必ず完結させますにで、よろしくお願いいたします。
「あウン、うーあオー」
アジはふらふらと踊るように歩く。まだ時間帯も早く夏休み中なので人通りは少ない。けれども完全に無人というわけでもないので、すれ違う人々は彼の異様な行動に怪訝な表情で通り過ぎていった。
アジは背から四つほど触腕を伸ばして、それを使って歩いたりふらふら振り回したりもしている。ぶつかったら彼の質量的に大変危険であるが、酔っ払いの彼には気づけないのである。
ガゴンという鈍い音がした。彼が街灯にぶつかったのである。アジは慌ててペコペコと謝るが、それは他人ではなく金属製の棒である。少々曲がったそれを労わるように撫でまわすアジ。ぐでんぐでんである。
確か、こっちだったはずだという普段以上に頼りにならない記憶でのそのそ歩く。アジは気づけば、例の自販機の場所にたどり着いていた。
「アエ?」
(あれ?)
上条宅へ直接向かったはずだったのに、はて?酔っ払いらしく実に能天気だった。アジはその自販機を見て、あるものを見つける。それはもう何年も前に飲んだ、懐かしき炭酸飲料。「ヤシの実サイダー」であった。アジはそれに心を奪われて、自販機にべっとりと貼り付いた。
ああ、懐かしき味の愛しき炭酸飲料。そういえばここで飲み物を買ってもらってはいなかった。アジは服をまさぐるが当然のようにお金などないのである。アジは困った、なぜかわからないが、今朝から喉が渇くような気がしていた。この状況で、ヤシの実サイダーが飲めたらなら、最高だろう。
アジは自販機の下やコイン返却口を探すが見つからない。アジは触腕を振り回しながらなおも探し続けるが、それがよくない。案の定、触腕は自販機の側面にぶち当たる。アジは何か当たったかな程度の認識で触腕の方をみる。触腕の一撃は、どこぞの女子中学生の回し蹴りよりも強力であり、その威力を喰らった例の自販機は当然のように、ガタンと飲み物を吐き出した。
アジはすぐには気づけず、再び自販機の下を探ろうとした辺りで取り出し口に缶ジュースが落ちているのを発見した。この酔っ払いは、自分の一撃で飲み物を盗んだことを知らぬまま、よだれを垂らしながら意気揚々と缶ジュースに頬ずりした。
そしてそれはまさしくお目当てのヤシの実サイダーであった。アジは行儀悪くも地べたに座り込み、それを開けようとして、何度か落とす。上手く開けられずにガリガリとプルタブを弄るが、どうにもうまく開かない。
握力は強まったり弱まったりして安定せず、体がぽかぽかと温かくなってきた。アジはとうとう、いい気分になってヘタンと地べたに横になってしまう。時間が経てば経つほど、アジの思考は単純化している。アジは横になってなお、缶ジュースを開けようとモソモソと手を動かしていた。
そんなことをしていると、ふとアジの体に影ができた。
何かと思い顔を動かす。
そこには数名の男や女の姿があった。陽光がその一人の髪を照らす。
黒髪なのに、さらに上から黒い整髪料を使っているようで黒い光沢がみえる。ダボダボの大きなTシャツを着て、片手には大剣フランベルジュを握った男と多様な武器を携えた魔術師たちがアジを見つめている。
「そんで、お前さんはどっちだ?」
神妙な顔で、天草式十字凄教、「教皇代理」建宮斎字は口を開いた。
アジの思考は全て停止した。
まるっきり白紙の想いの中に、インクがにじむようにして様々な感情が湧いてきた
アジは涙ぐみ、ふらふらと立ち上がる。
生まれたての鹿のような危うさで、アジは思わず建宮に抱き着いていた。
身長差から親子にすら見える二人だった
彼にとって建宮との再会は念願であった。めそめそと泣きながら、何かを喚いて建宮の顔を見るアジ。なんでここにとか、どうして場所がわかったのかとか、そういう疑問は、喜びで霧散している。
一方、建宮は未だに眉間に皺を寄せたままである。建宮は耐えるようにしてアジの顔を見返した。フランベルジュを持つ力が少し弱まり、長い大剣の刃が地面に接触。甲高い音が聞こえ、アジはそちらを見る。
これが一日早ければアジの行動は変わっていただろう。言葉が通じずとも、通常の思考ができるアジと彼らが邂逅したならばスムーズに喜びを享受し合えたはずだった。
しかし、そうはならなかった。
アジの体はそこでぐらりと揺れる。
自分の意思とは無関係に、倒れそうになる体をアジは抑えるが上手くいかず、倒れてしまう。アジの様子に建宮は今度こそ、表情を崩してアジを抱きとめようとするが無理だった。
人外である彼の体重を支え切れる人間は、魔術師と言えでも稀有である。
アジがばたりと地べたに倒れた。
アジは倒れたものの、未だに感動しめそめそしている。
ようやく会えた念願の相手を前に、より一層自分の状況を鑑みることができなくなっていた。
上気した頬、荒くなる息、不自由になっていく体。
要するに酔っ払いであるが、傍から見れば少々違うニュアンスであった。
そんな状態であるから、起き上がろうと触腕を生やしても上手くいくわけがないのである。
べそべそと泣いているアジは、背中の触腕を使い立ち上がろうとして、滑る。
触腕はまるで駄々っ子の地団駄のように振り下ろされた。
酔っ払いアジは人外であり、その威力は折り紙つきである。
案の定、背後の固いコンクリートの地面をバキバキに砕かれた。
それにより天草式の面々の表情は暗く、凍っていく。
それにより建宮は一度目を閉じ、そして決意を灯した瞳をアジに向けてくる。
それによりアジはチラリとそちらの方を見て、「アッ、おメン」(アッ、ごメン)と言ってさらに触腕をゆらゆらと揺らした。
建宮の口からギリギリという歯を食いしばる音がした。口の端からは血がにじんだ。
「.........覚悟を決めるのよな」
建宮はそう言ってフランベルジュを強く握り直した。涙を流し顔を赤くするアジは、建宮たちに微笑んだ。
心情としては、「大丈夫大丈夫!すぐに立ち上がるから」程度の酔っ払いの言い訳ぐらいのものであるが、その様子は仲間たちの心をこれ以上ないくらいめった刺しにするのである。
建宮の心は、彼らの想いは決定した。
せめて我らの手でと、何度も話し合い、知識を出し合い、後悔と悲哀の果てに決めたことだった。
建宮が息を吐いた瞬間。いくつもの刃がアジに迫った。それらの攻撃をアジは思考する前に魔術師の、そして人外の本能で避ける。ごろんと転がりながら、刃をかわしていく。苦しそうな表情で攻撃を続ける天草式メンバーたち。
「あんエッ!?」
(何デッ!?)
そうした伝わらぬ言葉を聞く天草式の面々は、肩や顔を固くしていく。アジは困惑の極みである。せっかく再会した仲間たちの突然の攻撃の理由が全くわからなかった。何か、今の一瞬でしてしまったのだろうか。
アジはない頭を捻るものの答えは出てこない。
これまでのすれ違いを理解できていないので、それは当然であった。
アジは焦りのまま弁明しようと、そして身を守ろうとして触腕をいくつも生やす。追い詰める建宮は滑るようにして触腕をかわす。そしてすぐさまアジの矮躯に肉薄した。彼の波打つ刃はアジの胸に迫るが、ギリギリのところで触腕に阻まれる。
いくつもの触腕を斬り飛ばされるアジ。
「あアウ」
痛みがアジを襲った。酩酊状態でさえこれは痛い。銃弾などよりも強力な手練れの魔術師の一撃にアジは呻いた。人外の身はその程度では破壊されないが、心は消耗した。
アジは建宮を見る。未だに神妙な顔でアジを睨みつける彼は、そのまま進み、転がっているアジが飲もうとしていたヤシの実サイダーの缶に足をかけた。建宮はふと戦闘の邪魔になると思い、その缶ジュースを何らかの術式を使って踏みつぶす。案の定、中身は悲惨にもすべて流れ出る。
「あアア!?」
アジは思わず叫んだ。せっかく再び出会えたヤシの実サイダー。飲みたかったのに。しょんぼりとするアジの心に芽生えてきたのは、イラつきだった。
せっかく出会えたのに切りかかってくる建宮たち、飲めないジュース。
それだけでなく、上手く話せない自分の言葉や、自分を狙った未確認生物捕獲チーム、自分に手榴弾を喰わせた入れ墨の科学者、急にお腹がすく今の人外ボディなど、これまでのイラつきが沸々と彼の混乱する思考ににじんでくる。
酔っ払いにありがちな、嫌な酔い方。
悪酔い状態にアジは移行していく。
なんだよ、ぼくだって一生懸命にやっているのに、なんでこうなるの。イライラはどんどん大きくなった。アジは涙を流しながら吠えた。
「あんアオ!!おう!!!」
(なんダヨ!!もう!!!)
アジの体は怒りに呼応するように変貌していった。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
元女教皇が学園都市の方へ駆けている。
その情報を天草式の仲間から得た建宮たちはすぐさま学園都市に向かった。理由は明白。アジの現状を知らせるためだった。必要悪の教会の魔術師である神裂は多忙であり、中々その行動を知ることができなかった。今回は、なぜか焦るようにして駆ける彼女を見つけることができたので、たまたま捕捉することができたに過ぎない。
しかし、好機には違いない。
スムーズに話すためには、魔術の世界から外れる学園都市はおあつらえ向きだ。
聖人と魔術結社が接触するのは、それが元々の仲間であろうとも憶測が生まれてしまう。学園都市ならば接触した事実を確認する魔術師がほとんどいないため、そうした憶測が最小限で済むと建宮たちは考えている。
もっとも学園都市には様々な派閥の魔術師のスパイがひしめいているので、逆に噂になってしまう可能性のほうが高いのだが。ある意味で正義のために暗躍する真っ当な(?)魔術師である天草式には知る由もなかった。
建宮たちは複数の手段を用いて、迅速に学園都市に潜り込む。天草式特有の移動術式等を用いることで、彼らは神裂よりも早くに学園都市に到着した。ひとまずはここで一般人と紛れて潜伏し、神裂と接触しようと考えたのだ。
だから、彼を見つけたのは全くの偶然だった。
最初に気付いたのは対馬だった。公園で朝早くからいる少年、ふと見た彼女はすぐさま息を飲んだ。あまりに似ていた。対馬は建宮の肩を叩き、それを知らせ他のメンバーにも伝えていく。茂みの奥から見える少年は間違いなく、あの夜に海へと消えた仲間の姿をしていた。
8年前から変わらない姿に、建宮たちは様々な憶測を巡らせる。本来ならばすぐにでも飛び出して抱きしめたかった。
よく、生きていてくれたと泣いて話を聞きたかった。
けれどそれは叶わない。
仲間、アジの背からいくつもの触腕が伸びたからだ。建宮たちは知っていた。アジはすでに人ならざるモノへと変貌し、意識を飲み込まれまいと抗っていることに。
そして観察していると、そのアジの様子もおかしかった。
ふらふらと動き回り、足取りはおぼつかず、何をしたいのかはっきりしなかった。
「いったいあれは?」
誰かが呟いた。しかし答えられるものなどいない。太平洋へ消えた巨大な怪物が上陸したという話も聞かない。正体不明の存在が、動き回っている。
アジの姿をした、ナニカはそのまま倒れてしまう。建宮たちは心配のあまり助けようと動き出しかねない体を押さえつける。
あの姿で動かれると、どうしようもなく建宮たちの心は掻きむしられるのだ。
建宮たちは一度、目の前のアジの誕生原因については保留にしつつ彼の動きを観察する。もし、アジがアジではないナニカであれば、やることは決まっている。
それはこれまでの天草式の話し合いによって決めたことだ。
アジの意識が飲み込まれ、暴虐の限りを尽くすのであれば、その前に自分たちの手でケリをつける。
アジの姿をした少年は、倒れたままジタバタと地べたを動いている。このままでは判断がつかないとして、彼らは行動を開始。建宮たちは、一度気持ちを落ち着かせたすぐさま戦闘できるように術を調整して、アジの前に飛び出した。
泣きながら自分に抱き着く姿、上気し息を荒くしてナニカに耐えようとする姿、言葉すら忘れ、けれども最後まで微笑んだ姿。あんまりではないか、アジが何をしたというのだろうか。自分たちが何をしたというのだろうか。
アジの姿をしたナニカの中には、確かにアジの意識らしきものはあった。けれども、それは削り取られる寸前であることが、触腕がもたらす破壊と上気した頬と脱力した体が証明していた。だから建宮たちは決断する。自分たちの手で、アジが怪物になってしまう前に。
建宮は体を変貌させるアジを泣きそうになりながら睨んだ。そんな彼の肩に対馬の手が置かれる。もう一人では抱え込まないと決めていた。
「行くのよな」
アジの姿は本来の彼とは似つかない怪物になったのを確認し、建宮たちは突撃する。
この場に神裂がいなくてよかったと天草式のメンバーは思った。彼女がいたならば、一人で片をつけて、一人で傷つき、一人で去ってしまうことが目に見えていたからだ。
怪物は全長10メートルほどもあった。恐竜にも似ている。黒い表皮、頭部は龍と獣を合わせたようで角がいくつか伸び、背からは背骨が飛び出したようなヒレと触腕がいくつも生えて、尾は鞭のようにしなった。二足で立ち上がると5メートルほどもあった。怪物は咆哮した。それを合図に怪物の触腕が、辺りを滅茶苦茶に破壊していく。
だがそんな破壊の嵐を、建宮たちは難なく突破する。虹色の絆により、立ち位置を瞬時に移動し、個人の術式を行使し、複数人での術式を連発し、刃での追撃を行う。怪物が反応しきる前に、攻撃と離脱を完遂している。
そんな状況にあっても怪物は力任せにコンクリートや街頭ばかりを殴りつけるばかりだった。まるで天草式の位置とは違う場所を狙っているようにしか見えず、怪物の体は損壊しダメージをいくつも負った。けれども、怪物の再生能力は半端ではなく、斬りつけた傷も燃やした火傷も立ちどころに再生していく。ただ完全に元通りというわけではない。損壊した部分は徐々に歪に膨れ上がるようになっていった。
建宮はそれを見逃さない。歪なまま体を変化させないということは、それだけ消耗していることを示している。この怪物を滅することで、太平洋の怪物にどのような影響があるのかは不明だが、建宮たちは攻撃の手を緩めない。
確実に怪物の体は、崩壊に向かっていた。
天草式のメンバーに油断はなかった。だから怪物がひときわ大きく咆哮し、背から赤い稲妻のような重厚な魔力を迸らせたことにも瞬時に反応して距離をとった。
怪物の体が一回り膨れ上がる。口の隙間から禍々しい赤黒い魔力が漏れていた。怪物がそのまま大口を開こうとしたところで、建宮たちはある人影を見つける。
それはツンツン頭の少年だった。
少年は、怪物を視界に収めたことで驚愕している。間違いなく魔術師ではない。動きも素人そのものだ。おそらく少年は、不幸にも戦闘の現場に居合わせてしまったのだ。
「マズイッ!」
建宮は叫んでいた。このままでは一般人を巻きこんでしまう。
焦燥する中で思いがけず動いたのは長いスピアを持った少女、五和だった。
五和は瞬時に術式を行使し、疾駆。風のように少年の前に躍り出た。
「逃げて!!!」
五和が叫ぶと、少年の表情が変わる。意を決したような顔だ。素人ができるはずもない、戦いの中で覚悟を決めた顔だ。なぜ、そんな表情ができるのか、五和が少年に問う前に前方から赤黒い輝きが迫った。防御術式は、もう間に合わない。
怪物が放つ魔力の塊、放射魔炎は二人の人間を消し飛ばすことなど簡単だ。五和は最後まであきらめず少年を横へ突飛ばそうとするが、できない。
なんと少年は逆に五和をかばうように、前で出たのだ。
右腕を突き出しながら前へ。
彼の右腕と、赤黒い炎が激突する。
奇妙な甲高い音が響いた。五和は理解できない。なぜ、まだ自分の耳は聞こえているのか。なぜ、まだ自分の目は少年の背中を見ているのか。なぜ、まだ五体満足のまま無事に生きているのか。
「なにすんだてめぇ」
少年、上条当麻は目の前の怪物を睨み言った。