虹色のアジ   作:小林流

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第36話

 

 それは土御門が去ってから1時間ほど経過した時だった。

 

 

「あぁ?」

木原数多は猟犬部隊の報告を聞き返す。場所は木原個人所有の研究所。木原は今もなお、アジの肉片たちに拷問の如き実験を続けていた。そんな楽しい楽しい時間に水を差す部下の報告だった。聞き返すのも無理はなかった。

部下によると、現在この研究所の入り口付近に十数人の警備員がおり、突入の準備を進めているとのことだ。

 

 

「なんで?」

木原は部下に詰め寄る。そんなことを聞かれたところで彼には、木原を納得させるだけの理由など持ち合わせていなかった。というよりも、どんな理に適ったことを伝えようとも木原の得心はおそらくは得られないだろう。彼の爛々と光る眼がそれを表している。一言でいうならば、怒りだ。自身の探求を阻害されるという、どうしようもない感情の荒波が彼の中で渦巻いている。

 

 

木原は大きく大きくため息をつき、すぐさま部下の一人を殴りつけた。不気味な音をさせて倒れる男に、木原は一瞥もくれない。彼の前に立ってしまったことが、否彼とかかわりをもってしまったことこそが運の尽きだった。

 

 

「ああ、おい、撤収準備だ。どうせここまでワレちまったんなら、機材もその肉片も放棄するぞ。持っていくには、数が多すぎるしなぁ」

木原の一言に猟犬部隊は迅速に行動を開始した。木原はバタバタと動き回る猟犬部隊に一度、舌打ちをして携帯電話を持つ。そして乱暴に弄ると、液晶に外の様子が映し出された。フル装備の警備員たちが、装甲車に乗り込み研究所へと通じるトンネルへ走り出していた。

 

 

 木原のもつ携帯電話がミシミシと軋んだ。彼は、その優秀な頭脳を用いて考える。なぜ警備員などがココに突入してくるのか。様々な可能性、状況を整理していく木原はふと、ガラスを見る。知性のない瞳で蠢く、少年のような肉片を見る。

 

 

 そこで木原は理解する。あの警備員たちは、この肉片を助けようと動いているのだ。昨晩、化物に近づき、銃撃戦に巻き込まれそうになっている警備員がいた。加えてアレイスターや土御門とかいうガキの話では、この怪物の類似個体と共同生活をしているバカも警備員にいるとのことだ

 

 

 なるほど、であるならばココへ必死こいて向かってくるのも納得できた。猟犬部隊や暗部の隠蔽も完全完璧というわけではない。極々小さなカスのような材料をかき集めて、アイツらはココを突き止めたのだろう。暗部にとって素人はカモだ。だが際限なく頑張っちゃう素人はその逆。自らを省みることもなく、危険を承知で首を突っ込み続ける連中だ。厄介極まりない人種である。

 

 

 クソが、木原は呟く。化物を助けるなどというくだらない理由。おそらくは正義感などという人間の思考のバグのようなものが根底にある。そんなもののせいで自身の実験時間を削がれたことに本当に腹が立っていた。木原のさらなる怒りを感じ取って猟犬部隊の動きがさらに素早くなった。

 

 

 木原が見ている映像には、警備員たちの動きがライブ中継されている。彼らはもう研究所の入り口まで辿り着いていた。あの怪物をはじき飛ばした現場の近くにある、トンネルに偽装した搬入用の入り口だった。

 

 

 木原は意識を切り替えていく。幸い逃げるのは難しくない。敵対組織の潜入があった場合を考え、当然のように逃走経路はいくつも用意していた。しかし、猟犬部隊の装備は、研究所ということもありそのほとんどが近くのワゴンに投げ入れてしまっている。そのため警備員全員をブチ殺すことは難しい。だがそれでも彼らは防弾チョッキは着ているのだ。弾避けとしてあらば有用だ。それにと、木原はポケットに突っ込んでいた手榴弾を触る。木原は目を細めて一度笑うが、すぐにギョロリと扉を睨みつけた。足音がすぐそばまで聞こえてきていた。

 

 

 

                  ○○○○○○

 

 

 黄泉川たちは、警備員たちへ支給されているハンドガンを構えながら扉の前にいた。当然ながら実弾ではなく特殊強化ゴム弾が装填されている。ゴム弾と言えどのその威力は申し分なく、当たり所が悪ければ死傷させることもある危険な代物だ。そんなものを装備しているこの状況が、彼らの覚悟を示している。

 

 

 黄泉川がドアを睨みつけていると、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。表示されているのはカエル顔の医師だった。すぐさま出たくなるが、この状況で話すことは難しい。黄泉川は後で必ずかけなおすと、ここにいない医師へ謝罪し携帯電話の電源をオフにしてしまう。

 

 

「ここに」

 黄泉川が携帯電話をしまい直すと、鉄装が誰に向けたか呟いた。黄泉川はそれに「ああ」と返す。この先に、何かがあるのは明白だった。巧妙に隠蔽されていた道路がそれを示している。加えて移動途中に見つけた消し残された血痕。誰の血なのか、考えたくもなかった。

 

 

 黄泉川たちは目配せを行い、扉を開く。続けて流れるように素早く中に入ると、構えをとる。無駄を省いた、経験者がなせる技だった。

「警備員じゃん!手を上にあげて、その場から動くな!」

 黄泉川の怒号が響く。見えてきたのは広い通路のような場所だった。左右はガラス張りになっており、何か水族館のようにも思える。奥には銃をもつ黒い装備の男たち、そして顔に入れ墨をいれた白衣の男がいる。

 入れ墨の男は、こちらを見て舌打ちをしため息をついている。まるでこちらを何とも思っていないかのような態度だった。

 

 

「聞こえなかったのか!?さっさと手を上げろ!」

再びの勧告を受けても、黒装備の集団も白衣の男も反応しない。

黄泉川が警告として天井に向けて発砲する。ゴム弾が鈍い音を立てた。天井を歪ませたゴム弾だったが、そのままめり込むことはなく、落下。

ころころと転がり、

一枚のガラスの近くへ。

 

 

バゴン

 

 

 ガラスケースから音がした、警備員の一人が、そちらを見た。

 彼が息を飲むのがわかった。黄泉川はそちらを見る。見てしまう。そこには蠢く何かがあった。タコやイカのような触腕を振り回すナニカだ。黄泉川はその触腕に見覚えがあった。触腕がガラスをまた叩いた。外へ出ようともがくように。

 

 

 黄泉川が視線を動かす。

 隣のガラスには赤黒いスライムのようなものが身を震わせていた。

 その向かいには蛇のような生き物が力なくぐったりとしている、

 そしてその隣には、

 さらには、

 くわえて……

  徐々に黄泉川の息が荒くなっていく。ハンドガンをもつ手が震えていた。

 

 

バガン

 

 

 今度は黄泉川に近いガラスが揺れる。もう見るなと、どこかで聞こえる気がした。彼女は顔を動かして、そのガラスも見てしまった。向こうにいるのはモゾモゾと動く小さな影。腹ばいになる子供のようなソレの背や脚に当たる部分は、人間ではない。代わりに魚や蛇の尾のようなものがいくつか生えていた。ソレは口を動かしている。言葉ではなく、不鮮明な音だった。彼女は幻視する。あまりにも似ているソレは、彼女の心に噛みついた。

 

 

「お前か」

 黄泉川は呟いた。その言葉はじわりじわりと胸に広がった。肺が重くなり、腹の中に鉛が流し込まれたような倦怠感と、脳の奥で火花が散るような怒りが彼女を貫いた。

「お前かッ!!!」

 彼女は爆発した。

 

 

 気付いた時には発砲していた。近距離で撃てばプロボクサー以上の威力のある塊が、一人に命中する。グッと苦し気に呻く彼だが、倒れることはなかった。

彼女は、彼女たちは確信する。これまで探っても見つけることができなかった研究施設、そしてアジを苦しめ続けている存在。その正体が目の前にあるのだと。黒幕、これまで何度も探し出そうとしても尻尾すらつかめなかった存在。それがあの男たちなのだ。でなければ、これほどの施設とこれだけの被害者がいるわけがないのだから。

 

 

 仲間の一人が撃たれたことで、初めて白衣の男は意外そうな顔をした。

「へぇ~撃てんのか」

 神経を逆なでするかのような声だった。黄泉川の感情がさらに荒波を立てる。他の警備員もそれは同じようで、熱気のようなものが部屋に充満していくのが分かった。

 

 

「お前が、こんなことをしやがったのか!?」

 黄泉川は考えなしに叫んでいた。

 その様子に、白衣の男は何でもないかのように返す。

「そうだよ」

「なんで、こんな」

「はぁ?」

 白衣の男は言う。

「そんなもん、面白そうだからに決まってんだろ?」

 

 

 今度はその場の警備員全員が一度震え、そして全員が発砲した。白衣の男はケタケタと笑うと、手で黒装備の男を押す。それだけで彼らは生ける壁となってしまった。彼らは呻き声と悲鳴を上げていた。徐々に動きを鈍くする彼らを見て、黄泉川達は撃つのをやめる。怒りは収まらないが、それでも生きてもらわなくてはいけない。

 

 

 温情ではない。生きていなければこの研究のことを聞き出すことができないからだ。研究の内容を知ることができれば、アジの体について様々なデータが手に入るだろう。その上で、コイツらを裁くのは法でなくてはならない。警備員たちはあくまでも一市民だ。私刑など、認めるわけにはいかなかった。

 

 

 男たちが倒れたのと同時に白衣の男が動いていた。彼は何かを一人の男に乱暴に渡し、そして背中を蹴りつけた。男は先ほどの銃撃で倒れている彼らに足を取られバランスを崩していた。男が持たされたものがチラリと見える。

 

 

 黄泉川の喉が干上がった。

 それはピンの抜かれた手榴弾だった。黄泉川は構えろと叫んだ。訓練の賜物か、瞬時に背負っていた強化プラスチックの盾を持つ警備員たち。時間が引き延ばされる感覚を黄泉川が味わっていると、手榴弾が爆発する。爆炎と、そして何かが吹き飛んできた。

 

 

 轟音と衝撃と熱波が警備員たちを襲った。

 少なくない噴煙が充満したが、頑強な研究施設は崩壊しなかった。左右のガラスにはヒビが入ったものの砕かれておらず、天井も崩壊していない。憎々しいことだが、それは白衣の男の仕業に違いなかった。あの笑みはもろとも自爆という感情はなかった。安心感のある笑みだった。ギリギリの威力に調整し、そして部下であろう男に持たせて起爆させることで警備員たちの視界を防いだのだ。

 

 

 「無事か!?」

 常人であれば恐怖と驚愕のあまり固まり続けているはずの状況。だがその中においても、黄泉川たちはすぐさま動き出す。それは正義感と興奮がもたらすアドレナリンによるものだ。黄泉川は何かの破片でこめかみを切ったのか、少なくない血が流れている。

 結論からいって、警備員たちは無事だった。黄泉川のように怪我を負ったものが大半だが、それでも動くのに支障はない。

最も被害があったのは彼らではなかった。

 

 

 警備員たちが視線を落とす前方に、焼け爛れた何かが転がっている。

 爆炎を近距離でモロに受けた男たちは、その原型をとどめていなかった。黄泉川は歯噛みする。彼らは一応、同じ組織に所属しているはずだ。それをいとも簡単に切り捨てたのだ。外道。その言葉すら生温い。男たちだったものたちのずっと先に、光る扉が見えた。形状からしてエレベーター。それに乗るあの男と残った数人の部下たち。男の軽薄な表情が、扉がしまったことで消失する。

 

 

 黄泉川たちはすぐさま発砲を再開したものの、扉をへこませただけだった。

「クソが!!」

 警備員の一人が叫んだ。このまま逃がすわけにはいかない。警備員たちは、潜入のために電源を切っていた通信機器を手に持つ。スイッチを押し再起動して、応援を要請しようと支部へ連絡を入れる。だが、こちらが何かを話す前に、聞こえてきたのは怒声だった。

 

 

『お前ら、今まで何をやってたんだ!?』

 焦燥するのは他地区を担当する警備員。普段の温厚な人柄が感じられないほどの怒号が聞こえてきた。他の警備員たちの通信機器も一斉に、同僚たちの大声を彼らに送り届ける。彼らは口を揃えて話す。第七学区で化物が二体、大暴れしていると。

 

 

「いったいどういうことじゃん!?」

『こっちが聞きたいくらいだ。ついさっき大量の通報があったんだ。化物が争いながら街中を暴走してるって、今は警備員と風紀委員で対応しているが、手が足りない!至急戻ってきてくれ!』

「こっちもこっちで立て込んでる!」

 黄泉川が言い合っていると、ピシリという音がした。その場の全員が悪寒を覚えた。見やるとそれは左右に張られているガラスが壊れゆく音だった。ガラスの向こうにいるナニカがそれに勢いよくぶつかった。遂にそれを閉じ込めていたガラスが粉砕した。

 

 

 それを皮切りに、ガシャンガシャンと連続でガラスが壊れる音が黄泉川たちの耳をつんざいた。ハンドガンを構えながら鉄装は目を見開く。ガラスから這い出てきたのは先ほども見ていた赤黒いスライム、触腕を生やす獣のようなモノ、蛇のようなモノ、そしてよく知る少年のようなモノだった。

 

 

 そのうちの一体が、金切り声を上げる。するとそれに連鎖するように口があるものは叫び、ないものは床や壁を叩き鈍い音を出した。その様子に黄泉川たちは対話は不可能と悟り、すぐさま出口を目指して駆け出した。転がるように状況は悪化している。

 

 

               ○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 学園都市の至るところにはドラム缶のような形の警備ロボットがいる。清掃から迷子への対応、避難誘導など様々な機能を備えた最新鋭の機械だ。そんな警備ロボットがランプを赤く光らせ、けたたましい警告音を上げている。

≪ここから離れてください、避難してください≫

 

 

 ココは学園都市、第七学区の一角。他の学区へとつながる高速道路へとつながる大通りだ。そこへいくつもの警備ロボットが集まり、音声を再生している。地鳴りのような音が遠くで聞こえた。噴煙が上がり、何かの爆発音が響いた。その中でも警備ロボットは職務を全うしようと音声を再生し続ける。

 

 

≪ここから離れてください、避難して――≫

 再生は途中で途切れてしまう。巨大なナニカがぶつかったのだ。全長は、頭部の鼻先から尾の先まで入れて15mにもなった。背にはサメのような背びれが並び、いくつかの触腕が揺れている。頭部は獣と龍と鮫を混ぜたような、恐ろしいものだった。怪物だ。化物だ。そうとしか表現できないものが、四足で駆けぬけた。

 

 

 それも一体ではない。四足で駆けた怪物を追うように、宙から落下した怪物。こちらは先を駆ける怪物に比べるとやや小柄で、頭部には歪な角や棘がいくつも生えている。怪物たちは悲鳴を上げながら、学園都市を突き進む。

 

 

 アジは時折ぶつかる車両や警備ロボットを無視して走った。アジの分裂体であるBも、多彩な変身が可能だった。丸太のような太さの触腕はしなやかに振るわれ、その質量がもたらす威力は絶大だった。Bが跳ね回り移動するだけで街中のあらゆるものが半壊していった。

 

 

 Bが追い続けるアジも似たようなものだった。逃げることに特化しようが、元来の質量は桁違い。走り、何かにぶつかるだけでも危険である。もし人に当たろうものなら、どうなるか考えたくもなかった。

 

 

 再びBはいくつかの触腕を伸ばしてアジを捕えようとする。アジは跳躍し、建物に貼り付くことでそれを回避。そのまま壁沿いを駆け、窓ガラスや壁面を粉砕しながら唸り声をあげた。

 

 

「きゃあああ!」

 不運にも、大通りに面したビルの一階に人影があった。アジのまき散らしたガラス片に、夏の終わりを謳歌していた学生が叫び声を上げた。それにBは気づく。のそりとその学生へと近づき大口を開けながら触腕を伸ばした。Bの現在抱える魔力の枯渇感と飢餓感は想像を絶する。動くものは全てエサでしかない。悪夢のような光景にその学生は逃げ出せない。恐怖で腰が抜け、地面にべたんと尻もちをついた。その隙をBは逃さない。Bは極めて迅速に触腕で学生を捕えることに成功、そのまま喰らおうとする。

 

 

 だが、それは叶わない。

 Bを襲ったのは赤黒い炎。アジが放った放射魔炎だ。Bの触腕は千切れ、学生は解放される。アジはBへ突進し、反撃を受ける前に再び跳躍した。

アジの思考は、未だに混乱の極致だった。いらぬ破壊を防げず、逃げるためになりふり構わずにいた。だが、それでも一般人が傷つくのは良くないことぐらいはわかった。だからBが誰かを襲おうとした時には、必死で止めようと動いた。しかしその行為の結果が被害を拡大し続けているのも事実だった。

 

 

 怪物の体を持つ、二体が這いずり駆けまわるだけであらゆるものが破壊されていく。

 その上、アジの行動を善意として受け入れる者は皆無だ。アジの今の姿を見れば無理もないことだった。人間体であれば、住民や警備員たちの誤解を解くことができたかもしれないが、今はただ怪物同士の殺し合いに人が巻き込まれているようにしか見えない。

 助かった学生が地面に倒れる。千切れた触腕はまるで蛇のようにBの体に取りつき、欠損部分を補った。

 

 

 着地したアジは高速道路の入り口にいた。アジは追ってくるBを見た。その棘や角がもたらす狂相にアジは身震いし、つたない思考を最大限使い逃げおおせる方法を考えていく。

(下は物がこわれルシ、いったいどこに逃げレバ)

 そこまで考えてアジの視界にキラリと光が映り込む。見てみるとそれは反射した陽光だ。アジのいる場所から200m以上離れた建物の屋上に、ヘルメットや防弾チョッキで身を固めた人影が見える。そのヘルメットに太陽が反射したのだ。アジは思わずそちらを向いて大声を上げた。つい昨日の騒動から、機動隊のような恰好は好きではないアジ。

 

 

 彼はその人影にまるで威嚇するように吠えてしまう。もっとも彼の心情としてはヤバイ、スイマセンと言った感じである。アジが遠くの人影に気を取られていると、遂にBはアジへと急接近。その顎で再びアジに喰らいつこうとする。

 

 

 迂闊なアジは思わず左腕を構える。ガジリと牙が食い込み、Bの触腕がアジの足を絡めた。巨体はバランスを崩し転倒。地が揺れた。好機とみたBはさらに残った触腕をアジに絡めていく。烏賊や蛸に似た触腕についた吸盤、それら一つ一つに牙や舌、口を形成していく。全身を食いつぶされそうな痛みと恐怖がアジを襲った。

 

 

(イタイイタイ!!!!?)

 アジはたまらず本能的に放射魔炎を吐き出す。Bの顔を焦がすものの放射魔炎は直撃しなかった。避けられた破壊の塊はそのまま建物を抜けて、青空へ消えていった。アジはそこで気づく。そウダ、空ダ。思い立ったのなら彼の動きは速い。

 

 

 変異の速度には経験によってアジに利があった。アジはBの頭部へ触腕を叩きつける。その衝撃にBは噛みつきと魔力の吸収を中断。抉られた肉片の痛みに耐えたアジは全身を細長い蛇のように変化。肉が千切れるのを無視して、Bの拘束を無理やり抜ける。

 

 

 痛みに顔を歪ませたアジだが、すぐさま変異。

 複数の触腕の間に膜を張り翼へ、頭部には曲がり角。

 その姿はこれまでよりもずっと龍に近くなった。アジは飛翔する。彼は形を細長くしたことで、まさに泳ぐように舞い上がることができた。ただBから離れるために全速力で空へ逃げ出しただけだったが、風を受けることでアジは少しだけ落ち着きを取り戻すことに成功する。

 

 

 アジは長い体を翻して、Bの様子をうかがった。あれはあのままにしていては危険だ。元は自分の分裂体である。互いに吸収し合えるのだから、こちらが主導権をもって行動すれば問題はないはずだ。Bはアジから奪った肉片と魔力を吸収、全身を一度震えさせて空を舞うアジを見ていた。

 

 

 Bはアジと同じように触腕で翼を形成するが、変体はアジには及ばない。追いかけてくるその速度はアジに比べると遅かった。アジはそれを好機と捉え、分裂体を吸収しようと旋回する。今度はアジの攻撃のターンだった。アジが空中から数発放射魔炎を放っていく。落下し、体を砕くB。敵わないと考えたのかBは大きく跳躍した。逃がすものかと、アジはBを追いかけ、何度も放射魔炎を吐き続ける。

 

 

 Bに命中するものは問題なかった。しかし、外れたものはどうだろうか。道路を砕き、街灯を破壊し、車両を破壊してしまう。アジはそれこそ必死に周囲のためにBを追い詰めようとしていたが、彼らの闘争劇に対して人々が何を思うのか。それをアジは冷静になって考えなくてはいけなかった。先ほど、アジが大声を上げていたフル装備の男たちが、連絡を取り合っている。

 

 

 

 

 

 

 

 怪物が二体暴れている。アレは人間のことを鑑みていない。本部の情報データにはあのようなことができる能力者はいない。であるならば、結論は一つだった。警備員は子供を守るための組織だ。彼らは子供を守るためならば容赦しない。全武装をもって怪物を排除するために、警備員は動き始めた。

 


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