虹色のアジ   作:小林流

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第5話

「うん、術の調整終わったよ。これならバラしておけば単なる鉄の棒にしか見えないし、よほどじっくり観察しなければ魔術に関係してる霊装とはわからないよ」

 アジはそう言うと、目の前の少女に霊装を返した。分解されたそれは組み立てれば強力な武器、海軍用船上槍に早変わりする霊装だ。威力は強く、ブロック塀くらいなら粉々にできる。そんな危険極まりない霊装を受け取った少女は、ありがとうございますと丁寧にお辞儀をして帰っていく。

 

 

「なぁなぁ次は僕の霊装を調整してくれよ」

「はぁ!? 俺なんてさっきから待ってんだぞ!?次は俺だろ?な?な?」

「まぁ、私は今日中ならいいわ。でも絶対に見てよ?」

 アジは自分に詰め寄る数人に、わかったわかったと返した。アジは今、片田舎の廃校にいた。ここは天草式の隠れ家一つである。周期やタイミングをみて、何度も入れ替わる集会所だったが、最近はここで依頼の確認や、情報交換を行うことが多かった。

 

 

 

 アジにそう言われて、天草式のメンバーは詰め寄るのをやめた。両親の死から数年後。アジは、天草式の霊装の調整、開発、改良のスペシャリスト的な立場にいた。幼少時より貪欲に、楽しみながら霊装をつくりまくり、魔術をいじりまくっていた彼の実力はかなりのものになっていた。それにアジの首飾りのおかげで死亡率はかなり少なくなり、ワイヤーを用いた魔術を皆が学んだことでかなりの応用性をメンバー全員が得ることができていた。

 

 

 さらにそうした活動は確固たる信頼につながっている。仲間たちは自分の武器をアジに調整してもらうことが多いが、まさにそれは信頼の表れの一つだった。

 魔術霊装はその魔術師の実力の結晶であり、命を預ける大切なものだ。その霊装をみれば持ち主の得意魔術、不得意な属性だってすぐにわかってしまう。要するに弱点がまるわかりになる危険性があった。

 そして調整に失敗し壊れてしまった場合。すぐに直せる、ということはほとんどないのだ。場合によっては二度と同じものが創れないことだって珍しくなかった。

 

 

 それを天草式のメンバーは、ぜひ見てくれとアジに依頼する。アジが調整を失敗するとか、他の仲間に霊装の詳細をバラシてしまうとか、そういった思いは露ほどももっていないのだ。そればかりか、アジが見てくれたのだから安心だといって、彼らはその武器を背負って戦場に向かうのだ。もっともアジはそんな風に彼らが自分のことを評価しているなんて全く思っていなかった。

 

 

 むしろアジにとっては漫画やゲームの予備知識なく、伝承などを核にして魔術や霊装を創る魔術師のほうがすごいと常々思っていた。前世の知識をもつアジには参考にしているが、天草式メンバーたちには祖先から脈々と受け継いできた術式を核にして様々な魔術を作っていく。

 

 

 そんな秘術を使いこなす彼らのほうが、自分よりもよほど勤勉であり、なによりカッコイイとアジは思っていた。

 

 だからこそアジは、自分の能力を過信せず仲間たちと接するし、なんなら魔術教えてください!この世界の先輩たち!といったように関わっていった。その傍からみれば驕らない能力ある少年の様子は、さらに天草式の中の評価を上げている要因になっている。

 

 

 アジは他の霊装に丁寧に手をかざしていく。天草式の霊装は非常に多様だ。古今東西の様々な武器を中心に、時には生活で見慣れている口紅や皮財布、携帯電話まで何でも霊装にしてしまう。けれどその能力は折り紙つきだ。鍛錬を欠かさない彼らの霊装は完成度が高く、威力も申し分ない。アジは自分の魔力を霊装に少しずつ流していく、変調がないか効果は通常通り現れるのか、などを確認する。時折、不具合を見つけては非常に細い針などを使って術式を整える。

 

 

 まるで回線をいじるみたいだなぁとアジは考える。しかし、回線はミスをしても上手く機能しないだけだが、霊装はミスをすると時折暴発したりするので兎に角慎重に調整していく。以前、アジはふざけて霊装を作ったときに暴発、炎上したことがあるので、肝に銘じているのだ。アイデアはふざけてもいいが、術式はふざけてはいけないと、よく学んだのである。

 

 

 アジはどんどん調整を終えていき、仲間たちに武器を返していく。全部を調整し終えアジはググッと伸びをした。携帯電話を取り出して時間を見ると、およそ一時間程度かかったようである。今回の依頼まで、まだ時間がある。アジはウキウキしながらもってきたリュックから弁当と飲み物を取り出した。

 

 

 商品名は「IQがグングン上がる!合成肉弁当」と缶ジュースの「ヤシの実サイダー」である。ふざけた名前の弁当だったが、むしろそれを嬉々としてアジは購入していた。理由は、その商品のどちらにも「今、学園都市で話題!」と書かれていたからである。

 

 

 学園都市、それを聞いてアジはさらに喜んだ。なんとこの世界は魔術だけでなく、超能力もあるという。学園都市という日本中の学生を集めた研究機関では、脳の開発を行い超能力を発現できるというのだ。実際にアジはネットに上がっている動画を目にしたが、手から火や雷やビームを出すわ、テレポートはするわの大祭りであった。

 

 

 この世界最高、アジはニヨニヨしながら動画を漁った。いつか必ず学園都市にも行きたいなと、呑気に考えたアジである。魔術師としての意識の低さが垣間見れた。

 アジ個人の最近のトレンドは学園都市であり、色々その情報を探していた。すると学園都市の外、つまり他の地域でも中で売られている弁当や飲み物が購入できることを知ったアジ。これは買わざるを得なかった。アジは食べるだけで霊装を体内に生み出すトンデモ魔術ももちろん好きだが、こうしたSFチックな合成肉弁当なんてものも、もちろん好きなのだ。

 

 

 アジは今や天草式はみんな使っているワイヤーを使い、簡易的な熱の魔術を使う。要するにお弁当の温めである。同時にぬるくなった飲み物には冷凍の魔術を使って冷やしていく。魔術は非常に便利である。アジのように余りにも世俗的な使い方をする魔術師はほとんどいないが。

 

 

 ちょうどよい加減で、アジは弁当を開き食事を開始した。

 すごい触感であった。ポロポロと崩れる肉、多様な味のする肉汁。シリアルのごとき米は、12種類の素材を合成して創られているようで、米本来の味は皆無。ぶっちゃけると微妙、もっと言うとおいしくないのだ。しかし、嫌いにはならない限界ギリギリを突き詰めた味は、映画で見る未来人の食事のようでもあった。くやしいが、でも新感覚だった。

 

「これが、未来.........」

「何を言っているのか、たまに分からなくなるのよな、おまえさんは」

 

 

 アジが訳の分からないことを言っていると、黒々とした髪が視界に入った。天草式の中でも屈指の実力者、建宮斎字だ。たぼたぼのTシャツに不敵な笑みを浮かべるこの男、不良のように見えるがその実、誰よりも実直な男だ。

 

「建宮、食べる?すごいよ、このお弁当は、未来って感じで」

「美味いのか?」

「いや、すごい未来って感じ」

「じゃあ、いらねぇよな」

 

 

 建宮は気だるそうにアジの近くに腰を下ろした。アジは建宮という男が好きだった。変な意味ではなく、単純に深く信用・信頼していた。アジの両親が亡くなったとき生活を助けてくれたし、魔術もいろいろ教えてくれたし、任務の度に助けようとしてくれる。まさに兄貴のような存在、それが建宮だった。

 

 

「あ、もしかしてフランベルジュの調整?任せてよ、建宮の武器なら出力を3倍にするよ」

「おまえ、それやったら殴るからな」

「えっ、なんで?建宮の使う魔術なら出力があがれば、それだけ攻撃力もあがるのに?」

「使いこなせなきゃ意味ねーのよ。俺はお前さんみたいに、どんな霊装でも器用に使いこなせるわけじゃない、威力が高すぎて敵の目前で自爆、なんて目も当てられん」

 

 

 アジは建宮が自分を過大評価していることにむず痒さを感じる。

 実際は、様々な霊装を使うスタイルのアジが異様なだけである。

 

 

「でだお前さん今朝の話、覚えてるか?」

「今朝の話?」

「俺たちのリーダー、つうか教皇を決めるつー話しよな」

 

 

 天草式は正義の魔術組織だが、一応十字教の流れの宗教流派である。だからその教えを広める指導者が不可欠なのだ。今代の教皇は引退を考えているため、新たなリーダーを決める必要があった。選ばれるのは仲間の魔術師なので、アジにとってある意味でどうでもよいことだった。誰が教皇になったとしてもその人物を信用できると、アジは断言できた。簡単に表現するなら、これまでとやること変わらないし誰がやってもよくね?ぶっちゃけ、誰がなっても大丈夫っしょ、という軽いノリだった。

 

 

「誰だと思うよ?お前さんは」

「誰でもいいよ」

「いや、まぁ、きっとお前さんならそう言うと思ったけどな.........そういうわけにもいかないのよ。教皇ってのは、教えにひた向きであり、判断力・決断力に優れ、魔術の腕もなきゃならんのよな。そうじゃねぇと、みんなついていくのが不安になるってもんよ」

 

 

 大変な仕事だなぁとアジは適当に思った。一緒に過ごし、天草式を信用し、信頼するアジだったが、やはりいくつかの場面、事項で微妙に思想もズレる。

 おそらくそれが、現代人の感覚が抜けきれないアジと秘密に生きる魔術師たちとの違いなのだろう。

 

 

 アジは建宮の言うことを考えて、ちょっと真剣に教皇を考えてみた。もぐもぐと弁当を食べるのも勿論忘れてはいない。その上で頭の中で天草式のみんなの顔を浮かべていく。あいつはちょっとスケベだし、あいつは子供すぎるし、あいつは怒ると怖いし。徐々に候補を減らしていく。そして、妙案が浮かぶ。ごくんと飲み込んでアジは口を開いた。

 

 

「建宮がやればいいじゃん、建宮ならさっきの条件全部クリアでしょ?」

建宮はアジの意見を聞いて、一瞬ポカンとしてゲラゲラと嬉しそうに笑った。ありがとうな、とアジの背中を強めに叩く。痛いのでやめてほしい、アジは思った。

 

 

「いやいや、俺じゃあ荷が重い。もっと相応しい人物がいるのよな、皆が納得する人物が」

 建宮は勿体つけながら言った。アジは察しが悪く、誰だか悩んでいる。その様子を見て、建宮はまた可笑しそうな顔をして、続けた。

「我らが天草式、最強の魔術師、神裂火織よな」

「あ~、神裂か~、確かに神裂は超強いし、優しいし。いいかもね」

 

 

 アジは最近の神裂の様子を思い浮かべる。一緒に鍛錬していた時に比べ、その実力はトンデモナイものになっていた。自力の魔力を纏うだけで自動車で野球ができるほどのパワーを持ち、走りはチーターよりも速い。そして極めつけは二つの霊装「七閃」だ。ワイヤーを七本同時にしかも自在に操る技で何でも切り刻んでしまう。そして奥の手の唯閃を使うために研究に研究を重ねて生み出された七天七刀だ。絶対に壊れないように、創り上げた霊装であり、神裂が全力で振るえる唯一の武器だ。全力を出せば、冗談抜きで地形が変わってしまうのだ。実力はまさに最強だった。

 

 

 それに神裂の優しさは、今やまさに聖人級であった。女の子を助けるために滅茶苦茶でかい龍と戦ったり、村の中で死にたいと願う人のために骸骨みたいな兵士の軍勢と戦ったりするのだ。誰かを護ること、それを何よりも大事にする神裂の在り方に、天草式では密かにファンクラブができていることをアジは知っていた。そして、アジ自身も洒落で入会もしていた。

 

 

 妹のようだった神裂の成長に思わず笑顔になってしまうアジである。

「本当にお前さんは、わかりやすいのよな」

 建宮は笑うアジの頭を一度くしゃりと撫でた。どういうことか、イマイチピンとこなかったが、まぁいいかとアジは捨て置くことにした。冷えているヤシの実サイダーを飲んでいると、仲間たちから連絡があった。仕事の時間である。ちなみにヤシの実サイダーは、結構おいしかった。またどこかで買えないかなと、アジは思った。

 


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