虹色のアジ   作:小林流

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第20話

 とある路地裏で大量のごみが散乱していると警備員に通報があった。駆けつけた警備員の一人は眉をひそめて見回す。散乱する生ごみ、特に魚介系の生臭さがひどい。なぜか腐乱してはいないものの、その量が異常だった。水族館をひっくり返したような多様な海洋生物の破片が散らばっていたのだ。

 

 

 警備員はすぐさま清掃用ロボを収集して、片付けの準備に入った。

ふとそこであるものを目にする。それは生ごみにしては大きい塊だ。

まるでハンバーグのような、肉の塊だった。警備員を悪寒が襲った。それはまるで、一人の子供がうずくまっているように見えたからである。彼はさらに別に救急車に連絡した。考えすぎだろうと、彼は不安をぬぐうように肉塊に近づいた。そして触れて、動かしてみる。

 それは、生ごみではありえないほどの重量だった。

 そして警備員は見てしまった。肉塊の下に隠れるように、子供服が落ちているのを。

 

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 連絡を受けてカエル顔の医師は分析を行っている。目の前には一つの塊。食肉店で見られるような肉の塊だ。肉にはいくつものチューブがつながれていて、多様な機材に連結されている。機材は様々なデータをモニターに映し出す。肉塊の質量、血液量、生体電流、そしてDNA。

 

 彼はそれらのデータを全て見たうえで、総合的に判断を下した。

 これはあの少年の体に間違いないと。彼は神妙な表情で、部屋を出た。向かうのは受付だ。そこに少年を助けた警備員たちがいる。医師の顔を見ると、数人の警備員たちが駆け寄ってきた。彼らは移動する。とても人前で話せる内容ではなかったからだ。

 

 

 移動してきたのは空いている病室。冥土帰しは、自分の判断を伝えた。屈強な体つきの警備員は歯ぎしりをして床を殴った。鉄装は頭を押さえてベッドに腰かけ、その他の同僚たちも消沈していくのがよくわかった。

 

 そして彼女。

 黄泉川は呆然とした表情で、ただ立っていた。普段の快活さなど、一切感じさせずにただ立っている。天井からワイヤーで吊られた人形。そう表現した方がよいと感じるほど、生気が急激に失われている。

 

 

 黄泉川たち第七三支部は、アジ少年の保護から彼の情報を集め続けていた。

キメラ研究をしている科学者をピックアップし、これまでの研究データを虱潰しに確認した。けれども、アジのような人間のDNAを混ぜ合わせるような実験のデータはどこにもなかった。無論、アジに対する過激な研究ゆえにおそらくは秘密裏の実験だということは全員がわかっていた。しかし、それにしても、全くというほどにアジに関するデータは存在しなかった。影すらない、全くの0だった。

 

 

 どれほど、アジには深い闇が関わっているのか。黄泉川たちは戦慄すると共に、だからこそ決意したのだ。彼を守ろうと。なんとしても救おうと動いていた。

 

 教員としての信念と持ち前の善性から、彼のことを日々見守っていた。保護した黄泉川だけに負担はかけられないと、持ち回りで彼の様子を見ていたのだ。黄泉川と彼が出かけるときには、一人は怪しい人物・機械・カメラがないか確認してきた。

 

 

 それでもだ。そこまでやってもアジに関わりそうな人物どころか、悪意らしいものすらなかった。誰が、どのように切り取っても平和なひと時だった。無論、ずっと監視ができるわけでもない。それができるほどの人員も余裕もなかった。彼が黄泉川の家に住むようになって三日目に、彼女は上司に直談判して最新鋭の発信機を入手。アジの着ている服に毎回つけることができるようになった。

 

 

 それゆえに第七三支部は一時、アジの監視を緩めた。たった一日、発信機のチェックもかねて誰も近くにつかなかった。

 その結果がこれなのか。その場の全員が同じことを思った。

 

 

 現場に駆けつけた警備員は、発信機が子供服についていたこと、異様な重量のある肉の塊があったこと。事件の可能性が高いことがすぐわかり、救急車は一番近くのカエル顔に医師のいる病院へ向かい。

 あの警備員はその発信機の電波から、第七三支部へ連絡。放課後の職員室で仕事をしていた黄泉川にもすぐに連絡がきたのだ。

 

 

「なんで」

 黄泉川は言う。

「なんで、あいつがこんな目に遭わなくちゃいけないじゃん」

 彼女は誰に問うわけでもなく言う。ふらふらと少し歩き、崩れ落ちるように床に座った。

 

 

 共に住み黄泉川はアジのことを深く知った。彼は非常に優しく聡明だった。アジは黄泉川が彼に住むところや食べるものを提供していることに気付いたようで、黄泉川に事あるごとに感謝を表した。黄泉川が帰るとすぐに出迎えてカバンを運んだ。部屋を片付けておき、風呂の用意をしておき、食事の用意すらしてくれていた。

 

 

 アジが初めて見るものばかりだというのに、電化製品等をすぐさま使いこなした。好奇心も強く、外の世界や科学、黄泉川とカエル顔の医師以外の人間にも興味津々といった様子になった。

 

 

 特に食べ物に関しての意識は高かった。色々なものを夢中で食べた。無表情だったが、目は輝き伸びる尾をふるふると振っている姿は、とても可愛らしく見えた。

それは人間だとか、そうじゃないとか。そういう問題が小さいように感じられた。

 

 

 黄泉川は思う。彼は他の子供たちと何も変わらなかった。彼には子供たちと同じように未来があり、笑顔で生きる権利をもっているはずだ。なのに、なぜ。

 黄泉川の様子を見て、カエル顔の医師は口を開いた。

 

 

「彼を襲ったのが、どんな組織で誰が裏で糸を引いているのかは一切不明だね?でもね、今回の調査でさらにもう一つ不可解なことがある」

 医師は説明する。それは小さな砂粒のような希望の言葉である。今回調べたあの体、そこからは間違いなくアジのDNAが発見された。その量からも彼の体であることは明確だ。しかし、同時に足りないと彼は言う。

「足りない?」

 鉄装は聞き返した。

 

 

 あの体、そして散乱していた海洋生物たちの破片、サメ、タコ、小魚、ウツボ、甲殻類等の数を見てみても質量が足りないとカエル顔の医師は言うのだ。少なく見積もっても何十キロも足りない。それはアジを害するものが、彼を持ち帰った可能性を示した。同時に、襲撃にあった彼が変異して逃げた可能性もあると、医師は説明した。

 

 

 彼らが気付けるはずもなかったが、その重さはアジの体内にあった魔力量である。多様な生物の体を無理やりつなぎ合わせるための魔力の量が、それだけ必要だったのだ。しかし、その事実は科学的に見れば、足りないと表現せざるを得ないし、とある右手によって消し去ったとは想像もできないので仕方がなかった。

 

 

「楽観できるようなものでない。けれど彼が今日この時、死んだとは僕には思えないね?あれほどの能力を秘めた存在をそう簡単に始末するなんて馬鹿げているし、行動があまりにおざなりだ。わざと彼が死んだように見せつけたようにすら思えるね?」

 医師の言葉に、警備員たちの顔に少しずつ血の気が通ってきた。

 彼の言葉がもたらした小さな火が、警備員の胸に宿った。それは黄泉川も同様だった。彼女は立ち上がる。悲しみに涙を流していれば誰かが助けてくれるような歳は過ぎていた。

 

 

 

 

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 深海で尾をうねらせた巨体アジ。彼はもうすぐ日本海だと気づいた。自分が付けた印から距離を逆算したのである。しかし、そこで思ったのは時間がかかりすぎることだった。このままでは黄泉川を心配させてしまう。もしかしたら捜索願を出されてしまうかもしれない。それは不味いことだった。事件に巻き込まれたわけでもない、単なる偶然の遠出みたいなもので警察の方々にまで迷惑をかけるわけにはいかないと、アジは思った。

 

 

 そのためアジは分裂体だけでも先に向かわせることにした。アジは浮上する。島のごとき巨体を海面に出したときはすでに夜だった。アジは唸り声をあげて体を変異させた。背から伸ばすのはトゲにも似た砲身だった。弾はもちろん、彼の分裂体である。

 

 

 アジは魔術に集中して分裂体を創っていく。以前と同じようにアジの人間体を模したものだ。そして今回は以前とは違って、霊装も分裂体に組み込んでいく。

 

 

 まずは「首飾り」だ。分裂体に持たせれば通信がうまくいくかもしれないためだった。他には以前作成した天狗の扇を模した霊装、他にいくつか。これらを体内から移動させ分裂体へ。分裂体の魔力量が跳ね上がった。

 

 

 アジ本体は唸り声をあげて、背に魔力を集中。砲身が脈動し、瞬間、分裂体を射出した。分裂体は凄まじい勢いで上空へ、そして変異する。人型の背から触腕が複数伸びて、その間に膜が張られる。透明な翼だった。天狗の扇の効果によって到底、飛べないような形態の翼が、少年の体を宙に舞わせる。

 

 

(うおおオッ!すゴイ!空飛ぶのってやっぱり速イナ!)

 アジ分裂体は高速空中散歩を楽しみながら学園都市へ向かっていく。アジ本体も分裂体と共有する視界、上空の景色を楽しみながら海中に潜っていく。これならば分裂体は明日中には学園都市にたどり着くだろう。アジは、黄泉川へなんと言い訳をすればよいか頭を悩ませながらスピードを上げていった。

 

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