戦姫絶唱シンフォギア〜指輪物語〜   作:温野菜生活

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 小日向と屋上で話をした後、教室へ戻ったアタシは、大幅の遅刻をしたため教師からそれなりに長い説教を受けた。

 まぁ怒られるのはわかっていたし、理由もほとんどが自分の落ち度でもあったから、特に反抗することなく説教をくらったわけだが。

 

 そんなこんなで時間は放課後。風鳴先輩と約束をした時刻である。

 小日向たちと早めに別れを済ませ、アタシは一人リディアンの中央棟へと向かう。すると先に来ていたらしい風鳴先輩が、壁に背中をつけ腕組みをしてアタシを待っていた。

 こちらの存在に気付いた先輩は、壁から離れるとゆっくりとした歩調で近づいてくる。

 

「ちゃんて来てくれたみたいね。よかったわ」

「まぁ、一応約束っすからね。それに、舐められたままじゃ終われないんで」

「そう、覚悟はできているみたいね。それじゃ、行きましょうか」

 

 風鳴先輩の後に続き、昨日乗ったばかりの隠しエレベーターに乗り込むと、ものすごい勢いで急下降する。

 二課の本部に着くまでにそれなりに時間がかかるため、移動の時間はなんとも気まずい空気が流れている。

 風鳴先輩は壁に寄りかかり、エレベーターのガラスから見える外の光景を黙って見つめている。

 

 流石は話題のアーティストというべきか、そんな姿も様になっており、ファンでもある立花に今の先輩の写真を送ったら狂喜乱舞するだろう。

 なんて時間つぶしにどうでもいいことを考えていると、不意に先輩が口を開く。

 

「沢渡さん、体の方に異常はないかしら?」

「ん? いや、特に異常ってのはないっすね。いつも通り、元気8割気だるさ2割ってとこっすか」

「体調の割合までは聞いてないけれど……そう、異常はないのね」

 

 風鳴先輩のいつもの気難しそうな表情が少し崩れ、わずかに安堵のような感情が見える。

 どうやら心配してくれているみたいだが、いったいどういう風の吹き回しなんだろうか。

 

「急にどうしたんすか? なにか変なものでも食いました?」

「……あなたには確かにいろいろと厳しいことを言ったけれど、そこまで印象が最悪なのかしら?」

「まぁ、今のアタシの好感度で言うと……聞きたいっすか?」

「いえ、遠慮しておくわ。そういう言葉の後に続く数字は、大抵よくないってわかっているから」

 

 そう言いながら、ふいっ、とそっぽを向く先輩。

 ……なんだその動き。可愛いかよ。

 

 アーティストの一面や学校でのクールな先輩しか知らないから、そんな先輩の意外な行動に不覚にもときめきかけてしまう。

 

「私たちの過失で貴女が手にしてしまったのだから気にもするわ。それに、その力はまだ謎に満ちている。もし仮に貴女の身に何かあれば、その責任は当然私たちにある」

「責任って言っても、勝手に持ち帰って勝手に嵌めたのはアタシだから、そこまで気にしなくてもいいですよ」

「……ありがとう。でも、そうはいかないわ。その力然り、ノイズ然り、これから貴女には少なくない不条理が襲い掛かってくる。その火の粉から貴女を守るのは、私たちの義務よ」

 

 風鳴先輩の表情がわずかながら陰る。

 確かにこの指輪を見失ってしまったのは彼女たちの責任だろう。だが、アタシがこんな風になっているのは紛れもない自業自得だ。

 だからそんな風に罪悪感や後悔を持たれてしまっては、アタシとしても気分がよくない。

 

「そこにどういう経緯があろうと、それは私たちがやらなければならないこと。貴女の想いもわかるけれど、そこは譲れないわ」

 

 廊下でのあの言葉も、アタシを守るための100%の善意で言ったものだろう。小日向と話し、冷静になった今ならはっきりとわかる。

 ただそれにしても……風鳴先輩、あんた不器用すぎだって。わざわざ憎まれ役を買って出るような言い方してよ。

 

「だから、貴女には悪いけれど手は抜かないわよ」

「むしろ手ぇ抜いたりなんかしたら、逆に殴り飛ばしてやりますよ」

「そう……なら楽しみにしておくわ」

 

 先輩が小さく笑うと同時に、到着を告げるブザー音が鳴る。

 なんやかんや先輩と距離を縮めた(?)アタシは、開かれた扉を抜け、本部へと向けて足を進めた。

 

 

 

 

 

「話は翼から聞かせてもらった。旋君が勝てば、これまで通りの生活をするでいいんだな?」

「まぁ、そうっすね。なんか無茶言ってすんません」

「気にするな! 子供の我儘くらい、笑い飛ばしてやるのが大人ってもんだ!」

「むしろ大人なら、喧嘩は止めるべきなんじゃないんすか?」

「それは尤もだが、それだと君が納得はしないだろう? なに、喧嘩程度なら止めやしない。もし仮にそれ以上になろうっていうなら、その時はきっちり諫めるさ」

 

 本部に着き、弦十郎さんと今回の件について話をすると、以外にも止めるような言葉はなかった。

 むしろ「思いっきりぶつかってこい」と言わんばかりに快活な笑みを浮かべられたほどだ。

 なんというか、今まで会ってきた大人達とは明らかに違うよなこの人。体格っていうのもそうだけど、なんていうか、発する言葉一つ一つに安心感があるっていうか。

 

「場所はちゃんと用意してあるから、好きに暴れてもらっても構わないぞ」

「うす、それじゃ思う存分暴れさせてもらいます」

 

 弦十郎さんに見送られ、アタシは小川さんというスーツ姿の優男に連れられ、先輩が待つ部屋へと向かう。

 

「ここです。それでは、くれぐれも無茶はしないでくださいね?」

 

 案内された扉を抜けると、そこは東京ドームかと見間違うほど広い空間だった。

 その空間の真ん中では、先輩が両眼を閉じ精神統一をして待っていた。

 

「……準備はいいかしら?」

「そっすね、いつでもどうぞ」

「そう、そしたら始めましょう」

 

 言い終わると同時に、先輩の雰囲気が一変する。

 これまでも鋭さというか、普通じゃない雰囲気をしていたが、今はさらに研ぎ澄まされたような……例えるなら鍛え抜いた日本刀のような雰囲気を纏っている。

 初めて感じるその空気に、わずかだが握りしめた拳が震える。

 

「来ないのなら、こちらから行かせてもらう!」

 

 叫び、一歩を踏み出す先輩──って速!? 

 瞬く間に距離を詰めてきた先輩は、右掌を突き出し掌底を食らわせてくる。予想外の速度に驚いたが何とか反応し、両腕をクロスすることで直撃だけは回避する。

 しかし腕に走る衝撃はそれなりのもので、防いだにもかかわらず吹き飛ばされてしまった。

 

「~~っ!! いってぇ!」

 

 まじで何もんだよあの人! 吹き飛ばされるなんて早々ねぇぞ!? 

 腕のダメージに表情が歪んでいるのを感じつつも、すぐに立ち上がり先輩へ目を向ける。

 だがそこにはすでにその姿はなく

 

「どこを見ているの? こっちよ」

「うぐっ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返ろうとするも、その前に再び掌底を喰らってしまいまたも吹き飛ばされる。

 しかも今度はモロに貰ってしまい、肺の空気が一気に外へ吐き出された。

 

「がほっ、ごほっ……くっそ、めちゃくちゃだな……!」

 

 明らかにこれまで相手にしてきた奴らとは違う。一線を画すとか、頭一つ抜けているとかそういうレベルじゃない。まさに次元が違う。

 そりゃ、アタシの提案にも乗ってくるわけだ。アタシ相手なら、万に一つでも負ける可能性がないってわけか……。

 

「これが、貴女にこれから襲い掛かるかもしれないものよ。ただの一般人の喧嘩ではない、本物の戦い」

 

 まるで教え子に説く教師のような口調で話しかけてくる。

 

「これだけじゃない。その他にも多くの脅威が貴女を狙ってくるわ」

 

 立ち上がり、話を続ける先輩へ殴り掛かる。

 だがそれも紙一重の距離で躱され、カウンターで腹部に掌底を喰らう。

 

「それだけじゃない。もしかしたら貴女の身の周りの人にまで、その魔の手が伸びるかもしれない」

 

 どれだけ拳を振るおうが、蹴りをお見舞いしようが、尽くが躱され反撃を返されてしまう。

 

「事はもう、貴女一人だけで収まるものじゃなくなっているの。それは沢渡さん、貴女もわかっているでしょう?」

 

 ……ああ、わかっている。アタシが狙われている立場だっていうのは。

 指輪を手にしてすぐにノイズに襲われたことが、それを立証する何よりの証拠だ。

 

 これからアタシは、ああしたことに巻き込まれていくんだろう。そうすれば無論、一緒にいる立花や小日向、そしてその他の無関係な奴らも巻き添えを喰らう。

 アタシが安易にこの指輪を嵌めたせいで、死ななくていいやつらまで死んじまうかもしれない。

 

「わかってるよ、んなことは……」

 

 どこまでいっても、アタシはただの学生だ。

 ただ喧嘩がちょっと強ぇだけの非力な人間だ。

 

「今のアタシじゃ理不尽に押しつぶされるだけだって、そんなもんとっくにわかってる」

 

 風鳴先輩は何も言わず、何も動かない。

 ただ黙って、アタシの言葉の続きに耳を向けている。

 

「けどな、朝も言ったが“はいそうですか”って、黙って理不尽(そいつら)に背中向けて、籠ん中で守ってもらって納得するほど、アタシは物分かりはよくねぇんだ」

「そうね……それなら、どうするつもり?」

 

 瞳を伏せ、静かに問いかけてくる。

 その問いに対する答えはもう決まっている。あの時、屋上で決めてきたから。

 

「アタシが弱いせいだっていうんなら、そいつらを返り討ちにできるまで強くなってやる! そうすりゃ、あんたも文句はねぇだろ?」

「……貴女のことだから、そう言うと思っていたわ。でも、強くなるっていっても具体的にはどうするのかしら? 精神論だけじゃ強くはなれないわよ」

「んなこと言いませんって。それに強くなるってんなら、ちょうどいい場所があるじゃないっすか。なぁ、弦十郎さん?」

 

 先輩の問いに対し、アタシは弦十郎さんの名を叫ぶと、設置されている監視カメラの一つに顔を向ける。

 レンズ越しに視線が重なったのを感じ

 

「アタシも『特異災害対策機動部(ここ)』の一員にしてくれ。んでもって、戦えるよう強くしてくれ」

 

 これがアタシが自由に生きるために決めた道。

 この組織ならノイズやら指輪の事やらも知っているだろうし、何より先輩をここまで鍛えたノウハウもある。

 アタシが強くなるために必要なものが、この場所には全て揃っていると言っても過言ではない。

 

「この指輪の力なら、ノイズだろうと消し飛ばせる。対ノイズの戦力として、アタシを育てるのは悪くない話だろ?」

『確かにそれはそうだが……旋君、その言葉の意味を分かっているのか?』

 

 スピーカーから聞こえてくる弦十郎さんの声は真剣そのもの。

 それもそのはず、アタシが言った提案はノイズと戦うため戦力になると同義だから。

 我が事ながら危険な道へと進んでいるなとは思っているが、だがこれがアタシが自由に生きるため、立花や小日向を守るための最善の道。

 

「アタシは本気だ。それにどのみち、ここで保護されることを選んでも、結局アタシは死んでいるも同然なんだよ。ならせめて、後悔のない道を進ませてくれ」

『……それは君の思っている何倍も、苦しく険しい道になるぞ』

「知ってる。それも承知の上だ」

『……なら、俺からは何も言うことはない。だが、後で話はさせてもらうぞ』

 

 そう言うと、スピーカーから声は聞こえてこなくなる。

 言いたいことを言ったアタシは、蚊帳の外にしてしまっていた先輩へと意識を向ける。

 

 先輩の表情は驚き半分呆れ半分といったもので、先ほどまでの刃のような空気は霧散していた。

 

「もうちょっと驚いてくれると思ったんですけど、意外と落ち着いてますね」

「ちゃんと驚いているから安心して。ただ、貴女ならそう言うだろうって、納得している自分がいるの」

「そっすか。なんかこんな短期間で、自分のことがわかられると微妙っすね」

 

 そこまでわかりやすいような性格はしてないと思うんだが……。

 まぁいいか、そんなことよりも最後にやっておかなきゃなんねぇこともあるし、

 

「風鳴先輩、これから今のアタシの全力をぶつけます」

「指輪の力か……なら、私も相応の力で受け止めるわね」

「……言っておいてなんですけど、結構やばいかもしれないっすよ? 火傷とかじゃすまないかもしれないし」

「大丈夫だから、安心してぶつけてきなさい」

 

 そう言うと、先輩は首から下げているペンダントを右手で握りしめる。

 なにやら先輩も先輩で秘密癖があるらしい。それなら、遠慮なしでぶっ放させてもらうとしよう。

 

(準備はいいか、アイム)

《無論だ。むしろ遅すぎるくらいだったぞ》

 

 アイムの方もどうやら準備は万端のようだ。

 そしたらいっちょやってやるか! 

 

 右手を前にかざし、指輪に秘められた力を開放する呪文を唱える。

 

我に従え(きやがれ)! 23番目の魔人──アイム!」

 

 瞬間、指輪から溢れ出した光が視界を包む。

 そして次に視界が晴れた時、アタシの右手には金の装飾が施された短剣が握られていた。

 

《さあ王よ! 汝の力、我に預けよ!》

「行きますよ、先輩!」

「ああっ、来い!」

 

 体の中から短剣へと何かが流れていく感覚が走る。

 それに比例し、短剣に描かれた紋章が淡い光を帯び始め

 

「いっけぇえええ!!」

 

 縦一文字に振り下ろすと、紅蓮を纏った一撃が先輩へと襲い掛かる。

 迫りくる烈火の斬撃を前に、先輩は動じることなく目を瞑り

 

「Imyuteus amenohabakiri tron──」

 

 静かな、それでいて凛とした(うた)が室内に響きわたる。

 直後、青い光が炎と衝突し拮抗する。光と炎は互いを押し切らんとするが、どちらも一歩も譲ることなく火花を散らす。

 そして遂には決着がつかず、爆発という形で対消滅を起こした。

 

 視界が煙で奪われる中、それを真っ二つに切り裂き一つの影が姿を見せる。

 そこには先ほどまでのリディアンの制服ではなく、白を基調とし、所々に青い装甲を身に着けた姿へと変わっていた。

 

「やはり力の扱いに慣れていないようだけど、いい一撃だったわ」

「はっ、余裕そうな顔して言われても嬉しくないっすよ」

 

 やっぱりスゲーなこの人。やっぱ、今のアタシじゃ逆立ちしてもかなわねぇや。

 んでもって、アタシの力も再確認できた。指輪の力を使ってもこれが今のアタシの限界。ここが、今のアタシの現在地。

 ここからだ、ここからアタシはもっともっと強くなってやる。自由のため、あいつらのために! 

 

 

 ――こうして、アタシは日常に別れを告げ、非日常へと足を踏み入れた。

 

 

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