装者と奏者   作:早見 彼方

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特異災害対策機動部二課

 私立リディアン音楽院。そこが、私が連れてこられた場所の名前だった。停止した黒塗りの車から降りて、左右を黒服の人達、前後を風鳴さんと運転手の男性に囲まれるという厳重警戒態勢で施設の敷地内へと入る。いったい何が彼らを慎重にさせるのか、と問いたくなるのを押し止めて黙々と歩く。

 立派な学び舎の外観を見上げながら足を前へと動かし、私達は建物の中へと入った。

 私立ということもあって、中も綺麗だった。人払いでもされているのだろうか。誰ともすれ違うこともなく廊下を進み、奥にあるエレベーターの前に到着した。

「……学校に、特異災害対策機動部二課というのがあるのですか?」

「そうだ。もうすぐ着くぞ」

 風鳴さんが答えて開閉スイッチを押すと、エレベーターの扉が開いた。

 そのままエレベーターの中に入り、携帯型の端末をエレベーター内の機器にかざす。すると、エレベーターが厳重な扉や防御壁によって閉ざされる。目的の場所は機密レベルが高いようだ。おそらく、携帯型の端末はエレベーターを動かすために必要な代物で、これがなければ起動しないのだろう。防御壁も外からの攻撃を防ぐための物に違いない。

 およそ一般的とは思えない設備。少し緊張を覚える。

 エレベーター内の防弾ガラスと思われる窓を通して、私は自分の姿を見つめた。

 白いワンピース。腰まで届く長い金髪。ぱっちりとした目に縁取られた紫色の瞳。あまり感情表現が得意そうではなく、良くも悪くも人形のような印象を抱かせる小柄な少女。身長や容姿から推察したところ、外見年齢は十代前半くらいだろうか。胸は薄いけど、壁というほどではない。やっぱり、将来に期待。

 窓に映る無感情な自分をじっと見つめ合っていると、エレベーターが動き出し始めた。

「危ないから、掴まっていてくださいね」

「……はい」

 運転手の男性に言われるまま、手枷を嵌められた手でエレベーターの持ち手に掴まる。

 エレベーターが動き出して十数秒後、掴まっておいて良かったと素直に思った。

 それほどの加速。最初こそ緩やかだったエレベーターは、一気に急降下。本当に落ちているのではないかと疑ってしまう速度で下へと向かう。落ち着かなくなっていた私に比べ、周りの面々は慣れた様子だった。それを見てエレベーターに問題がないことを悟り、どうにか耐え凌ごうとする。

 私はどうやら、一般的なエレベーターの速度を知っているようだ。公園にあった自動販売機の使い方も理解している。記憶を失ってはいるけど、日常生活における常識までは欠落していない。そうなると、私はどこかで生活を送っていたということだ。人として生活していた以上、何らかの痕跡はあるだろう。そこから、私のルーツを洗い出せるかもしれない。

 そんなことを考えて、速すぎるエレベーターの速度の恐怖を誤魔化していると、ガラスの向こうに見える景色が一変した。無機質な壁に囲まれた場所から、絵や文字のように見える不思議な記号が壁面に描かれた広い場所に出る。様々な色で形作られたそれに目を奪われる。いったいこれは何なのだろうか。ただのデザインにしては妙に凝っているように思えた。

 そんな不思議な景色を眺めていると、エレベーターは緩やかに一般的な速度へと減速した。周囲に聞こえない程度に安堵の息をついたとき、目的の階に着いた。

 エレベーターを出た先の通路を進み、セキュリティーに守られた扉に端末をかざして開く。

 扉が開いた向こうには長い通路が伸びていた。左右にどこかへと繋がる複数の扉が一定の間隔を空けて確認できた。

 この先で私を待つのはいったい何か。緊張の度合いが増して心臓の鼓動が少し速くなったのを感じながら、私は風鳴さん達と共に歩く。

 幾つかの扉を抜け、やって来た場所は壁に液晶ディスプレイが設置された少し手狭な部屋。机や椅子が置かれ、部屋の隅には観葉植物が置かれただけの質素な内装。休憩スペースというよりは、小さな会議室といった場所。そこの一席に座らされ、空いた席には風鳴さんと運転手の男性。黒服の二人は部屋には入らず、出入口を警護しているようだった。

 机の中心には、風鳴さんに預かってもらった竪琴が置かれている。

「ようやく腰を据えて話し合えるな」

 私の手枷を外した後、風鳴さんは口火を切った。ここで外してもよいのかと尋ねると、「君には必要ないだろう」と言われた。私から敵意などは感じられなかったとのことだ。

「まずは、突然ここに連行してきたことを謝罪させてもらう。申し訳ない」

「……いえ」

 私を無理に連れてこざるを得ない何かが彼らにはあるのだろう。彼らが悪い人ではないと態度で感じ取れていたために、特に不満はなかった。

「改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課という組織の司令官を務めている」

「僕は緒川(おがわ)慎次(しんじ)といいます。特異災害対策機動部二課で、エージェントをしています」

 風鳴さんに続いて名乗った運転手の男性、緒川さんの発言の中に引っ掛かりを覚える単語があった。

「……エージェント?」

 意味はわかるけど、あまり馴染みのない言葉に私は首を傾げた。そんな私を見て、緒川さんは小さく微笑んで口を開く。

「簡単に言うと、機密保護や情報操作などの裏方のお仕事をする人ですよ。潜入調査や必要とあらば武力での無力化も行います。こう見えて、そこそこ腕は立つほうなので」

 優男風の外見の緒川さんはとても強そうには見えないけど、嘘ではないのだろう。風鳴さんもそうだけど、隙というものが感じられない。黒服の人達よりも濃密な何かをその体から感じられる。私が抵抗を示せば、即座にその場で無力化されると思う。

 強者とも呼ぶべき二人と一緒にいると、この空間がより狭く感じた。

 いったいこれから何を聞かれるのだろうか。私は身構えつつ、二人からの質問を待った。

「さて。次は、君の名前を教えてくれないか?」

「……名前」

 当然聞かれるとは思ったけど、いざ聞かれると返事に困る。私は自分の名前を覚えていないのだから、教えようがない。むしろ、私が教えてほしいくらいだ。私はどこの誰なのか。

「どうした? 気分でも悪いか?」

 私が黙り込んでいると、風鳴さんが不安そうな声で聞いてきた。何というか、本当に優しい人だ。組織の上に立つ者がここまで優しくてよいのか、と不安を覚える程度には。

「……いえ、大丈夫です」

 そんな風鳴さんの人となりを改めて知り、私は決意した。

 嘘はつかず、自分を取り巻く現状をありのままに伝えよう、と。

 私は経緯の全てを話した。気がつくと街中で記憶喪失の状態で立っていて、手にはオルぺウスの竪琴を持っていた。他に知っている情報は何もない。広場で何となく奏でた竪琴に惹かれるように演奏を続け、気持ちよく歌った後に見知らぬ少女に追われ、やって来た先の公園で風鳴さん達と出会った。その後は二人も知っての通り、連行されてこの部屋で事情聴取を受けている。

 そこまで伝えると、風鳴さんと緒川さんは考え込んだ。

「記憶喪失。手には恐らく聖遺物であろう竪琴……」

「司令。聖遺物の影響で記憶を失ったと考えるべきでしょうか」

「まだ断言はできないが、その可能性はあるだろうな」

 私の前で、二人は真剣な様子で話し合い始めた。

 その会話の中に出てきた聖遺物という言葉。私はそれが理解できず、素直に聞いてみた。

「……あの、聖遺物って何ですか?」

「あぁ。聖遺物というのはな、世界各地の伝説で語り継がれる古代の遺産のことだ。現代では異端とも呼べる高度な技術を内包した結晶。その総称のことを聖遺物と名付けて分類している」

 そして、と風鳴さんは前置きして続けた。

「オルペウスの竪琴は聖遺物のひとつだと思われる。しかも、損傷が見当たらないところから察すると、これは完全聖遺物と呼ばれる代物だろう」

「……これが聖遺物」

「あぁ。オルペウスというのは、ギリシャ神話に登場する吟遊詩人の青年の名前だ。彼の持つ竪琴の音色は、人や動物、植物なども魅了したという話だ」

 それを聞いて、私は広場での一件を思い出した。まさに話の通りだった。竪琴の音は人々を魅了した。音を聞いた私自身もそうだったように。

「その竪琴を聖遺物と裏付けることができた理由は、名前以外にもある」

 風鳴さんは壁にある液晶ディスプレイへと手を伸ばし、起動させた。近くにあったコンソールを簡単に操作すると、真っ暗な背景に波打つような軌道を描く線が表示された

「……これは?」

「これは、『アウフヴァッヘン波形』というものだ。この波形は、聖遺物が歌の力によって起動する際に放出される高質量のエネルギーの揺れを示している。聖遺物ごとにこの波形はパターンが異なっており、我々はその波形を補足して解析し、その出本を探る術を持っている。そして」

 風鳴さんがコンソールを再び操作することで、ディスプレイの映像が切り替わった。

 それは、とある広場を定点カメラで捉えた映像。その広場は見覚えがあり、人々が何かを見ようと一ヶ所に集っている。

「……あ」

 やがて、その人の壁を掻き分けるようにして一人の少女が現れ、その後を別の女性が追いかけて飛び出していった。前者は竪琴を抱える私で、後者はあの時に出会った女性だった。

「つい一時間前、エネルギーの放出を検知した。出所を探った先にいたのが君だ。我々は直ちに君に接触しようと、その場にたまたま居合わせた仲間に連絡を入れ、俺自らも出向いたわけだ。後は、君も知っての通りだ」

 そうして、私と風鳴さんが出会ったということらしい。

 事の経緯を知って、私は机に置かれたオルぺウスの竪琴を目にする。これが聖遺物と呼ばれる希少な存在だというのならば、それを持っていた私は何なのか。先ほど風鳴さん達が言っていたように、もしかするとこの聖遺物の影響で記憶を失った可能性もある。

「……私は、どうなるのでしょうか」

 少し不安を抱き、私は風鳴さんと緒川さんの顔色を窺う。

 通常では検知されないようなエネルギーを放つ聖遺物を手にした記憶喪失の少女。彼らからすれば厄介事にしか過ぎないだろう。手っ取り早く対処したいと考えると、私を竪琴と一緒に監禁しながら調査を行うのが一番だと思う。

「君を、二課預かりの協力者として迎えたい。君がなるべく自由な日常生活を送れるようこちらでサポートするし、君が住んでいた場所の探索も当然行う。聖遺物の調査などに多少協力してもらうことにはなるが、身の安全は保障しよう」

 でも、目の前の大人達はそのような対応を取らなかった。私を一人の人間として迎えようという。優しさどころか、甘いとさえ感じられる対応を前に、私の選択は決まっていた。

「……私にできることがあればご協力いたします」

「ありがとう。我々二課は、君を歓迎する」

 手を伸ばしてきた風鳴さんと緒川さん。二人と握手を交わし、私は特異災害対策機動部二課に身を置く協力者となった。

 特異災害対策機動部は、とある災害に対応するために日本政府が設立した組織。その災害から人命の避難を誘導し、被害後の処理等を行うのは公に報道される一課。そんな表の顔である一課とは違い、二課の役割は世間に公表されることのない秘密裏なものだった。

 とある災害の正体と二課の仕事。その二つを知ることになるのは、もう少し先のことだ。

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