虹色のアジ   作:小林流

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正直、これを書きたいがためにやってきました。


第42話

 「撃ちまくれ!攻撃の手を休めるな!!」

 ローブの男は檄を飛ばした。攻撃が始まってどれくらいたっただろうか。聖書に描かれたあらゆる破壊の描写を体現する霊装兵器は複数用意していた。40メールを超える兵器の数々は専用の魔術戦艦に装備されている。その砲撃の威力たるや、目や耳に防護術式を施していても完璧には防ぐのが難しいほどだった。

 

 

 

 空に浮かぶ要塞にも砲撃の余波が伝っていた。砲撃によって黒煙が立ち上り、水上爆発が何度も起きた。それだけではない。飛行艇からは遠距離の術式が絶え間なく降り注いでいる。まるで天から降り注ぐ炎と硫黄の嵐だ。魔術師たちの連続した魔術は、溶けあい変容している。混ざり合った魔術は都市すらも壊滅させる性能まで高められている。

 

 

 

 それでもなお。海魔の巨体は砕かれていない。最初の砲撃によって、頭部の半分を吹き飛ばしたものの、それ以降奴は体を絶えず流動するように変異させている。ときに幾重にも首を生やした巨龍、ときに触腕に覆われた怪物、ときに内臓や骨を剥き出しにした悪魔。霊装兵器が破壊した上から変異を繰り返し、傷跡は瞬く間にふさがっていく。

 

 

 

 長机の中央に置かれた球体から移される海魔の映像に、通信がいくつも入った。

「日本支部部隊の魔力が尽きかけています!」

「北米支部も同様です!人員が間に合いません!」

「結界維持部隊の交代完了しました!あと数時間は待ちます!」

 ローブの男は冷や汗をかきながら、それらの情報を処理、そして指示を飛ばしていく。海魔の耐久力は予想をはるかに上回った。攻撃するこちらの魔力も無限ではなく、いくつかの部隊は魔力切れを起こし結界の外へ退避。そして代わりの部隊を入れ替えたりしている。

 

 

「とっとと死ね、化物が」

 また海魔の肉が波打つように変異した。どろどろと溶け出す肉は、おぞましい姿へと変わっていく。今度は軟体動物の頭部に蝙蝠の羽が伸びたような姿だった。その変わり続ける海魔の不気味さに、皆恐怖を覚え始めている。

 

 

 このまま攻撃し続けなくては、ローブの男は歯ぎしりしながら思う。この攻撃が止めば、あの怪物の牙がこちらへ向いてくる。霊装兵器をもしも喰われたら、その分やつの魔力は回復され、一気に敗北へつながるだろう。このまま押し切る。それが最善だと男は信じていた。

 

 

 再び霊装兵器の雷が海魔の頭部に直撃した。黒煙が立ち上り海魔の巨体が不自然に揺れた。そして異変に皆が気付く。海魔の変異が起きない。

「勝機だ!」

 男は思わず立ち上がる。変異が起きないということは、魔力切れの可能性があった。もしくは体内の魔力循環が狂ったのかもしれない。何よりもここが正念場だと判断。霊装兵器を全て頭部に狙いを定めさせる。一気に肉を吹き飛ばすのだ。

 

 

 

 時間にして1分に満たない修正。すぐに一斉砲撃が行われる。雷、炎、光、極大の十字架、などが海魔に届き、一際巨大な爆発が起きた。衝撃波で大気が揺れ、結界がビリビリと波打つ。男たちが乗る要塞、そして包囲する飛行艇が大きく揺れた。

男が見たのは、頭部を完全に失い沈黙する海魔の姿だった。海魔は静止したまま変異を起こす気配がない。男は、それを見て勝ったのだろうかと思った。しかし、男は攻撃の手を緩める気などなかった。あの怪物の体を一片でも残すなと、攻撃を続けろと指示を出した。

  

 海魔の体は砕かれ、そして炎に包まれていく。巨体は真っ黒に焦げ始めていた。

 

 

 

 

                 ○○○○○○○○○○○○

 

 

 オレンジ色になった陽光が眩しかった。黄泉川が目を開けると自分は、道の端に寝かされているのに気付いた。しばし放心していた黄泉川だったが、何があったのかすぐに思い出した。

 

 

 全身を打ち付けた痛みをなぜか感じず、彼女は勢いよく立ち上がる。そして周囲を確認した。転倒する車両に変化はないが。警備員の全員はなぜか集められていた。皆、息をしている。無事なようだ。一体何があったのか、答えてくれる存在はいない。彼女は警戒しつつトンネルの方へ歩く。それでもアジの姿は見つけることはできない。そればかりかアジ以外のモノも一切見つからなかった。

 

 

 混乱する彼女にあるものが聞こえた。それは頭上。西日に照らされた灰色のボディには身に覚えがある。それは六枚羽だった。六枚羽は全部で三機。陣形を組んで飛んでいた。黄泉川は怒りに震えた。

「馬鹿野郎」

 アレに銃を向けるなどあってはならない。黄泉川は走り出す。六枚羽のことは黄泉川も知っている。あれは遠隔操作可能な自動自立型の兵器だ。非常に優秀なAIも搭載しており、味方と敵の区別も付けられる。最悪の場合は、自分が間に入れば一時的にでも攻撃を止められるはずだ。

 

 

 

 黄泉川は六枚羽の様子を伺いながらその後を追っていく。どうやら六枚羽すらもアジたちの行方を掴めていないらしい。一体どこへ行ったのか。

 

 ドクン

 

 黄泉川に耳に何かが届いた。それは腹の底を震わせるような音だ。

 

 ドクン

 

 まるで巨大な心臓の振動。規則正しく聞こえる音は公道の横。木々が茂る山の方向から聞こえている。あちらには学園都市の水源を支えるダムがあったはずだ。そこまで黄泉川が考えていると、六枚羽が急旋回する。どうやら搭載している機器もなんらかの振動をキャッチしたようだ。黄泉川は焦った。まず間違いなく、何かがいるのだ。

 

 

 

 黄泉川は半ば崖のような山を登っていく。黄泉川は肩で息をしながら、必死にもがくように進んだ。見えてきたのは灰色の巨大な壁のようなダムだ。貯水池もこの猛暑で水量が少ないような気がした。黄泉川は首を回して、探す。

 ドクン

 

 再び聞こえた音は反対。大雨などの時に水を流すクレストゲートの下。黄泉川がいる場所からおよそ縦に20m。そこに隠されるように巨大な肉塊が鎮座していた。

 

 

 それは間違いなくアジに関係するものだったが、それが何なのか黄泉川にはまるでわからない。巨大な肉塊はどこか卵か繭のようにも見え、規則的に脈動している。

 

 

 六枚羽は速やかに肉塊へ攻撃する。学園都市の演算システムを搭載したミサイルは周囲の被害を最小限に抑えた上で、怪物を爆撃した。

 巨大な爆発が起こり、黒煙が上がる。黄泉川の叫びは続けざまに行われる爆撃で打ち消されてしまう。そして火柱が上がった。

 

 

 黄泉川は肉塊を見る。燃え盛る肉塊は半ばから千切れ、焦げている。だが、それでも肉は蠢いていた。半ばから裂けた肉塊は急に変異を始める。続けて行われる爆撃と重機関銃の嵐を受けていながら、痛みに悶えるように動いた。それは苦しむ二匹の大蛇のようだった。皮膚は焦げ黒く染まっている。

 

 さらにドグンと、脈動がした。六枚羽は全ての武装を使って最後の爆撃を行った。その威力に黄泉川は後ろへ倒れてしまう。クソ!黄泉川は地面を叩きつけた。見殺しにしてしまった!死ななくてよかったはずだ!なぜ、こんなことに!後悔が彼女を支配する。思わず涙すら零れた。救えなかった。俯く黄泉川だが、異変に気付いた。

 

 

 バギンという鈍い音が「上」から聞こえたのだ。重くなった体を上げてみると、六枚羽の一機が何かに捕まれている。いや喰われていた。

 

 

 黒く巨大な龍のような蛇のような顎が回転する翼をものともせずに、バキバキと学園都市最強の兵器の一つを喰っている。鈍い音がする。凄まじい圧力がかかっているのがわかった。その一機はとうとう爆破し、破片が落下していく。

 

 

 落下する破片の中に何かがうずくまっている。それは人のようだが、大きすぎた。黒く巨大な怪物、そうとしかいえない存在が立ち上がる。龍の如き双頭を持ち、禍々しき腕と力強い脚、背には膜の無い蝙蝠の羽のようなものが生えている。見ようによってはマントにも見えるだろう。腰の辺りからはしなやかな尾が生えていた。

 

 

 立ち上がった怪物は、なんとダムより遥かに高い。50メートルはあるだろう。黄泉川は声が出ない。圧倒されているからではない。双頭の龍が生えるその付け根。そこにあるものが見えたからだ。それは少年の上半身だ。虹色の瞳を輝かせた眼からは恐怖からか、涙を流している。 少年が泣くと、龍も咆哮を上げた。

 黄泉川の声は再び爆音にかき消された。

 

 

 

 ゾロアスター教というものがある。炎を重要とする最古から続く教えであり、聖書にも影響を及ぼすほどの存在だった。その中にとある王と怪物が描かれている。

 王は肩からは双頭の黒き蛇を生やした暴君、ザッハークといった。

 魔術関係者が見たら卒倒する、比喩でなく太古の神話の顕現であった。

 

 

 偶像崇拝の術式は上手くいって、本物の何万の一程度の出力しかでない。しかし、海魔が内包する魔力は異常だった。龍脈という地球のエネルギーを吸い、生命の魔力を吸い貯めに貯めてきた魔力は、ワイヤーで封印していたという状態、周りに巻かれた炎の海という魔術的属性、偶然出来上がった形から、神話時代の怪物を甦らせたのだ。

 

 

 さて、ザッハークはとある怪物の化身ともいわれる。魔力のつながりが強固になった本体にも当然、変異が起ころうとしていた。

 

 

                   ○○○○○○○○○○

 

 

 突如して海魔の巨体は海へ崩れ落ちた。炭化したように真っ黒の巨躯はしぶきを上げて海中に没していく。ブクブクと泡を立てながら沈んでいく海魔を見て、魔術師たちは歓喜した。ローブの男もようやく張り詰めた気を緩め始める。

 

 

 終わった、誰もがそう思った。だがそこであるものを見つけた男がいた。

「なんだあれは?」

 騎士団の老兵は海魔との海中戦を終えても健在だった。大角を折ったものの、流石に力の押し合いには負け撤退していたのだ。老兵は映し出される映像の拡大を要求した。

 

 

 海魔が沈んだその場所の泡が途切れない。いやそればかりが大きくなっているではないか。それだけではない。その場所から海の色が変わっていく。まるで重油をこぼしたかのように黒く重くなっている。

 

 

 

 皆が映像に釘付けになった瞬間。爆発が起きる。黒い海は巨大な水柱を上げ、海中からは虹色の閃光が迸った。爆発は数回続き、そして一気に静かになった。暗黒の海が気付けば結界内の海域を広く汚染していた。

 

 

 その海の中から、何か伸びていくのを皆は目撃する。

 大洋からその巨体がゆっくりと這い出てくる。あまりにも巨大な影に感覚がおかしくなった。先ほどの海魔の形態のどれでもない。天を衝くような細長いものが伸びあがる。その大きさは島か山に例えられた海魔とも一線を画す。長大なものだった。

 

 

 灰色と黒と紫を混ぜあわせた不気味な体表には稲妻のような真紅の模様が走る。体から泥のような重い黒海水が流れ落ちていく。鎌首をもたげて空に咆哮するソレの顔が、映像に映る。

 

 

 複数の歪に曲がる赤熱する角、左右非対称の不気味な赤き眼はいくつもあり、裂けたような口からは重厚な魔力が迸っている。

まさに魔獣、世を喰らわんとする怪物の姿は龍によく似ていた。

 

 騎士は、魔術師は、その場にいるすべての人間が覚悟を決め、今、再び怪物へと攻撃を開始しようとした。海魔は死力を尽くし黒龍へと変貌を遂げたのだと、そして最終決戦が始まるのだと、皆が思った。

 

 しかし、彼らは勘違いをしていた。

 怪物の全貌を掴んだのだと、傲慢にも思ってしまったのだ。

 

 ふと、さらに辺りが暗くなった。ズッと巨大な何かが空を覆ったからだった。それは凶悪な顔。もう一つの首だった。そしてさらに、もう一つの巨影が蠢き、露わになるさらなる首。

 

 龍の首は一つではなかった。

 赤熱した角、複数の眼を持つ頭部は三つあった。

 三ツ首は再び咆哮する。怪物の背から闇の如き双翼が伸びた。その長さは片方で十㎞は下らない。背からはいくつもの触腕を蠢かせ、双翼の表面にはいくつかの眼の文様が見て取れた。

 

 魔術師たちは、驚愕する。眼前の存在が、いったい何を模したモノなのか。ハッキリと分かったからだ。

 

 

「ば、馬鹿な!」

 老兵は狼狽して叫ぶ。

「あらゆる悪の根源を成すモノ!?古き神々の一柱だぞ!?人間が対面できるものではない!」

 あれほど落ち着き払っていた老兵が震えている。

 

 

 彼らの前に顕現したのはアジ・ダハーカ。最凶最悪の邪龍だった。

 

 

 邪龍の一つが咆哮すると辺りが暗雲に変貌した、もう一つの頭が叫ぶと赤き稲妻が落ちた。そして真ん中の顎から怨嗟の声がもたらされた時、その場が異界へと変貌を遂げる。魔術、科学そのどちらのルールも歪んでいく。人知のまかり通らぬ空間が、世界を侵食していた。

 

 

 邪龍は身をよじる。そして双翼が淡く輝いた。瞬間、いくつもの小さなものたちが空に舞い上がった。それは泥のように黒い小さな飛竜に見える。かの邪龍は体から無数の眷属を生み出す術があったと、魔術師は思い出していた。

 邪龍の瞳は、煌々と虹色の輝きを放っていた。

 

 

 それはもはや悲鳴だった。あらゆる攻撃が再び邪龍に発射されたが、誰一人として希望を見出すことができなかった。黒い群れがこちらに飛んでくるのを魔術師は充血した目で見ていた。

 

 

 




アジって名前を付けたかいがありました。
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