虹色のアジ   作:小林流

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第6話

 建宮斎字は愛刀のフランベルジュを手に、山道を駆ける。正確には特殊な術式を用いてスケートのように滑るようにして高速で移動していた。理由は逃げる眼前の男を追うためだ。名も知られていない小規模の魔術結社を率いていた男で、長命を求めて魔術の探求を行っていた。一人で研究しているならばなんら問題ではない。しかしこの男は、その研究のために周辺の人々をさらっては、魔術の実験体にしていたのだ。

 

 

 依頼主はその被害者だった。自分の子供を無残に殺され、命を弄ばれた母親だった。

外道よな、と建宮は歯ギシリをする。その所業もさることながら、この逃走行為も許せないものだ。なにせこの男、天草式が自分の隠れ家に奇襲した際に、自分の仲間を見捨てて真っ先に逃げ出したのだ。

 

 

 自分の考えに賛同し、共に研鑽を積んできた仲間を何でもないかのように切り捨てた。近代の魔術師たちが個人主義に傾倒していようとも、情のひとつも持つものだ。仲間意識の強い天草式の建宮にとって、眼前の魔術師の在り方を何一つとして肯定できなかった。

 

 

 タイミングを見て建宮は右足に力を入れる。大きく跳躍した彼の体は容赦なく、逃げる魔術師を踏みつけた。ぐえっと男は唸り、何かを喚いていたが首筋に突き付けられた波打つ刃に押し黙った。

「もうちっと抵抗してくれても構わんのよな。そうすりゃ、お前さんを切り殺す言い訳がたつ」

 

 

 半ば建宮は本気だったが、裏腹に魔術師の体から力が抜けていく。無言の降伏だった。

建宮は息を吐いて、ポケットの中からある霊装を取り出した。それは頼もしい仲間からの贈り物、首飾り型の霊装だ。

 

 

 天草式の面々はこれを「虹色の絆」と呼んでいる。移動、奇襲、帰還など応用力に長けた万能霊装だ。製作者に言うと恥ずかしがるので彼の前では単に「首飾り」と呼んでいた。建宮は魔術師の服を掴んだまま、その霊装に魔力を流した。

 

 

 直後、二人の体は消え失せる。先ほどまでの建宮のたちの逃走劇が児戯に見えるほどの、凄まじい速度で移動したのだ。瞬間移動ともいえるだろう。目的地は、同じく首飾りが密集している場所。天草式が奇襲を仕掛けた魔術師の隠れ家だ。

 

 

 移動は数十秒ほどだった。建宮は掴んでいた魔術師を離す。男は何が起きたかまるで理解できないようで目を見開いていたが、建宮が手を首にかけると昏倒した。建宮の魔術によって意識を刈り取られたのだ。そのまま建宮は男を捕縛して、肩に担いだ。

隠れ家は変哲もない田舎の民家だった。建宮が到着したのはその二階で、彼は一階に移動する。リビングでは男同様に捕縛された魔術師たちが転がされていて、仲間の天草式のメンバーが佇んでいる。建宮は手を上げて合図を送り、肩に担いだ男を乱暴に転がすと、そのまま歩みを進めた。

 

 

 向かうは庭先、そこの地下に魔術師たちの工房があった。魔術によって小学校の体育館くらいある空間に、いくつもベッドがおかれている。その上には何人もの人が寝かされている。空調設備などないのだろう。中は薄暗く、生臭い匂いが嫌に鼻をついた。

 

 

 その中に二人の人影が見えた。建宮に気が付いたようで、二人は顔を向ける。

一人は着物に2メートルほどもある長刀をもった少女、そして瞳を虹色に輝かせる少年だ。

 

「お帰り、建宮」

 少年、阿字平鱗が言った。先ほどまで魔術を使っていたようで、暗闇の中でその瞳がキラキラと光っている。

「あと二人の治療で終わりだよ」

 アジは魔術実験をされていた人々の治療を行っていたようだ。隣に立つ神裂の表情に少しずつ硬さがなくなっていく。憂いが溶けていく様子がよくわかった。

 

 

 天草式の最大戦力である聖人も少年も、本当に優しい心を持っていた。その力を使えば好き勝手に、自由気ままにすることなど容易いのに、二人は誰かのためにその力を振るうのが常だった。建宮はその様子を見て微笑む。だからこそ、この二人の背中に付いていきたいと思うのだ。

 

「アジ、ありがとうございます。私では細やかな術式を発動できないので」

「しょうがないよ。誰にだって、できることとできないことがあるもんだよ。僕には神裂みたいに山を更地にしたり、湖を水たまりにすることなんてできないし?」

「.........私を怪獣か何かと勘違いしていませんか?」

「うん?褒めてるんだけど?」

「そうは聞こえませんでした」

 

 

 キョトンとするアジに、神裂はしかめっ面を作った。誰にでも優しく、そして平等なアジは神裂に対しても仲間たちと同じように接する。天草式のメンバーは神裂の精神とその実力、なにより聖人という性質に敬意を表するあまり、どこか一歩引いた関わりをしてしまいがちだ。そうした雰囲気をアジは見事に打ち砕いてきた。仲間同士で食事をするときや何か遊ぶ時、アジは神裂を普通に誘ってきたし、仲間の前で彼女に普通に接してきた。アジと神裂との会話、二人でいるときの様子は、神裂がいかに聖人といえども、普通の少女であることを知るには十分だった。

その甲斐もあってか、彼女に対する距離をおいた関係は薄くなってきていた。

 

 

 二人のやり取りを見て建宮はさらに笑みを深くし、次にニヤニヤというちょっぴりいやらしい顔をした。アジと神裂の関係は非常にいじらしく、仲睦まじく見える。幼いころから二人を知っている建宮は、二人の家族のような様子を見るのが好きだった。しかし、最近ではもっと進展があってもいいだろうと思えてならなかった。

 

 

 要するに、二人の関係はもっと親密でもいいじゃないの、ええ?好きなんだろう?もうガッとやっちゃえよー、という年上の特有のメンドクサイおせっかいだった。

「なんですか、建宮?」

神裂は建宮の顔を見て、むっとして口を開いた。小馬鹿にされたと思ったのだろう。実際はそんなことはないのだが、神裂もアジも恋やら何やらに疎い。建宮の心情を読み取ることはできないようだ。建宮は、「別になんでもないのよな」と言いつつ謝罪した。

 

 

 会話を終えるとアジは治療を再開した。治療方法は、彼がもつ角のような霊装を使う。伝説の幻獣ユニコーンの伝説を使った偶像崇拝系魔術だ。効果はテキメンで寝ている人物の血色は良くなり、呼吸も安定した。

アジはよしと言って、最後の被害者の元にむかった。

 

 

 ベッドで寝ていたのは少女だ、苦悶の表情で息も荒い。魔術実験でかなり酷使されたのか、体の至る所にはアザが見られた。建宮の立つ後ろからは二人の顔は見えないが、その心情は痛いほど理解できた。アジはすぐさま治療を開始した。霊装と瞳が輝き、薄暗い空間が照らされる。神裂はベッドに近づき、被害者の肩に手を置いた。それに魔術的意味などない。優しき聖人の心がそうさせただけだ。

 

 

 しかし、それが不運な事態を招くことになる。

 

 

 アジの治療を終えたかに見えた瞬間、被害者の体の一部、胸の部分が急激に膨らんだ。そして、腕のようなものになり襲い掛かったのだ。俊敏なその怪腕は、もっとも近くにいた神裂へと突撃する。

 

 

 神裂は迎撃しようとして、すぐに自分の体を硬直させる。神裂の術式・体術、そのどれもが威力が強すぎるあまり辺りを巻き込んでしまう。神裂は聖人がもつ驚くべき動体視力によって少女の様子を確認した。苦悶の表情になった少女、息はあり、そして何より魔術の被害者だ。傷つけることはできない、そう判断した時には、神裂の眼前に怪腕が迫っていた。

 

 

 ドンッと神裂の体に衝撃があった。アジの手だった。神裂は横によろけ、目撃した。

あの怪腕がアジの体に食らいつく様を。

 

「アジ!!」

 神裂は叫んだ。建宮は武器を構えて神裂のすぐそばまで駆けつける。

 アジに喰らいついた腕は、驚くべきことにアジの肩の付近に接合していた。まるっきりくっついている。建宮は、ここの研究を思い出していた。この魔術結社の目的は長命だ。命を長らえるもっともポピュラーな方法、それは命の結合、体の融合だ。

吸血鬼、人食い鬼などの怪物たちは人を食らい、強靭な生命力を得ている。その伝承を応用した魔術、自分のために他者を食いつぶす外法を研究していたのがこの工房だ。

 

 

 しかし目の前の現象は、完成された魔術などではないことが、神裂、建宮の目からは明白だった。端的に言うならば、偶然の産物、魔術の暴走だ。だからこそ厄介だった。この魔術は明確な術者も核となるものもない、あやふやなもの。迂闊に手を出せば、その魔術や刺激に反応して更なる暴走を招く可能性すらあった。

 

 

 怪腕だったものは、徐々に形を変える。まるで肉の塊のようになるとさらに膨張を続けている。アジの体の上で蠢き震えるナニカ、不気味な光景だ。肉片は咀嚼する口もないまま、アジを取り込もうとしていた。

 

「アジ!」

 神裂には叫ぶことしかできない。自分のせいだ、と神裂は後悔する。あそこに私がいたからだ、判断を誤ったからだ。本来ならば、あの腕に喰らいつかれていたのは、私のはずだったのに。なぜ私ではなく、彼らなのだ。なぜ、なぜ。神裂の体が急激に冷えていく、あの時と似ていた。アジが家で倒れていた時と。視界が徐々に暗くなっていく。

 

「大丈夫」

 神裂の耳をアジの声が揺らした。アジは、少々汗をかきながらも建宮と神裂を見て微笑んだ。

「大丈夫だよ、二人とも。でもちょっと助けて」

 

 

 アジはそう言うと右腕の霊装を二人に投げる。それは男女の巨人の絡まった小さな刀のような形をしていた。北欧神話の天空の神と大地の神、その伝承を利用した霊装だった。回数制限があるものの、使えば何でも分断できる。物質でも特性でもなんでもだ。

アジはその霊装を使って、少女の体とそこから伸びる肉片を分解してくれと建宮に頼んだのだ。

「その後、お前さんはどうする気だ」

「なんとかするよ」

「信じていいのよな?」

「うん!だからはやくやって!」

 

 

 急かされて建宮は霊装を発動する。小さな刀の切っ先が煌き、数メートルの刃となった。刃は蠢く肉に突き刺さると、十全に効果を発揮した。少女の体から肉片はずるりと外れた。

 「ありがとう、建宮」

 「次はどうする、アジ?お前さんに食い込んでるそれに、この霊装を使っちまえば.........」

そこまで言って、建宮は自分の手に違和感を覚える。見てみると件の霊装にヒビが入っている。そして直後、霊装はバラバラに砕け散った。回数制限、それが建宮の頭の中を駆け巡った。

「くそっ!おい、アジ!」

建宮がアジを見ると、彼はまだ微笑んでいた。少し苦しそうにしながらも、それでも微笑んでいる。まるで自分を、となりにいる神裂を心配させないように気遣う様子で。

 

 

「大丈夫だよ、建宮。なんとかするから」

「アジ.........」

 果たしてそんなことができるのだろうか。それを判断することは、建宮にはできなかった。神裂はなんとか精神を持ち直して、アジに近づく。肉片は未だ蠢き、活動は停止していない。神裂が術式の解析のために手を触れようすると、アジは飛びのいた。

「触ったら危ない。神裂まで取り込まれちゃう」

「しかし!」

アジは神裂の顔を見つめて言った。

「とにかく神裂が無事でよかったよ」

「な、なにを」

「神裂、僕はこれから―――」

 

 

 アジが何と言おうとしたのか、わからなかった。体にまとわりついた肉塊は彼の口にまで伸びたからだ。そればかりか、肉塊はどんどん大きくなった。アジは焦ったように、右ポケットから小さな霊装を取り出して砕く、それが魔術を発動させるキーだった。肉体の硬質化と高速移動用の術式、壊すことですぐさま使えるものだった。

 アジはその場で大きく跳躍し、天井を破壊。落ちてくる破片を避けながら上を見ると彼はすでに地上に出たようだ。神裂はアジの名前を呼び、持ち前の身体能力でその後を追い、建宮は舌打ちをして階段へ向かった。

 

 

 

 夜空には月が登っていた。凄まじい速度で移動するアジに神裂はすぐに追いついた。しかし打つ手がなく、アジがなぜ移動しているのかも掴めていなかった。アジは迷うことなく、一直線に進んでいく。

(いったい、どこへ)

 そこまで考えて、神裂の頬を風が凪いだ。疾走して受ける風とは質の違う風だ。ここは海近くの田舎だ。海風が近くから吹いていた。

 まさか、と神裂は思いつく。最悪な結末を思い描いてしまう。

 その場所へはすぐに到着した。そこは崖だ。荒れた海を臨む崖に神裂とアジは立っている。

 

 

 神裂は焦った顔でアジを見る。アジは対照的にとても落ち着いているように見えた。しかし、体の異変がとどまらない。すでにアジの全身の半分は取り込まれているのだ。その姿をみて神裂は確信する。なんとかする——その言葉の真意がこれ以上被害を拡大しないようにする、というものだとしたら。

 

 これから彼が何をしようとするかが、すぐにわかった。神裂はアジの体に一気に手を伸ばした。けれども、手は空を切る。彼女よりも先に、アジは崖に向かって飛び出していたのだ。

 

 落ちていく体を神裂は見続ける。聖人の眼は、残酷なまでに鮮明に、少年が落下し海に飲み込まれていく様子を神裂に伝えていく。崖の高さ、海の水温、あの暴走した魔術の危険性、あらゆる情報が、優秀な神裂に非常な結論を導き出す。

 彼は、おそらく助からない。

 彼女の慟哭は、波が崖にぶつかる音でかき消されている。

 

 

 建宮たちが神裂にたどり着いたとき、彼女はもう立ち上がっていた。

 瞳は赤く頬には涙の跡があった。しかし、その顔はどこまでも無表情で、肩からは怒りがにじみ出ていた。それは魔術師に向けられたものではなかった。不甲斐ない自分に対する凄まじい感情の爆発だ。

 

「いきましょう、あの捕らわれた方々の救助が優先です」

 神裂はそう言って、天草式のメンバーを引き連れていく。

 

 

 

 

その後、天草式に新しいリーダーである女教皇が誕生した。

天草式はこれまでと同じく正義の魔術集団としてあり続けたが、誰かを助け続ける度に、少しずつ仲間たちと女教皇は悲劇を体験していった。それに疑問を感じた女教皇は、天草式から姿を消すことになる。しかし、その首元にはあの首飾りがかけられたままだった。

 

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