虹色のアジ   作:小林流

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遅くなり申し訳ありません。
感想、評価ありがとうございます。
本当に励みになっています!

時間がかかっていますが、かならず完結させますのでもうしばらくお付き合いください。


第31話

 アジは怒りながら、四足で走った。

 自分が狙われるのは理解できた。自分のような怪物を研究したいと思う科学者がいて、そのために自分を攻撃するのはわかる。そしてこの体は単なる入れ物だ。最悪、何かがあっても死ぬ心配などはないし、肉体を運ばれたとしてもパスを辿れば回収することだってできるのである。だから実際のところ、自分を撃った相手にも怒りこそすれ、恨んだり憎悪するようなことはない。

 

 

 しかし、黄泉川や他の警備員に危害を加えようとするならば話は別だ。ほんの数秒、ほんの数センチズレていれば、彼女たちに弾丸は命中していた。彼女たちは、自分のように頑丈でもすぐに怪我が治癒するわけでもない。一つの弾丸が、取り返しのつかない事態に発展する。

 

 

 だからこそ、アジは咆哮している。彼らの行動は断じて許せるものではない。街中で狙撃を行った不埒者どもは、もうすぐそこにいる。

 

 

 彼は獅子のような体から触腕の翼を生やして、飛翔。通行人の悲鳴をよそに、先ほどの路地裏から1キロも離れていないビルの屋上にたどり着いた。アジの視界に数人の機動隊員のような恰好をした連中がいる。手には銃身が長く、スコープのついたライフル。銃に疎いアジにさえ、それらがスナイパーが扱う類のものだとすぐにわかった。現行犯である。

 

 

 アジは低く唸り、攻撃を開始する。もちろん殺すなんてことはしない。驚かせて、首を絞めて昏倒してもらうのだ。それも十分にデンジャラスな行動だったが、人を撃ち抜いた者への慈悲は薄らいで当然だ。

 

 

 背から伸びる触腕はのたうちながら隊員に迫った。彼らは短い悲鳴を上げながら逃げようとするが、人間の速度では逃げきれない。触腕はすぐさま隊員を締め上げた。先ほどの不良と同じく、捕まりながらも発砲する度胸が彼らにはあった。無論、人外であり、怪物化したアジには無意味である。

 

 

 ギリギリと首、胸、腹を締め上げられ、暴れる隊員たち。少しずつその行動が少なく小さくなり、ついには脱力だ。そのまま昏倒する隊員たちを見て、アジは息を吐く。とりあえずはこれで黄泉川達に危険が及ぶことはないだろう。隊員たちから触腕を離し、そのまま放置するアジ。一応、息の確認のために凶悪な顔を気絶した隊員に近づける。

おそらくは、すべての目撃者は怪物が人間を喰らおうとしていると思ったはずである。

 

 

 しかし、アジの行動は中断される。こめかみに再び衝撃がはしり破裂音が響いたからだ。更なる狙撃だった。アジが首を向ける。人外化し巨大化した眼は容易に、狙撃手の姿を視界に収める。彼は向かいのビルの三階にいた。フロアは無人であり、一般人の影もなかった。アジが無傷であることを確認するや否や、狙撃手は駆け出した。

 

 

 アジは、あの男をこのままにしておけば近くにいる黄泉川達を危険に晒し続けると判断した。そのため、彼は三度咆哮をあげた。追いかける準備はばっちりである。

男は三階の非常階段を転がり落ちるようにして下っている。

 

 

 アジは、再び触腕の翼を使い突撃する。飴細工のように非常階段が歪み、男は今度こそ階段を転がる。這うようにして地上に辿りつくものの、目の前には異形の怪物だ。男は覆面の奥からこもった叫びをあげる。アジがその怪腕で、男の体を押さえつけようとする。

 その瞬間。

 

 

 アジの体に大きな衝撃。

 前足の一つを上げていたので、ついよろけてしまうアジ。見てみるとそれは黒塗りのワゴン車だった。狭い道を猛スピードで、車体を削りながらアジに突貫してきたのだ。

ひるんだアジの隙をつき、狙撃手はワゴンに乗り込んだ。ワゴン車はギャリギャリと破片をまき散らしながらバックし、アジから遠ざかっていく。

 

 

 アジは思案する。もしも、彼らが逃げ帰りより多くの未確認生物捕縛部隊を組織したら厄介極まりない。もしかすると黄泉川宅にいる分裂体まで調べ上げられて、強襲されるやもしれない。そうなれば、アジは黄泉川の家にはいられない。

もっとも、上条の力を借りて体を取り戻せた場合でも黄泉川達とは別れることになる。アジは天草式十字凄教の魔術師であり、学園都市に住まうことはない。けれども、アジは思う。

 

 

 ギリギリまで一緒にいたイナ。

 

 

 アジはワゴン車を追った。相手の研究所かもしくは残りの部隊数を把握し、できれば気絶させる。研究すべき危険な未確認生命体にやられたという認識を相手の科学者に与えることができれば、もうチョッカイをかけられないかもしれない。

 

 

 独りきりが長すぎた怪物は、わがままのために街並みを駆け飛翔する。相手がアジが考えているようなモノではないことに気付かぬまま。夕日が沈みかけ、街の電灯が光を放ち始めていた。

 

            ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 髪はポニーテール、シャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ姿。腰にはウエスタンベルトがあり、そこに2メートルを超える日本刀が差し込まれている。実に不可思議な恰好をした彼女。魔術師、神裂火織は日本にいた。

彼女は山の木々の間を天狗のような動きで、移動していた。

 

 

 イギリス清教、必要悪の教会のトップである最大主教から直々の指令が下されたからである。内容は魔術世界の汚点、海に潜む海魔の撃退だ。つい最近、多種多様な魔術結社が手を組み、件の化物へ一斉攻撃を仕掛けた。しかし、結果は敗走。否、惨敗と言い換えてもいいだろう。数百もの魔術師の攻撃に耐えきるばかりか、赤黒い魔力の塊を叩きつけてきた海魔。その戦力は通常の魔術師では荷が重いと、イギリス清教は判断した。

 

 

 そのため通常ではない、尋常ならざる魔術師である聖人神裂が招集されることになったのである。それだけで彼女が、数百人以上の戦力であることがうかがえる。科学の最終手段が核兵器ならば、魔術の最終手段の一つは間違いなく聖人であった。

 

 

 また次の海魔討滅作戦には、英国が誇る騎士団も投入される。その肉体のみの能力で一騎当千の強者達だ。その剣から逃れられる怪物は皆無だ。悪龍を滅した聖人の伝説は枚挙にいとまがない。ただでさえ凄まじい力を持つ彼らは、そうした伝説を模した武器・技巧により人外に対して無類の強さを誇る。威力はこれまで海魔に挑んだ魔術結社なぞ霞んでしまうだろう。

 

 

 他にもローマ正教・ロシア成教が独自に部隊を編成し討伐に向かうとのこと。決戦のその時は近い。知らぬうちに魔術的怨敵として認識されている海魔。ここにとある少年がいれば卒倒するのは確実であった。

 

 

 魔術的探査により、海魔は太平洋に潜んでいることがわかっていた。神裂は日本の必要悪の教会の拠点で指示を待ち、命があれば動く手筈だった。

しかし、彼女はすでに戦闘態勢を整えて、高速で進んでいる。

 

 

 理由は群馬の森林にて異様な魔力を感じたためだ。それは人間のようにも、獣のようにも、怪物のようにも思える魔力の波をまき散らしながら動いていた。ゆえに神裂は超人的な速度でそれを追う。そのようなモノが人に害成す前に、討伐しようとしたのだ。

 

 

「むっ」

 神裂は追っていた魔力が立ち止まったことを確認し、スピードを緩め地上に着地する。夕闇の中でも聖人の視界は良好だ。彼女が慎重に進むと、見えたのは血の跡だ。幸い人間ではない、立ち上る獣臭さがそれを伝える。

 

 

 さらに進むと周りよりも一回り大きな木が見える。その根元で、血を噴き出し事切れていたのは野生の鹿だ。死んでいる鹿の体が揺れている。その腹に喰らいつく影のせいだ。神裂が追っているものの正体であろう。

 

 

 背中から触腕を蠢かすそれは人外そのものだ。どこかの魔術師が召喚した使い魔のようにも見えるし、魔術暴走の産物の怪物にも見える。

(どちらにしても滅する必要がありますね)

 

 

 神裂は決意した顔で、影に近づいた。影をそのまま放置すれば近隣の住民になんらかの被害がでることは確実だった。しかし、なんであれ生き物を殺めるのだ。優しい聖人には堪える仕事の一つだった。神裂はせめて痛みなく始末するために、日本刀の柄に手をかけた。一瞬で7回以上の必殺を繰り出す彼女専用の術式「唯閃」。

 

 

 それを放とうとして、ほんの少しカチンと神裂の日本刀、七天七刀の音が鳴る。

影が敏感にそれを感じ取った。

 動きをピタリと止めて、背の触腕も木の枝のような形のまま静止。

 

 

 神裂は見る。瞬間、影の体が一気に膨れ上がった。

 同時に振りぬかれる刃。

 唸り声、切り飛ばされる肉塊。

 スローモーションのような引き延ばされた時の中、再び刃を煌かせようする聖人。だが、二の刃は放たれない。切り離された肉塊、それは頭部ではなく腕だった。膨れ上がった肉が剣筋を微妙に変えてしまったのだろう。

変貌途中のその腕は、どう見ても子供のものだ。おそらく小学生ぐらいの子供の腕。

 

 

 神裂の脳裏に様々な考えが浮かぶ。子供の姿に擬態していた怪物、もしくは実験体にされた子供が怪物にされたモノ、はたまた死んだ子供の体を使ったブードゥー教を含んだ術式。神裂は誰かを救うために刃を振るう。そのためにできた隙だった。

 

 

 影がついにその姿を現した。

 全長は4メートル程度。龍のような角を生やした凶悪な顔、前傾姿勢の巨体に強靭な四肢、右腕だけは先ほど断ち切られたようで肘から先がなかった。そして大蛇のような尾、背中からはいくつもの触腕と背骨がそのまま飛び出したような背ビレが並んでいた。怪物は叫び声を上げながら、赤黒い稲妻のようなものを迸らせる。口内からは莫大な光が生まれ火柱が神裂に殺到した。

 

 

 神裂はそれを避けない。避けられなかったのではない。後ろの森林等に被害があると思い、そしてその被害により魔術の露呈の可能性を鑑みて、彼女は火柱を素手で受け止める。聖人の膂力により、赤黒い火柱は難なく握りつぶされる。

「迂闊です」

 

 

 神裂は思わず、呟いてしまう。火柱で視界を遮られた時、怪物はすでに疾走し逃げ出している。神裂はまず、切り飛ばした腕を見る。それによって怪物の正体を突き止めようと言う腹だった。その腕を持ち上げ解析術式をかけていくうちに、彼女は悪寒に襲われた。

 

 

 それは怪物が人間を含んだ様々な生命体を混ぜ合わせた体だったからではない、その腕に蠢く魔術に覚えがあったからだ。それはもう8年以上も前。最愛の仲間を失った日に見た実験体に施された術式と似ている。これは命の結合、体の融合の術。命を弄ぶ外法ではなかったか。あの事件の当時の実験体は自分たちによって全員が救われているはずだ。仮に同じような研究をしている魔術師がいようとも、ここまで酷似する術式を使う可能性は低いだろう。

 

 

 様々な思考が彼女の心に浮かんでは消えていく、最後に現れた考え、それは信じたくないものだった。

「............アジ?」

 神裂は絞り出すように声を出した。そして、続けて腕にさらに解析術式をかけていく。怪物の腕が未だに蠢いているということは、怪物の体と魔術的につながっていることを示す。よって怪物の動きを知ることができた。

怪物は真っすぐ進んでいた。

 

 

 先には、あの科学の街がある。超能力を研究するあの街が。

 そして自分がツンツン頭の少年を切り伏せた時に、聞こえたあの声は果たして幻聴だったのか。神裂は冷や汗をかく。あの街に自分は向かわなければならない。

 それは逃亡する怪物を追うためでもあり、自分の疑念を晴らすためでもあった。

 神裂は必要悪の教会への連絡も忘れて駆けていく。彼女の胸には冷ややかな動悸があった。

 

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

「ああぁ?追ってきてる?ならとっとと捕まって喰われろよ。失敗したお前らが悪いんじゃねーか」

 木原はワゴンの中で電話している。相手は切羽詰まった声を上げているが、彼は気にしない。猟犬部隊の隊員は全て屑であり、自分の使い捨ての部下であり、死んだところでいくらでも替えがあるからだ。彼は人員の損害なぞどうでもよいのである。だが、彼が適当に会話しているのには、別の理由があった。木原は焦り電話先の声を聴き流しながら、モニターを見る。そこには暴れ狂う怪物の姿が映っている。それに彼は釘付けになっていた。

 

 

(銃弾をものともしてねぇのは、まだいい。だが、なんだこの変異のレベルは。それにあり得ない形態での飛行。構造上不可能な速度での追走。裏の情報にもこんな肉体変化の能力者はいねぇだろうし。新種の原石なら木原の俺に情報が入ってきてねぇのも不可解だ)

木原数多は、科学の街に巣くう集団、木原の一族の一人だ。彼らは各分野の科学を究め、様々な功績と被害者を生んでいる。そうした背景から、その一族の彼が知らない情報は少ない。科学的なモノであればあるほど、木原数多は知っていなければならない。

 

 

 それがどうしたことだろうか。

 ここまでまるで取っ掛かりのない未知は久々だった。まるで解析できない事象が、怪物に巻き起こっていた。

(おもしれぇな)

 

 

 木原は凶悪な笑みを浮かべた。科学者にとって未知との遭遇は、なによりも代えがたい興奮である。そんなモルモットが目の前にいて、手を出したくならない(実験したくならない)木原はいない。

 

 

(もしかすると、こりゃオカルトか?)

 木原数多は科学以外も許容する。理論を超えるデータは時折見られるものだ。それらを彼は誤差とはみない。誤差が数回続けば、それは一つの別の理論があると彼は考える。科学では導くことのできない理論。すなわちオカルトだ。

 

 

 木原はアレイスターの言葉を思い出す。対象を始末しろ、できなければどこかへ閉じ込めておけ。木原はさらに笑みを深める。怒り狂うように歓喜している。

「あっ、わかったわかった。そうだよな、喰われるなんていやだよな。よしッ!てめえら、こっちの部隊も使って援護するから死ぬ気で逃げろ。いいか、いまから言うところへ突っ走れ」

 

 木原は彼らに伝える。

 目的地は第二一学区。

 ダムの多いその学区に木原の研究所が一つあった。

 




神裂さんのメンタルをようやくイジれそうです。

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