虹色のアジ   作:小林流

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第8話

 寝ているところを叩き起こされたイラつきはすでに無くなった。横殴りの雨の冷たさと、落雷の音で意識を覚醒させたからではなかった。

 

 

 男はイギリス十字清教、必要悪の教会に所属する魔術師だ。今は敵である科学サイドの総本山の「学園都市」を監視するために多くの仲間たちと日本に潜入している。仕事がら様々な神秘に関わってきたし、危険な任務もこなしてきた。魔術師として機転が利き、有能であると自他共に認められる男。そんな彼だが、今はただ立ち尽くしている。近くには同じように組織の同僚が何をするでもなく、ただ立っている。その場の全員が、眼前の光景にただ圧倒されていた。

 「............なんだあれ?」

 

 

 男の隣で同僚が呟いた。男だって知りたかった。目の前の存在が何なのか。

 男たちの1キロ先に蠢く巨体があった。

 おそらく100mは超えているだろう。黒い体表はゴツゴツとしていて、恐ろしい頭部と巨体を軽々と支える強靭な手足をもっていた。その姿は伝説のドラゴンにも見えるが、その存在はおそらくもっと邪悪なものだと、男は思った。

 

 

 正体不明の怪物がいるのは小山。巨体からまるで山が増えたように見えるありさまだった。怪物は体をよじりバキバキと辺りの木々をなぎ倒す。そして手を使ったり、直接口を山に近づけたりして、喰らっていた。山の木々を、土を、山を削るように鋭い牙を使ってバリバリと咀嚼している。地鳴りのような音をたてながら、山を飲み込んでいく。そのたびに怪物の瞳はキラキラと輝いた。

 

 

 「どうしますか?」

 他の同僚が男に話しかけた。上からの指令は、対象を観察しその戦力及び目的を掴むこと、そして場合によっては無効化することだ。簡単にいえば、悪さをするようなら殺してでも止めろというのだ。普段ならどうとでもなる仕事だが、今回は別だ。

 

 

 仲間と魔術的な観察をしたところ、目の前の怪物は行動・見た目だけでなく性質も異常そのものだった。巨体からは荒れ狂う魔力が常に渦巻き、その総量は魔術師数百人分に匹敵した。巨体の術式の解析を行ったものの、様々な術式が混ざり合い、上書きをし続けているため正確なものは不明。ただ唯一、わかったことといえば様々な生命の痕跡だ。様々な生命体を吸収して、あの巨体になっていることだけが判明している。

 

 

 行動については明白だった。奴は、魔力を喰らっているのだ。龍穴から山にしみ込んだ魔力を山ごと喰らって吸収している。裏付けるように観測される魔力量はどんどん増えていった。

 

 

 さらに最悪なことは、怪物の行動に騒めく人間がいないということだ。あれほどの巨体が大地を揺らして歩き、電線や道路を破壊しながら進んだことに、だれも気付いていない。いくらは今が雷鳴轟く豪雨で、深夜で、場所がどんな田舎でも、問題が起きれば動きがあるのが常だ。しかし、それがない。

 

 

 理由はカンタンで、怪物が人払いの魔術を使ったからだ。目の前の人にはとても見えない存在が魔術を使用したのだ。馬鹿げていると男は思ったが、それでも現実を見なければいけない。

 

 

 目の前の存在をまとめると、人外の魔力と巨体を持ちながら、魔術を扱う知性をもつ怪物である。神話の魔獣、英雄に討伐される邪悪なる存在。思考を放棄してとっとと帰って寝たい。というか本国に帰りたい、そう考えてしまいたくなる男だった。

しかし、このままにすることはできなかった。怪物がいる目と鼻の先に、必要悪の教会の拠点の一つがあるのだ。普段は通常の教会だが、龍穴の真上にあるため魔術的要塞としても機能する重要拠点だ。男と同僚がすぐに駆け付けられたのも、そこに寝泊まりしているからだった。

 

 

 魔力を吸う怪物にとって、龍穴の魔力を直接転用する教会は格好の獲物だろう。あの怪物が、教会を襲撃することは明白だった。よって彼らはなんとかして、あの怪物を撃退しなければならなかった。やるしかないのだ。男は仲間たちに指示を出す。

 

 

 まず行うのは怪物への牽制だ。いくつかの遠距離用術式を使っておびき寄せること。その上で罠の設置だ。罠は強制転移術式を使う。どんなに強大な存在だろうが、遠くに飛ばしてしまえばいいのだ。倒せそうにないので目の前から消えてもらう、男はそう結論づけた。

 

 

 決まったら魔術師たちの行動は早い。死ぬ気はないが、それでも命をかけることには慣れていた。十人ほどの仲間と共に男は疾走する。移動術式を使えば、怪物まで数分もかからなかった。

 

            ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 

 

 アジがバクバク食事をしていると、突然体に何かがぶつかった。

 体をみてみると、巨体にいくつかの炎や雷、槍や剣、緑や青に光る水晶などがぶつかっていた。攻撃魔術だ。アジはすぐに気づき、誰が使用したのか探す。近くに魔術師らしき人影が見えた。

(まズイ)

 

 

 アジは自分の迂闊さを呪う。いつの間にか夢中で魔力吸収をしていたようだ。本能が強まっているアジとはいえ、流石に長居をして魔術師に発見されることは望んでいなかった。それがこのザマである。

 

 

 見たところ統制された魔術師たちのようだ。個人主義の強い魔術師が、ここまで連携をとれることは、その組織力の高さを物語る。組織に狙われること、マークされることの危険性をアジは知っていた。自分が組織の中で生きていたからこそ、現状がどれほどヤバい状態かすぐにわかった。

 

 

(逃げなキャ!?)

 アジは焦りながら踵を返す。

 しかし、今の体がどんな状態かを、アジは失念していた。巨体が方向を変えることで長い尾も当然つられて動く。その尾はまるで魔術師たちを撃退するように、弧を描いた。巨大な尾は、その質量だけですさまじい風を生み出し、地面や岩を削りながら破片や塊を飛ばしてしまう。

 

 

 アジの視界に、ちらっととらえた。

 偶然にも尾で飛ばしてしまった土や岩が、まるで攻撃のように魔術師を襲うのを。

ごめんなサイ!そうアジは思わず叫んでいた。それも当然、裏目に出る。巨体で叫ぶという愚行はすでに体験済みだった。

 

 

 情けないアジの謝罪は、大地を震わす咆哮となって辺りにまき散らされた。先ほどまで喰らっていた魔力の残滓もオマケして、凶悪な威嚇行為へと変貌を遂げた。

 アジの行動に、魔術師たちの行動は変わる。恐れ、戦き、それでも震える体を意思で押さえつけて攻撃魔術を行使した。先程までの組織だった連携は姿を消し、決死の覚悟で戦う者たちの気迫が顔を出している。

 

 

 最悪だ。アジは項垂れる。組織に強敵認定をされると、魔術世界では指名手配のような扱いになることがほとんどだ。巨大怪物となったアジの状況は転がり落ちるように悪化していった。

 

 

 (落ち込むのはあトダ、とにかく逃げなイト)アジは意識を切り替えて逃げようと体を動かした。巨体ゆえに一歩一歩を踏みしめるようにして移動する。思うように進めないアジに、魔術師たちの猛攻が襲った。先ほどの比ではない魔術の爆撃。アジの左右を疾走しながら、アジの真上を飛びながら、全方位からの魔術攻撃にアジはたじろいだ。

 

 

 しかし、同時に困惑が彼を襲う。

(アレ?あんまり、というか全然いたくナイ?)

 アジは攻撃してくる魔術師の方を見る。魔術には何の問題もない。相手を殺傷するためだけに調整された魔術だ。見ていた魔術師の手から爆炎が生まれアジの顔に直撃した。肉体を焼き焦がすほどの熱量だ。そのはずなのに、アジは全く痛みを感じなかった。神経に対する魔術攻撃をされて無痛症になった、というわけでもなさそうだ。

 

 

 あれほどの攻撃を受けて、アジの巨体には何のダメージも残さないのは、単純にその体が堅牢であっただけのことだ。いくら様々な生き物の体を固めて創ったと言えども、この巨体にはそこまでの防御力はないはずだった。

アジは、そこで思い出す。自分が魔力を吸収するために、喰らってきた霊装。その霊装のほとんどはアジの得意とする偶像崇拝の理論が使われている。アジは喰らったモノの特性を引き継ぎ、行使できる。

 

 

 ということは、つまり今のような怪物の姿になれば、その姿に応じた力を得ることができるということだ。単純にサメの尾びれで泳いだり、タコの脚で獲物を捕らえたりできるだけでなく、体で偶像崇拝魔術が使えるようになったと言える。

 

 

 伝承のドラゴンの姿になれば、空を自由に飛び回り炎を吐き出す。

 伝説の悪魔の姿になれば、人を呪い大地を枯らす。

 すべてがそのまま再現できるとは思えないが、しかし似たことができてしまうはずである。だからこそ、怪物の姿をした今のアジにとって通常の魔術程度では傷一つつかないのだ。

 

 

(すゴイ!?.........けど、どんどん普通の魔術師から離れていくよウナ.........)

 アジは力なく笑った。もはや笑うしかないのである。

 

 

 アジが笑っていると、魔術師の一人が何かを叫んだ。凄まじい怒気だった。魔術師は個人での魔術詠唱をやめて、何人かで集まった。そして魔力を練っていく。力を合わせた魔術は、その集中力と詠唱の困難さに比例して強力だ。

 詠唱で生み出されたのは光る巨大な剣だ。剣は轟音を立ててアジの体に肉薄。ブズリと音を立てて、アジの体に突き刺さった。

(ッッ!?)

 

 

 アジは痛みで悶える。アジの体に比べると小さいが、それでもその剣は10mはあった。人間ならナイフで刺されたような尺度である。

 アジの硬化している体を切り裂いたのは、簡易的な対人外霊装の一種である。伝説や伝承では、聖人が怪物・悪魔退治する物語はポピュラーであり、それを利用することで人外に多大なるダメージを与えることができるのだ。それこそ邪龍と呼ばれる存在が、この剣を喰らえば肉は蒸発し、死に絶えるほど強力である。

 

 

 しかし、アジは腕で器用に剣を抜き、投げ捨てる。

 驚く魔術師。虎の子の一撃があまりにもカンタンに扱われて驚愕したのだ。理由はカンタンで、今のアジ怪物形態には怪物的特徴だけでなく、人間的特徴と海洋生物的特徴も混じっているのだ。純粋な怪物でなくては、霊装の効力も弱まるのは必定だ。

 

 

(痛かったケド)

 アジは痛みをこらえる。だが、またもや驚くべきことにアジは痛みがドンドン引いていくことに気付いた。見てみると傷がすぐさま治っていたのだ。喰らった霊装や喰らった生き物の生命力によって、傷は異常なほど早く修復した。

 

 

 アジは魔術師を思わず見て、魔術師がしばし放心しているのを確認すると急いで海へ向かって進むのを再開した。まだまだ浜辺は遠かった。

 

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