虹色のアジ   作:小林流

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かなり独自設定が入ります。
よろしくお願いします。


第2話

 

「女の子?」

 アジの言葉に両親は頷く。

 アジが10歳を超えた頃、とある少女と会ってほしいと両親は言った。すでに天草式の面々とは何度も会っているのに、面と向かって頼まれるのは珍しいことだった。つまるところ、その少女は特別ということなのだろう。興味があったので、アジは二つ返事で了承した。

 

 

 数日後、少女はアジの家にやってきた。

 キリリとした瞳に整った目鼻立ち、髪は艶やかで黒々としている。着ている着物が淡い桃色。まるでお姫様のように非常に可愛らしい少女にアジは思わず見惚れた。この世界に転生してきて、周囲には美男美女が多い環境だったが、目の前の少女は別格だ。それに体からは何もしていないのに雰囲気というかオーラというか、とにかく常人ではないモノがあふれている。

 

 

「神裂火織です」

 凛々しく彼女は自分の名前を言った。緊張からか、性格か。表情は硬かった。

アジはニコリと笑って阿字平鱗と、自分の名前を伝えた。

 自己紹介を終えると両親は今日一日、神裂を預かると言って出かけていった。少々気まずい思いをしたアジだったが、そこは転生者。精神年齢的に少女と歩みやろうと努力した。少女は両親が連れてきたこともあり、当然のように魔術師のようだった。アジの作った霊装はもとより、彼が洒落や遊びで作ったようなガラクタ然としたモノにも興味津々といった様子だった。自分が作ったものに興味を持たれたことで、アジは嬉しくなり品々の説明を始めた。

 

 

 すると神裂は非常に聡明だとわかった。霊装に使っている魔術を悉く看破し、少し教わるとその場にあるもので簡単な代用品を作ったりもした。アジは驚き、そして喜んだ。彼女がどうやって代用品を作ったのか、まるで見当がつかなかったからだ。転生者のアジにとって魔術に関する未知はすべて輝かしい宝だった。

 アジはウキウキしながら説明を求めると、神裂は一度面食らったような表情を作ったが、おずおずと説明をしてくれた。その後も、二人はいろいろな話をしたり、一緒に霊装を作ってみたり、徐々に話も弾んでいった。

 

 

 にこやかに魔術に関してグイグイ聞いてくるアジと、聞かれたこと以上の知識をもつ神裂との相性は悪くなかった。神裂もアジの態度に軟化されたようで、少しずつ表情が柔らかくなった。

 その過程で、神裂は自分が聖人だと説明した。アジが聞いた説明をかみ砕くと、とにかく魔術師としてすごく強い人、ということだった。「すごい!羨ましい!」と思うアジだった。というか実際に叫んでいた。

 

 

 どうやって成るのか、どうやって成れるのかと興奮して神裂に問い詰めるアジ。どうやら生まれつきだそうだ。じゃあいいや、とアジは納得して、他のさらに気になることについて神裂に話をふっていく。魔術はまさに神秘にあふれているもの。思い通りにいかないのが当たり前だとアジは常々思っていたので、できないもの、なれないものは仕方がないとすぐに割り切れることができた。

 神裂は面食らったような顔になったが、少し笑って魔術の説明を続けた。

 

 

 アジと神裂は一日の中で随分と打ち解けた。今や庭に出て一緒になって作った霊装をためしている。それは龍の形をした杖のようなものだった。単純な作りになっていて、龍の口の部分から水を吐き出す霊装だった。この霊装はカンタンにまとめると、いちいち補充する必要がない水鉄砲のようなものだ。もちろん零から水を生み出すことは相当に難しいので、アジ宅の水道とパスと呼ばれる魔力的な繋がりを作ってある。こうしておけば水道の水を直接転送することができた。

 

「さっそくやろう」

「ええ」

 アジと神裂は一つずつ霊装を手に持ち、魔術練習用の的の前に立つ。二人はそれに向かって龍の口を向ける。

 

 アジはもう何度も練習したように、体の中から暖かいものを引っ張り出すようにして魔力を生成する。そして手の中にある霊装へと送り出す。霊装はその機能を果たして水を勢いよく噴射させた。水は的を外れて奥へといってしまう。外れだった。

 

 神裂も同じようにして、的に狙いを定める。瞬間、水がアジよりも勢いよく飛び出し、的へと見事命中した。

「神裂!すごい!」

 アジは手のひらを神裂に差し出した。どうすればよいのかわからず、神裂は頭をかしげていたので、アジは彼女の手を取ってハイタッチをした。

「いぇい!」

「………いぇい」

 二人は笑い合って、再び的当てを続けた。

 両親が帰宅すると庭が水浸しになっていて、二人は霊装を握ったまま部屋の中で昼寝をしていた。微笑んだ両親だったが、二人が起きると拳骨を落として説教をした。

 

 後片付けはちゃんとしろ、魔術師として霊装で遊ぶな、とのことだった。アジは謝罪し終わり、両親が離れると神裂に近づいて、「またやろうな」と呟いた。

 神裂は困ったようにキョロキョロとしたが、阿字平夫妻が見ていないことを確認すると、「ええ」と笑顔で頷いた。

 

 その日から、アジと神裂火織は交友を深めていった。

 二人で魔術・肉体の鍛錬を行い、時には食事や遊びを共にした。アジは気にしていなかったが、どうやらこの隣の神裂という少女。天草式の中でかなり重要視されているようだった。明らかに年上の魔術師たちが彼女には敬語を使い、様々な気を使った。神裂はそれを微妙な表情で受け止めていた。嬉しさと困惑だったら、困惑のほうが勝っている。そんな顔だった。

 

 前世の記憶を持ち、魔術師はすべて尊敬できると考えているアジには持てない感覚だったが、それが聖人というものだ。他者を引き付けるカリスマ性を持ち、あらゆる術者を凌駕する魔力を宿し、そして常人では行使できない魔術を使いこなす存在、それが聖人だ。

 

 一般的な感覚をもつアジにとって神裂は超すごい人というバカみたいな感想しかないし、最初に会った時と態度も変えていないが、これまでの人生を魔術にささげてきた魔術師にとってはまさに伝説のような存在だ。自分たちでは決して手の届かない雲の上の御人だ。そしてそんな聖人という自分を、神裂は鼻にかけることなく天草式の一員として活動している。羨望のまなざしを向けざるをえなかった。

 

 

 他方で天草式が作った、自分たちと神裂という明確な区分は神裂を少し孤独にさせていた。天草式の面々は誰も対等に彼女と接することができなかった。それは悪気がないものだったし神裂も天草式の考えは理解できたが、少女にとって居心地のよいものではなかった。

 

 だからこそ神裂とアジはどんどん仲良くなっていった。神裂にとってアジは天草式の中で、唯一、何の気兼ねもなく関われる稀有な存在だ。楽しいことや困ったことがあると、真っ先にアジに会いにいくほどの信頼を神裂はもっていた。

 もっともアジはそんな風に思われているなど、露ほども知らなかったのだが。

 

          ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

  

 二人がであってしばらくたった後、阿字平家の庭で二人の声が聞こえた。

「その術式は、もっと曖昧でいいです。何から何までやろうとすると術の暴走を招きます。」

「おおっ、ありがとう神裂!」

 キラキラとアジの瞳が光った。魔術を使う度にアジの瞳は様々な色に輝く。神裂によると、この特異体質は中々珍しいものらしく、常人よりも魔力が高いことを示すものだった。それを聞いてアジは喜んだ。目の色が変わるなど、まさに能力者のようで痛快だった。この世界にやってきてアジは幸運続きだった。

 

 

 二人はいつものように魔術の鍛錬をしていた。アジは貪欲に魔術について学習していった。特に神裂には前世で見た漫画やアニメの技ができないか、聞きまくるのが常だった。ほとんどは再現できず、また再現しても威力が足りなかったりするものばかりだった。しかし、今練習中のものはかなり良さげだった。

「よし、もう一回やるから見てて」

 

 

 アジはそう言うと手にはめた手袋型の霊装に魔力を流す。

アジが手を伸ばすと目の前の的がスパンと子気味の良い音を立てて両断された。

凄まじい切れ味である。

 見えざる刃は庭の土に跡をつけながらアジの手袋に収納されていった。

 

 

 それはワイヤーだった。手袋型の霊装は単純な魔術的な命令を組み込んだもので、ワイヤーを射出しそして引き戻すだけだ。しかし、これを勢いよく行えば刃のようにモノを両断できた。当初は、吸血鬼の出てくる漫画の執事や、二つの里の殺し合いの漫画に出てくる忍のように、無数の糸を操る魔術を考案していたが、技術的にまだまだ厳しいということで一本で試しにやってみたのだ。

「やった!」

 アジは神裂に向かって手を差し出す。神裂はもう慣れた様子で、ハイタッチしてくれた。

 

 

 アジは未だに魔術の影響で輝く瞳を神裂に向けた。

「カッコいいでしょ!」

「ええ、まぁ。カッコイイかは置いて。流石ですねアジ、これを戦闘で使われたら脅威ですね」

 アジは神裂に褒められて嬉しそうに微笑んだ。アジにとって魔術をほめられるのは何よりも嬉しいことの一つだ。転生して最も打ち込んできたのが魔術なのだ。魔術を肯定されることは、転生した新たな人生そのものを肯定されるようで、なんともいえない安心感をアジに与えた。

「しかしアジ。一つ気になっているのですが。」

アジがニコニコしていると、神裂は続けて口を開く。

 

 

「貴方はこれまでも色々な珍妙というか、独創的な魔術を考案してきましたが、本か何かを参考にしているのですか?中には、まるで見てきたかのように説明するものまでありましたし」

 アジは神裂の疑問に、アハハと笑ってごまかした。流石に前世の記憶ですとは言えなかった。魔術的に前世などを話に持ち出すとロクなことにならないことは容易に想像がついたからだ。もちろん、天草式の人たちは仲間意識が強いので大丈夫だろう。しかし他はそうではない。狂気的な魔術師の耳に前世の記憶を持ち少年阿字平の噂が入ったら、開頭されあらゆる魔術拷問をされる………かもしれない。アジはそこまで想像して、話すのを控えていた。

 

 

 アジが笑ってごまかすと、神裂は頭をかしげる。納得はしていないようだが、しかしこのままいけば有耶無耶にできるだろう。アジはそう勘定して手袋に魔力を込めていく。神裂がその様子をじっと見ていたので、アジは神裂にもワイヤーの術式の鍛錬を勧めた。神裂はそれに承諾し、隣り合って鍛錬を始めた。

 

 

 アジも上達は早いほうだが、神裂のそれは次元が違う。二、三度ワイヤー術式の具合を確かめると、彼女は一瞬で的を十字に両断して見せた。二つの意味で目を輝かせて驚くアジ。それもそのはず、アジは未だ一本のワイヤーしか扱えないが、この数十分で神裂は二本のワイヤーを自在に操って見せた。

「すごいすごい神裂!流石!神裂!!」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 アジがどんなに努力しても、神裂はその努力を超えてするすると術式の質を向上させていくのが常だった。本来ならば、ここでアジは少女に対してコンプレックスの一つでも持ってもよいはずだった。実際、本当の子供同士ならばアジ少年のプライドはズタズタなはずだ。けれどもアジは転生者である。精神年齢でいえば自身の両親すら超えているのだ。何十歳も離れている子供に嫉妬することは、幸いなことにアジには皆無だった。

 

 

 それに、自分の考えた魔術を喜んで使いこなしてくれる少女は、アジにとって妹や、はたまた教え子のようにすら思えている。だから神裂が様々なことで成功するたびに、アジは純粋な好意のみを向けるのだ。

 

 

 しかし傍から見れば、アジはまだまだ幼い少年だ。アジの心情をカンペキに理解できるものなどいるはずもない。アジの神裂に対するその暖かな好意は、アジという少年の心がどれほど純粋で美しいものなのだろうかと、天草式の面々を感動させていたことは、アジが知る由もないことであった。

アジは自分の評価も知らずに笑う。アジは楽しいなぁと改めて思う。転生してからの日々をアジは謳歌していた。

 

 だが、ときに悲劇は訪れるものである。

 練習をしている二人の前に、現れたのは天草式の魔術師の一人だ。歳の頃は中年、実力は年相応に優れている男だった。そんな男が脂汗をかき、息を切らしながら登場した。

男はアジに向かって、半ば叫ぶようにして言った。

 

「ご両親が、亡くなった」

 アジが構築していた魔術が霧散した。魔力の影響で彼の瞳はゆらゆらと揺れている。

 


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