よろしくお願いいたします。
アジは二人の前で、説明を続けた。
尾でゴリゴリと簡単な地図を描き、学園都市と自分の本体の位置を示していく。時には体全体を変異させ、海にいる本体が怪物であることもなんとか伝えることができた。
しかし、上条たちからの返事は色良いものではなかった。
「悪いけど、すぐにこの場所に行くことはできない」
上条が説明したのは、学園都市を囲む外壁のことだった。超能力開発を進める学生が外にでるためには、体のなかにナノマシンをいれる必要があるらしい。そして白いシスターのインデックスも彼に力を貸してくれるとのこと。何でも必要悪の教会に伝手があり、アジのことを連絡してくれるとインデックスは言う。
アジは親切な二人に感謝した。喜ぶアジに二人は微妙な顔をしているのだが、それに気付けないほどアジは達成感を味わっている。
喜ぶアジに上条は話す。
「つーか、お前帰るところとかあんの?」
アジは小さく唸った。確かに考えてみれば使い魔アジを保管しておく場所はなかった。黄泉川宅へ帰ることも可能だったが、感づかれるリスクがある。黄泉川だけならば良いだろうが、頻繁に出入りするようになった警備員にまで、魔術が露呈するのは防ぐ必要があるだろう。アジが考えを巡らせている様子を見て、上条は言う。
「あー、なんだ。とりあえずウチに来るか?」
アジには知るよしもないことだが、困っている人間を助けてしまうのが彼の性質だった。
3人は歩いてとある学生寮へと到着した。上条の住む部屋は正直散らかっているが、普通の男子学生であればおかしくない範囲である。それよりもアジが驚いたのは、全くよどみなく白い修道服の少女、インデックスも「ただいまなんだよ」と言って入ったことだった。
まさかの同棲である。アジは最近の進んだ若者の恋愛事情に度肝を抜かれている。
「あ、そうだ」
上条はそう言うと、夕食の買い物を忘れていたといった。彼はインデックス共に再び出かけようとした。アジも買い物ぐらい手伝おうと、立ち上がったものの留守番を頼むということで再び座り込む。二人はそそくさと扉を開けて出ていった。
まさか家にまで招いてくれるとは、アジは二人の優しさに胸がいっぱいであった。とにかく消去能力者である上条当麻と出会い、コンタクトがとれたことは大きいとアジは喜ぶ。彼にも予定があるだろうから、すぐに自分と共に海まで行くのは難しい。それは仕方がないことだと、アジは納得していた。いつ行ってもらえるかは予定を立ててもらおうと彼が考えていると、扉からガチャリと音がした。
忘れものだろうか。アジは警戒もせずに扉の方を向く。
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夕方になり、西日が上条とインデックスの影を引き延ばしている。
二人は少し嘘をついた。
彼らはすぐに買い物へ向かわず、上条の学校へと向かった。
夏休み中とはいえ、教員は休みではない。というか逆に新学期も近いということで忙しなく働いている大人たちが職員室にはたくさんいた。そんな中に、声をかけるのを上条は躊躇している。忙しいのに邪魔すんなよという、声なきプレッシャーが上条を襲っている気がした。
上条が職員室まえの扉で立ち往生していると、近づいてくる影が見えた。
非常に小さなその影、見た目小学生の幼すぎる担任、月読小萌である。
「上条ちゃん、どうしたんです?もしかして自習ですか?それなら私が付きっきりで教えてあげますよー」
青髪ピアスあたりなら泣いて喜びそうな提案を、上条は断ってあるお願いをする。
「先生、外出許可の書類ってもらえませんか?」
「外出許可ですかー?立て続けですねー」
小萌は首を傾げて上条を見た。上条はつい先日も外にでたばかりなのだ。学園都市最強のレベル5を殴り飛ばした彼は、後処理の邪魔なので一回出てけと言われ、海へ家族旅行に出かけていた。もっとも、そこでも彼は「天使」と「入れ替わり」の厄介事に関わっていたのだが。
あの外出と、今回は事情が違うのである。本来ならば書類三枚、体内への注射、保証人が必要なほど、学園都市から出ることは難しい。
上条は焦りつつも、順当な手続きを踏むしかないのだ。
小萌はそんな上条の様子をみて、察する。
「きっと人助けなのですねー」
上条はぎくりとした。この自分よりも小さく、幼く見える担任には一生頭が上がらないと上条は思った。インデックスはインデックスで、なんでわかったの?と可愛らしく首を傾げている。
「わかったのです、用意しておくのですよー。でも今日中は厳しいですね、明日また取りにきてくださいねー」
上条にできることはとりあえず一段落だ。彼らはアジ本人に触れて、彼の自殺を手助けする気などなかった。けれども、彼らには具体的なプランはない。だからこそ助力を乞うのである。外の教会に、魔術を領分とする組織であり、インデックスも所属する必要悪の教会に連絡をとるためには、外に出るしかなかった。
上条が外に出れると知ったアジが、自分に触れてくれないと知り、ぬか喜びさせないために、二人は嘘をついたのだ。
また、隣には土御門元春という魔術師がいるにはいるが、彼はスパイだと言うし、頼みごとをして彼の存在が公になるのは不味いだろうと上条は考えていた。
「これで、なんとか.........できんのか?」
上条は似合わぬほど弱気だ。彼は誰かを救い出すことにためらいはないが、彼にできることは限られている。右手は幻想を殺すが、今回はそれだけでは救えない。
インデックスは優しい同居人を見て、表情を曇らせる。彼女は、上条以上に、いや世界の魔術師の中でも指折りの知識をもつ、10万3000冊の魔術書はアジの救出が絶望的であることを、すでに導き出している。酷な話だが、必要悪の教会には、安楽死の術式もある。上条が苦しまず、そして彼が知らぬうちにアジを殺す(救う)こともできるだろう。
インデックスはそれでも構わないと思った。上条が苦しまない結末があるのなら、それに越したことはないのだ。いつだってその右こぶしで魔術師と戦ってきた彼にだって、知らなくてもよい悲劇があってもいいはずだ。
そこで、ふと、彼女はあることに気付いた。
「ねぇ、とうま。どうしてアジは異能を消す力が学園都市にあるって知ってたのかな?」
「あん?どうしてって.........あれ?」
思えばおかしい、なぜアジは魔術を打ち消せるものがあることを知っていたのか。いや、あらかじめ知っていたのにしては、上条の右手に感動しているようだった。つまり、どんなものが消す力を秘めているのかまでは、把握できていなかった、ということだろうか。
では、いったいどこまで彼は知っていて、いつ知りえたのだろうか。
なぜわざわざ、魔術とは畑の違う学園都市に、潜入してきたのか。
上条とインデックスの間に異様な空気が流れる。疑念は、様々な予想を生み出していった。とにかく聞かねばならないことがアジにはあるようだ。上条はインデックスを連れて家に急いだ。
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アジが見たのは清掃業のような恰好をした男たちだった。彼らはアジの姿を見るや否や、手に持ったサイレンサー付きの銃器で発砲する。アジはとっさに触腕を出したが、間に合わない。腹に複数の銃弾が命中し、彼の体はその場に倒れた。
知る者たちが見れば、彼らに戦慄するだろう。
彼らは学園都市の中でも暗部中の暗部。統括理事長が動かす、闇の掃除屋の一つ。猟犬部隊だった。清掃業者に変装した猟犬部隊の隊員は、土足で上がり込み乱暴にアジの体を踏みつける。死んだのだと、隊員はそう思った。しかし、すぐに違和感をもつ。一滴たりとも血が出ていないのだから。
ギュルンと近づいた隊員の足に大蛇のような触腕が絡みつく。隊員はひるまずアジを撃ち続けるが、まるでダメージがないようでアジは頭を軽く振ると立ち上がった。
そして、そのまま走り出す。玄関で待ち受けていた猟犬部隊は彼を迎撃しようとして、無残にも吹き飛ばされた。体の質量が桁違いなのだ。人間の筋力では、人外のアジの動きを止めることはできない。
呻く、隊員たちを尻目にアジは触腕を伸ばす。
隊員の数は今アジが拘束している人員を入れて3名、アジは全員に触腕を伸ばして、骨が折れぬように、殺さぬように動脈を締め上げた。くぐもった声を出した隊員たちはすぐに脱力する。いかに訓練を積んだ殺し屋集団といえでも、体の機能までは向上できない。
アジは、息を吐いて頭を傾げた。なぜ、自分が狙われたのかまるで理解できないからだ。上条当麻が狙われたのかもと思ったが、それにしてはすぐさま発砲してきたのが引っかかった。今までの自分の行動を振り返っても、アジにはこんな連中に狙われるようなことは思い当らな.........あれ?
アジはそこで懐かしきゴミ捨て場生活時代を思い出す。たしか、あそこで怪物騒ぎを起こしたような気がする。加えて、先ほど上条に説明するときに、怪物化したような気がする。
アジはダラダラと汗をかく。もしかして黄泉川たちとは違う部隊に目をつけられていた?ありえるとアジは考える。学園都市の組織だって一枚岩ではないだろうし、未確認生命体を研究する部署があるという噂もテレビでやっていた。
つまり、アジは研究目的で追われているのだと確信する。
そう考えている内に、さらにアジは体に衝撃を受けた。いくつもの弾丸が体にめり込んだ。アジは呻きながら触腕の翼を広げて、飛翔した。
(とにかく逃げなイト)
焦燥する彼はとにかく逃げ出した。落ち着いていれば、それがどれほど迂闊なことかわかるだろう。怪物である自分が唸り声をあげて飛び回れば、さらに騒動になることは明白であったのに、彼は気づかない。
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風紀委員第一七七支部。
夏休み中でも風紀委員の仕事はあるものだ。パソコンのキーを叩いているのは頭に比喩ではない花畑を形成する少女、初春である。書類作成も風紀委員の重要な仕事だった。彼女がキリの良いところまで作業を進め、一息つくのと同時に来室してくる人物がいた。
警備員の一人である鉄装である。何かと事件を通して初春や同僚の白井黒子とも顔見知りになった彼女は、差し入れを持ってきてくれることが多かった。
「お疲れ様、暑いと思ってアイス買ってきたわよ」
「わぁ!ありがとうございます!!」
初春は目を輝かせて、鉄装の手からひったくるようにしてアイスを食べ始めた。どうやら白井や固法などの他の人員は出払っているようだった。鉄装はガメツイ初春に、苦笑いをしてソファに座った。冷房が外回りでため込んだ殺人的な熱を浄化してくれる。
「はぁ、本当、平和でいいわね」
「そうですね、最近は犯罪も少ないですね」
鉄装の言葉に初春は同意する。彼女たちが知る由もないことだが、このひと夏で魔術師が学園都市に侵入したり、錬金術師が塾を占領したり、最強の超能力者がぶん殴られたり、入れ替わりが起きたりしていた。ぶっちゃけイベント過多にもほどがあり、世界の危機がもうめちゃんこ起きていたのだが、彼女たちは気づくことはなかった。
ハハハと笑う二人は実に幸せそうな顔をしていた。
ふと鉄装は部屋にある監視用カメラの映像を見る。夏休みも終盤だ。まるで爪痕を残そうとするかのように遊ぶ学生たちの姿が映っていた。楽し気な様子を見て、鉄装は微笑んだ。彼女は生粋の善人であり、根っからの教師である。子供の笑顔を活力にできる稀有な人材の一人だった。
そして、彼女は自分が世話をするクラスや、知り合いの子供の顔も完璧に覚えているのである。だから、監視カメラのような不鮮明な映像でも誰だかわかってしまう。
触腕を使って歪な翼を創り出している少年の顔を、彼女が見逃すはずもない。
鉄装は息をのんだ。心臓の音がバクバクとなっている。ありえない存在が、見えたからだ。鉄装の雰囲気が変わったことで初春はキョトンとするが、彼女の心情まではわからない。鉄装は急用ができたと彼女に伝えて、部屋から出た。
外に出て、鉄装は走る。監視カメラのポイントまで、全力で駆ける。同時に、彼女は携帯電話を取り出して連絡した。すぐに相手に繋がった。
「どうしたじゃん?」
鉄装は息を切らしながら、言う。今すぐアジの姿を確認してくれと。