虹色のアジ   作:小林流

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第30話

 黒塗りのワゴン車が路地裏に数台止まっていた。中には黒塗りの装備で身を包む集団、猟犬部隊が乗り込んでいる。そのワゴンには様々な機材と武器が積んである。本物の警察犬と同じように対象の臭いを記憶し、その位置情報を把握できる嗅覚センサーなどが常備されていた。

 

 

 隊員の一人は、その嗅覚センサーを用いて海魔分裂体の位置を隊員に転送している。どうやら海魔分裂体は現在第七学区の路地裏に逃げ込んだようである。人目を避けようとする知能があるのは厄介だった。

 

 

 しかし、もうじき夜になる。そうなれば、猟犬部隊の独壇場だ。様々な戦闘用の装備が、人目を気にせず扱えるのだ。いかに人外の化物といえども、猟犬部隊には敵わないだろう。

 

 

「あー、了解」

 ワゴン車の助手席に乗っていた男は電話を終えると、気だるそうに足を組んだ。白衣と顔の奇抜な入れ墨。彼の一挙一動に隊員は体を固くする。彼の一声で自分たちはカンタンに使い捨てられるからだ。彼の名前は木原数多、猟犬部隊のリーダーだ。

 木原は笑う。本人にはそんな気はないが、歯をむき出しにしたその笑みは威嚇行為にも見える。

 

 

「めんどくさくなってきたなぁ、オイ」

 木原は言った。彼は適当に隊員に説明した。警備員が動き出し海魔分裂体を追っているとのこと。例のサングラスの協力者は、隣人との対応で動けないらしく結局木原が部隊を動かすようになったらしい。それもこれも、最初に突入した奴らが使えないからだ。木原は静かにイラついていた。自分が尻ぬぐいをしている事実は、確実に短気な彼を逆撫でている。

 

 

 ワゴンに取り付けられているカーナビは特別製だ。木原が携帯電話を高速で弄ると、画面が暗転しすぐに監視カメラの映像に切り替わる。見えたのは忙しなく動き回る警備員の姿だ。木原は舌打ちする。

 

 

 いったいどこから情報が漏れたのか?いや、単純に飛び回るアレを見て保護しようとしたのか。こんなにもタイミングよく、動き出して?

 木原は考える。アレイスターはおそらく情報をすべて掲示してはいないのだろう。よくあることだった。とりあえずあの警備員が邪魔すぎる。アレの近くの警備員ごとぶっ殺すことも可能である。そこまで思案して木原は命令を飛ばした。

 

 

「まぁ、流石に堂々とカタギのセンコーぶっ殺すのはやべぇよな。おい、あーあれだ、あれ。部隊の中で一番射撃が上手い奴らでアレを狙撃してこいよ、見られたりミスったりしたら、腕ブチ折るからよろしくな」

 指令と表現するのには、あまりにもザックリとしている。だが、それに意見を述べる者は皆無だった。

 

               ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 黄泉川愛穂は部屋の床で寝ているアジを確認すると、タオルケットをかけてすぐに家を出た。床で寝ていることを、怪訝に思ったもののそれよりも重要なことがあった。ジャージのままの彼女は通話しながら疾駆する。警備員全員に送られてきた画像を見ても、黄泉川はにわかに信じることができなかった。

 

 

「間違いないじゃん!?見間違いとか!?」

『ありえません、間違いなくあれはアジくんでした!』

 鉄装たちはすでに監視カメラのポイントへと急行しているようで、そこから本部の警備員と連携をとり、アジと思しき少年の足取りを追っていた。場所は第七学区、黄泉川の足ならばすぐだった。いったいどういうことなのか、現段階ではまるでは把握できない。電話越しの鉄装が言うには、路地裏の方へ少年は向かっていったとのこと。

 

 

 

 

 

 数分後、全力で走ったおかげで、黄泉川は汗だくになりながらも鉄装と合流することができた。鉄装と二人の警備員は現状と端的に説明する。路地裏に入り込んだ少年は、監視カメラの映像を頼りにすれば動いた形跡はない。そのため警備員たちは虱潰しに路地裏を探索している。

 

 

「いったい何がどうなってるじゃん?」

「わかりません。........アジくんは間違いなく黄泉川さんの家で寝ているんですよね?じゃあ、考えらえるのはアジくんが、いやアジくんの姿をした子供がもう一人いるってことです」

 黄泉川たちの脳内に嫌な予想が這いまわった。そこには噂に聞く、量産型能力者計画がチラついた。それは能力者のクローンを作り出す計画だった。アジのように命を弄ぶ非道の計画だ。あくまでも噂話だと思っていたが、ここに来て現実味を帯びている。

人間をあそこまで作り変える連中だ。クローン技術をもち運用していてもおかしくなどないのだ。

 

 

 鉄装はさらに慎重に言葉を選びながら自分の考えを話した。

「監視カメラの映像では、その少年は何かから逃げているような印象をうけました。人通りの多い繁華街を通って、路地裏に向かうなんて、追手がいるようにしか思えません」

追手。その言葉は、黄泉川達、警備員が怒りをぶつける黒幕を連想させる。アジの姿をした少年は逃げまどい、身を隠しているのならば、彼女たちの行動は決まっている。困っている子供を助けるのが、彼女たちの仕事だった。

 

 

 黄泉川はそのまま鉄装たちと共に路地裏を探索することになった。武器を持たず装備をしていない黄泉川は、ある意味ではその少年の警戒心を解くカギになるかもしれない。鉄装たちがどんなに優しい言葉をかけても、黒塗りの機動隊のような恰好では子供も刺激してしまう可能性があった。

 

 

 いくつかの路地裏を見て回っていると、鉄装のトランシーバーに連絡が入った。内容は路地裏でスキルアウト達が喧嘩をしているとのこと。日常茶飯事の出来事だが、現状ではヒントになるかもしれない。黄泉川たちはその現場に急行する。

 

 

 場所は今いる道から目と鼻の先だった。

 横に二人の大人がギリギリ通れるほど狭い道を進むと、先から髪を染め逆立てているいかにもな不良たちが、必死の形相で走っていた。「なんだあのバケモン!?」そう口々に言いながら黄泉川達の横を走り抜けていく。黄泉川たちは確信する。この先に、件の少年がいるはずだ。室外機やいくつかの水道管などが見える道を曲がり、そして黄泉川たちは目撃する。

 

 

 海洋生物のような触腕を背や腕から生やして、一人の不良を締め上げている少年の姿を。少年が着ている服は汚れ、ところどころ破れていた。中には銃撃を受けたように焼け焦げたような穴も開いている。その顔を、黄泉川たちはよく知っていた。

この夏に出会った少年そのものだ。

 

 

 不良たちの首に触腕が迫った。不良たちは、罵詈雑言を並べて懐から拳銃を取り出した。そして触腕を生やす少年に躊躇なく発砲する。少年は腕で銃撃から頭部を守ると、唸り声を上げた。それに合わさるように触腕が不良の首に伸び、動脈を圧迫。不良は苦しそうな喘ぎを漏らして、すぐに昏倒した。少年は不良をじっくりと見ている。まるで、これからとどめを刺そうとするかのように。

 

 

 ザリッと、黄泉川たちの靴が路地裏の地面をこすった。その音に少年は気づいたようで、黄泉川たちの方を向いた。少年は驚いたのか、触腕を不良からほどくと大きく唸り声を上げた。その姿は出会って間もないアジにそっくりだ。他者に恐怖し、威嚇しているのだと黄泉川たちは思った。

 

 

 黄泉川は思わず歯噛みした。未だに姿の見えぬ黒幕に対して苛立ちを隠せずにいた。アジのような被害者は一人ではなかった。同じように、体を弄られ怪物に仕立て上げられた子供が、もう一人そこにいた。クローンなのかどうかは定かではないが、命を蔑ろにした研究が黄泉川の目を掻いくぐって行われてきた証拠が、目の前にいる。黄泉川は怒りをなんとか押さえつける。

 

 

 今はそうした時間ではない。一刻もはやく子供を助ける時だった。

黄泉川は手で鉄装たちを制して少年に近づいていく。優しい笑みを浮かべながら、一歩一歩近づいた。アジによく似た少年は、両手を前に出して顔を隠す。自分の顔を隠すという行為は、不安の現れだ。断じて、正体を隠そうとする行為ではないだろう。

 

 

「こんにちは、君の名前は?」

 黄泉川は穏やかな口調で話す。しゃがんで、視線を合わせようとする。未だに少年は顔を隠しているが、それでも触腕で攻撃しようとはしてこない。そこもアジと似ていた。彼は攻撃しないものに対しては、とても寛容だ。不良も、彼の姿をみて攻撃したから反撃をうけたのだと黄泉川は思った。黄泉川と少年の距離はもう1メートルもなかった。もう少しで、彼に触れることができるが、焦ってはいけない。

 

 

 黄泉川はさらに少年の警戒心を解こうと、自分の名前を言おうするが、突如、弾けるような音が響く。彼女は、瞬時にそれが学園都市制のスナイパーライフルの着弾音だと看破した。だが、黄泉川の体には衝撃も痛みもなかった。

 

 

 弾丸は、目の前の少年の頬を抉っていた。

 

 

 少年はよろけると、自分の頬に触れる。血は一滴も出ていないその傷を触る、そして瞬間、人型が膨れ上がった。服は無理やり引き延ばされビリビリと破けていく。4メートルはあろうかという獅子や狼のように変貌した彼は、怒りの咆哮を上げる。

 

 

 彼は近くにいたしゃがんだ黄泉川を腹で押さえつけるように移動、後ろにいた鉄装や警備員をその怪腕で掴み、黄泉川の近くに転がした。

 

 

 攻撃に対して、興奮していることがすぐにわかった。このままでは、黄泉川たちはいとも簡単に殺されてしまうだろう。そうはさせない。被害者の子供を、加害者などには決してさせてはいけない。黄泉川は身をよじり脱出を試みるが、さらに破裂音。

 

 

 彼に向けていくつかの銃弾が発射されているのだ。彼の巨体が、偶然にも、覆いかぶさるようになっているため、黄泉川たちは銃弾が当たらない。彼は威嚇のためか、背からいくつもの触腕を伸ばして動き出す。銃弾が飛んできた方へ、怪物に変貌した彼は駆け出していく。

 

 

 残された黄泉川はすぐに立ち上がると、鉄装の元へ。半ば彼女をもち上げるかのようになりつつ、鉄装の胸の辺りから伸びるトランシーバーを掴み上げて、叫んだ。

 

 

「誰が実弾の使用許可をとった!?子供を撃ちやがったのは誰だッ!?」

 彼女の怒りは収まらない。血管が破裂しそうなほど、力が入った彼女によりトランシーバーにひびが入る。どこかのクソ野郎のせいで、彼は怪物になってしまったのだ。怒らないわけがない。しかし、そんな怒れる彼女の肩を押さえつけるようにして、鉄装も叫ぶ。

 

 

「待ってください!今回の私たちの装備にはシールドのみです!ゴム弾すら持っている隊員はいませんッ!」

「なんッ!?」

「撃ったのは私たち、警備員ではありえないんです!」

そこまで叫びあって、黄泉川達は少しずつ落ち着いていった。息を荒くさせながら、少年を撃ったのは誰なのかを考えていき、思い当る。

「アジを研究してた奴ら、黒幕の手足が近くにいる?」

 

 

 そう呟いて、すぐさま黄泉川たちは彼を追いかけた。本部には、怪物化した彼が暴れる映像が流れ始める。クソッタレが、黄泉川は腸を煮えくり返して、走る。

彼女たちは、学園都市の暗部の一端に関わろうとしていた。

 

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 上条たちが部屋の前にもどると、そこには土御門がいた。

「いよー、カミやん。」

 彼はいつものように楽し気に、友人に話しかけた。上条たちも、何ら変化のない彼らのドアを見ながら、土御門に挨拶をする。上条が続けて何かを言う前に土御門は話す。

 

 

「あっ、そうそう!カミやんの部屋にちっこい子供の魔術師いたと思うんだけどニャー。 あいつは俺たち必要悪の教会が、保護したからもうダイジョブだぜい」

「あん?どういうことだよ土御門?俺たちはまだアイツに聞きたいことがあるんだけど」

 上条の言葉を聞き土御門はまた笑う。彼の魔術名は、背中を刺す刃。たった一人の命を守るために、魂に刻んだ魔法名である。

 




上条さん
早く気づいてください


追記、すいません、少し修正しました。

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