穂群原学園に進学して2年。
早いもので、この世界で生を受けてから10年が経っていた。
そして…今日は切嗣が亡くなって、ちょうど10年。
家には藤ねえが来て、仏壇に手を添えてくれている。
***
「士郎。アンタはまだ小さかったからうろ覚えかもしれないけど、ホントあの時は大変だったんだからね」
藤ねえは切嗣の命日には決まって同じ話をする。
だから俺もいつもと同じ返しをするのだ。それがこの日のルール。
「そうだったっけ?」
「そうよ。ブラジル旅行中に災害に巻き込まれたのを覚えてないの?」
「そういえば薄っすらと…。」
「………。まあ、切嗣さんを目の前で亡くしちゃったからね。ショックで色々忘れちゃったのも仕方ないか。ブラジルで地震と大火災が起きてね…救助が間に合ったから良かったものの、士郎も一つ間違えたら危なかったんだからね。」
───もちろん覚えている。
あの戦いのあと、切嗣は行方不明となった。
敵の別動隊と戦っていたのか、死の直前まで呪いが進行していたのを隠していたのか………あるいは、俺の攻撃に巻き込まれたのか。(切嗣の指示で全力攻撃したのだから、その可能性は低いと思うが。)
今となっては確かめる術はないが、切嗣が教えてくれたことは今も俺のなかで息づいている。
「きっと切嗣さんが助けてくれたのよ。」
「あぁ。短い間だったけど、親父には本当に感謝してる。今こうしてここで生活できているのも親父のおかげだと思ってる。」
「そうね。士郎とこの家で初めて出会った時は驚いたわ~。年の割にしっかりしてたもんだから、私も負けてなるものかって頑張って…まさか私が教師になるとはね~」
俺は藤ねえなら良い教師になると思っていたが。
「そういえば桜は?」
「桜ちゃんなら今日は直接家に帰るみたいよ。遠慮したんじゃない?切嗣さんはあんまり騒がしいのが好きそうじゃなかったからね~。まー、そこがカッコよかったんだけどね!士郎もはやく切嗣さんみたいにならないかしら。」
「む。それなりに鍛えているんだが。」
「そういうんじゃないんだな~。人間としての深み?渋み?いや、ルックス?」
「ルックスは無理だろ。俺養子だぞ。」
ついにボケたか。
「それはそうと~、士郎は好きな子いないの?」
「そういう藤ねえこそどうなんだ?」
「私のことはいいのよ。行き遅れたら士郎に貰ってもらうから。例えば~桜ちゃんとかどうなの?」
藤ねえとなら楽しい家庭が築けそうだが………桜か。
可愛いし性格いいし巨乳だから好きといえば好きなんだが、初対面の頃の暗さを知っているからな…どうにも妹として見てしまう。精神年齢でいうと孫が適切なのか。…好意をよせてくれるのは嬉しいが、一度想いに答えてしまうと結婚までいきそうだしな…それとなく桜には気持ちを伝えているんだが。最近はわかっていて誘惑している節もあるし、流されないように気を引き締めねばならん。
…まぁ、桜が誰かと付き合うのも嫌だが。一成あたりなら任せられるが、相手が後藤なら殺してしまうかもしれん。
「桜は大切な家族だ。」
「…はぁ。こりゃ桜ちゃんも報われないわ。」
それについては沈黙するしかないな。俺は察しの悪い男ではないのだから。
「ところで士郎。アンタその手の痣どうしたの?」
***
───深夜2時。静まりかえった衛宮邸。
日課の鍛錬を終えた俺は、道場に仰向けになり、手の甲を見ていた。
「令呪、だよな。」
なんとか藤ねえを誤魔化す事は出来たが、これはきっと聖杯戦争の令呪というやつだろう。
今は亡き切嗣からは60年周期で開催と聞いていたのだが…どういうわけかは知らないが、聖杯戦争が開催される…のか?
だとすればマズイ事になる。
「イリヤスフィールさん…。」
切嗣が行方不明となり、半月。これは死んだかも?と思った俺は、義姉であるイリヤスフィールさんに連絡すべく、ドイツのアインツベルン家を探した。…が、見つからなかったのだ。
切嗣からは連絡先も住所も聞いておらず、知っている情報はドイツということのみ。口を酸っぱくして、魔術師から身を隠せと言われていたため、大っぴらに調べることも出来ず、今まで放置していたのだ。
冬木のオーナーである遠坂さんに協力を仰ぐことも考えたが、家庭の問題に他人を巻き込むほど非常識ではないし、そもそも遠坂さんにも俺が魔術師であることは秘密にしている。
間桐の家も魔術師の家だろうが、桜にも秘密にしていることを言えるわけもない。
「………遺産相続、か。」
現状、切嗣の遺産は俺が100%受け継いでいる。
本来なら実子であるイリヤスフィールさんにも50%の相続分があるにも関わらず、だ。
もちろんそこを争う気はないし、できれば適切に配分したいと思っている。
「この家の所有権を主張されたらどうしよう…。」
この家に住んで10年。それなりに想い出もあるし、愛着も沸く。
しかし、実子だしなぁ…。
…俺もあと1年で高校も卒業できるし、今のアルバイトだけでも食べていく事は出来る。最悪、雷画の爺さんに頼んで大工仕事でも紹介してもらえばいいか。
…よし、決めた。
「明日は役所に相談に行こう。」