虹色のアジ   作:小林流

28 / 50
そろそろ最終章です。
お待たせしました。
頑張りますので、よろしくお願いいたします。


第28話

 上条当麻はインデックスの声を聴いて動きを止める。目の前にはおそらく小学生ぐらいの少年が、500円硬貨をもったまま固まっていた。

「とうま、すぐに離れるんだよ」

 インデックスの声は硬い。上条は彼女がこんな声を出すときは一つしかないことを知っている。科学では説明できないもう一つの異能の力、魔術に関係するときだけだった。インデックスは小声でつぶやく。肉体変化の魔術、それもそこまで体を弄るなんて正気じゃないんだよ。上条はそれを聞きとり、少年から距離をとった。

 

 

「あなた、所属は?魔術師がとうまに、わたしに何のよう?」

上条はインデックスの言葉を聞きながら警戒を露わにした。炎を操る不良神父や錬金術師など、上条にとって魔術師は厄介な事を連れてくる奴らの総称みたいなものだからだ。上条は拳を握る。もしも、危害を加えるつもりなら、そしてインデックスを攫おうとするならば容赦はしないと身を固くする。

 

 

 だが、目の前の少年はインデックスの言葉を聞くと予想外な行動を起こした。

 背から白くて長い物体、おそらく尾を生やしてブンブンと振ると、自分のことを指さして「まじュツ!まじュツ!」と言った。表情にほとんど変化はないが、間違いなく喜んでいることがわかった。上条は無邪気な少年の姿にしばしキョトンとしてしまった。

 

 

 少年は、上条とインデックスを指さしてまた「まじュツ?」と言った。言い方からして、疑問形だ。意味もなんとなくわかった。インデックスは未だに警戒をといていないものの、上条は少年の反応から敵意を感じなかったので、力を抜いていった。

 

 

「いや、俺は魔術師じゃねーよ」

「とうま!?相手は間違いなく魔術師だよ!?なんで普通に会話しちゃってるの!?」

「いやこいつが本気で攻撃してくる気なら、もうしてるんじゃねーの?って思ってさ」

 それに、と付け加えて「500円拾ってくれたしな」と言った。

 

 

「とうま、いくらなんでものんきすぎるんだよ。とうまは500円あれば買収できる安上り男なの?」

「なんだか不名誉な言いがかりが聞こえるな」

 二人が会話をしていても、少年は首を傾げて待つばかりだった。その様子をみて、インデックスもようやく毒気が抜けたようである。彼女もため息をついて少年を見た。少年は、なおも尾を左右に振っている。

 

 

 少年の名は多分アジというそうだ。多分というのは、アジがあまりにも言語に不自由していたからだった。アジは自分の名前と魔術という単語しかはっきり話さなかったのである。おそらく、上手く日本語が話せないのだ。証拠にときおり唸り声や不明瞭な言葉をむにゃむにゃと発していた。

 

 

「で、おまえは俺たちに何のようなんだ?もしかしてマジで500円拾ってくれただけ?」

 上条がそう言うと、しばし考えてアジは一度頷き、その後首を横に振った。親切心以外にも、彼は何か上条たちに伝えたいことがあるらしい。上条はどことなく微妙な顔をしてインデックスを見る。彼女は彼女で警戒を解いたものの、神妙な顔でアジのことを見ていた。まるで、アジの扱う魔術を観察しているように思えた。

 

 

 アジはインデックスの視線には、気づいていないのか特に反応していない。彼は上条に対して、人差し指を立てる。瞬間、その指は変化、いや手全体が鋭い甲殻類のようなものに変異していく。上条は思わず、うぉ、っとビビってしまう。なんでもありだな魔術はと感心してしまう。

 

 

 アジは、アスファルトから少し移動する。そして、土の上に文字を刻んでいく。ミミズがのたくったような文字は決して上手ではないが、とりあえず読むことができる。そこには、(たすけて)と書かれていた。どうやら目の前の少年もまた、上条に厄介事を呼び込む存在のようである。

 

 

「不幸だ」

 上条はとりあえずお決まりのセリフを呟いてみる。

アジは聞こえていないのか反応せず、さらに文字を刻んでいく。(けすちから)(さがす)(おねがい)と書かれたその言葉を上条はかみ砕いていく。そしてふと、自分の右手をみる。消す力、それはもしかすると。

 

 

「それって俺の幻想殺しのことを言ってんのか?」

 幻想殺し(イマジンブレイカー)。それは上条当麻の右腕に宿る力のことだ。触れれば、それが異能であれば3000度を超す炎も、世界をゆがめる錬金術も、超電磁砲も、最強のベクトル操作能力も、すべてを打ち消す力だ。目の前のアジは、それを求めているのだろうか。

 

 

 アジは上条の言葉を聞いて、興味がわいたのかさらに尾を左右に激しく振った。表情が動かない分、彼は体で感情を表現するのかもしれない。

 

 

 アジは、先ほどの自動販売機に近づき側面に触れる。そして彼は何かをつかみ取った、それは蠢くスライムのようだった。気持ち悪ッ!と思った上条である。スライムは、アジの手のひらの上で、姿を変えた。先ほどの手の変異と同じものに見えた。スライムは、小さな蟹の姿をとると上条に近づいていく。蟹は小さな体の小さな鋏を上条に向けている。ちょっとかわいかった。

 

 

 アジは上条の方をじっと見ていた。どうやら幻想殺しを見せてみろ、ということなのだろう。上条は小さな蟹に、ちょっぴりの罪悪感をもちつつも、右手で触れる。

瞬間、蟹は弾ける。少量の魚やエビの残骸がその場に現れた。少々、グロテスクである。

それを見たアジは、今度は尻尾をペシペシと叩きつけて喜んでいる。またもや不明瞭な言葉を言い、ゴロゴロと楽しそうに唸るアジ。打ち消されて面と向かって喜ばれたのは、そういえば初めてだなぁと上条は思った。アジは笑顔のまま、さらに言葉を大地に刻んでいく。

 しかし、それは上条の表情を硬くさせるものだった。

 

 

(うみの)

(ぼくを)

(けして)

(おねがい)

 

 

 つたない言葉を刻み続けたアジの顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。迷子がようやく家を見つけたように、安心したような雰囲気が出ている。剣呑な言葉からは想像もつかない様子だった。

「.........どういうことだ?」

 上条はアジに話しかけるが、そこにインデックスが割って入る。その表情は驚愕に彩られている。

「あなた、その体.........」

 

 

 アジはさらに首を傾げ、そして

 突然、

 がくんと体を震わせた。

 震えはおさまっていったが、アジは力なく地面に倒れてしまう。人形のように手足を投げ出して。上条は慌てて近づくが、インデックスに遮られてしまう。

 「ダメだよ!とうま、この子に触れちゃダメ!」焦燥が伝わってきた。

 「触れたら、この子の体が崩壊しちゃう」

インデックスはギョッとする上条に説明を始めた。

目の前の少年の、おそらくは最悪な、現状を。

 

 

           ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

「アジ、こんなところで寝るんじゃないじゃん」

 アジが使い魔の操作をしていると、肩をゆすられた。黄泉川が帰ってきたのだ。アジは一時、体を起こす。黄泉川への返事も少なく、すぐさま彼はソファから自室の部屋に移動する。なにせ、あの消去能力者に出会ったのだ、このチャンスを逃すことは許されない。アジは自室に移動するや否や、ベッドにいくのも惜しんで床に寝転がる。目を閉じて、自分の使い魔とパスをつなぎなおしていく。場所は正確にわかっていたので、意識をつなげるまで5分もかからないはずだ。焦らず急ぐと彼は決意する。アジは深呼吸をして集中し、再び目を閉じた。

 

 

           ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 二人は倒れる少年の前で話す。

「この子の体、変なんだよ。全身に魔力が通い続けてる。非効率すぎるんだよ、普通の魔術師がやってたらすぐに調整に不具合が出て自滅しちゃうはず」

 

 

 人間でいえば全身を力み続けているようなものらしい。そんな状態では、歩くことも呼吸することもままならないはずだ。でも、目の前の少年はそれを行っている。人間では不可能なことをし続けている。

「ちょっと待て、じゃあなんだ?こいつは人間じゃないってことか?」

「.........そういうことになるね」

 インデックスは倒れているアジの手に触れ、さらに詳しく魔術の解析をしていく。みるみるうちにインデックスの表情が青くなっていった。

 

 

「こんなことって」

「おい、ちゃんと説明してくれ」

インデックスは話す。今倒れている少年の体には、人間の部分がほとんど残っていないという。体を構成しているのは魚や蟹などの生き物たち。イワシが群れで大きな魚の真似をするように、膨大な魔力で無理やり体を人間にしているに過ぎないとのこと。魔術世界でも、肉体をここまで大幅に変化させるなんてことはしない。

 

 

 そもそも意図してできるようには、人間の精神はできていない。自分の腕を切り裂いて、代わりに魚を移植するような精神は常人には持てない。まるで拷問のようだとインデックスは言った。

上条は自分の手足が無理やり魚や蟹に置き換わっていく様子を、思い浮かべる。正気でいられるとは思えなかった。

 

 

「魔術系統もめちゃくちゃなんだよ。パスのつながりから遠隔操作型の使い魔の術式と、偶像崇拝の理論を応用しているのはわかるんだけど、後は混ざり合いすぎて判別できない。多分、意図した術式じゃない。魔術暴走の結果、この体を維持しているだけってことかも」

「待て待てインデックス、急に専門用語を並べられてもわからないって」

「つまりこの子本人は、どこか遠くにいて、人型にした肉体を操っているってことだよ。今はその意思も途切れちゃってるみたいだけど」

「ラジコンみたいなもんか」

「.........らじこん?」

 インデックスは科学用語に顔をキョトンとしながらも解説を続ける。

 

 

 アジの本体は身動きが取れない。しかし、離れた場所へ意思疎通を図る必要があった。地面の文字を見るに、助けを求めてのことだ。そして彼は非常に非効率な使い魔を生み出した。いや、ちがう、おそらくは生み出すしかなかった。

 

 

「この子の体から伸びる二つのパス、そこから流れる魔力量は異常なんだよ。普通の魔術師、千人が生み出せる魔力量よりも多い。そしてそんなことは普通の人間にはできない、聖人だってこんな無暗に魔力を練ったら、すぐに体が弾けて死んじゃう」

 そのことからもアジ本人の体も、人間ではない別のナニカになっている可能性が高かった。インデックスの見立てでは、魔術の暴走に巻き込まれた子供の魔術師だろうと見ている。人型の使い魔が少年の姿をしており、わざわざ大きく本人の体を変えることはないからだ。

 

 

 そして、そんな人外の身では、人間の魔術は上手く機能しない。魔術は人間が扱う技術だ。それ以外の存在は上手に扱うことができない。だから彼は人外の術で使い魔を用意した。人間の部分を混ぜ、他の生物の肉を使って非効率な使い魔を創るしかなかった。人間の部分を混ぜたということは、自分の体を千切って人形を作ることと同義だった。どれほどの痛みと硬い意思があったのだろうか、上条には想像もつかない。

 

 

「とうま、人間には人間の魂がうまく入るようになってるんだよ。だから人間じゃない体には、人間の魂は上手くはいらない。入ったとしても、その体に合うように少しずつ変異してしまうの。多分、この子の体はもう人の姿をしてないんだよ。だから言葉も上手く話せない、人間としての自我が崩壊してきてるんだと思う。使い魔を十分に操ることもできないほどに」

「だから助けを求めてきたってことか、自分の体を治してもらうために」

インデックスは上条の言葉を否定する。

 

 

「賢明な魔術師ならわかるけど、たぶん彼の体を完全に元に戻すことなんてできないんだよ。自分の体が核として残ってるならいいけど、望みは薄いと思う。魔術の暴走なら、人間の体も他の生き物の体も完全に混ざり合って、めちゃくちゃになってるはず。仮にとうまが彼の人外化した体に触れちゃうと、体のつなぎ目を全部ほどいてしまうんだよ。さっきの蟹みたいに弾けてしまう」

「え?じゃあこいつは何のために?」

「.........死ぬためだと思う。人外の体に精神が飲み込まれる前に、人外の身で暴走する前に、人として死ぬために、彼は助けを求めたんだよ」

 

 

 上条当麻はその言葉が飲み込めずインデックスを見る。彼女の悲しそうな顔が、その言葉が嘘ではないことを彼に伝えた。

 目の前の少年は、魔術の暴走によって人の姿を失い、その体に飲み込まれないように足掻いた。足掻いて、出した結論が死ぬためだといった。インデックスは補足するように言った。魔力量が魔術師千人分の人外の身は、身じろぎ一つで様々な影響を及ぼすはずだと。彼にその気がなくとも、移動するだけで小島程度であれば破壊されるだろうと。

 それは魔神ならぬ、魔獣だ。

 生きているだけで罪深いとされる、悪を振りまく怪物。

 

 

 こいつは上条の力を見た時に、どんな様子だったか。安心した様子だった。まるで、これ以上苦しまないで済むことを知ったかのように。

「なんだよ、そりゃ」

 上条は歯嚙みする。目の前の少年がそんな目に遭っていいようにはみえなかった。

アジは、また体をピクリと震わせた。意識がもどったようで、二人の方を見た。彼はふらふらと立ち上がり、先ほどの言葉を指さす。

 

(うみの)

(ぼくを)

(けして)

(おねがい)

 

 そして懇願するように、彼は頭を下げた。 

 上条は何も返せなかった。

 

            ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 とある場所、その部屋には扉も窓もなかった。部屋中を駆け巡る大量のチューブは部屋の中央の筒のようなものに向かっている。筒の中は赤い色の液体で満たされ、中には人影が一つ。緑色の手術着を着て逆さに浮く人間だった。

 

 

 アレイスター・クロウリー。学園都市統括理事長、科学の都のトップだった。彼は部屋に浮かぶいくつもの映像を見ていた。そこにはツンツン頭の少年と、白い尾を生やす少年が話しているのが見えた。

 彼の近くにはサングラスに金髪、アロハシャツ姿の男がいる。アレイスターは男に話しかけた。

 

 

「君たちの世界の怪物が紛れ込んでいるようだ」

「入れたのは、お前だろう。アレイスター」

「入れただと?アレが勝手に入ってきただけだよ」

 

 

 アレイスターはどこか楽し気に言った。他にもいくつかの画面が映し出されている。それは様々な時期、様々な媒体の映像だった。

 

 

 一つは、ニュース番組、とある事故で奇跡的に全員救出された漁師のコメントだ。

助かった後も、顔を恐怖に歪ませる漁師の一人は語る。「夢だったのかもしれません、集団催眠だったのかもしれません。むしろ我々はあれが現実であったと、信じたくないのです。あんな、化物がいるなんて」

 

 

 一つは、SNSに投稿されたいくつかの映像。海辺で遊ぶ家族の後ろの水平線に見える赤黒いナニカ。旅客機の横を通り過ぎる赤黒い火柱。

 

 

 一つは、学園都市制の衛星が映し出した写真。太平洋、そして日本近海に見える赤黒い雷撃のようなもの。続けて映し出されているのは潜水艦のカメラ映像。海中に見える、あり得ないほど巨大な移動物体、ライトに反射する目玉と牙のようなもの。

 

 

 そして最後、海上にいる怪物から射出された棘が、形を変え人型になる場面。その人型が学園都市に降下する映像だった。

 

 

「海魔と、君たちは呼称している巨大生命体。私が観測したものによると、全長はもうすぐ千メートルに達し、さらにその巨体維持のためか様々な海洋生物を喰い荒らしている。この都市の科学者数名はあの生命体に気付いたようで、嬉々として無人機を差し向けたが.........」

「前置きはいい。ハッキリ言ったらどうだ、アレイスター」

 

 

 サングラスの男はいら立ちを隠さずに言う。彼、土御門元春は学園都市のスパイとして活動しているが、雇い主に対する忠誠心などこれっぽっちもない。あくまでギブ&テイクの間柄だ。むしろ土御門はアレイスターのことが嫌いだった。何を考えているのかわからない、目の前に漂う人間を、心底嫌悪している。

 

「ふむ、そうかね」

 他方でアレイスターには何の感情も浮かんでいないように見えた。土御門に対して興味がないのか、それともそもそも感情がないのか、判別できない。

 

 

「では単刀直入に命令しよう。いくつかの人員を貸し与えるので、海魔から分裂したあの個体を始末してくれ。頭部を銃器で打ち抜けば死ぬだろう。それでも死ななければ、適当な施設に放り込んでおいてくれ。科学の領土で、神秘の怪物が動き回るのには、時期が悪い。イレギュラーなことをされては少々プランに関わってくるのでな」

 

 

 アレイスターは薄く笑っている。その真意を掴めるものはいない。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。