虹色のアジ   作:小林流

41 / 50
魔術の説明は、あっているかわかりませんがよろしくお願いいたします。



第41話

 

 

 

 落ち着きを取り戻した神裂は対馬や五和などの女性陣からは抱擁と涙の歓迎を受け、男性諸君からは笑顔で迎えられた。建宮は、ほぼ半裸に近い神裂の胸倉を掴んだことを、なぜか対馬に知られており、拳骨を喰らわせられていた。

 

 

 倒れている警備員たちには簡易的だが、回復魔術を使用。出血や骨折程度であれば回復しているだろう。上条はその辺の石や携帯電話等で魔術を行使する五和などを見て、すごいなぁと呟き、なぜかインデックスに頭を齧られていた。神裂が彼を見てみると、納得していない顔をしていた。

 

 

 未だ上条におぶさるようにしてインデックスは話す。どことなく幼児が親に甘えるように見える。天草式の面々はそれに突っ込まなかった。

 「まずは、ここにある全部の肉片を集めるんだよ」

 彼女の指示の元、怪物達はその状態を問わず集められた。幸い魔術のスペシャリスト揃いの天草式は危なげなくそれを回収。集められた怪物たちは自然と一体化し、巨大な肉塊へと変化する。最後に残ったのは先ほど神裂に触腕を絡めていたアジの面影のあるモノだけだった。

 

 

 しかし、流石にそれを滅することはできず、昏倒と魔力低下の術式を用いてソレを眠らせた。眠ったソレはアジにしか見えない。神裂は一度それを撫でるように触ると、巨大な肉塊へ押し込んだ。まるで繭か卵のような肉塊に少年の頭だけがちょこんとくっついている。

 

 

 インデックスの指示のもと、神裂は肉塊の周囲に天草式製のワイヤーを展開していく。それは結界であり術式の準備でもあった。用意を終えたのを見届けると、インデックスは上条から下りて話し出す。

 「その虹色の絆、それを上手く使えばアジの人間の部分を集めることができると思うんだよ」

 彼女の中の英知、様々な秘匿されてきた魔導書の知識は霊装の転用方法を導き出した。

「その霊装に込められた意味は、逃げることと仲間と集合すること。多種多様に神話を乱用した霊装だから、その解釈を分解できるはず」

 

 

 これが単なるロザリオであったなら、ここまで強引な解釈の変更はできなかったと彼女は話す。ごちゃまぜになった混沌とした霊装だからこそ、その解釈は幅を持たせやすい。加えて天草式の術式自体が多様な神話を混ぜたものが多いのも追い風だった。天草式というだけで魔術の基盤の拡張が容易くなるとのこと。

 

 

 インデックスはその術式の結論から言う。

「簡単にいうと、怪物の肉体を悪いモノとして見て、アジの人の肉体を味方と定義するんだよ」

 怪物の肉体は海洋生命体のDNA、細胞だ。その細胞の一つ一つを敵として認識。その敵の細胞から逃れるように人の肉体を集合させる。それが今回の案だと、インデックスは語った。

「あの恐縮なんですけど」

 五和がおずおずと手を上げた。

「理屈はなんとなくわかるんですけど、ここから遠く離れた海魔の巨大な体から、人の肉体だけを集めるなんて繊細な術は不可能ではないでしょうか」

 

 

 

 建宮や神裂、そして魔術に詳しくない上条もそれに同意した。インデックスが言っているのは、砂山に交じった砂を種類別に分けるようなものだろう。それは途方もない作業になる。手元にピンセットがあったって何時間、いや何年単位での作業になるかもしれない。

 加えて今回はその砂山はまさしく山のごとき大きさだ。さらにそれは蠢き、形も変化するのだ。できるわけがない。

 

 

 

「うん、普通にやったら絶対に無理だね。だから天草式みんなの力と、全員の虹色の絆が必要なんだよ。そして不幸中の幸いっていうのかな、ここにある怪物の肉塊も活用するの」

 インデックスは巨大な肉塊を見て言った。

「この肉塊は魔力で海魔とつながってる。これだけ大きいと海魔から流れる魔力の流れもわかりやすい。その流れを使えば海魔にここからでも十分に干渉できるはずだよ。そしてその海魔の中に人型、アジの細胞が逃げ込める型を作るの」

 

 

 

 遠くから霊装を動かす術式は無数に存在する。関わり合いをもたせ、適切に処理すれば難しいものではない。教会で遠くにいる家族のために祈りをささげると、ロザリオを持つ家族に作用するのも、そして藁人形に相手の髪の毛を仕込んで釘を打つと不幸を与えるのも、この理屈だそうだ。

 

 

 

「この肉塊は海魔の体の中を操作するリモコンになるってことか」

「り、りもこん?」

 上条の言葉をインデックスは上手く飲み込めないようである。脱線しそうになるインデックスはこほんと可愛らしく咳ばらいをして話をつづけた。

 

 

「でもその人型を作るのに問題になるのが、イメージなんだよ。その人にはその人の魂の形がある。だからあまりにも乖離した人型だと、アジの細胞を集めたとしても魂や意思は定着しないの。変なものが創られたら、その中に別の存在が生まれてしまう。ホムンクルスの実験がそれに近いと思うよ。人に似た、しかし別の存在が新たに海魔の中に生まれてしまう。だからそうならないように、できるだけ正確なアジの姿を作る必要がある」

 

 

「どうすれば?」

 神裂が結論を急かすように言った。

「みんなの想いを合わせるの、虹色の絆を使って」

 

 

 虹色の絆は全て、アジが制作した。その部品、工程、調整には彼の魔力。海魔と混ざり合う前の人間としての魔力の残滓が残っている。建宮たちの話によれば、海魔との交戦中に絆と交信し思考が流れ込んだそうだ。そのことから、アジの絆は海魔の体内にあることがわかっている。その絆を依り代にするとインデックスは続けた。

 

 

「海魔の中の絆を核として、そしてその他の絆にみんなの魔力を通して、肉塊の魔力の流れに乗せる。そして海魔の中にアジの姿を創り上げる。一人のイメージだとアジの姿形が偏るかもしれない、でも天草式全員の絆を使えばその思いはより強いものになる」

 

 

 神裂はインデックスの話を聞き、自身の絆を見る。一人では無理でも、仲間となら彼を救える。彼女は思い出す。いつも自分を気にかけてくれた彼の姿を。聖人ではなく一人の仲間として声をかけてくれた姿を。

 「みんなのアジを思う願いは必ず届くはずだよ。願うこと、それこそが魔術の本質なんだから」

 

 

 

 天草式、全員の想いの力でアジを人の姿にする。

 それは仲間として生きていた彼らだからできることだった。神裂は建宮たちを見た。皆、インデックスの話を聞き、その表情が変わっていく。その眼には絶望の色はなかった。燃え上がる意思の炎が灯っている。

 

 

 

 上条は魔術に精通するインデックスを見て、心底驚いたように、そして嬉しそうに口を開いている。

「すごいぞ、インデックス!」

 思わず褒めちぎる上条にインデックスはニヘラとだらしなく笑った。しかし、次の瞬間。彼女の表情は曇り始める。

 神裂はどことなく予想がついた。どんな作戦にも完璧なものはない。どこかしら穴があるのだ。

 

 

 「でもね。この作戦には問題点もあるんだよ」

 インデックスは眉を寄せて口を開く。虹色の絆を核とするために、他の絆は作戦後におそらく砕けること。そのため一瞬で転移する術式は失われてしまう。今世紀に入り天草式のような少数の魔術組織が台頭できたのは、その術式によるものが大きい。それを手放すことになってしまう。

 

 

 次に、海魔に起こる変化について。

 海魔は魔術暴走によって生じた、本来形のない存在だ。そのため常に依り代が必要になる。それは当初はアジが助けた少女だった。それが現在はアジに憑りついている。今回の作戦ではアジを無理やりその呪いから離す方法をとる。おそらく依り代をなくした海魔の肉体は崩壊へ向かう。ちょうど宿主を失った寄生虫のように、自分だけでは生きていけない。

 

 

 

「作戦でできるアジの人型を保つ魔力は、この肉塊を使って海魔の体から直接供給できると思う。だから海魔が再びアジを吸収することは難しいはずだよ。海魔の魔力が尽きないかぎりは、アジの人型を崩すことはない。でも、その分呪われた肉体は依り代を求めて.........これまでの比ではないほど大暴れするはずなんだよ」

宿主から追い出された寄生虫はただでは死なない。命ある限り、その息の根が止まる寸前までのたうち回る。そして件の海魔の不安定な肉体は、再び依り代を求めて変異し続けるはずだ。その脅威は計り知れない。

 

 

 

 その話を聞き神裂は俯く。自分は勝てるだろうか。聖人は邪を滅する特性をもつが、観測された海魔は強大。自分の刃は、海魔を討つ力があるだろうか。それに海魔殲滅のために集まった魔術師たちの戦術霊装。それらの間を縫って、アジを救えるだろうか。絆が失われれば転移術式も失われる。ここから日本海まで向かうのにだって時間がかかる。まるで肺の中が黒い煙で満たされたような息苦しさがした。意識しなければ呼吸ができないような、そんな妄想に憑りつかれ始める神裂。

 

 

 

 そんな神裂の耳に驚くほど能天気な声が聞こえた。建宮は不敵に笑って自身の絆を手で遊ばせる。

「ここまでお膳立てされれば、楽勝よな」

「なんでそんな自信満々なの?また勝手に突っ走ったら私が殺すからな」と対馬は彼を睨む。それをまぁまぁと宥めるのは五和だ。

 

 

 

「流石に建宮さんもそんな馬鹿なことはしないですって!.........多分」

「いや、逆に海魔にたどり着く前に建宮が海中に没する可能性がある」

 牛深は思案する。続けて香焼も乗ってきた。

「建宮さんが海に落ちるなら囮にしましょうよ、一回海魔ボコってるから狙われるかも!」「確かに、それはあるな。建宮、お前は海中から攻めろ」既婚者、野母崎はふむと同意した。

「こらこら」と年長、諫早は困ったように笑っている。

 

 

 インデックスは呑気な彼らに目をシパシパさせた。神裂もそれは同じだった。なぜか笑い合っている彼を見て、目を大きくさせている。

 建宮は生意気を言った香焼の頭をグリグリとし始めたので、インデックスはとうとう戸惑いの声を上げた。

「ちょ、ちょっと」

「確かに、海魔はとんでもない相手よな。だが俺たちは一人じゃねぇ。天草式は全員そろった時が一番強いのよ。一人の刃が届かなきゃ、後ろからその刃を押してやればいい」

建宮は、いやその場の天草式のメンバーは神裂を見た。まるで彼女の悩みをたちどころに察したように。

 

 

「ようやく、ようやくアジに手が届くんだ。その程度の問題なんて気にならないのよ。そうだろう、神裂?」

 神裂は、なんて自分が単純なのだろうと思った。肩が軽くなっていく感覚がした。冷え切った体温が上昇する。笑う皆を見ていると本当に何とかなってしまうような気がしてくるのだ。もう陰鬱とした悩みはなくなっていた。

 

 

 

「でも、いいの?絆は、その霊装は無くなってしまうんだよ」

「構いません」

 今度は神裂が答えた。

「.........わたしたち、天草式にとっては最も重要なのは貴重な霊装でも、受け継いできた術式でもありません。......仲間と共にあること、それが一番大切なことです」

神裂はどこか自分に言い聞かせるように言った。彼女は仲間を守るために天草式から離れたが、それは間違いだった。それは傲慢でよこしまな考えだった。彼女は薄く笑った。彼女の瞳にも決意の炎が灯った。

 

 

 

 彼らの様子を見て上条は思わず呟いた。

「なんだ、俺いらなそうじゃん」

「ちがうんだよ、とうま。多分、この作戦の最後にはとうまが、必要不可欠になると思う」

 作戦の流れをインデックスは改めて説明する。

 まず、海魔の中にアジの肉体を生み出す。

 次に、海魔殲滅包囲網を抜けて海魔へ向かう。

 最後には、アジを救い出して海魔を打ち倒す。

 暴走する海魔の肉体はいくら海魔殲滅包囲網が強力であろうとも、完全に破壊するのには難儀するはずだ。しかし、上条の右腕はそれを一気に解決する。魔の塊である彼の幻想殺しは、海魔を一撃で滅するだろう。

 

 

 

「本当は、とうまには行ってほしくないんだよ。でもきっと、とうまは聞かないだろうから、今回は私も付いていく」

「えっ!?」

「そもそも巨大な海魔の中から人間体のアジを見つけ出すなんて芸当は、私にしかできないんだよ。肉塊の魔力の流れを目印にして私がアジを見つけて、みんなが救出、最後にとうまの右腕の出番。この作戦は誰一人欠けても上手くいかないと思うよ」

 

 

 上条はワタワタと慌てた様子で、インデックスに考え直せなどと言っているが、彼女は聞く耳を持たず受け流す。とうとう上条は「不幸だ」などと言って大きくため息をついた。

 

 

 そのやり取りを見終えると、神裂たちは一歩前へ出て全員が礼をする。

「インデックス、そして上条当麻。どうか、アジを私たちを助けてください」

 頭を下げる神裂たちに上条は当たり前だろと、優し気に笑って返した。

 

 

 

 

 

 術式の準備はすぐに整った。建宮は通信術式を用いて、この場にいない天草式のメンバーに作戦を説明する。そして各々が絆を手に持ち、魔力をリンクさせていく。

神裂のもつ絆へ徐々に全員の魔力が集まってきた。その魔力をワイヤーで囲んだ肉塊に流していく。

 

 

 神裂は手で眠るような形をとるアジの分裂体に触れる。

 神裂は目を閉じた。そして思い起こす。自分よりも小さな少年の体躯、少し長めの黒髪、きれいに光る瞳、そしてあの笑顔を。絆は虹色の輝きを放った。それは徐々に大きくなり装飾の部分が罅割れていく。魔法陣が全員の絆に浮かびあがり、肉塊も発光する。

 

 

 ついに眩いほどの光源が辺りを照らし出すと、瞬間。バキリと虹色の絆は砕けた。肉塊は一段と光り迸り、まるで光線のようなものが一直線に伸び雲の先へ消えていった。その先には海魔がいるのだろう。海魔と肉塊はこれまで以上に密接な関係へと昇華した。

絆はさらさらと粉塵になって神裂の手から滑り落ちる。

 

 

 

「成功だよ!今、海魔の肉体に変化が起き始めてる!!」

 インデックスは叫ぶと、皆は霊装部分が消え去り、麻紐だけになった絆を腕に巻き始める。例え形が消え失せようとも絆は不滅だった。神裂はふと思い立って、その麻紐で自身の髪を結った。トレードマークのポニーテールに自身を整えると、息を吐く。

 

 

「行きましょう」

 神裂の快進撃が始まった。建宮はここにいないメンバーに向けて指示を飛ばし、日本海で落ち合うことを決める。そして神裂たちは術式を展開、一刻も早く海魔の元へ向かい始めた。神裂の背におぶさったインデックスは、指を差して導いていく。

彼女たちが去るときには、日は落ちはじめ夕焼けが差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからだろうか。

 肉塊にある変化が起きているのに誰も気づかなかった。いや、そもそも巨大な海魔の魔力に阻害され、インデックスすら気づかないことが起きている。

 

 

 

 虹色の絆が海魔の体内にあったのは、少し前のことだった。今は、分裂体が持っているのだ。そんなことは誰も露にも思わないだろう。今回の作戦は絆を核にして人型を生み出す作戦だった。ということは分裂体の中に、人型が生まれつつあるということだ。

 

 

 ちょうど、アジの面影をもった少年の瞳が虹色に輝き始めた。

分裂体に中にあったアジの細胞を集め、足りない部分は喰らった猟犬部隊の細胞が入り、さらに足りない部分には異形のモノが混じっていく。魂は、それに応じたものしか受け付けない。人型をもったならば、相応の存在が生まれていく。

 

 

 

「ウゥ、ウゥゥ」

 得てして生まれようとする新たな存在は、苦し気に唸っている。巨大な繭を破って外に這い出そうとする蛾のようだった。

 

 

 

 




説明が分かりずらかったら申し訳ありません。


科学サイド側のラスボスも生まれましたので、最終決戦がスタートします。
今後もよろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。