目覚めたのは炎の中だった。
窮屈な肉の器に無理やり抑え込まれた感覚がある。
消してくれと願った記憶は連続しており、数瞬前まで閻魔大王と相対していたことを思い出す。
「あの野郎、人の話を全く聞いていない…。そもそも燃えるの意味が違う。わざとなのか。あほなのか。今度会ったらクレームいれてやる。」
そこまで呟いたところで思い出す。
そういえばこの体の持ち主はどうなったのだろうか。
周囲の状況…炎と泥と瓦礫と死体を見る限り、既に死んでいてもおかしくないだろう。
ということは自分は死体に宿った幽霊ということだろうか。
それとも死にかけだったのだろうか。
詳しくは分からないが、この体の持ち主の情報が何一つ分からない。
何故か炎が全く熱く感じず、死体や死臭に忌避感も感じない。
確かに体を頑丈にしろとは言ったが、もはや人間のレベルじゃない。明らかにやりすぎだ。この分だと、少し力を入れるだけで、コンクリートぐらいなら砕けそうだ。
そんなことを思いつつ瓦礫を歩いていると、前方からトレンチコートを着た男性が走ってくるのが分かった。
「君、大丈夫か!」
何故だか男は切迫したような表情で尋ねてくる。
もちろん大丈夫だが、ここで素直に答えるわけにもいくまい。ひとまず助けを乞うのが冴えたやり方だ。実際困っている。
「…助けてください」
「───ああ。ああ!必ず助けるとも!」
***
そうやって助けられた俺は衛宮の家に引き取られ、養子となった。
田中の苗字に愛着はあったが、そう拘るものでもない。どうせなら記憶喪失とした方が色々都合が良かった。
新しい名前、衛宮士郎の人生はここから始まるのだ。
「───ところで君は一体どうなっている。」
始まる前に、終わりかねない言葉を浴びた。
検査入院からようやく退院して、引き取りにきてくれた義父だった。
入院の時に養子になると言ってから、全然顔を見せないから少し不安だったが、どういうことだろう。
なにやら真剣な顔でこちらを見ている。
「救助した時は混乱していて分からなかったが、落ち着いた今ならはっきりと分かる。器に魂が合っていない。邪な気配は感じないが、人間の魂ではない。…いや人間だ。危機に陥って先祖返りした…?」
質問するか、考えるかどっちかにして欲しい。
どうやら新しく義父となったこの男。魂とやらが見えるらしい。自分の養子をペテンにかけてどうするのだろうか。
これは失敗だな。金持ちなんだろうが、ペテン師は願い下げだ。成長したら家を出よう。
「言ってる意味がわかりません。」
「いや分かっているはずだ。君の眼には自我がある。あの地獄を経験して、そんな表情をする子供はいないよ。…安心して欲しい。僕は敵じゃない。敵じゃないが、真実を言ってくれ。僕は自分が犯した罪の責任を取りたいんだ。」
よく分からないが、この男があの大災害を引き起こしたというのだろうか。
なんということだ。ペテン師どころか大罪人のテロリストじゃないか。
まさか大量殺人鬼の養子になるとは。
いくら冷めているといっても、限度がある。
安易に助けを求めたことは失敗だったか。
他に神父服を着た男と全裸の男があの場にいたが、そっちに助けを求めるべきであったか。
………いや、まだこちらの方がマシだ。
何故だか分からないが、妙な確信がある。全裸の男は怖かった。
それに、敵ではないという発言を信じきることは出来ないが、今はまだ子供だ。業腹だが、この男の庇護に入らなければ面倒な事態になる。それに…今更だが、人間にあの大災害を引き起こすことが出来るとも思えない。
「まず記憶喪失は本当です。前のことが思い出せないんです。名前も親の顔も、わかりません。理由は分からないですけど、知識はあります。自分が大人だったという経験もあります。そして、気づいたらあそこを歩いていて、体も丈夫になっていました。」
「………。嘘は言っていないようだな。わかった、信じよう。おそらく、その少年に魔術の適正があったんだろう。それが命の危機に際して覚醒し、何らかの召喚を行った。おそらく無意識で。その結果、君が引き寄せられ、その体に定着した。」
「そうですね。そう思います。」
本当は閻魔大王のせいだろうけど、いい線いってるんじゃないか。鋭いなこの大罪人。
「先ほども言ったが僕は君の味方だ。君がどこの誰であれ、その少年の本来の体の持ち主でないにせよ、その原因を作ったのは僕だ。だから安心して欲しい。」
「質問があります。」
「なんだい。」
「魔術って何ですか。」
「………。」
「それと、責任とは?失礼ながら、あの規模の災害を人為的に起こすのは不可能なような気がします。また、貴方が僕を信じるといっても、僕が貴方を信じることは出来ません。なので、説明を求めます。」
「…本当に大人みたいだね。わかった。君の言う通りだ。だけど、知ることには責任が伴う。知ってしまえば取返しがつかない事になるかもしれないよ」
「構いません。子供じゃありませんから。」
***
そうして僕は知ることになる。
魔術。
そして聖杯戦争。
聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントがその覇権を競うというもの。
他の六組が排除された結果、最後に残った一組にのみ、聖杯を手にし、願いを叶える権利が与えられるらしい。
おおよそ60年周期で行っており、次に行われるのは60年後だということ。
「理解してくれたかい。」
「えぇ、よくわかりました。」
やっぱりペテン師だったよ。