虹色のアジ   作:小林流

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第7話

 ぼこぼこぼこぼこ。

 海中の中で泡を出していたのはアジである。アジは大量の霊装を持ち歩いているので、水の中で息をするのも可能だった。そして、彼の体を侵食してきたあの肉塊。その姿は今やどこにもなかった。

 

(やっぱり備えあれば憂いなしだよ、もってきておいてよかった)

 

 アジはポケットからある霊装を取り出す。それは口、鼻、尻から五穀が伸びているファンキーな形の霊装だ。これはウケモチノ神という日本書記に登場する神様で体中から食べものを出すことができる。その伝承を利用して、食べるものを生み出し、またそれを食べることができるという概念だけを抽出したものだ。簡単に言うと物事や性質を曖昧にする霊装である。魔力、毒などの持ち主の体に害をなすものと、持ち主の体との境目を曖昧にすることで進行を抑え、なおかつ取り込むことができるのだ。

 

 

 アジ自身、あんまり理論がわかっていないが、作ってみたらできたので重宝しているのだ。そんな感じで使う霊装の数が、めちゃくちゃ多いアジである。まぁ、そんなわけで今回の何でも吸収しようとする遊星からの物体X的な肉は、逆にアジに取り込まれたわけである。

 

 

 安心できる霊装があり、大丈夫だという確信があったから、アジは建宮と神裂の前でもいつも通りののほほんとした態度だったのだ。最後は、その霊装と作戦の話をしようとしたのに、肉片が口にへばりつき話せなかっただけである。海に飛び込んだのにも当然理由があり、それはアジ自身は絶対に安全だったが、周りの被害を抑えられる確信がなかったからである。簡単に言うと、あの肉塊が誰にぶつかったらまた誰かを吸収しようとする可能性が高かったのである。

 

 

 しかし、ここまで時間がかかるとは思わなかったと、アジは嘆息する。おそらく二日ほど経過しているだろう。 

 きっとみんな心配しているはずだ。早く会いたいな、アジはそう思った。

 

 

(しかし、どこまで流されたんだろう。とりあえず陸地に.........ッ?)

 そこまで考えたアジを襲ったのは、空腹感だ。具体的に言うとお昼ごはんを抜いた後ぐらいお腹が空いている。なんだこれ?とキョトンとするアジに、今度はより強烈な空腹感が襲った。まずい、なんだこれ!?

(も、もしかして吸収した肉片の、何でも取り込もうとする性質も体の一部になっちゃった?やべぇ!)

 

 

 焦るアジだったが、遅かった。空腹にアジの思考はまとまらなくなり、知らず知らずのうちに近くにある砂を口に入れ始める。ジャリジャリしてまったく美味しくない。アジは急遽、様々な術式を適当に使い、自分の味覚を一度封印する。他の感覚にも影響を及ぼしそうだが、仕方がない。緊急事態だった。

 

 

 その判断は正しく、アジは最早無意識に、術式をつかって辺りの魚や甲殻類を口に運んでいく。もし口の中の感覚を残していたら、棘や骨、海水の塩気などが一気に流れ込むところだった。くそう、でも止められない。アジはしばらくの間、海中にて捕食活動を続けた。

 

 

 どれくらいたったのか、アジが落ち着き思考ができるようになった頃。彼は食べられるものを求めて海遊していたらしく、どこに自分がいるのか見当もつかないことになっていた。

 加えて異変は体にも如実に出ていた。

 喰らっていた魚のヒレが体から生え推進力として機能し、腕はクラゲの毒針と触腕、顔は人ではなくサメのようになっていた。

 

 

 ぼごぉ!?アジは海中で叫び、泡を大量に噴き出した。困ったことに、アジは人間を大きくやめたらしい。まるっきり怪物だった。しかも、最悪なことに空腹の意識は少なくなっているものの、完全に無くなることはないようで、常に食べ物のことを考えていかなくてはいけないようだ。

(な、なんでこんなことに........)

 しばし落ち込むアジ。だが彼は、非常に前向きだ。というか魔術があれば何とかなる、体も直るだろうと考えているため、すぐに、まぁいっか、と思った。単純な奴である。

 

 

(おなかすいたなぁ、これが一番満腹の状態か.........うーん、でもこれくらいならなんとかなるかも)

 アジは落ち着きを取り戻し、その興味を体に向けた。せっかく得てしまった能力、使いこなしてみたいと思ったのだ。アジは自分の体の内に意識を向ける。するとどうだろう、これまでよりも心なしか、魔力の総量が増えていたのである。おそらく食事はそれだけでは栄養を体に取り込むだけだが、この能力は生き物をその生命力、つまり魔力ごと吸収してしまうのだ。どんな小さな生き物でも、生きているならば生命力があり、イコール小さいなりの魔力をもつ、それを足し算のように自分に付け加えていける。

ぼご!(つまりそういうことなのだ!)

 

 

 アジはそのように適当な結論をつけて、さらに体を確かめる。すると、これまで吸収した生き物の体も使えることがわかってきた。サメの顔を解除して、背中から尾を伸ばすこと、クラゲの触腕を背中に集中、人間の脚は引っ込めること。様々な形態の変化が行えたのだ。

 これは、むしろ便利かも。そう考えるアジであった。

 

 

 アジはその能力を少しずつ使いこなしながら海中を進んでいった。途中に見つけた魚や蛸などを捕食しながら、泳ぎ続ける。生き物を殺す嫌悪感の意識はもちろんアジの中にも存在していた。しかし、体の変質が進むにつれてより彼はどこか本能的になっていった。

食欲、睡眠欲、そういったものに抗いづらくなっていった。

 

 

 

                ○○○○○○○○○○○○

 

 さらに時は流れるとアジの体は捕食量に合わせて巨大化していた。加えて能力も十全に使いこなせるようになっていった。

 そのため、現在もっともアジの頭を悩ませているのは、どうやってこの空腹と効率よくつきあっていくか、であった。それを常に考えて続けたアジ。クジラやウツボ、ダイオウイカなどを食べながら、ある時ふと頭に浮かんだものは、二つのアイデアだ。

 一つは今みたいにたくさん食べること。

 もう一つは質のよいものを食べること。

 

 

 前者はもうやっていることであり、もう片方こそが新しい試みである。質の良いものを食べる、というのは魔力量が高いものを食べることだ。つまり霊装とか、結界、術式なんかを食べてしまうのである。最初は本当にそんなことができるのかと、思いついたアジ自身も半信半疑だった。しかし、手持ちの霊装を口に含んだ時に、その憂いは一掃された。

 

 

 すぐさま体に流れ込んでくる魔力の迸りに、これまでない満腹感を得ることができた。もっともそれでもやはり、少しすれば空腹の波が襲い掛かってくるのだが、贅沢は言わないとアジは考えた。

 

 

 喜ばしいことはもう一つあった。取り込んだ霊装は、捕食した生き物と同じく、その特性を使いこなすことができた。手にもったり、それに魔力を流したりという手順を踏むことなく、何でもない魔術を扱う感覚で霊装の能力だけを使うことができる。もし戦闘になったとき、手ぶらにも関わらず高威力の術をいきなり使うことができるのだ。霊装が格段に使いやすくなったと言えるだろう。

 

 

 アジは自身の仮説が正しいことを証明し、手持ちの霊装をすべて取り込んだ。様々な魔術特性を得た巨体は、もはや単なる海洋生物の寄せ集めではない。どれほどアジの意識があろうと、それはもはや怪物だ。人間以上に魔に精通する魔獣に他ならないモノだった。

 

 

 意識せずに人間をやめてしまったアジは、巨体をくねらせて海を泳ぐ。探しているのは魔力の流れだ。世界には龍脈や地脈という地球が元来持つエネルギーの通り道がある。その通り道を辿ると、どこかに魔術的な穴が開いているのだ。それを龍穴と言ったりするが、その穴からは莫大な魔力が溢れているものである。だからこそ、その真上には魔術世界の名だたる組織の総本山や、聖なる協会やお寺などが建っているのだ。アジが、そこへ向かおうとしていた。

 

 

 だが、そうした建造物を直接、喰らいにいくわけではない。狙うのは龍穴付近の木々や野生動物だ。その付近に生きる生命体は、龍穴からあふれる魔力をモロに影響され、体内に持つ魔力は高い。それらを取り込むのである。そこで大量の魔力を吸収すれば、アジのつたないどんぶり勘定でも三日は強烈な空腹に悩まされずに済むことが判明した。その三日間で天草式に連絡を取り、体をなんとかしてもらおうと、アジは考えた。

 

 

 実におざなりな作戦だったが、これはアジの希望になった。誰にも相談できず、知らず知らずのうちに空腹で精神も消耗していたアジ。そんなアジは、人に見られる可能性が高い陸地、しかも魔術の匂いがする龍穴という場所に怪物が現れることの異常性、危険性を気づくことができなくなっていた。

 

 

 明確な希望が見えた瞬間だった。アジはその希望の力強さに後押しされ、龍脈を辿っていく。100mを超える巨体は、移動速度を重視した体形に変貌。頭部は抵抗を抑えるためにシャープに、体全身を推進力にするため長くくねらせ、魚やシャチのような尾を生やす。

もし目撃した者がいればこう言うだろう。各国にある力強き幻獣ドラゴン、もしくは天を操る龍神だと。

 

 

 巨体の移動スピードはすさまじい。どんどん海中を突き進む。その中でアジは、徐々に海面が近づいてきていることに気付いた。おそらく陸地に近づいているのだろう。少ししてアジの体が砂浜に触れた。目的地まではもうすぐだが、この体で陸地を這うのは一苦労だ。アジがそう思うと、すでに巨体は無意識のうちに陸上に適した体へと変わっていく。

 

 

 幸いなことにその場所に人気はない。時刻は深夜の砂浜、さらに天候は雷雨。横殴りの雨をアジは全身で感じている。これであれば、人知れず行動できそうだった。

 

 

 アジは久しぶりに両足で大地に立った。呼吸もエラから肺へと変更。立ち上がったことで、視線は人の体だったころの何十倍にもなる。下を見ると近くには海の家があった。まるでミニチュアのようだ。アジが一歩踏み出すと、巨体ゆえに大地が揺れた。直後、空は輝き雷鳴を轟かせた。

 

(近ッ!?)

 

 アジは思わず、ギャと叫んだ。しかし、そんな小さな叫びでも巨体を通すとどうなるのか。

 

 まるで爆発だ、暴力的な音の塊を辺りにまき散らす。叫び声は怪物の咆哮へと変化した。

 直後、また雷が迸った。

 一瞬の光がアジの全身を映し出す。ゴツゴツとした表皮、力強い両脚と腕。頭部は爬虫類と哺乳類の猛獣が混ぜ合わさったようで、鋭い牙が見えた。背にはヒレやいくつかの触腕が伸び、腰からは巨体に違わぬ長く太い尾が伸びている。

 

 

 怪獣、怪物、魔獣、魔王。見た人間によって感想は変わるだろうが、その誰もが命の危険を感じる圧倒的な力の塊。それが今のアジの姿だった。

(俺の声でカッ!?)

 心情はアジ少年のままだったが、それは凶悪な面構えからはとても想像できない。

 アジは巨体で歩くという感覚に困惑しながら、龍脈を辿っていく。目的地はもうすぐだった。

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