虹色のアジ   作:小林流

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一応、これで完結です。
色々と至らないことが多くすみませんでした。
読んでくださった方々、感想を書いてくださった方々、誤字脱字の報告をしてくださった方々、本当にありがとうございました!!



エピローグ

 

 

 必要悪の教会の本拠地の一つ、イギリスは聖ジョージ大聖堂。その地下には様々な施設が備え付けられている。例えば所属する魔術師たちの簡易的な寝床や会議室、さらには談話室に食堂。それはまさに秘密基地のようでもあった。

 

 

 そんな地下にアジはいる。腕には巨大な手錠、爆破術式の埋め込まれた特殊な首輪をさせられて、様々な魔術師たちの眼光が彼を射抜いている。

施設の中でも血なまぐさい異端審問所。捕らえた他宗教の魔術師や悪事を働いた魔術師の処分を下す、表の法では御しきれない者たちの裁きの場だ。

 

 

 此度の海魔騒動の元凶にして首謀者。人ならざる怪物。神に歯向かう獣。邪龍の再現。等々、彼の悪名はとどまることを知らない。審問の場に集まる魔術師たちにとってアジは怨敵と言えた。

 

 

 

 審問所は円形になっていて、下層部は罪人の出入り口と簡素な証言台のようなものがある。そして上層部にはいくつもの椅子があり多くの魔術師たちが腰かけていた。また上層部の正面には書記や進行役などの席がある。周囲の魔術師はいわゆる聴衆であり、処分の決定権を持つ者は少なかった。

 

 

 アジはまさに被告人のようにその下層部の中心に立ち、ふらふらする体を触腕で固定している。並みの魔術師ならば術の一つも行使できない妨害術式の中においても、彼は平然と触腕を操っている。それは魔術師としての腕前の表れなのか、それとも最早人ではないことの証明か。魔術師たちはアジの一挙一動に眼光を光らせた。

 

 

 萎縮し恐怖するアジは落ち着かない様子で視線を動かすが、ふと周囲の魔術師の中で唯一微笑んでいる存在を見つけた。正面にある豪奢な椅子に座る優雅な女性。長大な金色の髪をボリュームたっぷりにまとめ上げ、その場所にそぐわぬ随分と年若く美しい人。

 最大司教、ローラ・スチュワート。その人だった。ローラとアジの目が合う。アジは恐縮し頭を下げ、彼女はその様子をみてクスリと笑った。

 

 

 

「この場で殺すべきだ」

しゃがれた英語が聞こえる。アジはびくりと肩を震わせて声のした方を見る。顔は傷だらけ、長いひげを蓄えた老人だ。見るだけで歴戦の魔術師だとわかった。

 

 

「賛成ですな」

 今度は甲高い声がする。続けて聞こえてくる様々な声。そのどれもが同じ言葉を発していた。徐々に大きくなっていく声量と過激になっていく表現。正義を執行せんとする魔術師たちの熱気が場を支配していった。そんな中でもローラの表情は穏やかなままだ。彼女はアジを観察していた。ここまで呪いに蝕まれた存在は必要悪の教会でも前例がない。ゆえにローラは彼に興味をもった。悪意に晒された彼が一体何をしでかすのか、どう出るのか楽しみで仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴言の嵐を一身に受けるアジはふらふらと体を揺らして周囲を見る。

 アジは思った。

(やベェ、英語わかんナイ)

 

 

 日本生まれ、海中育ちの彼にとって言語の壁は強固にそびえ立つ。

 本来、アジに取りつけられた首輪には他宗教の「人間」の魔術師にも審問がわかるように翻訳の術式も埋め込まれている。だがとんと彼には作用しないらしい。悲しき人外少年アジである。しかし流石に、周囲の人間がブチギレていることは痛いほどわかった。恐らくは自分がしでかしたことの数々であろう。

 

 

 イヤ、でモサ。

 よってたかって兵器まで出して襲うこともないのではないかとアジは思っていた。確かになぜか体が暴走して攻撃しちゃったかもしれんけど、ちゃんと神裂にも怒られたし、上条サンにも怒られたのである。死ぬほど怖かったのである。許してくれんだろうか。

 

 

 アジがそんなことを考えていると、バゴンと地を打ち鳴らす音が聞こえた。興奮した魔術師の長い杖が地を叩いたのだ。思わずびくりと震えるアジは冷や汗をかいた。

 

 

 すいませんでシタ。

 一転して内心では平伏状態であった。

 僕が悪かったデス。本当にすいまセン。

 彼の手のひらはクルクル回った。

 そしてアジは何とかなんとか周囲の雰囲気を和らげようと、日本人特有の愛想笑いを行った。四面楚歌の状況において、力なく笑うことしか彼にできることなどなかったのである。

 すると、なんだか良く分からないが、暴言の勢いが少しずつおさまっているようにアジは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕を封じられ、首輪をする小さな少年。貶され罵倒を受け、それでも彼は笑っている、と周囲は思ったようである。力なく歳不相応に見える笑み。それはアジの肉体年齢と精神年齢のバグみたいなものだったし、元来の呑気な彼の生活がもたらしたものだった。

 

 

 けれども、大人たちの正義という熱狂を一身にぶつけられた小さな体を見て魔術師たちは罪悪感をもったようだ。一応は人助けも行う魔術師たちである。少なくとも子供を思いやる程度の倫理観は失っていない。

沈静化していく魔術師の中で、未だに声を荒げている者もいたが、その声も次第に小さくなっていった。少年を見てほだされたわけではない。

 

 

 視線はアジ少年の、ずっと奥。コツコツと甲高い足音が響く。

 下層部の出入り口から出てきたのは長身の女性。長い髪をポニーテールにまとめ、腰には大太刀を携えた、魔術世界の切り札の一人。聖人、神裂火織だった。

「アジの処分を決めるのは、貴方方なのですか?」

 彼女はぐるりと首を回した。黙っていろと、怒りが滲み出ていた。

 神裂はアジの隣に歩みを進め、彼の頭を一撫でした。

 神裂は言葉を話せぬアジの代わりとしてその場に招集されたようだが、その腹積もりはまるで違った。

 

 

「最大司教」

神裂が問いかける。

「アジの処分はどのようになりますか?」

 アジがこれまで行ったことの数々、特に邪龍に変貌したのは魔術世界においても異常の一言。怪物であるアジに寛大な処置が下る可能性は、かぎりなく低い。アジに仲間として接し続ける神裂の立場は、どう転ぼうが大きく揺らぐだろう。聖人といえども唯一無二ではない。替えはきく。

 

 しかし、最早神裂はそんなことは気にしない。イギリス中を敵に回そうとも彼を守ろうと動くだろう。これはそれを示す意味もある。

 小さな怪物少年と、そして聖人の女。二人の視線とローラの視線がぶつかった。彼女は本当に面白いものを見つけたように笑った。

 

 

 

 

○○○○〇○○〇○○〇○○

 

 

 

 

「よかったのですか?」

 魔術師たちのいなくなった異端審問所に残っているのは二人だけだった。長身、赤髪、頬にはバーコードの入れ墨をした男、ステイル=マグヌスは未だに楽しそうに微笑むローラに話しかけた。

 

 

 ローラがアジに下した処分は、必要悪の教会に所属し命ある限りイギリス清教に仕えること。要するに明確な罰則は存在せず、飼い殺しにするということだ。

 あれだけのことをしでかしておいて、あの少年は生き長らえる。多くの魔術師たちにとって、それは許しがたいものだ。当然、審問所は荒れた。

しかしそれでもローラの権力は絶大。結果は覆らぬと悟った魔術師たちは、せめて大声を出して発散すると、すごすごと去っていった。

 

 

「ええ、これ以上ないほどに良き選択にありけるわよ」

「正直なところ、納得できませんね。神裂をつなぎとめるだけなら彼を幽閉すべきだったのではないですか?」

「神裂をつなぎとめる枷の役目も当然ありけるわ、でもそれだけじゃ勿体なきよ」

 

 

 ローラは片目を閉じてステイルを見ている。その瞳は澄んでいるようで、とても暗い。

「魔力を喰らいて蓄える礼装は数あれど、あれほど溜め込みて爆ぜぬ存在はこの世に二つとてありはしない。敵にぶつければ魔力を無限に喰らう怪物、味方にすえれば無尽蔵の魔力袋。まさに生きた霊装と呼ぶにふさわしきよ。運用しないなんて、勿体なきことしてはいけぬというものよ」

 ローラはいつものように、なんのこともなさそうに微笑んでいる。その笑みが決して善性ではないことをステイルは知っている。

 

 

 

○○○○〇○○〇○○〇○○

 

 

 

 アジは手錠を外されて実に晴れやかな気分で神裂とともにロンドンの街を歩いている。ヨタヨタと体を左右に揺らして、何ともおぼつかない足取りで歩みを進めるアジ。時折倒れそうになるため今は神裂と手を繋いでいた。はたから見れば仲の良い姉弟のようである。

 

 

 

 なんだか許さレタ。

 アジは直前まで行われていた審問を思い出す。

 判決が決まったとき、何人かの老練の魔術師たちは大声を上げていたものの、あの超ロングヘアのお姉さんをチラリと見て去っていった。あのお姉さんはアジを守ってくれたらしい。きっと言葉は通じずとも謝罪のまなざしが通じたのだ。本当によかったとアジは能天気に考えている。隣を歩く神裂の表情がどこか硬いのにも気づかずに、アジは洒落た首飾り(爆破装置付き)を揺らしてご機嫌だった。

 

 

 

 

 彼らが向かっているのは神裂が住まう女子寮。本来は男子禁制であるものの、有事の際に神裂がそばにいられるように特別に許可を得ていた。有事の際とはつまり彼が暴走した場合である。あってはならないことだが、しかし暴走の可能性は高いのも事実だった。

 

 

 

 大部分の呪いから解放されたアジだったが、長年連れ添ってきたソレを完全に拭うことはできなかった。呪いとアジの境界線は混ざり合っており、飢えも消えてはいない。現在は神裂や天草式の力をかりて魔力を補給し、飢えをしのいでいる。アジが魔術を使わないかぎりは飢えの現状維持は可能だ。

 

 

 

 だがローラの決定は「必要悪の教会に所属し、尽くすこと」である。遠くない未来、アジは魔術師として任務に就くことになる。そうなれば暴走の可能性は大きく引きあがるだろう。

 (そんなことにはさせません)

 神裂は隣を歩くアジを見ながら思う。

 あの最大司教の思惑なぞ知ったことか。神裂は、いや天草式は一丸となって仲間を守る。もう彼女は一人ではない。仲間のことも、必要悪の教会のことも、そして救われぬ人々を助けるのも、自分だけの問題ではないのだ。皆の力を借りて前へ進む。借りていいのだ。

 だから神裂は悩みこそすれ、絶望などしてはいなかった。

 

 

 

 二人が道を進んでいくと、人影が見える。

「おお、帰ってきたのよな」

「おかえりアジ、神裂さん」

 出迎えたのは建宮をはじめとする天草式の面々であった。彼らは海魔騒動の処理の際にちゃっかり必要悪の教会に所属してしまったのである。

神裂は彼らを見て優しく笑うと「ただいまもどりました」と言った。どうやら昼時ということで彼らは二人のために昼食を作ってくれていたらしい。食堂は普段とは違い味噌汁や焼き魚の良いにおいが漂っている。その香ばしいにおいに外国暮らしの長い神裂は普通に感動していた。

 これも仲間たちの努力とインデックス、それにあのツンツン頭の少年のおかげである。

 

 

 

 

「この大恩、どのように返せばよいのでしょうね」

「大恩?」

隣に座っていた五和が神裂の言葉に反応した。

「ええ、上条当麻にです」

「あっ、えっえ、か、上条さんですか」

五和は上条の名を聞くと、なぜかほほを赤らめて狼狽している。神裂はその様子に首をかしげるが、対面に座る建宮はニヤニヤといやらしい顔をして笑っている。

「そうよな、上条には恩返しせにゃならんよな。例えば体で返すとか?」

「か、か、か、体~」

「う~ん?五和よ、何を想像しているかは知らんけど、俺が言っているのは有事の際に助太刀するって意味なんだが?あれあれ~五和さんは一体、どんな意味で、とらえ………おい!ここは食堂だぞ!?槍を持ち出すな!おい五和!」

少々騒がしい食堂。牛深や浦上は暴れる二人を囃し立て、諫早は肩で息をする乙女をいさめている。

野母崎と香焼はもくもくと食事を続けて、対馬に至ってはスマホをいじりながらお茶をすすっていた。

もう二度とこないと思っていたその団欒に思わず笑顔がこぼれる神裂である。

 

 

 

 

 となりを見ると不慣れな手つきで食事をするアジの姿があった。自分とさほど年齢が変わらないはずなのに、小さく幼く見える彼を見て彼女はアジの頭を思わず撫でる。

「うアゥ?」

 食事に夢中だったアジはキョトンとした顔で神裂を見た。ああ、本当に良かった。神裂はよくわかっていないだろうアジを見て一層笑みを深くした。

 

 

 

 アジは撫でてくる神裂に困惑気味であったが、微笑む彼女を見るとまぁいいかと思った。アジはまだ違和感を感じる自分の体を見る。触手は自由なのに腕や足がうまく動かせないとはこれ如何に。

 

 仲間と念願の再会を果たしたのだ。今度はこの体を何とかすることを目標にしなくては。「新しい霊装」を作るのもいいかもしれない。この体になってから霊装づくりはしていなかったので、「いろいろと試してみる価値」はありそうだとアジは思った。

 

 それにアジは黄泉川さんたちのこと、そして上条さんのことも忘れてはいない。受けた恩は必ずお返ししなくてはいけない。できるだけ早く自分が無事であること彼女たちに伝え、「一度、学園都市に戻らなくては」。アジは思いを新たに食事を噛みしめた。

 

 

 アジが一人で不穏なことを考えていることはその場の誰も気づいていなかった。

 天草式の食事には、使う材料の順番や箸やレンゲの材質、食べる順番などで回復術式になるものも多い。

 今回もそれに漏れず、魔力を回復させる作用があった。食事をしているアジの瞳はキラキラと虹色に輝いていた。

 

 




一応、ここで完結です。
本当にありがとうございました。

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