アジが再び、黄泉川の家で居候を始めて数日。アジは自由に外に出かけることができなくなった。黄泉川に単独行動を禁じられたためである。10日も家出してしまったアジは、強くでられるわけもなく、その提案に従った。けれども黄泉川はアジの外出について、同僚の警備員と交流をさせることでその日数を増やしていった。
ある日は黄泉川が、またある日は大柄な男性と眼鏡の男性、またある日はさらに別の者がアジと共に外出して、彼に様々なものを見せ体験させた。黄泉川たちはアジが多くの警備員たちと触れ合う機会を増やして、彼が信頼できる大人を増やそうとしたのだ。アジに何かあったときに、頼れる大人が多くいるに超したことがないからだった。
そして大勢の人間がアジの周りにいることを黒幕に見せるためでもある。数が多ければそれだけ牽制でき、相手にプレッシャーを与えることができるだろう。以前の黒幕の動きから考えて、アジを回収し更なる改良を加えたいと考えるはずだった。
そんなことさせてやるものか。
現在はちょうど夏休みだ。教職の仕事は、ある程度自由になった。実験ばかりで外の世界を知らないアジにはたっぷり夏休みの雰囲気を楽しませ、そして怪しい存在は見逃さないようにした。
一方アジは、最近知り合いが増えたことを本当に喜んだ。
こんなに交流できたのは天草式以来である。ああ、そう天草式である。はやく、本当にはやく会いたいとアジは考えている。黄泉川との再会を果たした今、それ以上の目的はなかった。
一応、あの首飾りのおかげで通信は行えており、すでに何度かトライしている。しかし上手くいっていない。分裂体でさえも大分マシになったものの、やはりノイズが生まれてしまうのだ。伝わる言葉もぶつ切りになっているはずだ。体を構成する海洋生物たちが、分裂体でもまだ多すぎるのだ。きちんと通信をしようとするならば、海洋生物の数を減らすしかない。
もしくは数キロとか、すごく近くで通信すれば、あるいは鮮明に声が聞こえるかもしれない。
希望であった消去能力者の少年の探索も滞っている。なにせ、一人で出歩けないのだ。探しようもない。そのため、なんとか黄泉川の協力を得ようと、それを筆談で伝えようとしたが、上手い言葉が見つからず「強い人」という謎解きのような言葉しか書けずじまいであった。
一応、その言葉を読み込んだ鉄装によって、御坂美琴たちとの再会は果たしていた。しかし、やはりというかその場でも筆談は上手くいかず、消去能力の少年とはつながりを持つことができていない。アジはモヤモヤとした日々を過ごしている。
しかし、また同時に今の生活を楽しいと感じていた。これまでの孤独とは無縁であり、興味を引くものに溢れた生活の中で「このままじゃいけなイッ!」と思いつつも思い切った行動を起こすことができなかったのである。魔術について、黄泉川に伝えようにも、彼女は彼女で忙しいようであり、また共に出かけてくれる日がある場合にも、黄泉川以外の大人が一緒になることがほとんどだった。あのカエル医師と黄泉川以外には、流石にすべてを伝えることはできないとアジは感じていたのである。
黄泉川たちとアジの思惑は、やはりというか、ズレているのである。
とある日。うだるような暑さの中、黄泉川、鉄装、アジは歩いていた。
「暑すぎるじゃんよ」
黄泉川は汗だくで呟く。非番ということもありノースリーブ姿の黄泉川の色気はすさまじいが、それ以上に表情が悲惨すぎて誰もナンパなどをすることはなかった。鉄装も私服かつ軽装だ。しかし同様に暑すぎて表情はヘロヘロだった。アジは二人の姿に少々ドギマギするのだが、表情の変化が少ないために悟られることはない。ないのだが、8年間なかった女性という存在にアジはタジタジである。
気付けば目で追ってしまいそうだった。何を、と問うのは野暮というものである。
三人は買い出しのために出かけていたのだが、どうにも暑すぎるということでデパートの途中にあるファミリーレストランに入ることにした。店内に入ると清涼感溢れる風が三人を包んだ。思わず笑顔になる二人。アジも暑さから逃れられて心なしか喜んでいるように見えた。
店員に促され三人は移動し、席に座る。時間は15時を過ぎていた。がっつり食べるのには時間が過ぎている。そのため三人が頼んだのは、夏の定番。かき氷だった。
それぞれ違うシロップのかかったかき氷が机の上に並んだ。黄泉川と鉄装が食べるのを見て、アジも食べだす。
いつもアジはこういう外食の時、最後に食べ始める。それは単におごってくれる人物が食べる前に口をつけるのは、いかがなものかと感じていただけである。しかし警備員たちはそれを見て、これまで食べてこなかったために食べ方を知らず、こちらの真似をしていると考えた。小さなことでも認識のズレが積み重なっているのであった。
アジは久々の直接的な冷たさを堪能している。彼が食べたのはブルーハワイ味のかき氷である。甘く、冷たい。シンプルゆえに、暑いときには最強である。二人はアジに自分たちの味も少し分けてくれた。レモンとイチゴだった。基本でありながら、その二つも美味しかった。アジは小さな尾を無意識に生やし、それを左右に振った。
アジは食べながら、考える。
(毎日ガ、楽しすギル)
これではダメだ。ダメ人間まっしぐらだ。食べて、遊んで、また食べての繰り返し。サイコーだが、ダメなのである。アジは前世でも今世でも、楽しいことを優先しがちで、問題を先伸ばしにすることはあった。その都度、神裂に小言を言われたものである。このままではいけない。小言をいう仲間に会うためにも、かき氷に舌鼓を打ち続けるわけにはいかんのである。
進展させねばとアジは強く思った。
そのため新たな試みをスタートさせる。それは実にシンプルである。もう一体、分裂体を創って学園都市に潜入させることだった。アジはもぐもぐ食べながら、本体の視界と感覚を手に入れる。本体はすでに関東近郊の海に潜んでおり、すぐさま上陸すら可能である。もちろんしないが、久々の陸地に本体も歩きたいとムズムズするのは致し方ないだろう。
感情は体に伝わる。浮上したアジ本体はその凶悪な巨体を海上に現し、ムズムズ感を巨体を震わせることで表現した。怪物の挙動では、不穏な気配のみを見る者に与えるのだが。
アジ本体は、以前と同じく背に巨大な砲身のような棘を生やす。すでに複数の分裂体の意識共有は実験済みである。まさか、暴走などするわけもない!アジ本体とアジ分裂体は余裕綽々といったように小さく笑った。
まぁ、そのどちらもが唸る以外の表現はできていなかったのだが。
ふと突然、黄泉川の携帯電話がなった。
耳に感じる異音に視界が分裂体に集中した。アジは黄泉川を見ると「またあのバカか」と言っていた。顔なじみのアホがなにかをやらかしたのだと、電話との会話だけでわかった。
夏休みで羽目を外した学生や、調子に乗りすぎた科学者をぶっ飛ばすのも彼女のしごとだった。黄泉川は不敵に笑うと、日差しに文句をつけながらすぐさま駆けていった。
残されたのは鉄装とアジの二人である。黄泉川の残したレモン味のかき氷は半分以上もあり、鉄装とアジは半分こしようと、鉄装は提案する。冷房が効いているとはいえ、早くしないと溶けてしまう。アジは、勢いよく頷いて、パクパクと素早くかき氷を口に運んでいく。そして黄泉川の残りにもすぐに手を出していく、溶けるからと急いでパクパクと.........。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
男は仲間に目配せした。答えはすぐに返ってきた。人払いはすでに済んでいる。音や衝撃波等の障壁も万全だった。それを聞き男は腕を振り上げた。
「今だッ!」
叫んだのは必要悪の教会の魔術師だった。彼の怒号によって、様々な魔術が放たれる。狙いは、日本近海に浮上している海魔だった。海魔は計算通りの日数で日本近海に到着、そのまま上陸するかに見えたが、違った。突如浮上し、背から巨大な棘を生やしたのである。そして、そのまましばし硬直したのだ。魔術師たちはその行動に疑問を感じつつも、好機と判断した。
総攻撃が開始された。
様々な魔術師が集った海魔撃退連合。空を舞い、海に立つその軍勢。その人数は数百人にも及んだ。そしてその数百人の魔術爆撃が、海魔に殺到した。炎が、氷が、雷が、輝きが、闇が、呪いが、刃が、銃弾が、海魔に向かっていく。爆音が轟き、爆風が生まれ、噴煙が立ち上った。
小さな島程度ならば跡形もなく消滅させるほどの威力だった。
だが、魔術師たちの攻撃の手は緩まない。緩めるわけがなかった。眼前の怪物は常識の枠では捉えられないからだ。案の定、今も海魔は健在のようである。
時折、噴煙の隙間から牙と眼が見えた。凶相が魔術師たちを貫いた。体が震えそうになるのをなんとか、おさえつけて術式を使い続ける。
海魔と彼らはキロ単位で離れているが、その巨体からあふれる暴力的な魔力の嵐は、彼らを圧倒するのには充分だった。
「いけぇ!」
「攻撃の手を緩めるなッ!」
魔術師たちは叫び出した。戦場の高揚からではない。これは鼓舞する言葉だった。勇気づける行為だった。でなければ、眼前の異常の塊である化物に飲まれてしまいそうだったからである。
続けざまに数十人の魔術師が海魔を中心とする多重魔術結界を展開。半径5キロを覆う巨大結界である。これで海魔の動きは大きく抑制された。例え、潜水し海中に逃げようとしても結界は行く手を遮る。作戦は手筈通りだった。
「準備できました!」
「よし、放てッ!」
十数人がかりで編み込んだ魔力で射出されたのは、巨大な霊装。それは巨大なハンマーだ。25メートル以上、数tもあるそれは、雷となって海魔に突撃、閃光、爆発した。世界を覆うほどの怪物蛇を打倒した雷神のハンマーを模した戦術霊装だった。その威力は驚嘆に値する。他にも、様々な魔術結社の秘匿ともされる超攻撃的霊装が海魔へ放たれる。
魔術師たちの世界から音と光が消失する。そう勘違いしそうな威力だった。
爆音の中で、ついに海魔は咆哮を上げた。おそらくはダメージを与えられているのだ。しかし、海魔は態勢を崩しつつも、背の棘から何かを勢いよく射出した。多重結界をやすやすと突破したソレは、魔術師たちの軍勢に向かってきた。魔術師たちは散ることで、それを回避。ソレは空の彼方へ消えた。
海魔の多様な攻撃方法に魔術師たちはまたもや戦慄したが、そこでふいに海魔は潜水し始める。逃がすものかと、全員が思った。潜水したということは、多少なりともダメージがあるということだ。
潜水する海魔に空や海からの攻撃は決定打にはなりづらい。
しかし、魔術師たちはそこも織り込み済みだった。海の中へ逃げたのならば、海戦に特化したチームを置けばよいのだ。それは、必要悪の教会を救い、世の魔術師たちの中でも一目置かれる存在である。
「頼むぞ、天草式十字凄教」
必要悪の教会の魔術師は祈るような声を上げた。
アジが食事をすると基本的に大変なことが起きます。