紅いイレギュラーハンターを目指して   作:ハツガツオ

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

第一話を投稿してから二ヶ月以上ですが書き直しました。後から見返すと、かなり雑なところが多いと感じたので……。

以前まで掲載していた第一話は旧話として別作品扱いで挙げておきます。

URL

https://syosetu.org/novel/174637/


ちょっと長めのざっくりとした幼少期編のあらすじ

怪我の影響か、自身の前世の記憶を思い出した名も無き少年。彼はドルド夫妻に引き取られてレイという名前を貰った後、自身の身を守る為にロックマンX、Zシリーズのキャラクター『ゼロ』を目指して修行を開始。

しかしそう簡単には成功せずに大苦戦。魔法弾(バスター)に苦戦、魔法剣ならぬ魔法刀(ゼットセイバー)にも苦戦、さらには内面がカオスな為に交友関係もどうすればいいのかが微妙に分からず、友達作りにも四苦八苦するという三重苦。

そんな色々な意味でボドボドな中、父親の友人である騎士ハクランに師事を仰いだら何がどうしてそうなったのか、『ハクラン式マナリア騎士団訓練キャンプ~口でクソたれる前と後に鍛錬をしろ! 分かったかボウズ!!~』というどこぞの鬼軍曹の様な修行を三年間受ける羽目に。その結果憧れの特A級ハンターへ近づいたものの、代償としてボッチ化が加速。

それを哀れに思ったのか両親とハクランが話し合い、王都の友達の息子と会わせようぜ!! という考えの元に手紙を送付。その子から魔法剣を教わったり、模擬戦をやったりしたことで友人に。

その後はハクランマジで許さねえとか、騎士じゃなくてKISHIだろと震えたりとか、その子が騎士見習いからバトルジャンキーへと変貌しかかったりとか、野生のゴーレムと運命的な出会いをしたりとか、よくある窮地で覚醒からの魔法刀(ゼットセイバー)習得イベント等をこなした後、お互いの目標を目指して分かれた所で終了。

その七年後辺りの時間軸から本編は始まる。


本編 
第一話  きみは、ゆくえふめいになっていたレイじゃないか!! 前編


「――ふう、こんなものでしょうか」

 

 額に滲む汗を拭いながら部屋の中を見渡す。入った時に感じた埃っぽさは無くなり、床にも壁にも汚れ一つとして見当たらない。ベッドと壁の間や机の置いてある隅も勿論の事、小さな台所もピカピカだ。窓も薄く汚れていたものの、今では本来の透明さを取り戻し、外部から照らされる光を余すことなく部屋に伝えていた。それこそ新品同然のように――正直言って、やりすぎである。

 だが彼からすればこれ位やって当然だと考えている。これからはこの部屋で生活するのだ。なら、少しの汚れも無い方が気持ち良いに決まっている。

 ほぼ新室同然となった部屋を満足そうに見渡した後、掃除道具を片付ける。部屋の換気を行うために窓を開けると、外に植えられていたサクラの木が映り、昼過ぎの暖かい日の光が部屋に入ってきた。

 

――この分では、明日の天気は問題無いようですね。

 

 そう顔を綻ばせた後、次は荷ほどきでも行おうと隅に避難してあった自身の荷物を部屋の中央へと持っていく。最初は本からにしますか、そう思って紐を解いた。瞬間、少し強めの風が吹き、本のページを捲って中に挟み込んであったのだろう一つの少し古びた便箋を床の上へと晒した。風が捲ったのは自身の日記、飛ばしたのは友からの手紙、その最初のもの。思い出として大切に保管してあったのだが、まさか風が吹くとは思っても居なかった。

 次の風によって飛ばされる前に慌てて回収した後、便箋の隅に視線が行く。文字は薄くなってはいるものの、そこには自身の大切な友の名前が記されていた。

 

「……あれから七年、ですか」

 

 部屋の中で懐かしそうに、彼――オーウェンは呟いた。

 あの村での事は今でも記憶に残っている。

 

 無口で感情の起伏が少ないものの、確かな強さを持つ少年――レイと出会ったこと。

 

 彼の師と自身の父が提案した事による模擬戦を行った事。

 

 共に鍛錬を積んで汗を流したこと。

 

 二人でゴーレムに挑み、助けられてしまったこと。

 

 そんな友と互いの目標に向けての約束を交わした事も。 

 

 レイの故郷であるココス村から王都へと戻った彼は、それまで以上の鍛錬を積み続けた。

 只でさえ多かった鍛錬量はさらに増加、騎士として訓練や勉強も手を抜かず、弛まぬ努力を重ね続けた。

 無論騎士になるという目標の為でもあったのだが、それ以外にも理由が存在した。

 その理由は三つ。友人である彼に負けたくないこと、守る側でありながら守られてしまったこと。そしてもう一つ……。

 それらを胸にして忙しい日々を送っていた結果、数ヶ月前に晴れて騎士団入りを果たした。これにはオーウェン自身も喜んだものだ。

 

 だがしかし、約束を交わした相手からは何の連絡もきていない。

 というのも最初はお互いに手紙を送り合っていたのだが、それは最初の一~三年程度。一時からお互いに忙しくなってしまい、最後のやりとりを行ったのは約四年近く前である。一応彼らしき人物の話を耳にしてはいるものの、それ以外に情報はほぼ無いに等しい。その為、彼がマナリアに入学したのかどうかは掴めていない。

 本当なら休みを利用して直接村に顔を出しに行くという手もあったのだが……当時は僅かな時間や休みも惜しんで鍛錬に当てていたことや、今はとある事情が原因で向かうに向かえないのだ。

 自分は目標を達成した、しかし相手の現状は不明。知りたくても知れない――そんな歯がゆい思いを抱いているというのに……

 

「私が学院に入学するってどんな皮肉ですか……」

 

 何とも言えない面持ちでため息をつく。

 そう、オーウェンがいるのは騎士団の宿舎では無く、マナリア魔法学院の男子寮。その二階に割り当てられた自室である。

 今は部屋の清掃の為に動きやすい服装である蒼いジャージ姿ではあるものの、制服は一式を新品の状態で壁に掛けてある。――つまるところ、入学式を翌日に控えた新入生なのだ。

 

 もちろん彼は魔法を学ぶために学院に来たのではない。翌日からは学生の肩書を持つことになるとは言え、本職は騎士。今更魔導士を目指そうとしている訳でも無い。

 

 では何故彼が魔法学校に居るのか? その答えは、とある人物の護衛の為である。

 

 護衛の対象となっている人物は、王国でも相当な地位にある者。

 それ故に剣の腕が求められるのは当然のことだが、護衛相手や周辺人物になるべく緊張を与えない年の近い相手かつ対象に失礼の無い家柄。それらの条件の元で照らし合わせた結果、オーウェンが該当し、騎士団長から直々の辞令が降りたのだ。

 任務を言い渡された時は緊張した……否、今も緊張はしているものの、相手との顔合わせやそれ以外での会話によって、ある程度の人柄は理解できたために多少マシにはなっている。

 

 因みに護衛対象の人物は、かなり人懐っこい性格だった。何故なら初対面とも言えるオーウェンに、いきなり友達になってくれと言ってきたのだ。

 突然の事だったので面を食らったものの、彼はそれを了承――――した直後。七年前に自分が勢いで友人になってくれと言ったことを思い出し、その場で遠い目をしてしまったために居合わせた二人から「一体何があった」と心配されたのは思い出したくもない事である。

 

 閑話休題 

 

 自身の任務はともかく、問題は彼が入学したのか否かである。

 送られてきた手紙には学院に関する記述は一切無し。連絡を取ろうにも、相手が今どうしているのかは不明。もしかしたら村、下手をすれば島から出ている可能性もある。

 というのも、友人の師であるハクランが『もっと実践を経験させるために、他の島に行くかぁ?』と呟いていたのを何度か耳にしていたからである。というかそれが無かったとしても、あの人ならやりかねない事をオーウェン自身が理解している(尚この時のレイは表情こそいつもの仏頂面ではあったものの、げんなりとしたオーラを漂わせていた)。

 問題はそれだけでは無い。自身は護衛の任務を受けた身であるために、そう易々と王都から離れる訳にはいかないのだ。

 

 他の生徒からそれらしき人物がいないかどうか聞いてみるというのも手ではある。しかし状況が状況だ。今日は入学式の前日、教師達や生徒会に所属するものは準備に駆り出され、他の新入生達も各々の時間を過ごしているために聞ける状況ではない。

 

――情報も掴めないのであれば考えていても仕方ないこと。気がかりではあるものの、自分を納得させたオーウェンは一端頭の隅にそれらを追いやり、未だ手つかずの荷物を整理し始める。

 持ち込んだ私物はそこまで多くは無い。衣服の類いは最低限のものな上、趣味に該当する書物は日記や兵法書。後はとある武器マニア無限の剣拓氏監修の"全空武器名鑑"ぐらいなものだ。その為に、整理に要した時間は三十分もかからなかった。

 

 作業が終わった後、オーウェンは椅子に腰を掛けて一息つく。

 とりあえず自室の整理に当たる作業は終わった。なら、次にするべき事は……。 

 

「……どうしましょうか」

 

 やることが無いために時間を持て余してしまう。

 入学式の準備……とは言っても、新入生が行うものは無いと同然だ。精々が自分が持ち込む予定の剣の手入れぐらいなもの。

 護衛対象の手伝い……は、残念ながらパスである。相手が同性で会ったのならそうしたかもしれないが、何分相手は()()ときた。

 いくらマナリアが校風で自由を謳っているとはいえ、男子が女子寮へ向かうのは規則で禁じられている。

 仮に許されていたとしても、男にずかずかと上がり込まれる事にいい気はしないだろう。

 加えて相手の性格を考慮すると、今頃隣人との仲を深めている可能性が考えられる。出来ることなら邪魔はしたくない。

 なら自身も挨拶に向かうべきか、と彼が考えるのは順当とも言える。が、隣の部屋からは未だに作業音らしきものが聞こえている。流石にそれを遮るような真似をするのも考え物だ。

 となると……

 

「鍛錬だけですね」

 

 兵法書を読むという選択肢も存在したのだが、これだけいい天気なのだ。部屋に籠もっているのは勿体ないと言えよう。

 それに今の自分は護衛の任を預かる身。いついかなる時でもその腕を振るえるように、万全の状態にしておかなければならない。

 

 だが行うにしても、場所が問題だ。

 今の時間は人の出入りがあるために、寮の前で行うのは邪魔にしかならない。ここからそう遠くなく、広いところは……。そこまで考えたところで演習場のことを思い出す。

 あそこならば問題ないでしょう、内部も広い上に人も居ないでしょうし。そう思いながら壁に立てかけてあった剣を手に取り、鍛錬場所へと向かった。

 

◇    ◇    ◇

 

 オーウェンが寮を後にしてから数分後。赤いジャージ姿の男子生徒が左の部屋から現れ、オーウェンの居た部屋のドアを三回ほどノックした。が、当然ながら返事は無い。隣人が先ほど出て行った事など、彼は知らないのだから。

 

「今は居ないのか……」

 

 困ったように頭を搔く。

 彼が来たのは挨拶の為である。先ほどまで自室の掃除にかなり手間取っていたのだが、ようやく終了した為に隣人への挨拶――とは言っても、部屋の関係上隣人はオーウェンのみ――にでもと思って訪れたのだが、帰ってきたのは静寂という名の返事だけ。いくら挨拶が重要とは言え、相手が不在であるのならば意味が無い。

 となると必然的に後回しとなる。

 

(どうすっかなぁ……。部屋の掃除とかは全部終わってるし、他にやることねえしなぁ……)

 

 腕を組んで考えた末、一つの答えを出す。

 

(……よし、鍛錬でもするか。演習場なら少し派手にやったとしても大丈夫……なはず)

 

 思いついたら即行動。自室へと自分の武器を取りに戻り、寮を出るのはこの数分後だった。

 

◇    ◇    ◇

 

 オーウェンが寮を出てから歩き続けること十数分。遠目で見ていたときは最初は小さいシルエットだったが、歩を進める毎に次第に大きくなり、数分後には非常に大きな建物となって目の前に現れた。

 マナリアには幾つかの演習場が存在する。そこでは魔法の訓練を行うことが出来、授業での使用や偶に行われる生徒同士の対戦の場所としても利用される場合もある。……最も、向かうのが面倒な事や思いついたら即座に試したいという理由から、中庭などで実験する輩が半数以上を占めているのが実状だが。

 そしてここ、第一演習場はその一つ。屋根が無く広さも中々であるが故に、講義ではゴーレムの作成のような、屋外での魔法実習での利用がメインとなる。

 相当な大きさを誇る建物。その外観に圧倒されながらも、足を止めて眺める。

 そして数分程度目に収めた後、いざ内部へ進まんと歩を進めた瞬間――。

 

「う、うわぁああああ!?」

「何だッ!?」

 

 突如として聞こえた悲鳴。オーウェンは急いで内部へと走って向かう。距離はそこまで遠くない。その証拠に、十数秒程度で中に到着する事が出来た。

 向かった先で彼が目にしたものは二つ。天井の無い広いフィールドの中央で尻餅をついて怯える新入生であろう三人の生徒達。

 そして、自分たちの倍以上の巨躯を誇り、身体は獅子と山羊、尻尾が蛇で構成された魔物――マンティコアが今にも襲いかかろうと牙を向けて唸り声を上げる光景だった。

 

「あ、あぁ……ぁぁあ……」

「だ、誰か……」

「ひぇぇぇ……」

 

 恐怖で身が竦んでいるのだろう、その場で座り込んで震えているばかりだ。

 しかしそんな人間の事情など、魔物からすればどうでもいいこと。己の眼に獲物が映ったのならやることは一つ、それらを狩るだけだ。

 

「グオオオオッ!!」

 

――咆吼と共に獣が走り出す。

 

(このままではマズい……!)

 

考えるが早いか、オーウェンは地面を蹴って自身が携えていた剣――ソード・オブ・ソーサリーを抜刀。水流を纏わせ、マンティコアへと一太刀浴びせにかかる。

 

「チェストォ――――ッ!!」

「グァッ!?」

 

 不意の攻撃は右の肩を斬り裂く。鮮血が舞い、マンティコアが呻き声を上げる。

 しかしマンティコアは斬られる直前でこちらに気づいて身を少し引いていた。その為に、浅い切り込みしか出来ていない。

 マンティコアはその場で身体を反転し、バックステップで数メートル先へと距離を取る。自身が斬られた事を確認するかのように傷を眺めた後、オーウェンを睨み付ける。

 狩りを邪魔されたことか自身を傷つけたことか、将又その両方か。獣の顔には怒りが浮かんでいた。

 魔物を尻目に生徒達の方へと目を向ける。

 

 どうやら無事らしい。恐怖の対象が遠ざかったことで緊張から解き放たれたのか、その場で放心していたものの、誰一人怪我は無かった。その事に安堵しながら声を掛ける。

 

「皆様、大丈夫ですか?」

 

 彼らは相変わらず放心状態のままだった。しかし今ので我に返ったらしく、すぐに返事が返ってきた。

 

「あ、ああ。ありがとう、助かったよ……」

「お聞きしますが何故この様な状況に? 少なくとも、学院で飼育されている生物では無いと思うのですが」

 

 彼らに訪ねると、内の一人である男子生徒が右の方へと指をさす。そこにあったのは……

 

「召喚魔法の陣……?」

 

 となると、貴方方は召喚魔法を? そう問うと、三人は頷いた。

 

――召喚魔法。それは、魔物や精霊を呼び出す高度の魔法。

 呼び出されるのは風の精霊のような小型の魔物や精霊に始まり、大型の魔物や強力な精霊。果てには、人の想像を超えた高位の存在が応じる可能性もある。

 加えて呼び出される存在が何であるかは術者にも不明な場合が多いことから、実行には細心の注意を払わなければならない。小型の魔物ならともかく、自分の手に負えない程の力を持った存在や凶暴な気質の相手だった場合、始末が付かなくなる可能性が高いからだ。

 また、術式の構築に要求される魔法文字――魔方陣などに書き込む特殊な文字やつづり。それぞれ発揮する効果や作用が異なる――も複雑なものが多い。

 これらの事情のために、難易度が高いとされているのだ。

 

詳しい事情は分からないものの、この三人は召喚魔法に挑戦したのだろう。

 一人ならともかく三人ならばと踏んだものの、そこは新入生。自分たちの知識に無い部分や不安な所は適当に流したのかもしれない。

 けれども偶然ながら魔法として機能してしまった結果、魔物の中でも強い部類に入るマンティコアを呼び出してしまったのだと考えられる。

 唯一幸運だったのは、彼ら以外の人間が不在だった点だ。もし多くの生徒がいる中で呼び出されてしまっていたら、甚大な被害が出ていたことは明白である。

 だがその事を考えていても現状は変わらない。今すぐマンティコアを何とかしなければ、演習所の外へと被害が出るのは確実だからだ。

 そう考えたオーウェンは、生徒達を守るために前に出た後、背後にいる生徒達に避難を促した。

 

「皆様は今すぐ避難を。この場は私が引き受けます」

「なっ!? あの魔物を一人で相手にするっていうのか!?」

「はい。状況的にもこの場で戦えるのは私のみ。それに今の攻撃で奴の視線は私に釘付けとなっております。チャンスは今だけかと」

「で、でも……!」

「ご安心を。私は騎士、戦闘には慣れております故。――さあ、早く!!」

 

 オーウェンに促され、彼らは急いでこの場を離れようと慌てて立ち上がって走り出す。この間、マンティコアはオーウェンへと視線を注いで戦闘態勢へと移っていた。

 そして三人の姿が見えなくなった事を確認した後、オーウェンも向き合う。 

 

「さあ、どこからでも掛かってくるがいい!!」

 

 その言葉を皮切りとして、マンティコアはオーウェンとの距離を一気に詰めにかかる。

 通常の魔物とは比べものにならない脚力で加速し、後ろ足に備わっている蹄で地面をしっかりと蹴って跳躍。右足を掲げ、鋭い爪の一撃を上空から仕掛けた。

 爪が振り下ろされる前にオーウェンは左へと回避する。そして着地後の隙を狙って接近を試みた。

 しかし、彼の行く先を尻尾の蛇が阻んだ。

 上下左右、変則的な機動を描きながら牙を向けてくる蛇を剣で裁き、無防備に佇むマンティコアへと接近する。

 そのまま剣を横に構え、隙だらけの横腹を渾身の力で振り抜く。振り抜かれた剣が体毛ごと斬り払う――

 

「何……!?」

 

――ことはなく、堅い何かにぶつかって止められた。

 はらはらと散った体毛の下から現れたのは蛇の鱗。色が浅黒く変化していることから、土魔法による硬化を施しているのだと思われた。

 その事に眉を顰めた瞬間――突如としてマンティコアが、大気を震わせる程の咆吼を放った。

 異変はすぐに起こった。獣の咆吼に呼応するかの如く、地面が突如として光り始めたのだ。しかもその範囲はマンティコアの周辺に留まらず、遠く離れた地面やオーウェンの足下など不特定かつ広範囲。

 すぐさまオーウェンはその場から離脱。その数秒後に光った部分から大地のエネルギーが次々と噴き出した。

 隙だらけに見えたのは油断を誘うためと力を溜めていたため。これが後もう少し離れるのが遅ければ、真正面から当たっていただろう。その事にオーウェンは内心冷や汗を流しつつ、改めてマンティコアを見据える。

 

 獅子の鋭い爪と俊敏さ。山羊の強靱な脚力とそれを余すこと無く地面へと伝える蹄。尻尾の蛇による軌道の読みにくい攻撃と隙の軽減、鱗による補強等々。

 様々な生物が混ざり合った恩恵なのか、備わっている動物達の能力も遙かに向上している。

 さらには土魔法による鱗の補強と真面に当たれば一溜まりも無い広範囲攻撃。――ハッキリ言って、厄介極まりない。

 

 しかし付け入れない部分が無いかと言われると、そうではない。

確かにマンティコアは普通の魔物よりも素早い上に、高い攻撃力を持っている。けれども、本体の動きはどれも直線的。

 例外である蛇の動きは変則的ではあるものの、見切れない程のものではない。

 一番危険な土魔法による攻撃も、発動自体には多少の時間が必要である事が判明している。

 障害となるのはやたら頑丈な蛇の鱗だが……どうという事は無い。

それを上回る切れ味にすれば良いのだから。

 

「スゥゥウウウ…………」

 

深い呼吸と共に魔力を練り上げる。

 先ほどよりも濃密に練り上げられた彼の魔力は迸る流水へと変換。水の魔力は剣から激しく放出される。

 その後、水は剣へと収束して刀身を覆った。

 見た目そのものはついさっきまで使用していた魔法剣と何ら変わりは無い。だが、宿している属性力は比べるべくも無い。

 

 剣を構えたオーウェンは再度マンティコアへと迫る。

 マンティコアは来させまいと、迎撃として蛇を放つ。そして先ほど自身の腹部にやったのと同じように、硬化を施した。――これを打ち破ることは無いだろう。そう確信しながら、土魔法による攻撃の準備へと取りかかる。

 

 しかし、その考えは甘い。

 

「――ハァッ!!」

 

 一閃。振り抜かれた剣は弾かれる事無く、硬化した蛇ごと切り裂いた。獣から驚愕と苦痛の混じった呻き声が上がる。

 

 オーウェンの取った手段――それは属性力のさらなる強化。

 これにより、いかに頑強な敵であったとしても容易く両断する事が可能となる。例えそれが、自身の属性に対して優位なものであったとしても。

 

 属性の優劣は原則ではあっても絶対とは限らない。

 例として火事を考えてもらえば分かりやすいかもしれない。強すぎる火に少量の水を掛けたところで収まりはしない事を想像するのは簡単だろう。

 いくら土が水を養分として取り込む側であるとしても、それは掛けられた程度のものだけだ。強い勢いで放出された水は吸収出来ず、逆に削られてしまう。それと同じ事である。

 

 しかし言うは易く行うは難しという言葉があるように、そう簡単に出来るものでは無い。属性力の強化には必然的により多くの魔力と相応の魔法の技量が求められるからだ。

 魔力の消費量の増加は術者にそれだけ負担を増やすことと同義であり、徒につぎ込めばいいというものでも無い。

 多量の魔力を消費したところで技量が足りなければ、無駄が発生してその分をロス。最終的に見れば、費やした魔力と発動した魔法が見合っていない結果となる。

 さらに魔法剣なら当然剣の技量も絡んでくる。

 威力の強化に成功したとしても、扱う者の腕が伴っていないのならばそれこそ意味が無い。言ってしまえば、高すぎる出力に振り回されてしまうという事に他ならない。

 魔法の技術と剣の腕。オーウェンはその両方を兼ね備えていたからこそ実行に移せたのだ。

 

 自身の尾を切り落とされたマンティコアは、直ぐさま土魔法を放とうとする。

 本来なら牽制による時間稼ぎで十全な威力を発揮させる予定だった。しかしその手段である蛇を失った今、時間を掛ける意味は無い。

 完全な状態では無いために、先ほどのようなものは見込めないだろう。だがそれでも人一人を屠るには十分だ。

 

 マンティコアが咆吼を響かせた事により地面が再び光り始める。一度目と比べ、規模は小さいものの範囲としては十分。そして同じように、オーウェンの下にまで及んだ。

 だが、二度も同じ手は食らわない。彼は自身の身体に身体能力を強化する魔法を掛ける。青い光が全身を包み込み、瞬発力や脚力、腕力全ての機能を活性化させた。

 強化が終了すると同時に姿勢を低くし、地面を踏み込む態勢に。そして下から光が吹き上げる直前、地面を思いっきり蹴り――一瞬でマンティコアの目前へと迫った。

 驚愕する相手を尻目に剣を下から振り上げてそのまま――

 

「はぁぁああああっ!!」

 

――獣を両断した。

 

 戦いの勝利はオーウェンが制したのであった。

 

 だがこの時彼は気づいていなかった。召喚魔法の陣が、妖しく輝いていたことに――――。

 

◇    ◇    ◇

 

 時間は遡ること数分前。演習場より遠く離れた先の通り道にて、先ほどオーウェンの部屋を訪れた赤いジャージの生徒は歩いていた。

 

「ほう……」 

 

 ゆっくりと歩を進めながらも、周りの景色を眺める。

 自身の故郷とは違う大きな建物が連なる風景。入学試験の時もそうだったが、王都といい魔法学院といい、この光景は新鮮である。

 感慨にふけながら向かっていると、反対側から三人の生徒が大急ぎで走ってくるのが目に映った。

 何か急いでいるのだろうか。忘れ物でもしたのか? そんな呑気な事を考えてすれ違った時、それは違うと理解した。

 彼らの顔つきは険しいものだった。まるで何か事件でもあったかのような。

 そして気づいた時には、既に声を掛けていた。

 

「――おいアンタ達、ちょっといいか?」

 

 こちらの言葉に三人は足を止めて振り返る。

 何も気にせず放っておけばいいと思うだろう。だが、このただ事では無い雰囲気を纏っていたこと、何かに怯えているような様子、そして走ってきた方向。これだけの判断材料があれば、目的地である演習場で何かが起こっているのだと嫌でも想像できる。

 そしてその内の一人である眼鏡を掛けた男子生徒が慌てながらで返答してきた。 

 

「な、何だよ!? 今急いでるんだから後にしてくれ!!」

「……演習場で何かあったのか?」

「ああ、そうだよ! マンティコアを呼び出して襲われそうになって助けられて今先生を呼びに――」

「スマン。質問しておいてなんだが落ち着いてくれ。何を言っているのかさっぱり分からん」

 

 そう言うと、相手は少し呼吸を整えてから改めて説明してきた。

 

「……僕たち三人は召喚魔法を行ったんだ。折角マナリアに入学したんだから、難易度の高い魔法に挑戦しようって。そうしたらマンティコアが召喚されて……」

「駆けつけた他の生徒に助けられた。しかし自分たちでは手に負えないから、教師に対処を仰ごうとしている。その認識でいいのか?」

「ああ」

 

 男子生徒は首を縦に振る。だが、その表情は暗い。それは他の二人も同様だった。

 

「……となると、今はそいつ一人でマンティコアとやり合っているということか」 

「ああ。いくら騎士って言っても、無茶としか思えない」

「騎士だと?」

「自分でそう名乗ってたんだよ。魔法剣を使う奴だったんだけど……」

 

 魔法剣を使う騎士。それを考えた彼の脳裏には。ある一人の人物が浮かんでいた。

 七年前、自身の故郷である村に訪れて自身と模擬戦や鍛錬を共にした存在である、自身の友人の姿を。

 

(……いや、流石にそれは無いだろ)

 

 直ぐさまそれを否定する。

 彼の人物が魔法剣を扱う騎士とはいっても、自身の友人とは限らない。そもそも騎士ならば入学する必要性が薄い。それこそ特別な理由が無い限りは。しかし彼らの言葉からしても嘘とは思えないようにも感じる。

 

 件の人物が騎士であるか友人であるかはさておき、 話のとおりならその生徒は今も一人で相手をしていることになる。

大型の魔物の中でも厄介な部類に入るマンティコア。それと真正面からやりあうとは、それだけの腕があるのか、自分の腕を過信しているのか……。

 だが、いずれにしても演習場へは向かった方がいいだろう。このまま見過ごすというのも後味が悪いというものだ。

 

 そう考えていた最中、側に居た女子生徒が思い出したかのように突然叫び声を上げた。

 

「あぁ――っ!?」

「うお!? ど、どうしたんだよいきなり!?」

「私たち……術式そのままにしてきちゃった……」

「「……はっ!?」」

 

 おいちょっと待て。今とんでもないこと言わなかったかお前ら。思わずそう言いそうになった。

 何故なら召喚魔法の術式は術の解除または破棄せず放置した場合、召喚対象を延々と呼び出す可能性がある。召喚対象が小物ならいざ知らず、マンティコアと同格のものが呼び出されれば大事だ。

 しかも演習場では例の騎士が戦っている状況ときている。

 

――もしも戦闘の最中に他の魔物が現れたら? 消耗しているところを狙われたら?

 

 そこから先に起こることへの想像するのは難くないだろう。

 

「――ちっ!」

 

 ジャージの生徒は舌打ちしつつ、三人に背を向けた。

 

「……足止めして悪かった。お前達は教師の元へ急げ」

「え? 」

「俺は演習場へ向かう」

「お、おい!!」

 

 十分な説明もないままにその場から駆け出し、あっという間にその背中は小さくなる。止めようとする暇も無く起きたいきなりの展開に、三人はその場で茫然とするしか無かった。

 

「行っちまった……」

「ど、どうする?」

「どうするも何も、先生を呼びに行くしかないだろ……僕達じゃどうしようも無いことに変わりないんだし」

 

 その言葉に二人は頷くしかなかった。

 

 

「そういえば気になってたんだけどよ、アイツ背中に何背負ってたんだ? 剣じゃなかったよな?」

「うん。刀、だったよね……」

「……なんで刀?」

「さあ……?」




補足説明(第一話前編のみ補足説明での使用記号を変更しています)

《旧一話との変更点》

・幼少期編のあらすじを少し改編
・読みやすさ等を考えて前編と後編に分割(書き直しを行った結果、平均文字数の倍いきましたので、流石に長いと判断。キリのよさそうなところで分けました)
・戦闘描写の大幅な加筆
・謎の人物と生徒達の会話内容の変更

Q.つまりどういうことだってばよ?
A.ほぼ全て書き直したよ! でも話の流れは変わらないよ!!


《護衛対象》

説明するまでもなくあの人です。


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