鬼の体でFate   作:辺境官吏

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第二十一話

柳洞寺ごとキャスターを撃破した俺とセイバーは、徒歩で衛宮邸に帰宅することになった。

セイバーがタクシーを拾うことを咎めたためだが…そもそも騒ぎを起こした後は検問が敷かれる可能性もある。最初から徒歩で帰ると決めていた。

 

衛宮邸まで帰る最中セイバーと話していて意外だったのは、想定していたよりセイバーが不快感を覚えていない事だった。

葛木先生を倒した手口は騎士であるセイバーには受け入れられないと思っていたが…どうも散り際に見せた先生の拳法は、人体を破壊するために特化されており完全に初見殺しの暗殺拳だったそうだ。

遠坂でも不意を打たれれば危ないレベルだったらしいし…ここで排除しておいたのは正解とのこと。

…意外とドライだ。やはり最初に言い含めておいて正解だった。

 

「───残る敵サーヴァントはバーサーカー、ランサー、そして4次アーチャーか。」

 

アサシンが連座して消えたのは幸運だった。

だが、残る敵はいずれも強敵揃い。この中で真名が割れているのはランサーのクーフーリンだがどう攻略すべきか…。まだ拠点も分かっていない。

 

「ええ。いずれも強敵です。シロウも連戦連勝しているとはいえ、気を緩めないでください。弱ったライダーと、マスターを人質にとってキャスターを倒しただけなのですから。」

 

こういう時のセイバーは頼もしい。慢心した覚えはないが、サーヴァント相手に油断は厳禁なのだと再度自覚する。

………そうだな、徹底的にすべきだ。

被害を抑えようなどと思うな。相手は伝説上の英雄なのだから。

 

「セイバー待ってくれ。あそこに犬小屋が見える。」

 

「…どうかしましたか?…私も犬ではありませんがライオンを飼っていた時期があります。懐かしいですね。」

 

遠くを見るような眼をするセイバー。優しい顔をしている。

こんな顔も出来るんだな………だが今は戦時下だ。ボケてもらっては困る。

 

「犬肉を取ってきてくれ。肉は…1㎏もあれば十分だ。」

 

「───!!」

 

何をそんなに驚いているのだろうか。

 

「殺す必要はない。肉であるなら足の一本でも尻尾でもどこでも構わないが…。」

 

「………理由を聞いても?」

 

虚言は許さないとばかりに睨みつけられる。

いい加減睨みつけられるのにも慣れたが…。

 

「………知らないのか?ランサーの正体はクーフーリンだ。クーフーリンは半神半人の強力なサーヴァントだが弱点も多い。奴は誓約をたてていて、目下の者からの食事は断れないし、犬の肉は食べられないことになっている。」

 

「つまり…誓約を破らせる、と。」

 

「そうだ。…理解してくれたか。弱点を突くのは戦争の基本だ。」

 

「…はい。申し訳ありません。シロウの事を疑ってしまいました。」

 

…この傾向はまずいな。いざという時に動揺されると危ない。

抜けかけた楔は、外れないうちに刺しなおさねば。

 

「いいや、構わない。俺は言葉足らずな面もあるし、今までの所業を間近で見ているセイバーが…不快感を抱くのも当然だろう。」

 

「いえっ!不快感などは決して──」

 

「だが受け入れてもらわなければならない。」

 

敢えて強い言葉を使う。

 

「───知っての通りこれは世界を救う戦いだ。セイバーはこの聖杯戦争が終われば、また別の聖杯戦争に参加するから当事者意識が低いかもしれないが…俺達にとって生きる世界はここだけだ。…手加減をしてお上品に戦う余裕なんてないんだ。」

 

「…はい。わかっています。」

 

「すまないな。だが、安心して欲しい。俺だけ助かろうなんて思っていない。俺の地獄行きは確定している。」

 

獄卒の体を返却しないといけないしな。

 

「貴方はどこまで世界に尽くして───。」

 

「一度決めた事だ。男が一度決めた事を途中で投げ出すなんて出来ない。」

 

「………きっと万人には理解されない生き方ですね。ですが私は──ッ!!───シロウ下がって!!!」

 

 

緊迫した声に従って、前方に体を投げ出す。

一瞬で鎧装束に換装したセイバーが背後を振り返り───槍を弾く。

 

 

キィン───!

 

 

───危なかった。セイバーがいなければ刺されていたかもしれない。

 

 

「チッ!胸糞悪ぃ話をしてやがるから殺してやろうかと思ったんだが………どうやらかなり出来るらしいな。」

 

ランサーのくせにアサシンみたいな事しやがって…。

………初手から宝具を使用しないとは。侮ったなランサー。

それがお前の敗因だ…呪いの言葉をくれてやる。

 

「クーフーリン。明日、アインツベルンの森で食事会をする。食べに来てくれ。」

 

そしてバーサーカーと潰し合って死ね。

 

「………あん?何言ってんだかわかんねぇよ。こちとら耳を潰してきてんだ。聞こえねぇよボケ。」

 

───こいつ!!

話を聞いてすぐ耳を潰すなんて思い切りがよすぎる…!!

 

《───シロウ、どうやら本気で殺しにきているようだ。宝具の使用許可をお願いします。》

 

《構わない。タイミングは任せるし、場合によっては令呪でブーストする。》

 

マスターの姿は…くそ、周囲に人の気配を感じない。近くにいないのか、隠れているのか。

 

「…俺のマスターの姿を探しても無駄だぜ。忙しいと愚痴っていたし、今頃部屋に籠って酒でも飲んでんじゃねぇか?」

 

───その話が事実なら、冬木にはいるということだ。

それならまだやりようはある。

問題は被害が拡大すること…場合によっては藤ねえが死ぬ。

───落ち着け。奇襲されただけだ。まだ諦める段階ではない。

 

「………分かっているのか?ここで俺達が戦えば周囲の人家は吹き飛ぶぞ。」

 

「…だから聞こえねぇっつってんだろボケ。」

 

───ダメだ。話が通じない。

 

ランサー自身はセイバーで抑え込める。

問題は奴が保有する宝具と伏兵の存在。伝承によれば一撃必殺の槍。放たれれば確実に獲物の命を奪う呪いの朱槍。

…奴に宝具を撃たせてはならない。

 

 

「───セイバー。奴に宝具を撃たせるな。攻め続けろ。」

 

「───はい。」

 

 

激突するセイバーとランサー。

不可視の剣と朱い槍がぶつかり合い火花を散らす───。

 

衝撃でコンクリートは弾け飛び、撃音が住宅街に響き渡る。

 

 

「─────顕現開始。───魔力掌握!!」

 

 

───一気に鬼の姿に変身する。

 

奴の対魔力はC。俺のガンドも効くはずだ。

 

「セイバー!援護する。構わず攻撃を───『邪魔だ。』──ッ!?」

 

背後から飛来する剣群を横っ飛びで回避する。

回避した剣撃がセイバーとランサーに降り注ぐが───両者とも危なげなく対処していく。

 

「誰だっ!!」

 

「───ほう、騎士王が召喚されたと聞いて挨拶にきてみれば…此度のマスターは人でなし、鬼とはな。」

 

───黄金のサーヴァント…何故かジャージ姿で屋根の上にいるが…。

…受肉しているコイツをサーヴァントと呼んでいいのか分からんが…このタイミングで邪魔が入るとは。

 

「…………。」

 

多数の宝具を操ると聞く。鬼に効く宝具も保有しているはずだ。

一瞬たりとも油断は出来ない。

いつでも動けるように…最大限の警戒をする。

 

「───おい、我が声をかけているのだぞ騎士王よ。無視するなど無礼であろう。」

 

「…セイバーは今、戦闘中だ。用件があるなら俺が聞くが…。」

 

瞬間、奴の背後から宝具が3本放たれる。

それなりの速度だが───この程度なら余裕をもって回避できる。

 

「───そこな雑種よ。騎士王のマスターゆえ一度は見逃すが…許可なく口を開くな。二度はないぞ。」

 

「───。」

 

絶対零度の瞳で見下す…いや、こちらを見もしていない。なんて傲慢。

…だが戦闘の意思はない…のか。

………ならばここは我慢だ。殴りかかればそのまま殺せそうだが…まさか油断しているなんてことはないだろう。無暗に刺激してランサーと挟撃されてはたまらない。

 

 

───戦いの音が止んだ。

 

 

黄金のサーヴァントから目を離す愚は侵さないが…セイバーとランサーも戦いを止めてこちらを見ているのだろう。気配でわかる。

 

「───おい、てめぇ邪魔すんな。」

 

「貴様こそ我の邪魔をするな………誰に向かって吠えている狂犬よ。」

 

背後に展開される宝具の群れ。───その数、20。

 

「てめぇ───チッ。マスターから帰還命令が出やがった。せっかく耳まで潰したっていうのに殺せねーなんてな。」

 

そう言って霊体化していくランサー。…気配が遠ざかっていく。

 

《ランサーは放置しろ。今はこいつが危険だ。》

 

《ええ。わかっています。》

 

セイバーがゆっくりと黄金のサーヴァントに近づいていく。

同時に、ゆっくりと俺は離れていく。

ひとまず距離が欲しい。

 

「…久しぶりですねアーチャー。趣向を変えたのですか?」

 

「なに。花嫁を迎えにくるのに代わり映えのしない衣装ではつまらないであろう?」

 

「その件なら断ったはずですが。」

 

「くくく、強情さが失われていないようでなにより。我が妻となるなら褒美に聖杯をくれてやってもいいが───。」

 

「くどい。私とて王だ。誰のものにもなるつもりはない。───それに、この地の聖杯は穢れている───。」

 

「───ふむ、騎士王よ。何度も言うが貴様の意見など聞く気はない。これは我の決定だ。なに、あの呪いの塊を飲み干せば貴様とて受肉できる。精神は崩壊するだろうが───まあ、些末なことだ。」

 

「──────。」

 

殺気立つセイバー。

確かにああ言われればカチンとくるのも分かるが、何の策もなしに戦っていい相手ではない。

 

《…抑えてくれ。》

 

「ああ待て。ここで戦うつもりはない。挨拶にきたと言ったであろう?───そこな雑種よ。我と戦うのは騎士王だけで良い。他は狩っておけ。貴様なら簡単なことだ。」

 

「──────。」

 

飛来する宝具が一丁。

危なげなくセイバーが弾いてくれる。

 

「───返事はどうした。」

 

黙れと言ったり、返事と言ったりわがままな奴だ。

世界が自分のものだと錯乱しているのか?自己中すぎる。

 

「───分かった。どうせ倒さないといけない敵だ。そこに否はない。」

 

「───フン。物分かりの良い奴は嫌いではない。些か面白い魂をしているようだが………現世には不要だな。事が済めば死ぬといい。」

 

………どこまで上からモノを言うんだコイツは。

 

「ではな騎士王。大聖杯で待っているぞ。」

 

 

 

そう言って、黄金のサーヴァントは去っていった。

 

…色々衝撃的だったが、まず確かめないといけないことが一つ。

 

「…セイバーはあいつの婚約者だったのか?」

 

「違います。」


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