虹色のアジ   作:小林流

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第3話

 天草式は魔術師として非公式ながら、悪さをする魔術師や魔獣と戦う仕事をしている。いわゆる正義の味方を生業にしている集団だ。だからこそ魔術によって悪に害をなし、悪の反撃によって傷つくことがある。そして時には最悪の結末を迎えることもあった。

転生してから戦死者を見るのはこれで三度目だ。埋葬される両親を見てアジは、呆然とそう思った。アジの両親は仲間たちから慕われていたことが良く分かる別れだった。涙と後悔にまみれた時間を終えて、アジは家に帰ってきた。もう自分以外、誰も帰ってこない家だ。

 

 

「..................ふぅ」

 アジは重い鉛のような息を吐いた。両親の死はアジにとって堪えるものだった。転生し、前世の両親との思い出をもつアジだったが、それでも生まれてからずっと共にいた存在の消失は苦しく、悲しいものだ。それは純粋な肉親の喪失ほどの苦しみには劣るものだろう。本来ならば泣きわめき、死ぬ原因となった術や術師を恨むのが普通なのかもしれない。けれどもアジはそうした気持ちにはなれなかった。それよりも思ったことは、もっと自分にできることはなかったのか、という「自身に対する不甲斐なさ」だった。

 

 

 生まれてから、アジが考案した術式・霊装は両親も扱うようになったものも少なくなかった。それは相手を捕縛するもの、相手を昏倒させるものなど、様々だ。けれどもその中に、安全に逃げることができるものは一つもなかった。

アジはぼうっと夜空を見上げ、立ち上がる。そして家の中に入り、多様な材料を用意し始めた。

 

 アジにとってきっと両親に対する想いは、本来の少年がもつ親愛ではなかったかもしれない。しかし両親は共に生きる仲間という認識と、そうした関係に対する暖かい想いは確かにもっていた。

「もうこんなことは、起きてほしくない」

 

 

 アジは後悔を原動力に手を動かした。黙々と術式を構築し、誰もが扱えるように改良を重ねていく。必要があれば外に出て、さらなる材料を調達していく。納得がいく完成品ができたのは、数日後の朝だった。

 

 

 

 

 

 阿字平家の前に一人の少女が立っている。

 聖人、神裂火織だった。神裂は、アジの様子を見に家の近くまでやってきた。他の仲間たちは、そっとしておいてやるべきだと言う。自分で現実を受け入れて、出てくるのを待とうと言う。確かにその意見ももっともだろう。しかし、神裂は居ても立っても居られなくなりここに来ている。

「.........アジ」

 

 神裂はあのほがらかな少年を想う。両親が亡くなったあの日、涙をついぞ流すことのなかった少年の気持ちを想う。阿字平夫妻には自分もとても世話になっていた。アジと共に鍛錬し、共に阿字平家で食事をしたのは、もう数えきれなかった。そんな相手が悲しみに耐えているのを知っていて、待ち続けられるほど神裂は成熟していなかった。

 

 神裂は玄関に向かいながら、会ってどうすればよいか、何と声をかけていいか考える。しかし、答えは一向に出てこない。

(どうすればアジを元気づけられるのでしょうか)

 

 神裂は自分に愛想がないことを悔しくてたまらなくなった。霊装に対する知識、戦場を駆け知恵ならば少女の右に出るものは、すでに天草式の中にはいないと言ってよい。幼い身でありながら魔術の申し子である神裂だが、人の心情を解きほぐす術は持ち合わせていない。彼女は、玄関の前で立ち扉に手をかける。

 

 だが、そこから先。一歩が動けない。様々な思いが彼女の中を駆け巡り、体を縛った。

 そんな中、奥の方から、ゴトンという何かが倒れる音がした。

 ちょうどそれは人が倒れるような音だと神裂は思った。顔が冷たくなったように感じた。次に心臓が燃えるように熱くなった。神裂は考えるよりも先に、部屋の中に体を滑り込ませた。

 

「失礼します!」

 

 あまりの焦りに彼女は土足で走り出す。アジの安否のみが彼女の頭を支配した。すぐさまアジの部屋までたどり着き、乱暴に押し入る。

 

 目に入ったのは横になっている少年の体。机の上にはいくつもの材料があり、倒れた時にぶつかったのか、同じものが体の近くに散乱していた。

「アジ!!」

 神裂は叫び、アジを抱き上げる。焦りだけが募る。手のひらで必死にアジの口元や胸に触れる。呼吸、心音の確認だ。丁寧に、祈るように確認する。どちらも正常のようだ。次に、簡易的な術式を使ってアジの体を調べていく。魔力が少なくなっているが、それでも命に別状はなさそうだ。神裂はよかったと、長い息を吐いた。改めてアジの顔を見てみる。

 そこにはくっきりとしたクマ、青白い唇が見える。神裂はそれらをすぐにどうにかする術はない。アジの体を抱きしめておくことしかできなかった。

「ううん?」

 閉じていたアジの目が開かれる。直前まで魔術を使っていたのだろう。瞳がキラキラと輝いている。アジは、神裂の顔を見て抱きしめられていることを確認した。どうも要領を得ないような表情で神裂に話しかける。

「あれ、神裂?どうしたの?」

 神裂の中で様々な熱が噴出しそうになった。しかし、アジの煌く瞳と目が合うとその熱はどんどん穏やかになっていった。神裂はまた長い息を吐いて「心配しました」と言った。

 

「そっか、ごめんね」

 アジは神裂に謝罪をすると、身を起こす。未だ心配する神裂は無意識に体を密着させたままだ。アジは机の上に散らばる材料をどかしながら、ある首飾りを手に取る。それは実に珍妙な形としている。茨の輪のようなもの、翼のようなもの、小さな仏像のようなものが絡まった形状のものに紐が通してあった。

 

 アジはこの首飾りのことを説明する。これは逃走専用の霊装だという。魔力を流すと、障害物をすり抜けながら、同じ首飾りの近くまで高速移動するものらしい。神の子が復活した際に弟子たちに瞬間移動で会いに行った逸話、他神話の俊敏な神々の利点を上手いこと練り込んだものだそうだ。これを天草式全員がつければ、例えば仕事先から高速で隠れ家まで逃げることができるし、迷ってしまった場合にも一か所に集まることができる、とアジは力説した。

 

「お守りみたいにみんなにもっていてほしいんだよね。そしたらもしもの時、みんな逃げることができるからね」

 アジはそう言うと、あくびをしてちょっと眠ると言った。神裂の手をやんわりとほどいて、そのまま横になると規則的な寝息が聞こえてきた。アジの言ったことが神裂の中で何度も響いていた。目の前の少年は、両親の死でへこたれず、今度は皆を守るために行動していたのだ。彼女は目の前の首飾りに目を凝らす。そして緻密な術式構造、吟味された材料に驚く。

 

 おそらく正式な十字教の魔術師が見れば卒倒しそうな造りだった。この霊装は悪く言えば、宗教のごった煮だ。どの宗教も平等に利用している。そこに尊敬の念は見られない。敬虔な信者には到底受け付けられないものだろう。

しかし、神裂は決してこの霊装を否定しようとは思わなかった。これほどのものを創り上げる労力と思いの深さを知ったからだ。神裂は寝ているアジを見て、ため息をついた。

「お守り、ですか」

 神裂の声は部屋の中に溶けていった。

 

 

 少しして天草式の仲間たち全員にアジ特製の霊装、首飾りが配られた。数十の霊装を量産したアジの技量に皆驚き、霊装の機能に再びに驚いた。皆はアジにお礼を言い、その仕事ぶりを労った。

 

 アジの労力によりただでさえ優れていた天草式の隠密性は完璧に近いものとなった。怪我を負う前に霞のように消え、闇から這い出たように奇襲する天草式は、世の魔術師を震撼させた。天草式を危険視した少数の魔術結社による討伐作戦も実行されたが、その力の入れようも空しくただの一人の捕縛も敵わず、ただの一つの隠れ家を暴くこともできなかった。

アジがさらに魔術に励み、少年と青年の境目に達する頃には天草式の名声は確かに世に轟いていた。

 

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