虹色のアジ   作:小林流

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第22話

 アジは今、液体の中にいた。以前にも経験したことがあるカプセル型の治療器具の中にアジはいる。アジの視線の先には、カエル顔の医師がいた。液体の中のアジと目が合うと彼は微笑んだ。

 

 

 

 

 時間は遡る。

 幻想猛獣との戦闘後、地に伏せて御坂に降伏していたアジの元に黄泉川を含む警備員たちは駆けつけた。黄泉川はアジの体に触れ、怪我の有無などを簡単に確かめた後、安堵のため息をついた。その様子にアジはおずおずと頭を下げると、黄泉川は彼を抱きしめた。

 アジには見えなかったが、彼女は気丈な顔を崩して涙を浮かべていた。

 

「よかった。本当によかったじゃん.........」

アジは腕と硬い装備に頭を押さえつけられたが、それ以上に心配させていたことがわかった。

 

 

 なぜここまで。アジは嬉しさと同時に困惑する。見ず知らずの者を、なぜこの人はここまで想ってくれるのか。アジにはわからなかった。

 

 

 黄泉川からすれば、アジは研究の末に生まれた悲惨な被害者。しかもそうした過酷な現状でありながら、健全な心をもつ子供だ。彼女の生き方からすれば、なんとしても守るべき者だった。けれどもアジには、自分がどう見られているかなど知る由もない。

 

 

 分からなくともアジは彼女の善性に心底感動し、彼女に恩返ししなければとさらに決意した。その上大恩人などでは到底おさまらない括りに黄泉川がカテゴライズされた。アジは黄泉川に抱きしめられながら、この人のためにどんなことでもしていこうと頷く。

 

 その様子は、全く二人の関係性を知らぬ御坂ですら、それぞれにどれだけ信頼し合っているのか鑑みることができた。無論、心情のズレは凄まじいものだったが。

 

 

 再び保護されたアジは、疲弊し傷を負った御坂たち同様に病院へ。警備員用の移送車に黄泉川たちは乗り込んだ。黄泉川はずっとアジに付きっきりだった。全裸のアジに積んであった毛布を掛けてやり、数度頭を撫でた。アジは流石に構われすぎていると感じてちょっと居心地が悪くなった。アジの計算では8年をプラスすれば、すでに成人しているのである。お酒だって飲めてしまうのだ。もっとも彼の姿でアルコールを購入できる日はいつ来るのか不明である。

 

 

 隣り合う二人は姉弟のようにも見え、近くに座る初春飾利などは黄泉川に対して「弟さんですか?」と聞いた。黄泉川は曖昧な表情をして、「似たようなもんじゃん」と答えた。

 アジの説明をするのは、黄泉川にとって非常に難しいことだった。深く闇に関わることであるので、目の前の学生たちに聞かせたいとは思わなかった。

 

 

「ねぇ、アンタ」

 今度は御坂が近づき、話しかける。アジが幻想猛獣と戦闘したことで、生傷の多い彼女だったが電池切れには至っていない。そこそこ元気な様子で、アジの方を向く彼女。アジは無言で両手を上げた。全面降伏状態である。その様子に御坂は、「だから味方だって!」と焦った。

 

 

 見るからに年下の少年に恐怖されるのは、いくら超電磁砲とはいえ堪える。彼女は、トンデモ能力者でありつつも、少女である。口が悪く、自販機を蹴り飛ばし、とある少年に本気の電撃をお見舞いするが、それでも少女である。御坂の言葉を、その表情からアジは警戒を解く。というか、黄泉川が話している時点で良いやつに決まっているのだ。

 

 

 そこでアジは思い出した。自分の目的は、レベル5を見つけることであったのだ。御坂はその強さからおそらく件の超能力者に違いない、そう考えアジは御坂と交友を結ぼうとする。幸いなことに、御坂はアジに興味を持ってくれたようである。

 

 

「アンタっていったいどんな能力者なわけ?肉体変化(メタモルフォーゼ)にしちゃ規模が大きいし、レベル4は確実だと思うんだけど」

 御坂はアジのことを能力者、それも大能力(レベル4)だと考えていた。学園都市に住むすべての学生が、アジをみればそう結論づけるはずである。しかし、アジはそうではない。

 

 

 アジは頭を傾げて小さく唸った。自分は能力者ではない。この力は魔術であり、自分は魔術師であると彼は伝えたかった。アジは周りを見る。車両には、黄泉川と御坂、初春、その他の警備員がいる。こんなに大勢には魔術師であるとは言いづらかった。アジが答えずにいると、黄泉川はアジに助け舟を出した。

 

「ごめんじゃん、この子ちょっと訳ありでさ。うまく話せないんだ」

「話せないって」

 黄泉川の表情を見て御坂は口をつぐんだ。彼女は聡明だ。それだけで色々察することができた。目の前の少年は、あまり良い境遇ではないのだろう。御坂はそんな環境に置かれながらも戦った彼を良いやつだと思った。そっか、と御坂は呟いてアジのグリグリと少々乱暴に、頭を撫でた。

 

 

「アンタもけっこうやるじゃん」

 自分の能力を自負する御坂にとって、この言葉はそれなりに意味のあることだった。アジは、かなり年下の少女に撫でられ、やはり居心地が悪くなる。この学園都市の良い人たちは、みなどうも自分を子ども扱いするようだ。アジは頭を傾げて小さく唸った。

 御坂はそのまま座ろうとしたので、アジはついていき。自分の方を指さして「アジ」と名乗った。御坂は黄泉川を見ると、彼女は頷いている。

 

 

 御坂は微笑んで「御坂美琴」と自分の名を言った。続けてその交流に初春も入り込み、自分の名前を伝える。初春は御坂と同じようにアジを撫でる。アジはまた表情が変わらないものの、居心地を悪くした。

 

 

 アジはここで御坂と縁をつなげておきたかった。あの能力消去の力をもつ少年とコンタクトをとるためだ。御坂の能力ももちろん凄まじいが、自分の体を治すのには向かないだろう。アジは右手を出して指を五本立てる。御坂と初春はきょとん顔。

 

 

 アジは御坂を指さして、その次に右手を開いた。御坂は片眉をあげたまま頭を傾げるが、初春は合点がいったようだ。

「そうです、ここにいる御坂さんは、学園都市最強のレベル5です」

 その言葉にアジは「おオォ」と歓声を上げた。その後も初春と御坂はアジとしばし話していく。

 

 

 

 黄泉川は三人の交流を笑顔で見ていた。アジも子供同士の交流をするべきだと考えていたために、良い機会になったと喜んだ。そしてなによりも、またアジの元気な姿を見れたことが嬉しくて仕方がなかった。よかったじゃん、黄泉川はまた呟いた。

 

 

 

 

              ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 病院につくと御坂たちとアジは別れた。アジはすぐさま黄泉川と共にカエル顔の医師の元へ。医師は安堵して、すぐに驚嘆した。彼はすぐにナースさん達に連絡をしてアジを移動させ精密検査を行った。あれほどの肉塊を残しておきながら、これまでと同じ姿で生活していることが異常だったからだ。

 

 

 アジは様々な検査を行っていき、以前入れられたカプセルの中に入っている。その中でアジは指示があるまで待つことになった。今度はカプセルを壊す必要がないので安心して液体の中にいることができる。液体は心地よい温度に保たれており、体が非常に楽だった。アジはやることもないので、しばし目を閉じることにした。人外の身になったものの睡眠は、昔から好きだった。

 

 

 

 

 カエル顔の医師は神妙な顔で検査結果を警備員たちに話す。

「おそらくだが、今いる彼は以前の彼とは微妙に違う存在だ」

 アジのDNAはこれまで通り検出されたが、その量が異なっている。他にも彼を構成する他のDNAの中には同様に海洋生物のものが多量に含まれているものの、以前の検査結果と微妙に異なった数値を示した。それにだ。それに、彼の体の中には、複数の異質な者が見つかった。鎖のようなモノ、扇のようなモノ、そして精巧な造りの首飾り。どれも世に出回っている金属のようでありつつ、未知の部分がある。正体不明の電波のようなものが出ていた。

 

 

 そしてあの幻想猛獣との戦闘形態。あそこまで急激な変異が果たしてこれまでもできたのか。判断に難しいものの、新たに獲得した能力であってもおかしくない。

 以上のデータから、カエル顔の医師は彼を、研究者が回収したのちバージョンアップされた個体であるだろうと話した。ゲームやフィギュアと同じように、より良いものへと改良された存在だと言った。

 

 

「命をなんだと思っているんだろうね?」

 彼は普段の温厚な雰囲気を殺して、目を細めた。要するにアジは更なる実験によって体を作り替えられたということだろう。あの黄泉川たちが一時的に目を離した瞬間を見過ごすことなく、彼を捕まえ、またもや被害者にしたのだ。おそらくは、あの路地裏にあった肉片は捨てられたものだ。彼を持ちやすく、運びやすくするために、余分な肉を切り取って、研究所で新たな肉を付け足した。

 

 

 黄泉川は射殺さんばかりにデータを睨む。ひいてはその数字の向こう側にいるであろう黒幕をだ。安堵していた自分はなんと間抜けなのだろう。問題は全く解決していなかった。

 

 

 さらに腑に落ちないこともある。どうしてアジは再び黄泉川の前に現れたのか。鉄装は思案顔で話す。何かに耐えるように、自分の思いついたことを口から漏らす。

「バージョンアップ.........新しい能力の試運転?」

全員が鉄装を見た。彼女はその視線に自信なさげに、あくまで仮定ですよと付け加えて話す。もし、新しい能力を与えたならそれを試したくなるはずだ。そしてあの戦闘形態が新能力ならば試運転は、強力な相手との戦闘が必要。今回、アジの介入ができすぎているように感じたと鉄装は思った。黄泉川が危険なときに偶々現れ、しかも眼前には怪物。アジは、能力を使わざるを得なかっただろう。

 

 

 黄泉川はありえないと言った。

「今回の木山春生の発覚、逃亡は今日偶然起きたことじゃん。特に幻想猛獣は暴走によって引き起こされたものだ。それを予測することなんてできるわけがないじゃん」

「その偶然が肝というか、研究者は別に木山春生でなくてもよかったんじゃないですかね。他の場所にいる暴走能力者でもいいし、武装したスキルアウトでもいい。近くに黄泉川さんがいて、危険に晒されれば」

「彼は戦闘形態になり、守ろうとすると?」

 

 

 もしそうならばどこまでが黒幕の手の上なのだろうか。黄泉川は警備員であり、これまでも学園都市の中だけでなく外でも修羅場をくぐってきた。そうした危険な状況に、黄泉川はいることが多い人物だった。加えて子供のために必死になれる人物でもある。

そんな人物がアジを見たらどうするか、暴れる彼を見ても救い出そうと足掻き、最後は信頼を勝ち取るのでないだろうか。そしてアジという少年は、その信頼にたる存在を守るために行動するのではないだろうか。

 

 

 ちょうど、今のアジと黄泉川との関係そのもののように。

「私がアジを保護したことが、そもそも計画の内?」

 黄泉川は足元が崩れ去るような気分になった。自分の信念、仲間たちの献身、そればかりかアジの想いすら踏みにじって、自分たちの計画を進めていく連中の存在。

 許せるはずもない。

「クソッ!!」

 黄泉川は吠えた。周りの同僚たち、医師も声に出さないが気持ちは一緒だった。

このままにしておく訳にはいかなかった。思い通りになると考えるなと、その場の全員が未だ見えぬ黒幕への激情を募らせた。黄泉川たちは、これからどうするべきかを話し合った。アジが未来を生きられるように、そして、黒幕を打ち滅ぼすために。

 




みなさん、泥沼です。
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