虹色のアジ   作:小林流

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第4話

 神裂火織は術式を展開する。専用霊装である長刀「七天七刀」を抜く.........ふりをして柄に細工したワイヤーを展開。縦横無尽に動くワイヤー型霊装、七閃はその切れ味をもって敵へと殺到した。

 

 

 

 彼女がいるのはとある人工島だ。魔術によって海底の岩や砂を固めたもので、大きさは数キロほどの小さな島だった。しかし、その小ささゆえに長きに渡って様々な監視の目から逃れ、科学・魔術どちらのサイドにも気づかれなかった。魔術師は誰もが秘匿を心がけるが、ここまで念を入れたものは珍しい。

 

 

 そしてその念の入れように比例して、そこにいる魔術師とその研究目的は外道になるのが常だった。人目から極限まで離れた環境は、そこで生活する魔術師の人間性も失わさせていく。神裂が聖人の御業をもって島に潜入した時に、まず目についたのは大量の人骨だった。そして異様だったのは数だけではない。

 頭蓋のほとんどは歪んでいる。眼窩の数は一定でなく三つや四つのものがあり、腕や脚も数も多すぎるか、はたまた少なすぎるかのどちらかだ。

 

 

 そしてなによりも大きさがおかしい。どう見積もっても幼児よりも小さく、縮尺自体は成人と変わらぬ人骨の山。神裂はその異常な人骨を見て、数分でその研究の内容を暴く。

 

 

 ここは人造人間、ホムンクルスの魔術研究島だ。成長しきれずに死んだホムンクルスの骨が至るところに散乱しているのだろう。濃厚な死の匂いのする島だった。

 

 

 神裂が到着したことに、島の持ち主は気づいたようで、すぐに島にある唯一の小屋から飛び出してきた。魔術師は女だった。頬はこけ、目は血走っている。彼女は、聞き取れないことを喚き散らしながら魔術を発動させた。

 彼女が出てきた小屋にいくつかの文様が光る。

 直後、小屋は崩壊。瞬間、再構成した。しかし、新たな形を得た小屋は最初とは形を大きく変える。

 

 

 一言でいえば歪な巨人。ホムンクルスの術式を応用、いや雑に転用して生み出されたゴーレムともいえぬものだった。ゴーレムもどきは、歪な体に似合わず俊敏に神裂へ迫った。

 それがどれだけ無謀なことか、判断する脳がない人形には決してわからない。

 

「七閃」

 そうつぶやいた時には、敵はバラバラに砕けていた。ワイヤーによって描かれた文様はすべて破壊されている。再生能力があったのだろうが、これでは魔術を再び使うことは不可能だろう。

 

 

 神裂は女魔術師の元へ歩く。魔術師は、なおも泡を飛ばしながら叫ぶ。手から黄色の光を輝かせながら、神裂へむかって抵抗用の魔術を使用する。しかし精神的にも、そして実力的にも、その魔術はおざなりだ。黄色の光は、何とか球体になると神裂に突撃する。

 

 

 神裂は気にせずそのまま進んだ。体力と魔力の消費を最小限に抑えるために、ぎりぎりで避けようとしたのだ。もっとも、例え直撃したところで、何のダメージもないことは明白だった。

 

 

「あぶないよ」

 そんな神裂の思考を中断させたのは少年の声だった。神裂の視界に七色の輝きが入ってきた。次に聞こえたのはパシャンという水がはじかれるような音。目の前の少年の霊装の一つ、巨大化した楯が女魔術師の攻撃を防いだのだ。

 

「大丈夫?」

 キラキラとした瞳が神裂の目とあった。彼の名はアジ、天草式の魔術師である。

 彼は天草式の全員が持つ「首飾り」の効果によって即座に神裂の前へ転移したのだ。

「問題ありませんよ、アジ」

「攻撃がきたらすぐに避けなよ。できるでしょ?」

「もちろんです。しかし最小限の移動で攻撃を避け、迅速に術者を拘束しようとしたのです」

「それもわかる。でも見ていたら当たりそうで冷や冷やするから、やめて」

 アジは少し困った顔をして神裂に言った。

 神裂は、注意されていながら、そうした少年の表情が嫌いじゃなかった。アジは、自分がどれだけ正当なことを言っても、ちょっとでも危ないと思ったら注意してくる。聖人という半ば怪物染みた力をもつ自分を、危ないからダメと言ってくれるのだ。それは神裂の力を侮って言うのではない。純粋な心配と愛情。神裂はアジが常に浴びせてくれるそうした態度や言葉を好ましく思った。

 

 

 アジが巨大化した楯に魔力を流して、小型化する。まるでキーホルダーのような大きさにして、無造作にポケットに突っ込んだ。そして次にポケットから取り出したのは、10センチにも満たない小さなチェーンだ。

 

 アジがチェーンに触れると、チェーンは巨大化。1メートルほどに膨れ上がり、形を整えていく。出来上がったのは蛇。脚が四つある不思議な蛇だ。蛇は俊敏な動きで女魔術師に近づくと腕に噛みついた。女は瞬間、倒れた。

 

 

 七歩蛇という妖怪がいる。それは龍にそっくりな小さな蛇で、人が噛まれれば七歩も歩く内に死ぬ強力な毒をもっていた。アジがその伝承をもとに霊装を作ったと得意げに、神裂に自慢してきたことがあった。しかも伝承の七歩蛇から龍の角や牙を除くことで、致死性の毒ではなく気絶する効果にしたとも言った。

 

 

 だから女魔術師は死んだわけではなく、昏倒したのだろう。アジは人を殺すような真似はしないからだ。神裂はアジのことをいたく信頼していた。彼はその蛇を解除し、小さくするとまたポケットに無造作にしまう。そして、今度はさらに違う霊装を用いて、女魔術師をあっという間に捕縛した。彼は、常に数十もの霊装を持ち歩く恐るべき魔術師だった。

 

 

 アジは、霊装を日々量産している。偶像崇拝系の術式が活用しやすいといえど、ここまで多種多様の霊装を創れるのはアジだけだ。

 神裂をはじめとする天草式のメンバーや、世間の魔術師たちは、そのアジの魔術師としてのスタイルに驚嘆している。仲間は羨望の眼差しを向け、敵は畏怖の念を抱いた。すでに「虹色のアジ」という二つ名を持つ彼だったが、世間はさらに彼を「霊装屋」とも呼び、恐れた。

 

 

 神裂はアジを見る。自分のような生まれつきの幸運ではなく、不断の努力によって力を得てきたアジ。近くで見続けてきたゆえに、神裂はアジの名が魔術世界で、良くも悪くも知られることが喜ばしかった。

 

 そして彼はそんな評価を鼻にかけることがない。アジはあの「首飾り」を創ったころから何も変わっていない。仲間のために魔力が無くなるギリギリまで様々な霊装を造り、ときにはそれを何ともないように仲間に配り歩く優しさ。

 

 聖人である自分も、不要ではあるだろうが、それでも守ってくれようとしてくれる彼の暖かさ。そのどれもが神裂にとって好ましいものだった。

 

 

          ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 最近、みんなの雰囲気がおかしいとアジは思っていた。

 今もそうだった。自分などでは到底、敵わない超天才和風女剣士系女子の神裂。そんな彼女だが何故かアジが霊装を使う度に「ほう」や「なるほど」と呟く。おそらく神裂でも、やろうと思えばできると、アジは考えていた。

 

 

 天草式の仲間たちも同様に、アジがなんかイイ感じの霊装ができたので試しに使ってほしいと言うと、大げさに喜んだり「流石よな」などと言ったりするのだ。そして日々の反応、年上からは顔を合わせるたびに微笑みをプレゼントされ、数年上の先輩には肩を組まれ、年下からは魔術の稽古を頼まれる。なんだかとてつもない信頼をアジは感じていた。

(なんか、みんなにしたっけ?)

 アジは神裂の顔を見て頭を傾げた。

 

 

 実のところ、みんなが考えているほどアジは勤勉ではなかった。彼は単に、霊装を創るのが好きなだけだった。術式をいじくって不可思議なものができるのも楽しいと思っているだけだった。それによって誰を助けられるとか、役に立つとかはあまり考えていないのだ。楽しいから作っているのである。唯一、明確な願いを込めて作ったのは「首飾り」ぐらいだった。その最初の優しさが、天草式がとらえるアジの人物像の地盤となっていた。

 

 

 実はアジが、その他の霊装を創るモチベーションは非常に子供っぽい。妖怪とか怪物とか作ってみたいなぁとか、口や剣からビームだしたいなぁとか、適当なことを考え、それができそうな魔術を探し、作ってみたら、たまたまできちゃったものがほとんどだった。無論、あの七歩蛇もそのたぐいである。

 

 

 偶然できたものが多いので、アジは面白い霊装ができたら自分がまず試したいと思うより、仲間が使ったらどうなるのかと好奇心で話しかけていた。しかも先ほども述べたように、研究を重ねてできた霊装じゃなく、基本的にアジの霊装はたまたまできちゃったものである。仲間が使いこなせたなら、あげた方がいいかなぁと考えられるのだ。不断の努力の末、頑張った成果としての霊装はマジでほとんどなかった。

 

 

 これは目的があって魔術を志す、この世界の魔術師からは理解できない思考だろう。

 魔術が一切ない前世の感覚が強い、いわゆる小市民的精神のアジにとって魔術で遊び、霊装をいじることがすでに目的になっているのだ。だからアジは皆が持つような、信念をあらわす魔法名などももっていなかった。

 

 加えてアジは自分が世間からどんな風に見られ、また仲間たちからどれだけ評価されているのか未だに把握していなかった。近くには最強の聖人がおり、仲間も戦場を駆ける百戦錬磨の猛者ばかりで、自分を高評価できる環境ではない。

 

 アジを恐れる他の魔術師に聞こうにも、基本的に魔術師たちに横のつながりもなく、特に天草式は密教すぎて、全然外の意見を聞けないのだ。

 

 だからアジは仲間たちと任務に出るようになっても、自分のことをまぁ初心者よりは魔術知ってるよね?くらいの気分でいた。

 

 アジは神裂と捕縛した魔術師を連れて帰還する。首飾りを使えば一瞬である。二人はすぐさま仲間が集まっている隠れ家の一つに転移した。

 

 

 仲間たちは二人を労う。仲間たちは、秘密にまみれた島へ単身潜入した神裂に尊敬の眼差しを向け、それにすぐさまついていったアジに優しく微笑む。アジにしてみれば、(神裂についていけば心配ないじゃん、なにかあっても絶対助けてくれるじゃん?)などと考えていたにすぎないのだ。

 

 アジも神裂を含む天草式の面々も、互いに相手を大切な仲間だと思っているが、その中には微妙なズレがあったのだ。

 


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