虹色のアジ   作:小林流

39 / 50
動きの少ない回になってしまいました。
よろしくお願いします。


第39話

 

 

 学園都市には巨大モニターを搭載した飛行船が飛んでいる。普段であれば街ブラ番組でも流れている時間帯だが、今回は違った。

 上空を飛ぶヘリからの中継。細い伝説上の龍のような怪物と、強靭な四肢をもつ巨大な獣がビルや車両を巻き添えにしながら疾走する映像が流れ続けていた。

 

 

「繰り返します!これは映画ではありません!これは映画ではありません!!現実です!各避難地域に指定された皆さんはすぐに避難してください!!予測被害地域に指定されたみなさんは戸締りをして屋内に避難してください!繰り返します!これは!」 

普段は爽やかで通している男性キャスターの切迫した声が事態の深刻さを表していた。

 

 

 上条とインデックス、そして天草式のメンバーは人通りの少なくなった道でニュースを見ていた。先ほどの戦闘で絡み合うように移動したアジ達。怪物たちを追ってすぐさま駆けだした上条たちだったが、人間と人外との性能差は埋められず初動は後手に回ってしまった。

 

 

 建宮は画面を睨みつけている。隠しきれない焦燥を噛み殺してじっくりと怪物たちの闘争を見続ける。

 魔術を使ってアジを追跡、撃破することは難しいことではない。しかし、あれほどの大通りでしかも中継の繋がれた状態で魔術を隠蔽し続けるというのは、隠密に長けた天草式でも不可能だった。

 

 

 ここは科学の支配する街だ。そんな街でもっとも恐ろしいのは魔術が露呈することだ。加えて、この騒動の発端が、そもそも魔術の暴走であったなどと周知されたなら目も当てられない。それは明確な魔術サイドからの攻撃と受け取られる。比喩でなく、戦争を仕掛けたのと同義だ。それだけは阻止しなくてはならないというのが、天草式とインデックスの見解だった。

 だから建宮はチャンスをうかがっている。アジを追いかけ、そしてインデックスの語る作戦を遂行するチャンスを。

 

 

 

 ふいに、ヘリの映像の中継に変化があった。怪物たちは市街地を抜けてもなお暴走し、突き進んでいた。方向からして第21学区に向かったようだ。そこでヘリも一時的に追いかけるのをやめた。どうやら学園都市側で大規模な迎撃作戦が行われるとのこと。それに巻き込まれぬように離脱したのだと、ニュースは伝えている。映像には一瞬、人っ子一人いない山道が映り込んだ。

 

 

 

 今だ。

 誰かが言うと天草式は尋常ならざる速度で駆けだした。

 インデックスや上条を背に担ぎ、アジたちが進む山道へ。建宮たちは車よりも速く走り、バッタのように跳ね回った。

 

 

 

 

 

 

 数十分ほど進んだところで、建宮たちの視界に緑豊かな木々が広がった。奥へ進めば進むほど、砕かれたコンクリートや、折れた木々が転がっている。

「まって!」

 インデックスが声を上げると、天草式の面々は一度立ち止まる。彼らも違和感に気が付いたようだ。なぜか近づきたくないような、ここから離れたくなるような感覚が内から湧き出てくる。人払いの魔術だった。暴走するアジやあの怪物が展開したとは思えぬほど精密で強力なものだった。

 

 

 

 建宮は嫌な予感がした。インデックスはまだ何かを話しているが、彼はそれを聞き流しながら進んだ。辺りはひどい有様だった。転倒した装甲車、倒れている人々、そして飛散している無数の肉片。建宮はそれらに視線を動かしつつも、さらに奥に進んでいく。先にあるものが見えたからだ。

 

 

 

 それは不気味な蛸のような怪物だった。大きさはおそらく成人男性ほどもあるだろうか。巨大には違いないが、先ほどの戦闘でみたアジや怪物からすれば小さい。その怪物は、ある人影を襲っている。女だった。彼女は怪物の攻撃を避けようともせずに立っており、怪物に噛みつかれていた。けれども血の一滴たりとも彼女からは流れない。

 

 

 彼女は噛みつく異形を掴み、なんと無理やり投げ飛ばした。鈍い音を立てて地に叩きつけられた怪物は痙攣。彼女はその怪物を手に持った長大な大太刀を鞘に納めたまま殴打する。怪物は潰れていき、とうとう動かなくなった。

 

 

 ザリッ、と音がした。建宮が砂利を踏んだ音だ。彼女は建宮の存在に気付いて、振り向く。

 建宮は思った。最悪のタイミングだと。

 聖人、神裂火織はとぼしい表情で建宮を見やる。

「神裂!」

「.........建宮、ですか?どうしたのですか。こんなところに」

「そんなこと言っている場合か、お前」

「.........ああ、あの倒れている方々なら......心配ありませんよ。確認しましたが.....死者も出ていませんし、ここにいる、アレらは、大概たたき潰しました」

 

 

 

 建宮は顔を歪ませ彼女の姿を見る。素肌は傷一つなかったが、身に着けている服やブーツには細かい傷や泥がついている。元々ポニーテールだった髪も髪留めが切れ、まとまりがなく乱れていた。建宮を胡乱げに見る瞳は暗く淀んでいる。

 

 

 それだけではない。彼女の右肩から首にかけて蠢く何かが見えた。

 それは少年の頭部から臓物の如き触腕を生やした異形。アジ少年の面影を強く残すそれは神裂に背に抱き着くような形で取りついていた。異形は牙を剥き出しにして、彼女の肩に噛みついている。

 

 

 彼女が怪物の存在に気付かぬはずもない。彼女の様子は異常だ。建宮は歯噛みする。もっと早く彼女にコンタクトを取るべきだった。こんな惨いことがあるだろうか。彼女にさせてよい表情ではなかった。

 

 

「少しその場で止まれ神裂。すぐに取ってやる」

 建宮が相棒のフランベルジュをどこからともなく取り出して構えると、神裂の表情が険しくなった。建宮はその表情の変化に気付き、一歩下がる。

 

 

 ヒュン、と空気を切り裂く音がした。建宮のほんの数十センチ前の大地が抉られる。それは七閃だ。天草式の魔術師なら誰もが知る、ワイヤーを用いた攻撃用の術式だった。

 

 

「神裂?」

 建宮は呟くと、再び無表情になる神裂。

 彼女は七天七刀を手に彼とは対照的に一歩踏み出した。

「ここで刃を振るうのは私です。私だけなのです」

 その声には激情が込められている。

 

 

 建宮が何かを言う前に、背後から天草式の面々と上条たちが駆けてきた。天草式の面々はまず神裂がいたことに驚愕し、口々に言葉をかけようとする。特に対馬はすぐにでも彼女の元に走り出そうとしたが、その体はびくりと震わせて止まってしまう。彼女に組み付く怪物を見て躊躇したのではない。神裂のもつ雰囲気の異常性に気付いたからだ。

 

 

「.........みな、久しいですね」

 神裂は平坦な声で言う。それは再会を喜ぶ物言いではなかった。バランスの欠けた体勢と力なき表情に反して、七天七刀を握る拳は白くなるほど力が入っている。怒っているのか、嘆いているのか、それともそのどちらもだろうか。

 

 

 建宮は息を深く吐き出して、振り向かずに言う。

「お前たちは、倒れてる連中の手当てを頼むのよ。あいつは、俺がなんとかするのよな」

「建宮ッ、私たちも......」

 対馬が焦燥した様子で何かを言おうとするのを建宮は手で遮った。それは以前のアジを目前にした破れかぶれの行動ではない。対馬は大きく、そして悲しそうに舌打ちをして「任せた」と言って走り出す。他の面々も同様だ。建宮に一言ずつ投げかけて、救助に向かっていく。

 

 悔しいが、今神裂と対面できるのは実力的にも立場的にも建宮だけだと皆は理解した。

 神裂は危うかった。戦場でああいう状態に陥った魔術師は珍しくない。

 恐慌し、暴走する。思考が正常でなく、何をするかわからない。

 そういう状態に、神裂は陥っているのだろう。

 

 

「神裂、お前がそうなっちまった理由はわかる。アジだろ?」

「......知っていたのですか?」

「ああ、そうだ。天草式は全員アジのことを知っている。この怪物たち、そして海魔の中にアジがいることもな」

 建宮は一歩、神裂に近づく。慎重に、少しずつ。

「なぁ神裂、きつかったな。わかるのよ、だから一度落ち着いて話そう。これからどうするべきか、実はな――」

 

 

 

「これから?」

 

 

 

 神裂の持つ七天七刀がギシギシと軋んだ。聖人用の霊装、その頑強さをもってしても耐えきれぬほどの力が加えられている。

「これから、なんてものはないのです。もう終わりなんですよ、終わりです」

「神裂」

「ええ、ええ終わりですよ。バカみたいに刃を振るうのも、もうお仕舞です。ここで、これらを叩き潰して、それで終わりですよ。アジのことを知っているのでしたね?.........なら大丈夫ですよ、ここにいるあれらのほとんどは、こ、殺しましたから。私が、ころ、殺しましたから」

 建宮は無言で近づく。彼女を止めなくていけない。とても見ていられなかった。彼女は自分の心を自身の手でズタズタにしようとしている。

 

 

「これらを、こ、殺しきれば、ここの安全は保障されます。広範囲の索敵も行いましたが、おそらくは他の、脅威になるものはいないでしょう」

「神裂!」

「大丈夫です、あと少しです。私がやるんです、私が」

 建宮は飛び出した。混乱する神裂のその背後に飛び掛かる影が見えたからだ。それは軟体動物と鮫を合わせたような見た目をしている。1メートルほどの怪物は、鋭利な刃を剥き出しにして獲物を喰らおうとしていた。フランベルジュの一撃ならば、容易に撃退できる。

 

 

「やめろ!」

 神裂は泡を飛ばす勢いで叫び、歪んだ体勢のまま強引に七天七刀を振るった。波打つ大剣と鞘に収まったままの太刀がぶつかり合う。彼女は人外染みた膂力で建宮を押し返すと、怪物をかばうように体をずらした。するとこれ幸いといった様子で異形鮫の牙が彼女の腹周りに喰いついた。

 血は一滴も出ていない。表情を見ても痛みを感じているようには見えない。

けれども、それでも、建宮は目の前の光景を容認できるわけがなかった。

 

 

「これは、私が、こ、こ、殺します!手を出さないでください!さっきからそう言っているでしょう!?」

 神裂は肩で息をしながら吠えた。ガチガチと歯を震わせて、定まらない眼で建宮を射抜く。まさに圧倒的な威圧感を建宮に叩きつける彼女に、建宮は渋面を作る。

「神裂、そいつは」

 

 

「そいつはアジじゃねーぞ」

 建宮と神裂の間を割るように、少年は口を開く。

「おい神裂、そいつはアジなんかじゃない。インデックスから聞いたけどよ、ここにいる化物たちは全部暴走した魔術なんだろ?ただ生き物に反応してるだけの、意思もなにもないただの魔術だ」

 神裂は乱入してきた上条を見る。

 

 

「さっきから殺したって言ってるけど、お前は誰も殺してない。いいか、お前はここにいる人たちを助けたんだよ」

 上条当麻には戦場での経験などない。だから焦燥し破れかぶれになった魔術師の危険性など知る由もない。いや、それ以上に、彼は救うのに遠回しな方法はとらない。

 

 

「お前と建宮の話は、聞こえてた」

 上条も建宮と同様に一歩足を踏み出した。魔術師ではない、素人の歩みだ。

「お前が急に焦ったのはさ、建宮に化物を斬ってほしくなかったんだろ? お前たちとアジのことも聞いたよ。何があったかもさ。俺はさ、アジのことはほとんど知らない。でもそいつはアジじゃないことぐらいは素人の俺でもわかる。そいつらは似ているだけの化物だ」

「知ったようなことを言うんじゃねぇよ!!!」

 神裂の腕がブレると、奇怪な切り傷が地面に走った。七閃の一撃は我を失っていても健在だ。命中すれば人肉なぞ容易く刻んでしまう。

 

 

「そんなことはわかってんだよ!!それでも、それでも感じるんですよ!微かだけど!!構成する肉の中にも、アジが、アジだった部分があるんだよ!!そんなモンを他の奴らに斬らせてたまるか!?もう仲間が傷つくのは、嫌なんだよ!!」

「そりゃ、ちょっと見くびりすぎよな」

 

 

 今度は建宮が神裂に噛みついた。

「言ったろ?アジのことは知ってるって。俺たちはすでに海魔やその分裂体であるソイツらと交戦している。アジだってことに気付かずに切り裂いた.........知ったうえで殺そうとしたことさえあるのよ。神裂、お前だけがそんなことする必要も、抱え込む必要もないのよ」

 建宮は続ける。

「俺もお前と同じようなことをしたよ。それで何があったと思う?バカみてぇに自分を傷つけて、仲間に心配かけて、良いことなんて何一つなかったのよ」

だから、一人でやろうとするなと建宮は言う。

 神裂は俯く。そして七天七刀を思い切り叩きつけた。巨大な鈍い音はまるで爆発のようだった。その威力に、噛みついていた異形鮫は逃げ出し、肩に喰らいつく分裂体はより一層神裂に組み付いた。

 

 

「うるさい! うるさいんですよ! 言ったでしょう!? もう終わりだって! もう全部、無駄なんですよ! これから!? そんな先のこともうどうでもいいんだよ!!」

 連続して大太刀を振るいながら彼女は叫ぶ。体の中身を全部吐き出すように、苦悶しながらも彼女の言葉は止まらない。

 

 

「今、イギリス清教をはじめとする手練れの魔術師と騎士団が海魔殲滅のために集結しています。一人一人が怪物退治の専門家だ。そんな連中が束になって、海魔を、あ、アジを滅しようとしてるんだよ!今さら、抱え込むとか、そんなものどうでもいいんだよ!もうアイツは、アジは、し、死ぬんだよ」

 

 

 ビキリと七天七刀の鞘にヒビが入った。

「わ、私が、弱かったから」

 神裂の太刀が手から零れ、地に落ちた。

「私が殺したようなものじゃないですか」

 

 

 神裂は絞り出すように話し出した。

 もしも、私が怪腕を避けることができていたら。

 もしも、崖に飛び込む彼に手が届いていたら。

 もしも、もっと早く海魔が彼だと気づいていたら。

 もしも、もっと私が強くて魔術師から海魔を守ることができたら。

 私はアジを救えたかもしれない。

 

 

「何が聖人だ、何が女教皇だ!アジじゃないとわかっているのに、この怪物たちを滅することも上手くできない!!!もう終わりじゃないですか!アジがいなくなって、私はただ、馬鹿の一つ覚えのように刃を振るい続けた。少しでも誰かを救えるように、でも、肝心の仲間は救えない。助ける方法すらわからない!!私は弱く脆い!アジに救われたはずなのに、私は、私は、あまりにも………無力です」

 

 

 建宮たちと対面してから、神裂が発する言葉は支離滅裂だ。混乱し焦燥した彼女からは理性的な言葉は出てきていない。すべて破綻した言葉だろう。

 しかし、それこそが彼女の心の悲鳴だった。長年、天草式から離れ戦ってきた孤独、そしてアジのことを消化しきれぬまま一人でずっと押し殺していた後悔。そうしたどす黒い感情がないまぜになって生まれた苛烈な濁流の如き叫びだった。

 

 

 神裂はぶつぶつと続ける。

 私ではなく、彼が生き残るべきだった。

 

 

 それを聞き、建宮は無造作にフランベルジュを投げた。馬鹿野郎、と言いながら。

 その言葉は誰に向けられたものだろうか。彼はズンズンと荒々しく神裂へ近づいていく。攻撃される危険性など度外視して、建宮は神裂へ歩みを進めた。そして彼女の胸倉を掴んで強引に顔を上げさせる。

「ちがう!」

 建宮は神裂に言葉を叩きつける。

 

 

「お前が弱かったんじゃない、俺たち全員が弱かったんだ」

 怒れる建宮の腕に痛みが走った。神裂の肩に巣くう異形が、近づいてきた彼を捕食対象にしたのだ。アジによく似た怪物は、牙をびっしりと生えた歪な触腕を建宮の手に喰いつかせた。飢餓状態になっていた怪物の牙は異常な力を発揮し、彼の肉を容易に切り裂いた。

 

 

 血が流れ落ちる彼の腕を見て、神裂は目を見開いた。

 建宮は神裂の驚きを無視する。

「あの時、あの夜、アジを助けられなかったのは俺たち全員の責任だ。お前の手が届かなかったからアイツがこうなった?断じて違う!さっきも言ったが、お前だけがアイツのことを背負うなんてお前だけが苦しむなんてことはしなくていい。アジは、俺たち全員の問題だ。俺たち全員で何とかするんだよ」

「た、建宮、血が……」

「アジを助ける方法がある」

「え、あ」

「でもそれには俺たち天草式、全員の協力が不可欠だ。神裂、アイツを助けにいくぞ」

 

 

 神裂の眼に光が戻りはじめる。

「ほ、ほんとうに、たすけ」

「そうだ。ここにいる禁書目録の知識と――――」

 話す建宮に、先ほど逃げ出した異形鮫が近づいてきた。獲物を捕捉したバケモノは建宮に飛び掛かろうとするが、彼は異形鮫を一瞥もしない。甲高い音が鼓膜を揺らす。鮫の頬に、上条当麻の右拳が突き刺さっていた。幻想殺しは化物に流れる魔力を一瞬で霧散させる。魔力なき怪物の肉体は崩壊し。辺りにバラバラになった海洋生物らしきものをまき散らす。

「―――なんでも消しちまう幻想殺しも協力してくれる。そこに天草式の力が加われば必ずアジを助けられる。だから、いこう神裂」

 

 

 神裂の瞳からポロポロと涙が流れ落ちていた。それは絶望の涙ではない。あの夜の続きが、今始まった。今、アジに手を伸ばす者たちは大勢いる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。