虹色のアジ   作:小林流

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第32話

 高速道路を傷だらけのワゴン車が走っていた。120キロ以上もの速度で走る車体は、風圧によって破片をばら撒く。いつ事故が起こってもおかしくない危険運転だが、警察や警備員等の治安維持部隊は駆けつけない。情報が錯綜し、隠蔽されているからだ。ワゴン車に乗り込み運転している暗部である猟犬部隊の行動が明るみになることなどない。

 

 

 だが同時に、猟犬部隊のメンバーに何が起ころうともそれが公に晒されることがないのだ。例えメンバーの誰かが死亡しようとも、学園都市の日常は変わらない。それが暗部のルールだ。

 彼らは今、必死に逃げている。空を飛ぶ異形の怪物から、少しでも距離を稼ごうとさらに速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 分裂使い魔アジは獅子のような体を変異させていた。より飛行に適した体へと変貌する。その姿はどことなく絶滅した翼竜のように見える。凶悪な顔はそのままに、枝分かれした触腕がより長く伸びる。翼長は10メートルほどもあった。対照的に胴体は小さくなり2メートルもなくなっている。しかし尾だけは長いまま不気味に空をのたうっている。

 

 

 アジの眼は、ワゴン車が高速道路から降りるのを目撃した。すっかり暗くなってきたが、アジは鳥目ではない。片方がつぶれた赤いテールランプの光は、どんどん人気のない道を進んでいく。

 

 

 アジは知らないことだが、第二一学区は学園都市の水源であるダムを中心とした地帯だ。さらに平坦な地形を基本とする他の学区とは違い、例外的に山岳が多い。そうした関係上、様々な設備や研究所は地下に建造されていた。山道を行くワゴンは案の定トンネルへ、そしてオレンジ色のライトが続く地下へと進んでいった。

 

 

 アジは翼を瞬時に収納、落下しつつ飛行形態から四足獣形態へ変貌する。ズドンと巨体の強靭な四肢がコンクリートを砕くが、怪物アジの体にはダメージは全くない。人外の身を十全に扱うアジは、ワゴン車を追った。地下道はなぜか他の車両が走っていなかった。どんどん側道を進み、地下へ潜っていく車両と怪物。

 

 

 十数分ほどすると、アジはワゴン車が停車するのを見る。トンネルの先がシャッターで閉ざされており、それ以上進めないようだった。扉を乱暴に開けて飛び出してきた隊員たちはシャッターを叩きながら喚き散らしている。「おい!話が違うじゃないですか!?」等と聞こえてきた。

 

 

 アジはちょっぴり不憫に思いながらノソノソ隊員たちに近づく。隊員たちは短い悲鳴を上げて体中をシャッターに押し付けている。少しでも怪物から離れるように。

 

 

(もしかしてこの人たちは見捨てられタノ?)

 アジは恐れおののく眼前の大人たちを見て、そう思った。もしかしたらここには研究所などもなく、単に時間稼ぎとして誘い込まれただけなのだろうか。それならばここにいる意味はない。せめてもの情けとして、すぐに意識を刈り取りこの場を離れようとアジは思った。その上で、学園都市からこの分裂使い魔を本体に向かわせればよいのだ。そうすれば、とりあえずアジ分裂体の居所はわからなくなるはずだった。

 

 

 思考をまとめたアジは唸りながら隊員たちに肉薄する。触腕はプロボクサーのジャブのような素早さで隊員に迫った。その刹那、背後から聞こえる音。何かが動く音だ。

アジは隊員たち全員を締め上げながら振り向く。すると見えるはずの道がない。正面のシャッターと同じものが、後方にも表れたのだ。

 

 

 アジは閉じ込められたとすぐに納得する。しかし、それでもアジは冷静である。彼は人外ではあるが、ケダモノではない。知識ある魔術師だ。アジは後方のシャッターに近づき怪腕で殴りつけてみる。コンクリートを易々と抉るほどの力がある四肢だったが、シャッターは表面が傷つくばかりだった。

 

 

 おそらく学園都市の得体のしれない技術が使われているのだろう。アジは自分が殴りつけた力が滑るように分散されたと感じた。四肢での破壊は困難のようである。では、とアジは背に生える背ビレから赤黒い稲妻を生み出した。

 

 

 本体から流れこむ絶大な魔力量。アジは放射魔炎をシャッターにお見舞いする。粉塵と衝撃がトンネルに響き、シャッターに穴があいた。けれどもアジが脱出するには小さい。アジは立て続けに放射魔炎を吐き出していく。

三度目の攻撃により、シャッターはようやく喰い破られる。アジはどんなもんだいと、咆哮した。そして一歩、近づく。

 

 

 キラリと何かが向こうで黒光りしている。

 

 

 アジは疑問に思いながらも近づき、聞く。

 空気を切り裂く発射音。携行型対戦車ミサイル。本来は生き物に向けるようなものではない、兵器を破壊する武器だ。莫大な衝撃と炎がアジを襲った。アジは生きてきた中で最も強い閃光を浴びる。目は焼かれ、皮膚がただれていく。さらに立て続けに爆音と爆炎がアジを包んだ。二射三射、それ以上の数のミサイルがアジに向けて放たれている。

 

 

 密閉された空間が熱と炎に包まれた。あの頑強なシャッターは熱量に溶け始めていた。さらに今度は背後、猟犬部隊のワゴンのガソリンに炎が引火。さらなる衝撃がアジを叩く。

 目と耳は最早利かない。無音暗闇の中で痛みだけが続いた。アジはたまらず走る。頭部、尾、四肢を全て振り回して暴れまわった。放射魔炎を吐き出し、触腕を増やし叩きつける。トンネル内が崩壊しないのが不思議なほどだ。

 

 

 アジは体に何かがぶつかるのを感じた。ようやく再生し始めた眼が、シャッターの外へ体が出たことを伝える。眼を虹色に輝かせて、急速に回復していく人外の体。見えたのは、笑う男。入れ墨のある狂笑に白衣が全くあっていない男だ。

 

 

「ひゃははは!!!すげぇすげぇ!!」

 その男はアジに近づいてくる。アジは立ち上がり男へ咆哮する。いくらなんでもやりすぎダロ!。こいつは死なぬ程度に痛い目に合わせると決意。背に赤黒い稲妻を生み出し吹き飛ばそうとしたところで、感じるのは空腹感。やべぇ、こんな時ニ!?

 

 

 突然の腹ペコ人外ボディに慄くアジ。分裂した体で分裂しても、この特性から逃れられないらしい。もはや急激な飢餓感にすらなった異変に、先ほどまでの仕打ちの悲惨さは薄らいでいく。それほどまでにペコペコなのだ。

 アジの体はそれゆえ、大顎が火柱を吐き出すのを無理やり抑え込む。触腕は焼けただれていながらも喰えるものをさがし這いまわる。口も同様だった。

 

 

 目の前には肉がある。アジの怪物の体は目の前の男を喰らおうと近づく。しかし、彼の方が上手である。彼は怪物のような能力者の開発者なのだ。もとより化物の相手など手慣れていた。

 

 

「あ?」

 男は何でもないように一歩下がり、あるものを投げつける。それはピンを抜かれた手榴弾だ。アジの大顎は、それを飲み込んでしまう。体内に取り込まれた爆発物は、その役割を果たして腹の肉を爆散させる。血肉を吐き戻す感覚に苦しみながらアジの耳に届いたのは、男の「あーあー」という気の抜けた声であった。

 

 

             ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

「............ああァウ」

 アジはふらふらと起き上がった。二度目の体の消失体験だったが、これがまた強烈だった。最初の上条に消された時は一瞬だったが、今回はそうではない。全身を焼かれ腹が抉れたのである。気分が悪くなって当然だ。アジはリビングへ行く。空腹を抑えるカエル印の液体を飲むためだ。味のしないその液体は水のようだった。今の気分にちょうどよい。アジはぐでんぐでんになりながら、ソファに体を預ける。彼は自分の体が科学サイドに捕らわれる危険性をあまりよくわかっていないようで、焦ることはなかった。まことバカ者である。

 

 

 精神的疲労感がピークに達しそうなアジ。今日はもう、何もする気が起きなかった。もう一度、上条の家に行きたかったがムリそうである。アジはため息をついた。明日、また行こうと心に刻みつつ、さらにソファに体を預けつつ思い出す。

 あの笑いながら迫るあの男。

 めちゃ怖いあの男。

 服装は白衣ってことは、もしかしてあれが未確認生命体を研究する科学者なのだろうか。

 

(学園都市の科学者って怖イ.........)

 アジは学園都市のスタンダードを、トンデモ暴力入れ墨男に設定しようとしていた。

 

 

            ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 黄泉川達、警備員は詰め所で情報を集めていた。怪物化し走り出した少年は、そのまま狙撃した男たちを襲った。男たちは死んでおらず意識を失っており、黄泉川達の通報で病院に移送。回復次第、尋問する手筈になっている。

 

 

 だが、それだけでは足りない。もっとも優先すべきなのは少年の保護だ。アジの事例にあるように彼もまた純粋な人間ではないだろう。であるならばアジと同様に狂うほどの飢餓感に悩まされるはずだ。アジの場合は暴走前に保護できたものの、彼をこのまま放置してしまえば人を襲ってしまう可能性があった。それは阻止しなくてはならない。

 

 

 怪物化した少年はさらに暴れまわり、空へ。形態を変化させて翼竜のようになりながらどこかへ消えてしまったことは確認済みだ。しかしそこからあの少年の足取りがつかめないままだ。

 あれほど目立つ姿になりながら、監視カメラのどれにも映っていない。

 それはあり得ぬことだ。

 隠蔽と情報の錯綜、虚偽のデータ。様々な妨害が少年に足取りを消している。

 

 

 黄泉川は舌打ちをする。彼女はその正義感で様々な学園都市の暗部に接触した過去を持つ。特例能力者多重調整技術研究所、通称「特力研」と呼ばれる研究施設がある。そこは多重能力者の研究を行っており、一人に複数の能力を発現させる研究をしていた。今でこそ不可能とされた多重能力だが、それを不可能と断ずるまでに何人もの子供を犠牲にしてきた地獄の底がそこだった。黄泉川が所属する部隊がそこを制圧した時には、死体が散乱する有様だった。その「特力研」でさえ、少しは情報が集まったものだ。

 

 

 今回はさらに暗く深い学園都市の闇が関わっているとでもいうのだろうか。それほどまでにアジのような子供たちを研究する黒幕は権力をもっているのだろうか。

だが諦める気などさらさらないと彼女は決意する。一人の人間、否、子供たちを救わんとする者たちの想いの強さと執念は凄まじいものがあるのだ。彼女たちは黒幕への手がかりを探し続ける。噂話、SNS、聞き込み。様々な手を講じていった。

 

 

 するとそこで一つの車が浮かび上がってきた。

 以前、黄泉川が(乱暴に)保護した暴走カーチェイス少年たち。彼らはあれから悪さをしていない。夏休みの最後に、健全なドライブをしていたところだった。聞き込みの途中で不幸にも彼らは再び、黄泉川と顔を合わせたのである。

 

 

 黄泉川は自分が捕まえた学生たちの顔も名前も忘れない。彼女にとって彼らは更生させるべき大切な若者だからだ。あっちからすれば恐怖の対象でしかないのだが、今は置いておこう。

 

 

 黄泉川と出会い、顔を引きつらせる彼らからの証言にこんなものがあった。今から3時間以上前に、ボロボロの黒いワゴンが滅茶苦茶なスピードで走っていたらしい。あまりの速度に度肝を抜かれつつ、その車から飛んでくる破片が気になったとのこと。

 

 

 彼女たちは車でその場所へ急行した。そして発見するいくつかの金属片。それは証言のワゴン車に間違いないだろう。それほどのスピードで走る暴走車が警備員や警察に通報されず、また高速道路のカメラに映らないなんてことはないのだ。その映らなかった時間帯と場所こそ、重要な手がかりである。

 

 

 鉄装たち本部の人間は、すぐさま高速道路のデータを収集する。

 今から三時間前のカメラの映像だ。ほんの一瞬、ブレが映像にあった。それは映像が差し替えられていることを示す。ブレのない本来の映像など必要ではない。そのブレの映像はそこからどこの場所まで続き、そしてどこから普通の映像に戻っているかを調べていく。そうすることで、その暴走車の移動距離がわかる。最後にブレがあったカメラの位置の先の出口から下りたことがわかるのだ。

 

 

 結果はすぐに出る。

 その車はどうやら第二一学区へ向かったようだ。山岳地帯へ向かく道を黄泉川は虱潰しにあたっていった。深夜から早朝、そして昼前まで時間が進む。それほどの時間をかけた黄泉川達は見つける。それはとあるトンネル前。きちんと整備されたコンクリートのはずが、左右の草むらに破片が飛んでいるのだ。

 

 

「ようやく尻尾を見つけたじゃん」

 黄泉川は笑う。この先に、黒幕たちに繋がる何かがある予感があった。

 彼女たちはその優秀な力と、子供を想う執念で学園都市の暗部の入り口に自力で近づいてしまった。その先で、悲劇を見ることになるなど、まだ彼女たちは知る由もなかった。

 




次回、木原くんの実験タイムです。

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