虹色のアジ   作:小林流

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アジが戻るまで時間がかかりました。


第21話

 昼頃、アジ分裂体は上空にいた。途中で航空機などにぶつからないよう、かなり高いところを飛んでいる。下を見てみれば親指よりも小さな学園都市が見えた。アジは、翼をたたんで降下していく。勢いが強すぎると危険なので慎重にかつ大胆に翼を動かした。

 

 

 アジは全身から触腕を生やして着地に備え、場所を調整しながら降りていく。

 バシリとアスファルトの砕ける音がしたが、それ以上の被害はないようである。アジが地面に立ったのは、あの自販機の近くである。アジは自販機に近づいて自分の一部を発見する。よしよし、まだ無事なようだ。

 

 

 アジは触腕を全てしまい体を整えていく。手足や体の調子、大きさや見た目なども以前と変化はなさそうだった。しかし、一つまた問題が起きている。大きな問題である。

 股間の清々しさは振り出しに戻っていた。アジはため息をついた。服を作り出す霊装は今後、必ず創るべきだろうと強く思った。

 

 

 アジは自分の肩を変異。クラゲの頭部を生み出して広げていき、全身を包んでいく。見た目はレインコートのようである。晴れている夏場にレインコート。全裸よりマシだが、奇怪な姿に変わりはない。すぐさま黄泉川の家へ帰ろうとアジは急いだ。空には、相変わらず飛行船が飛んでいる。ニュースキャスターは本日の天気を言った。

 

 

「本日7月24日はまさに夏の日差しです。熱中症にはお気を付けください」

アジはビクリと体を止めた。今、あのキャスターは何と言ったのか。気になってじっくりと見てみる。すると日付は7月24日とばっちり書かれていた。

 

 

 アジは思い出す。自分があの少年に触れられてから何日ぐらいたったのか。結果はすぐに出た。10日ほど、アジは学園都市からいなくなっていたことになる。アジはうずくまって唸った。失敗したと思った。アジ本体の空腹によって獲物を喰らった時間を差し引いても、まさかこんなにも日が経っているとは。

 

 

 10日は家出にしては長すぎる期間。いなくなったアジを黄泉川が心配し、捜索しているのは確実であった。まさか自分が不良少年のようなことをしてしまうとは。アジは悩んだ、なんと言えば黄泉川が許してくれるのか、まるで思いつかなかったからである。けれども彼はトボトボ歩くことにした。どんなに怒られても恩返しはしたいと考えていたし、何よりも帰りたいと思ったからである。

 

 

 彼が俯いて歩き、大通りにたどり着くと街中が少し騒がしくなっていた。携帯電話の画面を見る若者たちの話を聞いていると、どうやら高速道路で事故があったようだ。警備員と呼ばれる能力者の治安部隊が出動し、悪さをする能力者を捕らえようとしているらしい。加えて、その戦闘には超能力者(レベル5)が救援に入ったとのこと。

 

 

 若者たちが見ているものはニュース番組ではない、学生が書き込んだSNSだ。空を飛んだり、瞬間移動したりする能力者が普通に生活する学園都市では、SNSの情報が馬鹿にできない。能力があれば、記者が見られないような事件も見れてしまうのだ。

 

 

 そしてレベル5というワードに若者たちは色めきだっていた。アジは黄泉川との生活で知った情報の中に能力者にはレベル0~5までのランクがあることを知った。レベル5はその中でも最高ランクで、学園都市の中でもあんまりいないらしい。

 

 

 アジはそこで思いつく、あの自分を消した少年のことだ。能力を消失させてしまう能力をもつあの少年。おそらくすごいレベルのはずである。であるならば、もしかしたらその事件の救援に向かったレベル5とは、あの少年かもしれない。またもし違っていても、そんな強い能力者ならば、同じ強者である能力消去の力を持つ少年と交流があってもおかしくない。

 

 

 アジは若者の近くまで気配を消して進み、手を伸ばして触腕にして、その先を小さな目に変質させる。目は若者のもつ携帯電話の画面を映した。場所はすぐにわかった。アジはググッとしゃがみ、そして大きく跳躍すると触腕の翼を広げ飛翔した。

 

 

 もちろん事件のあった高速道路へ向かうためである。そこにいるレベル5の顔を覚え、もしくは少しでも話(筆談)をして、あの少年の情報を得ようとしたのだ。すぐに黄泉川の家に帰りたい気持ちももちろんあったが、自分を治せる可能性にまず飛びつきたかったアジである。

 

 

 触腕の翼と霊装の力によって、アジの体は風を切って進む。この速度ならば現場まですぐである。アジの想像通り、現場はすぐに見えてきた。噴煙があがる高速道路を視界におさめ、アジは降下しながら飛んでいく。

 

              ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 幻想御手(レベルアッパー)という音声ファイルがあった。そのファイルを聴いた学生は、能力が飛躍的に向上した。スプーンを少しだけ動かせるのが限界だったものは、大岩を軽々浮かせた。マッチ程度の火を生み出せる者は、火炎放射器のごとき炎をばら撒くことができるようになった。

 

 

 能力に伸び悩んだ学生は嬉々としてそのファイルに手を出した。そのファイルを聞けば自分がどれほど努力しても届かなかった能力が手に入るのだ。ものすごい速度でそのファイルは使われた。

 

 

 しかし、脳を開発して生み出した能力がそう簡単に強化されるわけもなかった。 

 幻想御手には副作用、というよりも本来の目的があった。それは脳波の共有。使用者全員の脳波で一つのネットワークを作り出すことだった。

 

 

 能力向上は脳波を共有することで処理速度が向上、その幅と演算能力が一時的に上がることで能力が増大するのだ。しかし他者の脳を使うということは、他者からも脳を強制的に使われるということだ。常に脳を酷使されるために、脳は徐々に疲弊していき、最終的に意識不明となってしまう。

 

 

 現在、幻想御手によって繋がった脳は1万ほどにも及んだ。そのネットワークを生み出し、とある目的のために使おうとしたのが、木山春生という科学者である。

今、彼女はそのネットワークを利用し、つながった脳の持ち主の能力を使用できた。火や水や金属を操り、様々な攻撃手段を得た。

 

 

 幻想御手の黒幕であることが露呈し、高速道路を逃げていた彼女は警備員に包囲された。しかし、多様な能力を操る彼女に警備員はなすすべもなく倒れていった。

彼女は無敵に見えた。だが、そんな彼女が今や窮地に立たされている。

学園都市最強の七人の一人。超能力者第三位の電撃使い。超電磁砲(レールガン)。多くの異名をもつ能力者、御坂美琴に敗北しようとしていた。

 

 

 美琴は木山に抱き着き放電。木山は耐えきれず地に伏せた。なんとか持ち直そうとしたものの、能力の副作用か頭痛に苛まれ、身動きがとれなくなった。彼女はその信念を吠えた。かつての教え子に行ってきた罪と、彼らの救済を求め喚いた。

 

 

 しかし突如。さらなる頭が割れんばかりの痛みが木山を襲った。叫ぶ彼女の頭部より、何かがずるりと飛び出した。

 不気味な胎児のような姿。

 それは産声を上げた。不快な声をまき散らす化物。幻想猛獣(AIMバースト)と呼ばれた1万人の思念の集合体だ。

 

 

「は?なに、あれ.........?」

 御坂は驚愕する。目の前の存在がまるで理解できなかった。不気味な胎児は宙に浮き、肉体を変質、巨大化させながら移動する。御坂は迎撃のために攻撃を開始、電撃に苦悶の悲鳴を上げる幻想猛獣。しかし、致命傷にはならなかった。

 幻想猛獣は悲鳴を上げてさらに動いた。

 

 

「なんだありゃ!?」

「生物兵器か!?」

「動ける奴でやるしかないじゃんよ!!」

 高速道路にいた黄泉川を含む警備員は暴れる怪物を迎撃するために、発砲する。実弾の威力をもってしても有効打にはならず、逆に巨大化させてしまう。幻想猛獣の触腕が何人もの警備員を吹き飛ばした。その魔の手は黄泉川に迫った。

 

「や、ばッ!?」

 黄泉川は思わず目を閉じたが

 衝撃は来なかった。

 おそるおそる目を開け確認する。見えたのは少年だ。少年はその小さな口で巨大な触腕に喰らいついている。触腕はまるで釘で撃たれたように、その場に固定されていた。

 黄泉川は目を見開いて叫んだ。それは突如、目の前から消えてしまった居候だった。

「アジ!?」

 

 アジと呼ばれた少年は触腕を、どういう原理か噛み切った。そして憤怒の咆哮を上げた。小さな体から飛び出したとは思えないその声に大気は震える。幻想猛獣はギギィと悲鳴をあげる。怪物同士が今、相まみえた。

 

 

              ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 怪物が警備員たちを攻撃しているのを目撃したアジの血液は沸騰しそうになった。アジは温厚だったが、一つだけ我慢ならないことがある。それは仲間が怪我をすることだ。神裂が危ないことをしたとき、建宮が単身で突っ込んだ時、仲間たちが攻撃されたとき、アジはいつも不機嫌になった。今回も同じだ。大恩人である黄泉川の身が危ない。

 

 

 そう考えるだけでアジの体は変異した。触腕の翼はたたまれ落下するように黄泉川の前に到着すると、様々な攻撃的な部位を集めた口で受け止め、そして喰いちぎる。捕食を8年も続けてきたアジは目の前の存在が異常だと看破した。

 

 

 異常な存在に、魔術師は容赦しない。

 アジは体を変貌させていく。眼前の存在を喰らいつぶせるような、攻撃的な姿に変異しつつ、幻想猛獣に突撃した。砲丸のごときアジによって幻想猛獣は後退する。二体は高速道路から落下。アジの変異は止まらない。

 

 

 アジは20メートルほどの巨躯に膨れ上がった。背から複数の触腕を伸ばして長尾を振り回す。黒きゴツゴツとした体に強靭な手足を持ち、頭部は獣と爬虫類を混ぜたようになった。頭部から伸びる数本の角は、彼の怒りを表すように赤熱している。

 

 

 アジは戦闘に入る前に、本体と連携をとった。本体は分裂体の戦闘に集中するために深海にて貝のように変化、そして休眠した。魔力を分裂体に集中できるように、パスは太く変化。準備が整ったことを示すようにアジは咆哮を上げる。狂暴という文字を獣にしたら、きっと今のアジができるだろう。そう思えるほど、凶悪な有様だった。

 

 

 怪物アジは駆け出し、幻想猛獣へ飛びついた。幻想猛獣は巨大な氷を飛ばし、触腕を鞭のように振り回して迎撃する。氷はアジの頭部と腹を抉り、触腕はアジの右腕を切り飛ばした。   

 

 

 しかし、無駄である。怪物アジの目が輝き、欠損部分はすぐに膨れ上がり元通りになった。怪物アジの強靭な口が幻想猛獣の首元に喰らいつき、触腕は体に突き刺さった。幻想猛獣は悲鳴を上げ抵抗するが、アジの両腕からは逃れられない。

 

 

 アジの牙が幻想猛獣の肉を裂いた。触腕から生えた蟹爪のようなものが幻想猛獣を寸断していく。どちらが捕食者なのかは一目瞭然だった。体がどんどん千切られていく幻想猛獣だったが、回復力はアジにも負けていなかった。ぼこぼこと泡立つように体を修復させると、喰らいつくアジの口内へ輝く光線を放つ。

 

 

 アジは飛び退いた。顎が砕かれ、胸には大穴、背は裂けた。しかし、アジもすぐさま修復してしまう。

 人外同士の挙動はそのどれもが空間を揺らし、地を砕いていく。二体は転がるようにして近くの施設へ近づいた。接触した壁が破壊されていく。このままでは二体の攻防によって施設は完全に崩壊するだろう。

 

 

「ちょっとまちなさい!まちなさいってば!」

 可愛らしい声とは裏腹に、二体の体に強力な電撃がぶつかった。ぶすぶすと火傷をする二体は、それぞれ体を修復させて近くにいる人影に顔を向けた。アジは怒りに燃える思考の中でそれが女の子であることに気付いた。しかし幻想猛獣にそんなことは関係ない。攻撃に対する反撃を即座に開始する。水のレーザー、氷のつぶてが小さな体に迫る。アジのやることは決まっている。

 

 

 アジは全身の触腕を広げながら、女の子の前に移動。すべての攻撃を受け止め、怪我を修復して幻想猛獣へと唸り声を上げる。後ろ脚や尾で彼女に怪我をさせないように注意しながら、少しずつ後退していく。その様子を見て彼女、「超電磁砲」御坂美琴は驚いた顔をして呟いた。

 

「アンタは味方ってのは本当みたいね」

 その声に、アジはピクリと反応する。しかし、視線は幻想猛獣に向けたままだ。警戒を怠る理由にはならない。その時、アジの耳に何かが聞こえた。音楽のようなものだった。アジは凶悪な顔を一度振る。そんなことに注意をさいている場合ではないのだ。アジは御坂を早く安全な場所へ移動させるためには、ここを離れず目の前の化物を倒す必要があった。

 

 

 アジは飛び道具を使おうと考える。アジの背中にいくつもの背骨が飛び出したようなヒレが生える。そこに溜まってきたのは赤い稲妻のようなモノ。パスによって本体から流れ込んでくる魔力だった。

 何年もの間ため込んだ膨大な魔力だ。アジ分裂体の中で暴れまわるそのエネルギーにアジの体は少し膨らんだ。そしてアジは大口を開ける。

 

 

 水道で言えば、蛇口を回すようなものだった。

 膨大な魔力は口に殺到して、外へ飛び出した。圧倒的な力。赤黒い火柱が幻想猛獣の半身を千切り飛ばした。巨体にそれは火柱は逸れ、施設のギリギリ横を通って空に消えていった。

 

 

「あっぶなぁ!!!怪獣映画かっつーの!?」

 少女は何か叫んでいる。

 アジは口から煙を漏らしながら敵を見る。まだまだあの程度の火柱、名付けるなら放射魔炎は、いくらでも放てる。

 

 

 アジが二発目を放とうとしていると、目の前に御坂美琴が飛び出してきた。どういうわけか全高10メートルはあるアジの頭部に乗っている。驚くアジ。

「やめろって!アンタの攻撃だと、目の前の原子力施設がぶっ壊れるでしょうが!?」

 

 アジは怒れる少女の勢いにたじろいだ。

 美琴は、自分の声でアジの動きが止まるのを確認すると、幻想猛獣を見る。するとどうだろうか、損壊した巨体は蠢くものの、その体を修復していない。

「初春さん成功したみたいね!よし!」

 

 

 美琴は喜びの声を上げた。そしてアジに命令する。

「アンタ!できるだけアレを施設から移動させなさい!.........早く!」

 アジはびくりと体を震わせて、迅速に動いた。背からいくつもの触腕を伸ばして、巨体を突き刺し、掴み、捕らえると、持ち上げる。そして真後ろへ投げ飛ばした。地震のように大地が揺れた。

 

 

 それを見て御坂はアジの頭から飛び降りると、黒い靄のようなものを展開し怪物を引きちぎり、迸る電撃で怪物を炭化させていく。知識があればわかることだが、それは砂鉄で創り上げた剣であり、電撃は彼女の十八番であった。

 

 

 アジはドン引きだった。自分などより、よほど強力な力をもつ少女に心底驚いた。そこまでしても幻想猛獣は死ななかった。突然、近くに満身創痍そうな白衣姿の女が走ってきた。木山春生だ。彼女は、御坂となんどか大声でやり取りをした。御坂は合点がいったようでさらに強力な電撃を放ち続ける。

 

 

 アジは余波で危険を察知。触腕を伸ばして木山を掴むと、自分の後ろへ移動させる。

そのためよく聞いていなかったが、御坂が幻想猛獣にいくつか語り掛けていたようで、その表情は優しげだった。和解できたのかと、アジは思ったがそうではない。

 

 閃光。

 そうでしか表現できないものが御坂から放たれ、幻想猛獣の中心が爆散。爆音と共に強風が吹き荒れ、幻想猛獣は崩壊した。

 一撃で、あの怪物をぶっ倒したのである。

 

 

 

 怪物アジは顎が外れそうになるほど口を広げた。

 

 

 

 くるりと御坂はこちらを向く。その表情は笑顔だった。あの幻想猛獣をぶっ倒したように。アジは唸り声をあげて、逃げようとしたが後ろにはあの白衣姿の女がいる。急に動くと危険であった。せっかくまた分裂体を派遣できたのに、消滅は勘弁してほしかった。アジは体を変異させていく。攻撃性を示さず、仲間であることを伝えられるように、元の人間体になっていく。

 

 

 そして御坂に対して両手を上げて跪く。頭をグリグリと地面にこすって、敵ではないことを伝える。もう何日も学園都市から離れるのは嫌なのである。これ以上、黄泉川に怒られる可能性は減らしたかった。そう考え、アジは必死になった。彼は無表情だが、瞳から涙を流して感情を示す。貴女の方が強いノデ、どうか攻撃しないでくだサイ。

 

 

 御坂はそれを見て、驚嘆し焦燥する。

「な、何してんの!?つーか、あんた能力者だったの.........って、なんで土下座してんのよ!なんで泣いてんのよ!?ちがうって私はあんたに攻撃しないってば、味方だってば!」

 御坂は自分よりも小さな少年の涙に困惑した。

 


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