虹色のアジ   作:小林流

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アジもいろいろ考えて行動しています。
それが良い方向へいくとは限りませんが。


第27話

 うだるような暑さも冷房の効く部屋の中までは届かない。窓から陽光が部屋の中に注がれている。フローリングの床をキラキラと照らし、あるものを映し出す。それは白い尾のような物体だ。4つ以上もあるそれは、ソファに座る少年へと続いている。

 

 

 アジの触腕である。アジは軟体動物然とした触腕が、黄泉川や他の警備員から当然のようにウケが良くないことに気付いた。そのため、少しでも不快感を軽減するように体表をすべすべにして、色も清々しい白にしたのである。白蛇のように見えるそのウケは半々といったところであり、反応はマシになったといえるだろう。居候というのは気を使うものである。

 

 

 そう居候だ。アジが黄泉川宅へ居候してから、すでに一月以上も過ぎてしまった。時はすでに8月の半ばをすぎ、学生ならば夏休みの宿題に追われるような日付だった。

 アジはリビングにいた。ソファの上に深く体を預けている。

アジはもう一度家の中に誰もないことを確認すると、大きく口を開いた。そこからベロンと出したのは舌と、もう一つ。彼が創った首飾り型の霊装だ。

 

 

 中々、グロテスクな光景だった。体内に収納している霊装を取り出す方法は複数あるが、やはり口等の外へ通じる器官から取り出す方が早く、変異させる魔力消費が少なく済むのである。

 

 

 アジは霊装を手に取ると、目を閉じで集中する。自身の声を霊装に乗せて、同調する他の首飾りへ届けようと魔術を使った。だレカ、応答してくだサイ。ぼくデス、アジデス。そんなような言葉を発し続けること10分。

「あぁアイ、あエア」

(やっパリ、だメカ)

 

 

 もう何度も挑戦し続けている霊装を介した通信だったが、結果はやはりというか実っていない。体内から取り出しての通信は、感度は以前と比べものにならないが、それでも連絡はつくことはなかった。現在のアジは残念ながら人外であり、体を構成する物質は海洋生物が混じり、それらがノイズになっている。それでも、通信を続けるのは「もしも」を期待してのことだったが、無理のようである。

 

 

 アジは小さく唸る。上手くいかないものだと、ため息もおまけについた。

上手くいかないといえば、もう一つの分身体のこともあった。少し前に、彼は新たな分裂体を創り、本体から射出したのだが、その分裂体とのパスは切れてしまっていた。

おそらく「真夏の悪魔・かき氷頭痛」と多分辛党の鉄装の「サプライズ、スパイシースープ」のダブル味覚攻撃によって、集中力がなくなってしまったことが原因だった。

 

 

 あの海面からでた本体で中途半端に創られた分裂体は、中途半端な意識のまま、中途半端な場所へ射出されてしまった。まぁ、以前の触腕と同じように帰巣本能のようなものがあるはずである。いずれ本体に戻ってくるだろうとアジは楽観視していた。まさか暴走をするはずもない。それは大丈夫なのである。

 

 

 もう一つアジの上手くいっていないものは本体であった。やはりアジ分裂体の頭がキーンの後、舌がビリビリしたので本体も苦しんでいたのだろう。気づけばなぜか、体内の魔力をかなり消費してしまっていたのだ。このままでは分裂体の意識を保つのも難しいほどの空腹に襲われそうだったのである。

 

 

 そのため本体はせっかく学園都市に近づいたのに、また大洋に向かったのである。目的地は深海だ。時折、深海には当たりが泳いでいる。図鑑には載っていないような巨大なサメや、ワニにカメの手足をつけたような奴らだ。そいつらを食べると一気に空腹がおさまるのである。

 

 

 本体はまた様々な海洋生物を喰い荒らしながら、急ピッチで深海へ。今は、またもや休眠に近い状態で深海を漂っているだろう。動かなければ魔力の消費も抑えられ、空腹も抑えることができた。なんとか危険な状態からは脱したが、これで本体から新たな分裂体を射出することも、霊装を補充することもできなくなってしまった。アジは思う。まこと運がない。

 

 

 けれどもアジはへこたれない。前向きだったのには理由がある。

 新たな策はすでにできていたのだ。アジは白い触腕の一つを、アジの腰元の根本から千切る。そして集中して形を変えていく。気づけば、アジが二人、リビングにいた。一人は裸で床に寝転んでいる。

 

 

 アジは残りの触腕をブンブンと振って喜んだ。アジはこれまでずっとこの新技を練習してきたのだ。新技とはアジ分裂体がさらに分裂する技である。

 アジはこれを分裂使い魔(アガシオン)と呼んだ。

 

 

 使い魔は当然、質量の少ない分裂体から生み出すのでさらに質量は減るし魔力も少なくできることは限られる。加えて本体から創ったわけではないので、意識の共有もできず今は単なる肉塊である。動かすにはアジが集中して、使い魔を操るしかない。

 

 

 しかし、それらのデメリットを覆すほどのメリットが使い魔にはある。

 それが自由行動だ。アジは今、親切な黄泉川たちのおかげで楽しく過ごしているが、個人での外出を禁じられていた。彼女たちにこれ以上迷惑をかけられないし、何より嫌われたくないアジは誰かと一緒でなければ、家で過ごすしかないのだ。だからこその使い魔だ。アジが部屋で眠るように集中し、使い魔を操ればいい。アジは家に居ながら、外を探索できるのである。

 

 

 アジはさっそく使い魔を起動させる。アジはまず怪しまれないように、ソファに横になった。そして目を閉じて、魔術を行使する。意識と魔力のパスを使い魔につなげる。アジと入れ替わるようにして起き上がった裸の使い魔は、少し伸びをする。

 

 

 手足は動くし、分裂体より劣るものの触腕や他の変異もお手のものだった。自分の肉体を操るのに違和感がないように、使い魔を操るのは実にカンタンだとアジは思った。使い魔アジは、部屋を歩いて服を着る。そして黄泉川の部屋の窓を開けて変異した。分裂体の中から移動させた霊装はいくつかある。それらを利用して、アジは触腕を生やす。そしてそれぞれ半分に分断し薄い膜を張る。触腕の翼でアジは飛んだ。

 

 

 久々の飛行は中々うまくいったようで、彼は勢いよく飛んでいく。まず向かうのは自動販売機だった。あの辺に目的の消去能力の少年がいることを願った。

分裂体は、傍から見れば熟睡しているように見えたので、心配はないとアジは思った。

 

 

 これで学園都市にアジの姿は二つ、そして学園都市の外に分裂もどきが一つ、深海に本体が潜んでいることになった。使い魔アジは気づけないことだが、人間の意識には限界がある。どれほどの天才でも並列処理をし続けることはできないのだ。

 

 

 ただでさえ分裂体時でも本体へ意識が向かわないことが多いアジの意識は、今や本体のことは全く認識できなくなっている。彼は問題ないと考えているようだが、この判断が今後どうなるのか、まだ誰にもわからないことだった。

 

 

 

 

 のほほんと飛行を続けアジは自販機に到着した。近くの道に降り立ったアジ。約束のようにアスファルトにはヒビである。アジが自販機に近づくと、ベンチに座る影が二つ。

そこには腕と額、他にもいくつかの場所に包帯をしている少年と白い修道服を着た少女がいた。少年は疲れたように笑って少女に話しかけていた。

 

 

「散歩にしてはちょっと暑すぎませんかね、インデックスさん?」

 インデックスと呼ばれた少女は、これまた暑さでとろけそうな顔で少年に返す。

「むぅ、でもでもずっと病院に居たんだし、ちょっとは外にでなきゃいけないだよ」

「その日は今日じゃなくても良かったのではないかと、上条さんは思うわけです、ハイ」

 最高気温38度は死ぬってと上条と呼ばれた少年は言い、すぐにしおれて「不幸だ」と言った。二人はだらだらと汗をかいていたので、少年は飲み物を買うようだ。財布から小銭を取り出して、封入口に入れようとし、流れるようなしぐさで硬貨を落とす。

硬貨は転がって、近くの路上排水口へ落ちていった。

 

 

「ふふふ、わかっていたけど不幸だ.........叫ぶ元気もない」

 少年はグシャッ!と勢いよく膝をついて天を仰いだ。額から流れる汗が涙のように頬を伝った。アジはなんだか彼がとってもかわいそうに見えて、さらに近づいた。

 

 

 アジは未だに消沈する彼の横を通って、先ほど落ちた排水口へ。少年はアジの姿に気付いたようでアジの方を見た。アジは自分の腕を細く変化させて、細い排水口に入れる。雨は最近降っていないので乾いていた。そのまま伸ばし、硬貨を掴んで引き上げる。上条はアジに近づいてきた。アジは手を元に戻して、少年の方をみる。

 

 

 アジは手に持った五百円を彼に差し出した。少年は喜んでありがとうと勢いよくお礼を言って、アジの手に触れようとする。彼の右手で。直後。

「まって!?とうま!」

 白い少女が叫んでいた。

 




ようやく会えました。

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