紅いイレギュラーハンターを目指して   作:ハツガツオ

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後半部分から話の主旨が微妙にブレていると感じたために加筆修正と再投稿、旧話への移動を行いました。該当箇所としては教室でのレイとアンの会話部分以降が加筆対象で、前半部分や後書きの解説は同じです。

11/2 オーウェンとの会話を少し変更


前回までのあらすじ

新しく就任した生徒会長ハンナから早々に呼び出しを食らってしまったレイ。演習場でアスクラぶっぱしたのが原因かと内心ビクついていたものの、用件は風紀委員への誘いだった。
会長曰くその能力を見込んでのことだったが何で自分なんだと若干渋る。しかし迷った末に少しでも紅いハンターに近づけるのならと引き受けたのだった。





第六話 異種族とのハーフはファンタジー世界では割といるもの

 風紀委員の仕事は学内の見回りが大部分を占めている。魔物の出現時には現場へ対処へと向かい、生徒同士で諍いが合った場合には仲裁役として介入する場合もある。それ以外にもその名通り校内の風紀の乱れを生徒会と連携して取り締まったり、交流戦や学院祭のような大きなイベント中での警備等を請け負ったりする。生徒の安全を保証する立場である以上、仕事はキッチリと果たさなければならない。

 それは新米風紀委員であるレイも同様だ。所属して日が浅いとはいえ手を抜く事は絶対に許されない。学内で怪しい行動をしている人物はいないか、物陰のような人目の付きにくい場所に魔物が潜んでいないかと目を光らせながら放課後の校舎を見て回る。僅かな気の緩みは大事に至りそれが後々厄介な種となる、という有り難い教訓を初日からくどい程に受けていた。

 

「異常無し、か……」

 

 生徒達が行き交う通りを見渡しながら見回りの結果を整理する。魔物に対して警戒を高めているとはいえ、そうしょっちゅう問題が起こるわけでも無いらしい。現にレイが風紀委員に所属してから数日は経っているものの、その間にも特に大きな問題は起きていない。

 それはそれで詰まらないし張り合いが無いようにも感じるが、レイとて頻繁に事件の類いを欲する嗜好の持ち主では無い。何も騒ぎが起こらずに平和に学生生活を謳歌する。そして紅き英雄の技能をものにする。それらが出来るのなら何も言うことはない。

 この調子なら今日も早く上がれるかもな。委員会の仕事を終えた後の事を考えながら、次の場所へ向かおうと校舎の方へ歩を進める。――尤も、そういう時に限って厄介事は舞い込んでくるのだが。

 

 レイが校舎の中を進んでいる最中、突如凄まじい衝撃音と共に地面が揺れた。

 

「何だ……!?」

 

 何かが地面と衝突したような地響き。明らかな異常と取れるその音はここからそう遠くない場所から聞こえてきた。レイは直ぐさまその場所へと急ぐ。

 

「総員、拘束魔法を対象に発動! 奴の動きを封じるのだ!!」

「はっ! ――だ、駄目です! 力が強すぎて魔法が持ちこたえられません!!」

「ええい、ならば防壁を展開だ! 被害の拡大を何としても食い止めろ!!」

「了解!!」

 

 レイが向かうとそこではゴーレムが暴れ回っていた。ゴーレムの足下には拳の跡が刻まれ、委員長含む数名の同僚達が対処に当たっていた。

 

「むぅおおおおおっ!!」

 

 振り下ろされる拳が展開された防御魔法とぶつかり鈍い音が鳴り響く。しかもこのゴーレム、普段彼らがよく目にしている土塊から生み出された存在では無い。身体は騎空挺のように機械のパーツから構成されており、持ち合わせる頑丈さと剛力は土から出来たそれとは比べものにならない機械式のゴーレムだった。

 一見魔法学院には似つかわしくない存在にも感じるが、機械を魔法で制御するという魔法と科学が組み合わさった観点から一部の生徒や教師達が研究対象にしているというのをレイは聞いていた。

 だがそれが何故こうして暴れているのか。その要因を探ろうとレイは丁度近くにいた上級生の風紀委員へ声を掛ける。

 

「状況の確認を。一体何故この様な事態に」

「ああ、それについては……」

 

 レイの問いに対し上級生は背後の人物へと目をやった。その人物は眼鏡と白衣を纏ったハーヴィン族の男子生徒。この騒動の原因に心当たりがあるのか顔を青ざめさせている。

 

「ご、ごめんなさいぃぃ! まさかいきなり暴走するなんて想定外でしたぁぁああ!!」

「……何をやった」

「ど、動力炉を改良したんです。魔力の供給量を増やせば性能が向上すると思って……」

「動力炉だと?」

 

 レイが首を傾げると男子生徒は未だ暴れているゴーレムへと指をさした。騎士の甲冑を歪にしたかのような意匠の外見の機械人形。その胸部は不自然に膨らんでおり、丸みを帯びたような装甲で覆われていた。

 

 土塊のゴーレムと機械式のゴーレムとでは当然ながら身体の構造が大幅に異なる。

 前者では身体が土で構成されており、術者から分け与えられた魔力と大地に宿っている魔力を基に擬似的な魂が生成される。それによって意思を持たないものの術者の命令や与えられた使命に基づいて行動し、大地からの魔力補給によって生命を維持している。

 しかし機械式のゴーレムは違う。製作の際に擬似的な魂が生成されるという点は共通してはいるものの、その身を構成するのは騎空挺と同じ金属の部品群。内部にはエネルギーの代わりである魔力が通る配管等が張り巡らされている。

 そしてその魔力の供給源であるのが動力炉だ。人間でいう心臓に当たるこれが身体の中心部に位置しており、ここから配管を通して魔力が全身へと送られる。

 この男子生徒は機械式のゴーレムについて研究しており、その性能をもっと高めることは出来ないかと考えていた。そして思考を重ねた末、動力炉を改良して魔力の生成量や貯蔵量の増加を試みたという訳だ。しかしそれはゴーレムへ魔力の過剰供給を引き起こすこととなってしまい、現状の結果を招くこととなった。

 

「……どうやったら奴を止められる」

「恐らく動力炉をどうにかすれば収まるかと思います。元はと言えばそれを増やしたのが暴走の原因ですので。ただ、その部分の装甲をかなり頑丈にしてしまって……」

「よし! だったら魔法で破壊すれば――」

 

 そう言って上級生は魔法を発動しようとする。だがそれをハーヴィン族の生徒は慌てて制止した。

 

「だ、駄目ですよ! 動力炉には大量の魔力が溜っているんです! 傷でも付けてしまえば最悪ゴーレムそのものが爆発します!!」

「なっ!? だったらどうすれば……」

「……大変難しいですが、動力炉をそのまま取り出すしかないかと」

「取り出すって、暴走してるアイツからか!?」

 

 先輩風紀委員が叫び声を上げるが無理も無い。人一人は軽く潰せる豪腕を振り回してひっきりなしに暴れているのだ。そんな相手から暴走の原因となっている動力炉を傷つけずに取り除くなど無茶にも程がある。

 しかし悠長な事を言ってられないもまた事実。今は委員長達が防御魔法による陣を展開して何とか被害を広げぬようにしているが、それも何時まで持つか分からない。恐らく破られるのも時間の問題だ。

 

「分かった」

 

 それだけ言うとレイはゴーレムの居る方へと疾走した。

 

「あっ、おい待て新入り!!」

 

 後ろから上級生が引き留める声を上げるがレイの耳には届いていなかった。彼の意識は既に暴走したゴーレムのみへと注がれていた。

 応戦している委員長達へと次の一撃が放たれようとしている間際、レイは委員長達の頭上を飛び越す。そして刀を抜刀し、すれ違い様にゴーレムの腕を根元から切り飛ばした。

 ゴーレムが自分の腕を切り落としたレイへともう片方の腕で横殴りを仕掛けるが、彼はそれを着地と同時に飛び退いて回避する。 

 

「攻撃が止んだ……?」

「壊れたとか?」

「違う! 早く逃げるのだレイ君!!」

 

 いち早くレイの姿を捉えていた委員長が言葉を発するも、ゴーレムは既にレイを攻撃対象と見ていた。彼の姿を視界へと捉えたゴーレムは上空から鉄槌を振り抜く。地面と拳が衝突し、轟音と共に土が舞い上がった。

 しかしレイは拳が衝突するまえに背部へと跳躍して難を逃れていた。身体を翻しながら校舎の壁へと着地、壁を足場に踏み込んでがら空きの胴体へと距離を詰める。

 さらに拳を握り込んで魔力を集中させる。本来はアースクラッシュ習得に当たっての魔力による一部分のみ強化を、鋼の身体を打ち破るためにそれを攻撃用へと転じさせた。

 

「ハァッ!!」

 

 レイの放った拳が胸部へと命中する。ひしゃげる音と共に拳が鋼の装甲を貫き、その先に何か丸みを帯びた物体の存在を感じた。――コレが動力炉か。そのまま動力炉と思しき物体を掴み取り、力の限り引き抜く。コードや配管、内部装甲諸共引きずり出し、ゴーレムの身体を足場に蹴って地面へと降り立つ。

 制御コアを奪われたゴーレムはレイに掴みかかろうとした。――が、それよりも先に身体に限界が来てしまった。その手を伸ばしたところで魔力が切れて機能を停止し、その場に崩れ落ちた。

 ゴーレムの停止を確認したレイは委員長達へ振り返る。

 

「……無事ですか先輩方?」

「あ、ああ」

 

 レイが声を掛けるも今まで攻撃を防ぎ続けたせいか委員長達は大きく肩で息をしていた。しかしすぐに身体を起こしてレイへと向き直る。

 

「よくやってくれたレイ君。君のおかげで被害が広がる前に処理できた。ただ、状況が許さなかったとはいえ、独断専行は考え物であることは覚えておくように。無茶をする事が必ず良い結果へ繋がるとは限らないのだからな」

 

 レイが黙って頷くのを見た委員長は、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「では事後処理は私たちがやっておこう。君は引き続き見回りをよろしく頼む」

 

 今後の活躍も期待しているよ。そう言って委員長はレイから動力炉を預かって他の委員達と事後処理を始めた。

――結構良い人だよな委員長。ただ、スキンヘッドにドラフ族の大柄なせいでどこぞのラスボス隊長を彷彿とさせるけど。声もそっくりだし。

 委員長に対して失礼な事を考えていると、背後から見知った声が聞こえてきた。

 

「うわぁー……また凄い事になってるなぁ……」

 

 アン達だった。レイは彼女達の元へと歩を進める。

 

「……お前らまで来たのか」 

「あ、レイ。いや、音楽塔に居たら物凄い音が聞こえてきたから何があったんだろうって。すれ違った人もゴーレムが何とかって言ってたからさ」

 

 まあ、もう解決しちゃってるみたいだけど。そうアンは言った。音楽塔はここからそう遠くない所に位置している。あれだけの震動と衝撃音だ、そこまで伝わっていても何ら不思議でも無い。それでも態々見に来る辺りが彼女達らしいが。

 レイは彼女の言葉にそうかと短く返した。

 

「それで、結局何があったの?」

「機械式のゴーレムが暴走、それを俺達風紀委員が鎮圧。そして原因は改良した動力炉による魔力の過剰供給……だ」

「物凄く簡潔な説明をありがとう……。でも動力炉の改良かー、魔力の供給量を増やすためにそうしたんだろうけど他にももっと方法があるんじゃないかな? ほら、魔力生成の時に生じる無駄な部分を再利用するとかさ。そうなるように術式を弄くれば総合的には供給量は上がるだろうし」

「改善案なら俺では無く当事者に提示してやれ。その方がお互いにとって有意義……」

 

 そこでレイはふとアンの後ろにいる人物に気づく。

 深みのある赤色の髪にドラフ族の象徴と取れる二対の角。しかしそれを否定するかのように彼女の背後で主張している緋色の翼と尻尾を携えた女子生徒だった。

 確か彼女は……。レイの視線に気づいたアンは

 

 

 

「そうか。彼女と……」

 

 

 

 

の視線を感じ取った女子生徒はハッとしたような顔となり、アンは得心がいった顔となる。

 

「あーそっか、レイは知らなかったよね。グレアとは――」

 

 アンが言い終わる前に、グレアと呼ばれた女子生徒は何も言わずにいきなり三人の前から姿を消してしまった。

 

「あっ、ちょ、ちょっとグレア!? 何処行くの!?」

 

 グレアの行動に驚愕したアンは直ぐにその後を追って走り出した。それをさらに控えていた従騎士が追従しようとしたものの、レイの方へ一瞬目をやってから己が主君の背中を追いかけた。

 その光景をレイは棒立ちの状態で見送るしか無かった。 

 

◇    ◇    ◇

 

 それから迎えた翌日。レイは図書館から借りた魔導書を自分の席で読んでいたものの、頭は別の事を考えていた。内容は言わずもがな昨日の件である。

 レイがグレアについて知っていることはそう多くない。クラスメイトである彼女が竜族の姫であることや話しかけても素っ気ない態度を取られることが精々だ。それ故、いきなり逃げ出した理由に見当が付かなかった。

 

「おはよ! 何読んでるの?」

 

 釈然としないままに魔導書に目を落としていると、たった今登校してきたであろうアンから挨拶された。その傍らにはオーウェン、そして件の人物であるグレアが一緒にいた。

 しかしグレアはレイの方を一瞥するなり、何も言う事無く自分の席へと足早に向かっていった。それを見たアンは申し訳なさそうにレイに言った。

 

「あー……昨日からグレアがゴメンね。決して悪気があるわけじゃないんだ」

「……お前は彼女と仲が良いのか?」

「うん、グレアとはピアノを通して友達になってね」

 

 えへへと嬉しそうにアンは笑う。

 

「ただ、私の時もあんな感じだったんだ。話しかけてもすぐに切り上げられたり、会いに行ってもすぐに逃げられたりで……大変だったなぁ」

「……物好きだなお前も」

「そりゃそうだよ! だって、グレアと仲良くなりたいっていう想いがあったからね」

 

 でも、と彼女は続ける。先ほどまでの快活さは鳴りを潜めていた。

 

 

 

「……深くは聞くな、ということか」

「出来ればそうしてほしいかな。正直あんまりいい話じゃないからさ」

 

 

「グレアも他の皆と仲良くなってほしいって私は思うんだけど、そうはいかなくて……」

「……何か訳でもあるようだな」

「……うん。実はちょっと事情があってね、グレアは人と関わるのを避けてるんだ」

「事情、か」

 

 そう言いながらレイは魔導書を閉じてグレアの方へと目を向ける。そこには誰とも話さず自分の席で俯いている彼女の姿があった。

 アンの言う通り、何かしらの事情は抱えていても可笑しくは無いだろう。彼女は竜族の姫という立場ではあるものの、種族としては竜と人間の混血児。所謂ハーフという存在だ。そのような存在がどのような扱いを受け、どういった目で見られるかは容易に想像出来る。憶測ではあるが、少なからずそれが関係している可能性も否定出来ない。

 

「グレアにはもっと学生生活を楽しんでほしいんだ。折角こうやって出会えたのに、ああやってずっと暗い顔のままで過ごしているのを見たくないから」

「だから彼女にはどうにか前を向いてもらいたい……ということか。成る程、お前の言う事は正しいのだろうな」

 

 レイの言葉にアンが振り向いた。彼はそれを気にせずに続ける。

 

「他者とどう付き合っていくかはソイツの自由だ。だがここが学校という集団組織であり、お前のように心配する友人がいる以上、そうはいかないというものだろう。……自らの過去に囚われているのなら尚更、な」

 

 レイの答えに対してアンは若干驚いたような素振りを見せつつも彼に言葉を返した。

 

「……もしかしてグレアのことを心配してくれてるの?」

「俺は一般論を述べたに過ぎない」

 

 レイが平坦な声で返す。しかしアンは彼の言葉をどのように受け取ったのか、そっかと微笑んでからレイにこう言った。

 

「――だったらさ、レイもグレアと友達になろっか」

 

 正に寝耳に水の一言だった。

 

◇    ◇    ◇

 

――いや、何でこうなるんですかね……?

 

 虚空に疑問を投げかけるも答えは何も返ってこない。それはそうだろう。答える相手がいるいない以前に、人知れず心の中で呟いているのだから。

 昼休みである現在、レイはオーウェンと共に音楽室へ向けて足を運んでいた。勿論これはアンが朝に言ったあの一言が原因である。

 アンがレイに言った後、彼女の行動は早かった。直ぐさまグレアの元へすっ飛んでいき二人で何かを話し始めた。時折彼の方をチラチラと見ながらしばらく話し合った後、戻ってきてからこう伝えてきたのだ。

 

『じゃあ、昼休みに音楽室まで来てね。道案内は任せたよオーウェン!』

 

 最早レイが口を挟む暇すら無く決定されてしまった。一体どういう経緯でそうなったのかをアンに問いただそうとしても『大丈夫大丈夫! レイもきっとグレアと仲良くなれるはずだから!!』と返されたところですぐに授業が開始した。つまりは拒否権すら無かったのだ。

 確かにグレアに何かを思わなかった訳では無い。気の毒だとは感じた。だがかなりの脚色や誇張のようなものが入ってしまったとはいえ、自分はただ単に思った事を口にしただけだというのに。それが何故グレアと友達関係を結ぶ羽目になっているのか。

 

「アイツは一体何を考えているんだ……」

「姫様には姫様のお考えがあるのでしょう。それに良き機会ではないかと。グレア君だけで無く、貴方にもご友人が出来るのですから」

(いや、それはそうかもしんないけどさぁ……)

 

 友達が増えるという点ではある意味ラッキーとも取れる。が、相手が相手だ。会話どころか面識すら怪しい相手では、ハードルが高い以前に過程そのものをすっ飛ばしすぎではないだろうか。

 

 

「それに……」

 

 

「……私が言えた事ではありませんが、貴方ももう少し人との関わりを持つべきです。自分の追い求める理想が」

 

 

 

 

 それはそうかもしれないけど……。

 

 友達が増えるという点ではラッキーかもしれないが、肝心の相手とは会話どころか面識すら皆無。ハードルが高い以前に過程というものをすっ飛ばしすぎではないだろうか。

 

 

 

 理解が出来ないかのようなレイの言にオーウェンが 

 

 

レイのぼやくような言葉にオーウェンがにこやかに返す。

 

「良い事ではありませんか。グレア君だけでなく、レイの交友関係も広がるのですから」

「……お前はやたらと乗り気だな」

「当然でしょう。常日頃から思っておりましたが、貴方も貴方で他の生徒との交流が少なすぎるのです。そんな友人に新しい人間関係が築かれるのであれば喜ばしいものですとも」

 

 だからあんなに返事が早かったんかい。オーウェンの真っ直ぐさにレイは頭を抱えそうになった。

「それに……」とオーウェンがレイの方へ振り返る。

 

「それに何だ?」

「……いえ、何でも。それよりも着きましたよ」

 

 オーウェンの言葉にレイが視線を前へ戻すと、音楽室の扉が目に入る。レイにとっては色々な意味で重々しく感じるが、オーウェンはそんな事を気にせずにノックする。

「姫様、お連れしました」オーウェンが言った後に「いいよ、入ってきてー」というアンからの返事が中から響いてきた。

 

「ではどうぞ、お入り下さい」

「……お前は?」

「私には護衛の任務があります故ここで失礼します。いつ如何なる時も姫様達が安全に過ごせるように務めるのが仕事ですので」 

 

 

 

 

 そう言ってオーウェンは扉の前で待機しようとする。だったらいっそ中まで着いてきてくれと言いたくはあったが、流石にそんな事を口から垂れ流すのは色々な意味で不可能だった。

 ため息を吐きたい気持ちを抑えながらレイはその横を通り過ぎた。

 

 

 室内は相当広々とした空間だった。壁には歴代の音楽家であろう肖像画が掛けられ、いくつものガラス窓からは日光が差し込んで明るく照らしている。レイが進んでく中で目についたのは、反射光で黒い輝きを放っている一つの大きなピアノだった。

 

「あ、レイ! こっちこっち」

 

 そう言ったのはアンだった。彼女はピアノに着いており、そこから立ち上がって顔を覗かせながら手を振っている。その横には戸惑ったような表情のグレアが居た。レイは二人の元へと歩いて行く。

 

「ありがとね、態々来てくれて」

「誘ったのはお前だろうに」

「ふふ、それでもだよ」

 

 短いやり取りのあと、二人はアンの隣で身体を小さくしているグレアへと振り向く。その際にレイと視線がかち合ったものの、彼女はすぐに逸らした。

 

「ほら、グレアもちゃんと挨拶しなきゃ。普段顔を合わせたことも無いんだし、折角来てくれたんだからさ」

「う、うん」

 

 そう言いながらグレアはレイの方へ顔を上げる。が、やはりすぐに俯いてしまう。言動もぎこちないことから、恐らく不安や恐れといった感情でも抱いているのだろうか。

 その様子を見たアンは安心させるように優しく笑った。

 

「怖がらなくても大丈夫だよ。他の人と比べれば口数は少ないけど、グレアの考えているような人じゃないからさ」

「でも……」

 

 口ごもりながらレイの方をチラリと見る。何者にも意思を読ませることの無い表情がその顔にはあった。冷ややかにも受け取れそうな面様を見たグレアはまた顔を俯かせてしまう。

 

「……駄目だよ。私なんかと話したって何も面白くないだろうし……」

 

 それに……。グレアが言いかけた言葉を遮るようにアンが言った。

 

「もう、そんな事無いって! 少しでいいから話してみようよ、ね?」

「……分かった」

 

 諭すかのようなアンの言葉に諦めがついたのか、渋々頷いたグレアはレイの方へと向いた。

 

「ど……どうも」

「ああ」

 

 グレアの挨拶にレイが短く返す。

――そして沈黙が訪れる。外からは生徒達の賑やかな声や鳥のさえずりなどが入ってきているはずなのだが、それを無視したかのように静寂が場を支配した。空気も刺々しいものでは無いにも関わらず心なしか重苦しいものにも感じた。二人をすぐ側で見守っているアンもそう感じているのかハラハラしているようだ。

 だがこれは仕方が無いことだと言えた。グレアは内気な性格であり、そこまで喋る方では無い。会話でも大抵はアンから切り出す方が多かった。レイもそれに似たようなものであり、彼は自分から話しかけることは少ない上に会話もそこまで弾む方では無い。両者共に外交的な性格でないのが災いしてしまったのだ。

 無音とも取れるこの静かさ。気まずい雰囲気を何とかしようとアンが口火を切ろうとした時、グレアが口を開いた。

 

「あ、あの」

「何だ」

「貴方は私のことが怖くないの? 私はその、……竜族と人間のハーフだから」

 

 不安げな表情でレイへと言った。――やはり、といったところか。グレアはレイの推測通り、あまりいい境遇では無かったらしい。

 空の世界における人間達。エルーン、ドラフ、ハーヴィン、そしてヒューマンの四種族。そこへ加えて出身である竜族。その何れかにも属さない彼女が暗い過去を持っているのは事実のようだった。

 恐る恐るといったグレアの様子に、レイは静かに答えた。

 

「別にどうとも思わない」

「えっ……」

 

 しかしレイがグレアに対して軽蔑といった感情を持ち合わせていないのもまた事実だった。確かに最初に見かけた際には驚きはしたものの、この世界にも異種族とのハーフは存在するらしいという程度の認識に収まっていたのだ。 

 

「私には人には無い竜の角や翼があるんだよ? それなのにどうとも思わないって……」

「言葉の通りだ。ドラフにも角は生えているしエルーンにも獣の耳がある。身体構造の違いならハーヴィンが顕著だ。程度の差はあれ、それらと大して変わらないだろう」

 

 あくまで俺の主観だがな。キッパリと言い切った彼の態度にグレアは呆気に取られるしかなかった。

 

「ほらね、言った通りでしょ? この人は大丈夫だって」

「……うん、そうだね」

 

 グレアが小さく笑ったのを見てアンは満足そうに微笑む。

 

「それじゃ、今度はグレアの事を知ってもらおっか!」

 

 そこの椅子に座ってくれる? アンからの指示を受けたレイは腰掛け椅子に着席する。一体何をするつもりなのか。疑問を含んだ視線をアンに送ると彼女は「そのままでいてね」と返し、グレアと共にピアノへと着席した。

 

「これからレイには私たちの連弾を聴いてほしいんだ」

「連弾?」

「そ、連弾。要は一つのピアノを二人で弾くことだね。グレアの演奏は綺麗でさー、私はそれに惹かれたんだ!」

「も、もう、アンったら……」

 

 グレアが恥ずかしそうにしつつも二人は鍵盤へと視線を移す。お互いの顔を見合わせ――そして弾き始めた。

 明るく澄んだ旋律。聴く者の心に響くような優しく穏やかな音色。時折リズムを変えているのか曲調がガラッと変わったりもしている。音楽に詳しくないレイでも綺麗なものだと思える演奏だった。

 数分間という短い時間ではあったものの、アンとグレアの演奏に聴き入っていたレイにはそれ以上に短く感じた。

 演奏はやがて終幕を迎え、二人の連弾に終幕を下ろした。

 

「……良い演奏だった」

 

 ぽつりとレイが漏らすとアンは喜色満面となり、グレアも照れくさそうにしている。

 

「いやー、でも良かった。一時はどうなるかとは思ったけど上手くいったみたいで」

「……何故俺を誘った」

「ん?」

「コミュニケーション能力の高い奴なら学院にはごまんといるだろう。友人の多いお前なら尚のことだ。だと言うのに何故俺に誘いを掛けた」

 

 レイからの問いに悩むようなポーズを取って考えた後、アンは答えた。

 

「優しい人だから、かな」

「何?」

「レイが優しい人だからってこと。これが一番の理由だよ」

「……訳が分からん」

 

 アンの答えを聞いて呆れるレイとは逆に彼女はニッコリと笑っていた。その目は虚偽の類いを一切秘めない純粋なものだった。

 だがしかしそんな二人とは対照的に、グレアは一人浮かない顔をしているのだった。




グレア(この人私のことが怖くないのかな……)
レイ(星晶獣とかの方がヤバいと思います)

ゴーレムさん機械となって二度目の登場。しかしゼロナックル擬きの餌食に。あと何かやたらと重苦しくなったなぁ……。

登場人物や技、ネタの解説

・グレア

マナリア魔法学院を代表する竜姫。
人間の女性と竜族の王との間に生まれた所謂ハーフであり、竜の翼や尻尾といった外面的特徴が色濃く表れている。炎術魔法に長け、戦闘では接近戦と絡めて使用する。
自身の力や姿がコンプレックスなために他者とは距離を取っていたものの、アンとの出会いで一歩踏み出すようになり親友の間柄に。また、一人で音楽塔にいることが多いからか『音楽塔に咲く花』と称されていたり、アンと並んで『学院の双華』と呼ばれていたりする。

――なお、SSR版が実装された翌年に水着バージョンが実装されたものの、ぶっ壊れ火力から水パでの奥義アタッカーとしての地位を築き上げ、カツオ剣豪には大体スタメン入りするように。

設定は神バハより流用。グラブルのフェイトエピソードやイベントを見ても詳しい素性が明記されていなかったので。


・風紀委員会の委員長(本名:オッティモ)

ドラフ族の男子でありスキンヘッド。並の生徒よりは腕は立つものの、新入生であるレイ達には残念ながら及ばない。見た目がまんまラスボス隊長、しかし人格者であるために風紀委員を始めとして人望は厚い。なお、CVは隊長と同じ渋めで重厚感たっぷりな低音ボイス。……本当に学生かこの人?


・シグマ

全ての元凶かつXシリーズ皆勤賞である皆のラスボス隊長。X8でセミラスボスなのはご愛嬌。

レプリロイドの生みの親であるDr.ケインの最高傑作と評価される高い戦闘能力と優秀な頭脳、圧倒的なカリスマ性を持ち合わせるレプリロイド。元イレギュラーハンター第17精鋭特殊部隊の隊長であり、エックスとゼロの上司でもあった。また、エックスの秘める潜在能力に気づいていた数少ない存在でもあり、紅いイレギュラーとして暴れていたゼロの鎮圧任務に当たっていたのも彼。
ハンターとして信頼されていたが、X1での反乱を契機にレプリロイドのための世界創造を目的とした世界征服を企んでいる。そのためにはイレギュラーハンターと同じ平和のために戦うレプリフォースやレッドアラートといった組織を利用したりと手段は厭わない。
また前述したカリスマ性によるものか、反乱を起こした際にイレギュラーハンターの識見を掌握したらしく、本来なら同格の存在であるアルマージやオクトパルドといった他部隊の隊長や部下達も指揮下に加わった。その結果、イレギュラー化した元イレギュラーハンター達と残りのイレギュラーハンター達による戦いとなった。
ちなみに目的は作品によって異なる。FC版X1では人間を抹殺してレプリロイドだけの世界を作るという目的は明らかだったもののシグマがイレギュラーとなった原因は不明だった。リメイク版であるイレギュラーハンターXではエックスの秘める「レプリロイドの可能性」を知るため「レプリロイドの未来を賭けた戦い」となっている。岩本版においては人間を愚かな存在と見なし、駆除のために生まれたレプリロイドこそ支配する側として反乱を起こした。
最終的にエックスの手によって葬られたものの、何度も復活を繰り返しながら黒幕として暗躍していくこととなる。

その正体は、シグマウイルスという名の悪性コンピュータウイルス。プログラムそのものが本体として独立していることから、例えボディが破壊されようともウイルスそのものを除去しない限り何度でも蘇る。そのせいでX7においてはゼロからはゴキブリのような扱いを受けてるばかりか、元隊長も度重なる復活のせいでテンションがぶっ飛んでいるのか何か熱い感じになっている。
以下原文そのままで抜粋。

ゼロ「懲りないヤツだな! どんなに細かく切り刻んでもまた出てきやがる!」
シグマ「フンッ、何とでも言え。エックス、ゼロ、貴様らの命をワシのものにするまで何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も!蘇ってやる!! さぁ、いつものように熱い戦いを期待しているよ。行くぞぉぉぉぉぉ!!!」

それにしてもこの黒幕ノリノリである。ちなみにこの「何度でも~」の部分でどんどんシグマの顔がアップされていくというプレイヤーの腹筋クラッシュ仕様もあってかX5とX6と合わせて「シグマの三大迷言」とファンから称されている。

なお隊長でありながらイレギュラーとなり正体は悪性のコンピューターウイルスなシグマだが、勿論最初からこうだった訳では無い。前述したゼロの鎮圧作戦に赴いた際、ゼロの身体に仕込まれていた「ロボット破壊プログラム」に感染した結果、回路内で突然変異を起こして「シグマウイルス」となり、それが元でイレギュラーとなってしまった。言ってしまうと彼もまた被害者なのである。

余談ではあるが、ラスボスとして皆勤賞なためかCAPC○MVSシリーズでは主人公であるエックスとゼロ共々出演していたりする。他作品とのクロスオーバーであるプロジェクトクロスゾーンでも敵として登場。え、進化を象徴する三人目? 二丁銃使いのハンター? ……まあ、新参者だから仕方無いね。


・ゼロナックル

初出、というより登場した作品は『ロックマンゼロ4』のみ。
手の平に『Z』の文字を象ったチップが埋め込まれており、エネルギーを帯びた掌底で攻撃する。これによって握力を強化しているらしく、一部のステージの障害物を除去したり特定の場所へとぶら下がる事が出来るように。また攻撃力は低くリーチも目の前のみとやや扱い辛い面はあるものの、真下以外の七方向に攻撃が可能な点は他の武器には無い利点である。

最大の特徴は、ゼロナックルでザコ敵に止めを刺すと『武器が奪える(シージング)』という点。要はお前の物は俺の物、X版の中の人でいう『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。グラブルにおけるユリウスの3アビそのまんま。
敵から奪える武器はクセの強いものが多いが、一部の武器はゼットセイバーに匹敵する強さを持つものも。また、武器は廃棄する事で放物線上に飛んでいく投擲武器として利用可能。これで再びシージングが可能に。

余談だが、X4のムービーにてイレギュラーとして暴れていたゼロは、対処に向かったシグマの腕を素手で引きちぎっている。また、ロックマンX8においてはゼロの武器としてカイザーナックルというものが実装されており、拳で語り竜巻旋風脚で敵をなぎ倒すゼロの姿が拝める。

ちなみにロックマンゼクスに登場する隠しボスのオメガにもこれに似た装備を持っていることが攻略本等のイラストで確認できる。しかしゼロナックルと類似のものか将又無関係の装備なのかは言及されていないために不明である。

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