虹色のアジ   作:小林流

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遅くなりました。
感想、本当に嬉しいです!
活力になります。



第18話

 アジが黄泉川の家に居候してから四日がたった。

 アジは慣れたようにリビングのソファに腰を下ろしつつ、いくつかの触腕をだらりとフローリングに垂らしている。行儀が悪いように見えるが、こうでもしないと体重が重すぎてソファを壊してしまいそうだったためである。アジは、窓から見える青空を眺めながら居候開始日のこと思い出す。

 

 

 アジは黄泉川に連れられて買い物を終えると、彼女の家に向かった。そしてそこで彼は度肝を抜かれた。未だに独身でもなんらおかしくない年齢の彼女の家は、驚愕の高級マンション4LDKであった。フローリングは磨かれ光沢があり、洋酒の瓶やグラスなどが飾られえており非常にオシャレだった。アジはこの今世に生まれてからずっと畳の和風な家に住んでいたので、フローリングのペタペタ感は久しぶりだ。ペタペタと床を踏むアジ。そうして視線を動かしていると部屋の中には大型テレビがあり、近くには机とソファ。壁には最新式のエアコンも完備されている。

 

 

「ようこそ我が家へ」

 アジは黄泉川を尊敬の眼差しで見た。彼女はどうやら高給取りのようだ。でなければこんな場所に住むことは不可能だろう。アジは黄泉川を学園都市の機動隊みたいなものだと考えていたが、もしかすると本職は別なのかもしれない。もしくは機動隊の仕事は危険手当もついて月収がすごいのかもしれない。

 

 

 しかもアジは買い物に付き合ったことで、黄泉川のこんな良いところに住めるほどのお金があるのに、それに甘んじずに安いスーパーで肉や野菜を購入する節約の気持ちがあることも知った。加えて素性の知れない自分にこんなにも親切にしてくれる彼女。さらには化粧をほとんどしていないのに、いやしないからこそ映える美貌と隠しようがない巨乳をもつ彼女。

 

 

 まさにスーパーウーマン。現代社会の成功者。アジの瞳に尊敬の熱がこもったが、黄泉川には伝わっていないようである。彼女はアジの視線に少し首を傾げるだけで、そそくさと購入した品物を冷蔵庫に入れていく。

 

 

 そしてアジは心の底から黄泉川に感謝していた。まさか家に居候させてくれるとは思わなかった。本来ならば、食事をごちそうになった時点で充分世話になったのである。ここまでしてもらう義理など一切ないはずだ。しかし、彼女の誘いにアジは乗ってしまった。悩んだけれども、乗ってしまったのだ。

 

 

 理由はカンタンで、もう独りは正直辛すぎたのだ。誰とも話せず、関われず、空腹に耐える日々はやはり孤独である。アジは魔術という逃げ道があったが、それでも寂しさはぬぐえなかった。そんな中、助けてくれた黄泉川とあの医者である。8年ぶりの会話、8年ぶりの善意に、アジはすっかり甘えたくなってしまった。

 

 

 もちろん、この恩には必ず報いる覚悟をアジはもっている。そのために天草式の仲間とはやく合流し、この魔術から自由になり、たくさんのちゃんとしたお礼の言葉と、きちんと金銭などの代価を返さねばとアジは決意していた。とりあえず手伝おうと黄泉川の近くまでいくものの、背丈が足りず袋の中がよく見えなかった。それを見た彼女は勘違いしたのか、紙パックのジュースを一本袋から出すと、それをアジに渡す。

 

 

「さっき食べたばかりだから、ジュースで我慢するじゃん」

「いあ、おえうあいおいおおあお」

(イヤ、お手伝いをしようカト)

 当然のようにアジの言葉は通らず、黄泉川は彼をリビングへ促した。アジは申し訳なく思ったものの、ジュースをまじまじ見てしまう。それは変哲もないぶどうジュースであるが、はて、ぶどうってどんな味だっけ?アジは慎重に紙パックの飲み口を裂くと、中身を堪能する。

 

 

 もう、おわかりだと思うが。8年ぶりの甘味はアジの脳をふにゃふにゃにするのには十分であり、またもや彼の意識は分身体に集中した。本体が、今どこにいるのか。何をしているのか。アジ自身、全くわからなくなっていた。黄泉川が彼を呼びに来るまで、アジは飲み終わったジュースの口を全開まで開封して中の匂いまで堪能していた。黄泉川に、もう入ってないじゃん?と指摘され、アジは死にそうになった。情けなすぎる。アジの恩返しの一歩は遠い。

 

 

 その直後、黄泉川はアジに各部屋を紹介した。今いるリビング、電子ジャーが異様に多いキッチン、寝室、使っていない洋室が複数、そしてトイレとお風呂である。見れば見るほどすごい家である。お風呂は学園都市製のようで、ミストサウナもついているようだった。壁についている操作パネルは多機能すぎて、絶対に高齢者は混乱するだろうなとアジは思った。そうこうしていると、黄泉川はアジに突然バンザイするように促した。

 

 

 はて?どういうことですか?

 アジが頭は傾げつつもバンザイする。すると泉川はアジの服をすぽんと脱がせた。驚くアジに黄泉川は、「もう出かけないし、お風呂入っちゃうじゃんよー」などと言いながらアジのズボンやらパンツをグイグイ脱がせていく。流石に少々、抵抗したアジだったが力の加減を間違えて黄泉川が怪我などしないようにしていると、案の定すっぽんぽんにされた。女性に裸にされる羞恥に、アジは震えたが、それを寒いからと思った黄泉川はアジを風呂場に連行する。

 

 

 浴槽にはすでにお湯が張られている。アジは黄泉川に頭からシャワーをザブザブかけられ、全身を簡単にお湯を流される。まるで介護かとアジは思い、自分でできますと言いたかったが、伝える手段がここにはない。抵抗できぬまま、アジは気づけば浴槽につかっていた。もやもやを心に抱えていたアジだったが、その気持ちよさにどうでもよくなった。

 

 

 海は基本的に冷たく寒い。ときたま海底火山などで暖もとったが、襲い掛かる空腹ゆえにその場に居続けることは難しく、ついぞ堪能はできなかった。

しかし、今は違う。温かいお風呂につかることができる。温かいという思いは素晴らしい。思わずアジはため息をついた。超絶リラックスタイムである。さらに黄泉川への恩返しはハードルが上がっていくのを感じるアジ。こうなれば特性の運気上昇霊装でもプレゼントしなくてはいけないかもしれないと、アジは思った。

 

 

 お風呂の湯気でアジの視界が少々ぼやける。ならばいいかとアジは目を閉じた。気を抜けばこのまま眠ってしまいそうである。風呂場で眠ると溺れる危険性があることはアジも承知していた。しかし今世の人生の半分ぐらい水中で生きているアジが溺れる心配などない。ふと、そこで音がした。扉が開く音である。アジは黄泉川が着替えを持ってきてくれたのだと思った。お礼を伝えようと目を開き、首を回すと、全面に肌色。次に見えたのは豊満な乳。

 

 

「アジ、お風呂の使い方を説明するじゃんよー。まず、これがシャンプーって言って.........おい、お風呂にもぐって遊ぶのはあとにするじゃん。楽しいし気持ち良いのはわかるけど」

 黄泉川が何かを言っているが、アジは今彼女の顔を見ることができない。8年ぶりの女性の裸体の威力は、まさに一撃必殺であった。

 

 

 その後、アジはあんまり覚えてないが黄泉川に頭と体を洗われ、ドライヤーで髪を乾かされ、食事をして、添い寝されて朝を迎えたのだ。黄泉川よりも早く目を覚ましたアジはベッドから抜け出して震える。

 

 

 ここまで甘やかされるとは、誤算。たしかに今の姿はチンマイだろうが、ここまでやってもらうほど幼くないはずだ。甘えてしまった自分も悪いが、黄泉川はもっと男子との関わり方を学んでほしいと本気で思った。自分は大恩人に対してそんなことはしないが、男は全員がオオカミを腹に住まわせているのである。自分は治ったら、そこも含めて恩返しをしようと、アジは真剣に思った。

 

 

 様々な意味で衝撃的な初日を体験したアジ。翌日は寝る場所もお風呂も一人でよいと、なんとか伝えることができた。もちろん言葉でも格闘したが、それよりも良かったのが筆談である。8年ぶりということで、繊細な文字は書けないものの、なんとか(一人でやらせてください)と書けたのである。これにはアジ大満足だった。いずれは彼女に天草式のことを伝え、外に出してもらえるだろうと、彼は本気で考えていた。

 

 

 

 

 そして現在、アジはリビングでボケっとしている。黄泉川への恩返しをしようとしたのだが、やはり基本的に彼女の日中は仕事であり、お助けすることがない。帰宅した彼女のために、せめて食事の支度とお風呂の用意、掃除などをしているが、こんなもので大恩に報えているとも思えないアジである。アジは若干の空腹を感じ、カエル顔の医者からもらった飲み物を飲む。凄まじい高カロリー輸液らしく、味は無味だが通常の人は飲んではいけない代物だそうだ。

 

 

カエル顔の医者にもお礼をしなくてはいけないのである。そう思い立って、この数日の間に会いにいったアジ。最近、話すよりも効果的であると知った筆談を使って、恩返しをしたい旨を伝えたところ。

 

 彼はまずアジの頭を撫で、微笑み、薬を飲み元気でいることが恩返しだね?などどいってそそくさと仕事に向かってしまうのである。困った。これではダメだとアジは思った。

 

 

 この体ではロクなことができないと判断したアジは、本体を何回か浮上して変異。またもや天草式の仲間たちと何度か通信をしたものの、そのどれもが不発。やはり生き物の鼓動のせいで、凄まじいノイズが走ってしまうのだ。何度か工夫したものの、まるで効果がなかった。

 

 

 これでは手詰まりである。今のところアジはそろそろ黄泉川にきちんと魔術と天草式のことを伝えようと思っている。つたない筆談だが、丁寧に書けば数枚で全部の情報が入りそうである。その上で助けてもらおうとアジは考えた。魔術は一応秘匿しなくてはいけないが、黄泉川なら言っても黙っていてくれるだろうと、アジは呑気に思った。

 

 

 アジはカエル顔の医者からもらった液を飲み終わると体を伸ばして、ソファから立つ。家にずっといても仕方がない。町の探索でもしよう。アジは(ちょっと出かける)と置手紙を残して、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 黄泉川の住んでいるところは第七学区と呼ばれる場所で、大勢の学生が住んでいるところだ。高校生や中学生、不良やお嬢様など色々な学校があるようだった。実際に不良同士の喧嘩も見たことがあったし、お嬢様がお茶をしているとこも見たことがあった。流石は学園都市。多様な学生を見ることができる。今日アジはプロペラが多い地域へやってきていた。どうやら発電用であるらしくかなりの電力が賄えるとのことだ。アジは落ちていた学園都市のパンフレットを読んで、それを知った。ドラム缶のような、憎き清掃ロボから守り抜いたパンフレットはボロボロだが彼の宝になった。

 

 

 アジがベンチで一休みしていると、学生が下校しているのが見えた。もう少しで夕方になる。アジが何となく学生の動きを見ていると、途中の自販機で飲み物を買っていた。そこでアジは発見する。実に懐かしい飲み物を見つけたのだ。アジがダッシュして見に行ったのは、あの(ヤシの実サイダー)であった。

 

 

 そうだここは学園都市。ここならば普通に売っているのだ。アジは歯噛みした。今はお金を持っていないからだ。黄泉川は小遣いのようなものをアジに渡そうとするのだが、彼はそれだけは流石に、本当に流石に!と表現してもらっていなかったのだ。しかし、飲みたい。懐かしきあの味を感じたい。アジはキョロキョロして、自分の指を触腕に変化、その後伸ばし。そして少し千切る。指は元に戻り、千切られた指はさらに変化。六芒星の形になった。これは術式なんて大層なものではない。単なる印にすぎない。しかし、一応アジの一部であるために、アジにしかわからない微弱な魔力が出ている消えない目印だ。

 

 

 今度、黄泉川に頼み200円ほど貰おうと考えたアジである。アジは一日の収穫に満足して、帰ろうとする。そこへ影が走っているのが見えた。それは不良の喧嘩だった。二人が一人を追いかけている。

「不幸だッー!!」

「待ちやがれこのウニ野郎!」

「出しゃばりやがってこの野郎!」

 

 

 頭がツンツンしている少年をガラの悪い二人の若者が追いかけていた。若者は何かを喚きながら火の玉を少年に向かって放つ。ギリギリ当たらないが、直撃は時間の問題に思えた。アジは体を変異させて三人を追った。流石に2対1はかわいそうだなぁと思ったからである。いってアジの能力でビビらせれば、喧嘩がおさまるのだ。もうすでに2回成功させたアジである。共通の恐怖は、不良同士のいさかいなど、一瞬で吹き飛ばしてしまう威力があった。

 

 

              ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 その日も上条当麻は不幸だった。登校中に鳥の糞が肩に落ちるし、担任には夏休みの補習が確定したと告げられるし、昼食の総菜パンは売り切れて新発売の「痺れ山椒香るメロンパン」とかいう絶対に地雷でしかないパンしかなく、なくなく購入し、実際に不味いという半日だったのである。

 

 

 そして下校中も不幸は止まらない。二人組の男が、どう見てもカツアゲをしていたので、上条はその間に割って入ったのである。カツアゲ二人組はそれに怒り、片割れが手から火を出して上条を威嚇。

 

 

 しかし、上条はそれにとっさに反応。

 右手が火に触れると何かがはじけるような音と共に、火がかき消えたのである。カツアゲ組の片割れは、それを見てキョトンとした。そして、目の前の男が自分の火を消したと気づき、大いにむかついたようである。二人はカツアゲをやめて、ターゲットを目の前のムカつくやつ(上条)へ変更。追いかけっこの始まりであった。

 

 

「しつこすぎんだろ!?なんだよもうすぐ夏休みだろうが!?気分を切り替えていけよ!!」

「お前をぶっ飛ばした後、切り替えてやるよ!この野郎!」

「そうだ!バカ野郎!」

 会話は成立しない。上条は目の前の男たちの半ばチンパンジーじみた様子に焦った。そして焦りは、彼の逃走経路を大きく見失わせた。気づけばゴミ袋の転がる路地裏、そして行き止まりであった。

 

 

「ふ、不幸だ!?」

 上条は奥にあるフェンスにガシャンとぶつかり、叫んだ。まことツイてない男だった。不良二人は追いつき喚いた。そして、火をまたもや上条に放つ。今度は走っていないために、狙いは正確だ。上条の顔面を狙った火の玉は、上条が突き出した右手に増えると、一気に消える。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)、彼の右手はそう言われている。

 彼の右手に触れると、どんな異能もすぐに消え失せてしまうのだ。

 不良は馬鹿の一つ覚えのごとく、火を連射するが上条には一撃も入らない。

 

 

「今度は俺がやる」

 もう一人はそう言うと近くにあったゴミ袋を浮かせた。念動力の一種だろう。ゴミ袋はそこそこの勢いで上条に迫り、右手に触れると一気に失速して上条の頭へぶつかった。瞬間、袋は破れて生ごみが上条へかかる。上条が消せるのは異能のみである。だから、ゴミ袋を飛ばした念動力の効果は消せても、ゴミ袋自体は消せないのだ。

 

「不幸すぎる............」

 上条が呻くと、それを余裕と勘違いした二人はさらに攻撃を続行した。ゴミ袋と火の同時攻撃である。上条はそれにビビり、目を閉じて右手を出した。

だからだろう。そこに火とゴミ袋を叩き落とそうとした触腕が入り込んだことに気付けなかった。何かがはじける音がした。火は消え失せ、先ほど同じようにゴミ袋だけは無事で、なおかつ中身がぶちまかれる。生魚の臭いが鼻をついた。料理に失敗したのだろうか、ずいぶんと大量の生ごみだった。

 

 

 不良二人は、上条がゴミまみれになったことで、大笑いした。

 ぶちん、そこで上条の頭から切れる音が聞こえた。上条は腕を回しながら不良二人に近づき、持ち前の右手で打ち消し、殴りつけた。二人に辛くも勝利した上条は帰ろうとする。それにしても不幸な一日だった。特に、魚の臭いがきつすぎる。上条はため息をついてトボトボと帰っていった。

 

 

 不良たちが伸びている近くで、小さくない肉塊が蠢いたが、すぐに動きは鈍くなり、とうとう動かなくなった。

 

 

 

 

 その日、アジは黄泉川の家に帰って来なかった。

 




そげぶ回でした。

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