虹色のアジ   作:小林流

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短くてすみません。
よろしくお願いいたします。


第44話

 

 

 上条たちは天草式の魔術によって学園都市を抜け、県を跨ぎ、日本海は新潟県へ辿り着いた。上条の右腕の影響で瞬間転移等の移動はできなかったため、時間がかかってしまった。空は鮮やかなオレンジ色から紫に染まっていた。

 

 

 日本海を望む砂浜。そこに沈んでいく太陽を見て、一同は目を見開いた。光輝く太陽はその姿を徐々に暗く変質させていた。夜が近い、というわけではなさそうだ。

 インデックスは太陽が黒く染まるという魔術的意味を考え、唸った。 

「日食? まさかね。時期外れにもほどがあるんだよ、いったいこれは?」

 

 

「大規模結界の中では、必要悪の教会が率いる部隊が海魔へ攻撃をしかけているはずです。霊装兵器の砲撃と連続した何百を超える魔術によって、見えている景色に影響を与えていることは考えられませんか?」

 

 

「違うと思う」

神裂の考えをインデックスは否定する。その表情は徐々に困惑から焦燥に変わっている。

「必要悪の教会の魔術の基本形は神の子の教えなんだよ。どんなに魔術が混ざり合ったとしても、黒にはならないし、太陽に影響を及ばすなんておかしい」

 インデックスは右手で頭を撫でながら続ける。

 

 

「イギリス清教においても太陽は重要だからね。一時的に太陽を止めて夜を先延ばしにする話もあるくらいだから、輝く太陽を黒に染めるなんて性質にはなりえない」

「じゃあ、なんだよあれ?」

「多分、海魔だよ。暴走した海魔の影響が結界の外に漏れ出してる」

 それを聞き、天草式の面々の顔つきも変わった。

 

 

 必要悪の教会が全力をもって展開する大規模結界。それを超えて太陽にまで変化を与えるほどの海魔。それが何を示すかなど言うまでもない。

 

  

 想像を超えて強くなっている。建宮を始め、海魔との交戦経験があるメンバーは思った。建宮が決死の覚悟で挑んだ海魔。あの時ですら内包する魔力を体から放出するだけで莫大な破壊をもたらしたのだ。それでもあの結界を破れるほどの威力はなかった。

それを超えたナニカ。今、結界の中で暴れ狂っているのはどんな存在なのだろうか。

 

 

 

「その通りだにゃー」

 一同の後ろから軽薄な声が聞こえた。短パンにアロハシャツが海によく似合っている。もっとも彼は常にその恰好なのだが。ヘラリと笑う土御門を見て上条は驚き、声をかけた。知り合いということで、一瞬で剣に手をかけていた建宮たちの殺気は霧散した。もっとも、その殺気を正面から受けても平然としている男に対する警戒度は上がっていた。

 

 

 

「土御門?なんで?」

「それなんだが。実験大好きな仕事仲間の見通しの甘さ、のせいでここまで駆り出されたという感じですたい」

「あん?」

 上条は要領を得ずに片眉を上げた。

「土御門、あなたは何を伝えに来たのですか?」

 神裂は彼に近づいてゆく。何の意味もなくこの男がしゃしゃり出てくるわけがないのだ。

 

 

「おっと流石、ねーちん。話が早いぜい。あの結界の中、そこにいる化物についてちょっとな」そういって土御門元春は、どこからともなく小さな水晶玉を取り出して、砂浜に投げた。砂の上を転がる水晶玉は輝き、映像を流している。

 

 

 

 見えてきたのは夥しい翼をもった怪物たち。一つ目の翼竜、翼の生えた蛇など多種多様でグロテスクだ。皆、コールタールのようなドロドロとした黒い粘液のようなものを垂らしている。その悍ましき群れは、空に浮かぶ古城のような魔術要塞や飛行船のようなもの、そして海に浮かぶ魔術戦艦に殺到し、喰らい、腐らせている。結界にも頻繁にぶつかり、その身を燃やして海中に没している。しかし特攻は無駄ではなく、透明な結界の至るところに墨が入ったようにじわじわと侵食していた。

 

 

 

 一同は愕然とする。その群れにはではない。

 黒き海の真ん中に居座る巨体。

 禍々しき赤眼は複数あり、赤熱する曲がり角、裂けた口にびっしりと不揃いの牙。蠢く首は三つあり、背からは闇のような巨翼が伸びている。それは咆哮する。世界を裂く音撃だ。

 

 

 「なん、だ」

 魔術に疎い上条ですら、その存在に戦慄した。デカい怪物などという簡単なものではない。世界にあだなす存在。人知に及ばぬナニカ、そうとしか言いようのない恐怖が上条の腹の中に蠢いている。

 

 

「うそだ!」

 純白のシスターは思わず叫んだ。彼女の脳内の魔導書にとっては、眼前の存在を認めることなど到底できなかった。

「千の魔術を操る蛇龍!?悪の根源にして神の敵対者!?あんなもの、どうして!?」

 

 

「必要悪の教会の見解では、たまりにたまった魔力と膨大な生物たちの死骸、そして何らかの感情がトリガーになって奇跡的に生まれたんじゃないかってことだ」

 土御門は普段の飄々とした態度を崩して冷徹に話す。

「元々、海魔の属性は呪い。そこにいろんなものをミックスして生まれちまった邪龍モドキ。それがアレだ」

 

 

「もどき、だなんて言っていられない。あれが結界から這い出てきたら世界が狂ってしまうんだよ!邪龍が生み出す魔力に世界が耐えられない!」

「ああ、だから俺たちで何とかするしかない」

 土御門いわく、すでに魔術要塞の司令部は部隊のコントロールを失い、それぞれの魔術師が決死の覚悟で戦闘を続けているそうだ。しかしながら、それすらも焼け石に水だ。あとどれほど結界がもつかもわからない。

 

 

 

 状況は切迫している。今すぐにでも結界へ向かう必要があった。しかし、一同は沈黙している。無理もない。百戦錬磨の魔術師でも、いやだからこそ邪龍の脅威がわかるのだ。勝つなど、滅するなど、到底不可能だと。誰もが心の底に絶望が芽生えそうになる。

 

 

 

 

 だが、彼らはあるものを目撃する。

 邪龍の頭部。その巨大さゆえによく見えなかったが、それは人の姿に見えた。少し長い黒髪が生え、少々幼いその顔は歪んでいる。涙を流して、口を動かしていた。

 きっとそれは、助けを求める声だった。

 

 

 

 土御門は口を開く。

「邪龍になった感情のトリガーは恐怖、だそうだ。誰のか、なんて言うまでもないな」

 上条は右腕を力強く握った。恐怖は大いなる感情の前に消え去った。

 ふざけるなと、上条は思う。アイツがあんな目に遭うなど許せるはずがない。

 

 

 上条は宣言するように言った。

「いくぞ」

「ああ、世界を救うぞ」

「ちげぇよ、アイツを、アジを助けに行くんだ」

 

 

 彼の言葉を聞いて、天草式の面々は頷く。そうだ。ようやく彼を助けるチャンスが来たのだ。邪龍の一匹や二匹、喜んで相手にしてやろう。

 

 

 

 

 

 建宮は懐からとある和紙を海に投げる。和紙は凄まじい勢いで変化、巨大化し一隻の船が姿を現す。それは天草式の得意魔術の一つ。彼らは海戦を得意とする集団だ。海上の魔術において彼らの右に出るものは少ない。

「行くのよ」

 

 

 全員はすぐさま乗り込み、結界へ突き進んでいく。建宮一同、以外の天草式の魔術師たちも海上で続々と集合していった。船の数は全部で九つ。船はグングン勢いを増し、海上を駆けていく。建宮たちの船の船首に土御門は札を出して立った。

 

 

「水、そして結界。こいつらは陰陽博士の土御門さんにお任せなんだぜい。上やんが結界に触れただけでゲームオーバーだからな。船が通る分だけ穴をあけてやるにゃー」

「おい、お前、魔術使うと体が」

「なぁに、天草式の連中の回復術式も中々だし、倒れた俺をすぐに介抱してくれりゃあ、大事にはならないぜ、それに」

 これはちょっとした罪滅ぼしだしな。と土御門は続けた。あの少年をクソ科学者に任せたのはこちらの落ち度だ。そのせいでこの様。なればこそ、多少の無茶は仕方がない。

 

 

 

 その意図を読めぬ上条を置いてきぼりにして、船は結界にたどり着く。土御門が詠唱を開始、すぐさま血管が千切れ内外から出血していく。だがその効力は抜群だ。

透明な空間に、亀裂が走った。空間が破れ、向こう側とつながっていく。土御門が倒れたのと同時に、九つの船は結界の中に突入した。

 

 

 

 空には化物の群れ、海は黒く、正面には邪龍が身をくねらせている。化物の群れは船の存在にいち早く気づくと、金切り声をあげて殺到する。

 

 

「七閃」

 

 

 瞬間、それらは肉片へと姿を変えた。

 神裂は静かに宣言した。それは言いたくて、言いたくて仕方がなかった言葉だ。

「今、助けます」

 更なるグロテスクなものどもが彼らに肉薄していった。

 

 

 


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