探し出すための特殊探索機材の手配を行った。

 

 

 黄泉川を含む警備員第七三支部のメンバー、そして救急車に救助隊とゴミ処理施設の職員が少年の保護のために集まった。彼らは子供を助けるために全力になれる大人達だった。到着した職員は施設の電源を入れていく。もちろんゴミ処理用のクレーンや粉砕機を除いてである。

 

 

 明るくなったゴミ溜めの上に黄泉川と数人、そして特殊探索機材を装備した駆動鎧(パワードスーツ)が降り立った。駆動鎧というのは、簡単にいうとロボットのようなもので、人間にはできない重労働や逆に繊細な動きを可能にする。見た目はドラム缶頭のずんぐりボディといったところである。

 

 

 黄泉川たちは警戒を怠らない。重装備で辺りを見回す。能力者の子供は、その身を守るために攻撃的になるのが常だった。こうした隠れ潜んでいる子供の十中八九は非道な研究の被害者である。救いにきた大人だろうが、彼らからすれば実験で酷いことをしてきた科学者との見分けがつくはずもない。

 

 だから善意も悲劇につながる。罪のない子供が、罪のない大人を害し時に殺してしまう最悪のケースもある。そんなことは許さないと警備員のほとんどが思っている。だから警備員は自分の命を全力で守る。自分が無事でなければ、子供に手は差し伸べられないからだ。

 

 

 

 駆動鎧は数メートルはあるパラボラアンテナのようなものをゴミ溜全体に向けた。これこそが特殊探索機材である。それは主に災害救助用の装置であり、瓦礫や土砂の中から人間の呼吸、体温、心音など、生きた人間が発しそうなものを全て解析するトンデモ装置である。この機材の導入により人命救助の確率は飛躍的に上がっていた。

 

 

 特殊探索機材はすぐさま少年の姿をとらえた。心音、呼吸ともに非常に小さく、体温は驚くべき程低いことがわかった。まるで冬眠中の野生動物レベルであるらしく、このままでは命の危険もあるとのこと。どうやら一刻を争う事態だということで、警備員たちはすぐさま行動する。

 

 

 少年の位置はごみ溜めの最下層。そのためクレーンを動かし、ギリギリまでゴミを除去することからスタートした。クレーンは慎重に何度も往復してゴミを減らしていく。その後は人力で、手分けしてゴミを端に寄せていった。

 

 

「いたぞ!」

 警備員の一人はゴミの中から伸びる少年の腕を発見。すぐさまゴミをかき出して彼を救出しようと皆が一丸となった。彼の周りからゴミが無くなるまで数十分、探索から2時間は経過していた。

 

 

 黄泉川と救助隊はすぐさま脈拍や呼吸を確認したが、その冷たさに驚愕する。低体温症がかわいく見えるほどの体温だった。ショック症状を起こしていても不思議ではなかった。すぐさま彼を病院に移送しようとして、全員が困惑した。

 

 

 重いのだ。彼は12歳程度の少年だったが、大人が数人がかりでもまるで動きそうになかった。しかし、手をこまねき驚いている時間はない。駆動鎧は装備を外して、特殊探索機材をプラットホームに一時放置。駆動鎧は腕を彼の体の下に慎重に入れ、そしてそのまま持ち上げる。

 

 駆動音は悲鳴のように音を立てて軋んだが、なんとか移動は可能だった。すぐさま少年を地上に運び、そのまま彼を救急車で移送した。黄泉川と数人はその車に付き添った。目的の病院は決まっている。どんな能力者であろうと、命の危機に瀕する子供であろうと、必ず救う名医のいる病院だ。救急車は第七学区へ向けて走り出した。

 

 

 

               ○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 様々な検査を終えて、件の少年は透明な液体で満たされたカプセルの中にいた。口元にはガスマスクのようなものが取り付けてあって、そこから伸びるチューブがカプセルの上部に繋がっている。酸素だけでなく、場合によっては鎮痛剤や様々な薬を直接流し込める医療機器だった。暴れる能力者も珍しくないため、よく使われる機器の一つだ。

 

 

 それを見つめる黄泉川ともう一人。どこかカエルの様な顔をしている白衣の男だった。男はどんな病魔もどんな大怪我も治しきってしまう「冥土帰し」とあだ名される名医中の名医だ。そんな彼は少年を見ながら、彼の状態を黄泉川に話す。

「まるで人間じゃないみたいだね?」

「どういうことじゃん?」

 

 

「なんて言えばいいのかな?体は人間そっくりな別の生き物、そんな印象をうけるよ」

 彼はこれまでの検査結果を黄泉川にデータと共に伝える。身長は145cm前後、体重は670キロ前後。その時点で黄泉川は医者の顔を見たが、医者の表情は真剣だ。さらに詳しく見ていく。彼の口を見てみると食事をした痕跡はあるが胃で消化した形跡はなく、胃液も確認できない。内臓はすべて存在するが、それがきちんと活動しているかは不明。心臓は動き、血液も問題ないがその成分は異常。間違いなく人間の血液成分ではない。さらには細胞も、人間のほかに、甲殻類、魚類、爬虫類など複数のデータが混ざり合っている。きっと海鮮丼を食べた人の胃の中を調べると彼の細胞に近づくだろう。最後まで見ていくと、さらに人体に有害な物質が大量に発見されている。

 

 

 

「この子はね」

 カエル顔の医者は言う。

「おそらくは、最悪の生み出され方をしたんだと思うよ?僕の予想では、人間をベースにした合成生命体(キメラ)だと考えるね?」

「そんなことが」

「可能かだって?やる奴はいるだろうね?医者として、いや、人として怒らざるをえないよ。きっとこの子を創った者は、命をデータでしか見ないような人でなしだよ。生命の冒涜を突き詰めた最悪の実験だろうね?」

 

 

 カエル顔の医者はさらに続ける。彼の体にある様々な生物の細胞はその原型をとどめているものが多い。だからこそ体の質量が異常になる。人の体に見えて、少年はサメの牙もカニの甲羅もイカの触腕も持っている。無理やり偽装しているということだった。

 

 

 さらにと彼は続けて、

「この子の体から大量の有害物質が見つかったよ。以前に流行ったプロテインの中にも入っていたものだけどね?飲めば数日は活動可能な大量のカロリーやたんぱく質で隠された成分の一つに、肉体を急速に破壊しその後すぐさま修復する薬が入っていたんだ。それは簡単に言えば切れた筋肉が治る過程で太くなるのを、無理やり促す。この子は様々な細胞を混ぜられている、そんな子が成長するのは難しい。拒絶反応もあるだろう。きっとこの薬で、一度体をボロボロにしてすぐさま修復、それを繰り返して無理やり成長させ、体を慣らしたんだね?痛みは想像を絶するだろう」

 

 

 他にもカエル顔の医者は説明を続けていくが、基本的に聞いていて気持ちのよいものはなかった。唯一、喜ばしいものは今の状態のこと。呼吸と心音と体温の低下は少年が自分で行っているだろうということだった。ということは健康に害はなく、眠っているに等しいそうだ。

 

 

 すべての説明を聞き終えた黄泉川は沈痛な面持ちで少年を見る。どうしようもできない思いが彼女の中に渦巻いた。彼女は子供を守りたいと思って警備員をしている。そんな彼女からすれば、少年の置かれた立場や過去や未来を想うだけで、胸が抉られるように辛かった。

 

 

 液体の中にボコりと泡が見えた。体温心音共に急速に回復したことをカプセルに接続している機械が伝える、少年が目を覚ましたのだとすぐにわかった。

 

 

 カエル顔の医者は、迅速に対応した。まず精神安定剤の投与を行う。酸素と同時に気付かれないように煙を混入する。起きてみると液体の中では、パニックになることは容易に想像がつくためである。しかし、いくら注入しても少年が落ち着く気配がなかった。口からは大量の空気が漏れているのか、泡がおさまる気配がない。腕で何度かペタペタとカプセルを触り、少年は背から複数の触腕を伸ばす。触腕の動きによってカプセルは徐々にヒビ割れていく。

 

 

 瞬間、カプセルは破壊された。中から液体と少年が流れ出した。少年は唸り、触腕を蠢かせた。

 

 

               ○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 起きてみると水の中でした。思わず叫びそうになるアジである。アジはゴミ捨て場にいたことを思い出し、自分の目論見が失敗したことを悟った。加えて彼が戦慄したのは目の前にいる女性だ。眠る前にみたおそらく自分を捕まえにきた女性である。隣には白衣を着た初老の男性がいた。以上のことを踏まえて、液体の中の自分の立場を考えていくアジ。

 

 

(やばいやバイ!実験体にされルゥ!!)

アジは遂に叫んだ。なんてことだとアジは思う。流石は優秀な学園都市の調査隊だ。アジはカプセルをペタペタと触りながら、自分は悪いやつじゃないです、そもそも化物じゃないんです。魔術師なんですってば!などと叫ぶが、伝わるはずもない。そこでアジは決心した。

 

 

(逃げヨウ)

 決めたのならばすぐ行動である。アジは背中から触腕を生み出して少しずつカプセルを押して壊していく。勢いよく壊すと二人が危ないと考えるあたり、彼はお人好しである。アジの努力の末、カプセルの破壊に成功した。流れ出る液体とアジ。アジは二人を見て、怪我がないことと、女性が武器を持っていないことを知り安堵の声を出す。もっともそれも声にはならず、唸り声に変換するのはご愛嬌だ。

 

 

 アジは触腕を蠢かしながら出口を探す。見たところ扉は二人の先だ。窓はなく、そこへ行くしかないだろう。天井も低くジャンプしてあっちまで一飛びもできない。アジは二人から目を離さず、半ば四つん這いのような姿勢で移動する。変身して移動や攻撃をするアジにはそっちの方が都合がよいのだ。背中から伸ばす触腕はすぐに動かせるようにしておき、ジリジリと弧を描くように動く。しかし、二人はその場から一歩も動かない。いや、どいてください。マジで。ほんとに。

 

 

 アジはちょっとビビらせるために、触腕の一つで床を叩く。バシャンという水がはじけ、床が少しへこんだ。やばいやりすぎた。アジは思ったが、それでも二人に変化はない。アジの方を向いて動かない。助けを呼ぶわけでもなく、武器を持っているわけでもない。

 

 

(こ、こワイ!?いったいなんなのこの二人!?)

 アジは心底ビビっている。もしかしてすごく強いのか、この二人は。そこまで考えてアジは思いつく。ここは学園都市、能力者を開発研究機関でもあるはずだ。もしかしたら二人もなんらかの超能力をもっている可能性を考えていくアジ。学園都市に来てから未だ能力者と一度もであっていないアジに、その威力をきちんと把握するのは不可能。もちろん天草式と一緒に生活していたので、戦闘経験はアジにもある。しかし、一人で戦ったことなど皆無だ。心細い。アジは神裂や建宮や他のみんなのことを思い出す。ああ、なんでこんなことに、早く会いたいよ、みんな。思わず情けなさと心細さでホロリと涙が流れるアジである。

 

 

「.........大丈夫」

 見てみると、そこには女性が両手を上げているではないか。しかも、じりじりと近づいてくるではありませんか。アジはさらにビビる。下がるが、後ろは壁。触腕で攻撃もできるが、それでは女性に怪我をさせる可能性が高い。悪い魔術師ならば、いくらでもタコ殴りにできるが、そうではない者を叩くのはアジにとってハードルが高かった。

 

 

 アジは触腕を女性の目の前に移動させ、さらに変化せる。触腕の先端、そして側面に大量のサメの牙や魚の目玉を形作る。醜悪であり狂気的なその触腕。アジだったら気持ち悪くて触ることなどできない最強の視覚武器である。

(さぁびっくりシロ!その間にぼくはにゲル!!)

 

 

 アジはそう考えたが、甘かった。女性はそれにピクリと体を震わせただけで前進してくる。アジは驚愕し、焦燥する。まるで効果ゼロである。アジはキョロキョロと周りを見るが、どうにかできるものなどなさそうである。気づけば女性は眼前に迫っている。女性はしゃがみ、アジと視線を合わせてくる。アジは両手を前に出して防御するが心もとなかった。女性はアジの手を取ると、もう一度「大丈夫じゃん」と言った。アジは全然大丈夫ではなかった。しかし、女性はさらに進んでアジを抱きしめた。

 

 

「えアォ?」

アジは思わず気の抜けた声を出してしまう。抱擁、久しぶりの人の体温であった。女性はそのまま手をアジの頭にもっていき撫で始め、もう一つの手は背に回しポンポンと叩いてくる。触腕が生える背中がむずがゆくなってきた。

「大丈夫じゃん、ここには君に怖いことをする人はいないよ」

 

 

 抱擁を続ける女性はそう言うとアジの頭を撫で続ける。アジは久々の感触を感じつつ、困惑する。どういうことなんだろうか。この人はぼくを捕まえてレッツ解剖タイムとかしないのだろうか。信じても大丈夫なのか。アジは不安に思いながらも、女性に敵意がないことを知り、徐々に触腕を体に収納していく。すると女性は抱擁をやめてアジに向かい合った。

 

 

「私の名前は黄泉川愛穂じゃん........っていうか、私の言葉はわかる?」

アジは怪訝に思いながらも頷く。表情はほとんど変わらないアジ分裂体だったが、意思は通じたようだ。

 

 

「よかったじゃん。じゃあ君の名前を聞いてもいい?」

女性は話を進める。アジはようやく練習した言葉を披露する機会に恵まれた。

「アジ」

「そっかアジって名前なのか。よろしくじゃん、アジ」

女性、黄泉川愛穂は手を伸ばした。アジはそれを見てじぶんもおずおずと手を伸ばす。黄泉川は笑顔で握手をした。アジは無表情で、なんだこれ?と思った。

 

 

 しばらくそうしていると、突如アジを襲うものがある。

 空腹だ。

 アジは唸り出して口から涎が零れる。アジの異変に黄泉川は焦ったように声をかけた。「どうしたじゃん!?」これまたアジは久しぶりに会話をする。

「おなかすイタ」

「おなかが空いた!?」

「おなかすいイタ!!」

 

 

 アジの焦りが通じたようで黄泉川はすぐさま部屋から飛び出して行った。白衣の男はそんなアジの様子を確認すると、何かを思い立ったように壊れたカプセル近くにあった袋をいくつか取り外していく。

 

 アジの空腹がいよいよまずい状態になりつつあった。昨日からまったく補給ができていないのだ。なんでもよいから吸収しなければ理性が削り取られてしまうだろう。アジの触手が辺りを叩き、部屋を少し破壊し始めたこと。白衣の男はアジに近づき、袋にストローを突き刺して渡してくれた。アジはほとんど無意識にそれを触手でひったくる。確認もせずに触手はストローと袋ごとそれを包むと一気に吸収する。袋は近くにペッと吐き出した。

 

 

「そういうことかな?」

 男は合点が言ったようにいくつもの袋をアジに放り投げた。アジはそれらをすべて触腕で掴むと一気に吸収する。

 少し落ち着いてきたアジの前に、今度は黄泉川が汗をかきながら駆け寄ってきた。そしてビニール袋の入ったパンや缶詰などを渡してくれた。アジは触腕でビニール袋をひったくり、中身を吸収していく。

 

 

 その後、さらに白衣の男から袋をいくつか貰ったところでアジは空腹から脱した。アジはかなり肝を冷やしていた。それほど強烈な空腹だった。アジは立ち上がって二人を見る。二人はアジを心配そうに見つめていた。

 

 

(な)

 アジは思う。

(な、なんて良い人たちなンダ!?)

 アジは思わず手を振り、尻尾を生やしてぶんぶんと振った。表情以外で感情を発露し始めているアジ少年。彼は感激していた。先ほどまで彼らを恐れていた自分が馬鹿らしく感じ、心底申し訳なくなった。アジはなんとか気持ちを伝えようと声を出す。

 

 

「あうあとういえうイア!あんいあうあうあいあイア!」

(ありがとうございマス!本当に助かりまシタ!)

 意味不明な言葉を投げかけるアジに、二人はしかし微笑んでくれていた。

 アジ、8年ぶりに会話成功の瞬間だった。

 


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