鬼の体でFate   作:辺境官吏

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やりたい事と、出来る事は違うよね。


第六話

必ず殺すと書いて必殺。

 

そんな必殺技も当たらなければ意味はない。

 

幸いにして素の肉体で破壊力はあるのだし、自分の必殺技はターゲットに当てることをメインに考えればいいのだと思う。

 

切嗣もそんなふうに言っていた。

 

線の攻撃ではなく、面での制圧。もしくは空間への干渉こそが絶対不可避の攻撃として望ましい。

 

 

 

「………。」

 

 

 

話に聞いた固有結界。

 

なんでも現実世界を心の在り方で侵す魔術の奥義。空想と現実を入れ替える魔法に最も近い魔術だとか。

 

心の在り方。心象風景。

 

では、自分の心象風景とは一体何だろうか。

 

──ナイフの素振りを止めて、木を背中にして地面に座り込む。

 

姿勢をまっすぐにし、胸を開き、上半身から脱力させていく。

 

頭、首、両肩、腕、指先・・・ゆっくりと、籠められている力を解きほぐしていく。

 

呼吸は穏やかに、意識してリズムを保つ。

 

目を瞑り、耳を澄ます。

 

幸い、周囲一帯の獣は殺し尽くしている。心地のよい風の音が聞こえる。

 

ゆっくり、ゆっくりと雑念を手放していく。

 

次第に意識も薄れ行き、自我が大我に飲まれていく感覚。

 

どこまでも無限大に広がっていく意識。加速度的に広がる全能感。

 

 

 

 

「………。」

 

 

「………………。」

 

 

「………………………。」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

──────見えてくる。

 

 

岩。炎。炎。炎。灼熱。熱湯。大火。淀んだ空気。熱波。悲鳴。絶叫。懇願の訴え。「助けてくれ」「やめてくれ」「俺が悪かった」「なんで俺がこんな目に」「ひどい」「呪ってやる」「ああぁあああ」「もう嫌だもう嫌だ」「あはははははは」「────!!」

 

無視する。罪人の訴えなど聞く必要はない。

 

自分の仕事は逃げ惑う罪人を鉄の杵で砕き、刀で削り殺すこと。

 

重ねた罪は清算せねばならない。

 

───杵で砕き、刀で削り殺す。砕き殺す。削り殺す。砕き殺す。削り殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

 

今日は元気な男がきたな。…削り殺す。

 

醜い老婆だ。…砕き殺す。

 

まだ子供じゃないか。…手加減無用。

 

老若男女。一切合切公平に砕き殺し、削り殺す。

 

1年、10年、100年、1000年、10000年。幾星霜───。

 

淡々と繰り返す。そこに感情の起伏はなく、ただただ繰り返す。

 

 

 

───ここは叫喚地獄、熱鉄火杵処。ただ砕かれることが救いの地獄。

 

 

 

───と、罪人を砕いている時に、閻魔大王様に呼ばれた。

 

何でも神様の手違いで、人間に健康な体を与えることになったのだとか。

 

自分の体を与えるらしい。だから死ねとのことだ。

 

なんで自分なんだと質問すると、さっさと死ねとのことだ。

 

正直、色々言いたいことはあるし、自分の体を人間に与えるのはどうかと思うが、上司のいうことは絶対だ。うなずく以外に道などない。

 

せめて、その人間が死んだ時は再び獄卒として働けることを祈っておこう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

目を開け、周囲を警戒する。

 

思ったより深く没入していたようだ。

 

深呼吸を一度。

 

「・・・ふぅ。」

 

周囲への警戒も完全になくなっていた。いま、獣に襲われると危なかっただろう。(傷を負う可能性はほとんど0だが。)

 

「………。」

 

というか………地獄の鬼じゃねぇか!!

 

心象風景を探るだけでこうなるとは思っていなかった。

 

鬼というのがよく分かってなかったが、まさか獄卒だとは思わなかった。

 

それに、なんたる社畜。

 

地獄の公務員みたいなもんだと思っていたが、あんなに労働環境が悪いとは思っていなかった。

 

まるで地獄のような職場だ。

 

ブラックどころじゃなく、一発レッドカードだ。

 

 

…そんな職場で働いていた鬼が、俺の体に宿っているのか。

 

そうか。

 

そうなのか。

 

まあ、その、なんだ。正直…冷静に考えると、都合がいいという感想しかわかないが。

 

別に快楽殺人犯の体というわけでもなく、職務に忠実な公務員の鏡のような男(性別はあるのか?)の体だ。

 

そう嫌悪するものでもない。

 

それに、なんせ炎に対する完全耐性があると分かったようなもんだから。恐らくマグマの中で泳いでも何ともあるまい。

 

これで火の魔術を扱うリスクが一つ減った。

 

水ならともかく、火は自分にも熱がくるからな。不安要素は減らしておくにこしたことはない。

 

 

「………。」

 

 

何だろう、この晴れやかな気持ちは。

 

ルーツを自覚したからか、位階があがったような気がする。

 

塞き止められていた川に、水が通ったような。

 

ミチミチと筋肉の密度が更に濃くなっていくのを体感する。

 

今なら口から炎を吐けるような気もする。

 

鉄の杵と刀を縦横無尽に振り回せるような…晴れやかな気分だ。空も綺麗だ。ああ、綺麗だなぁ。

 

 

 

…いや待て、下を見るな。

 

なんだか知らないが、見たら手遅れになる気がする。

 

見るな見るな見るな。

 

見るな…!!

 

 

「…ふぅ。抵抗してもしょうがない。」

 

 

目線を下げると、そこには鉄の杵と、鉄の刀が落ちていた。

 

何百人…いや、何億人の血を吸ったであろう、禍々しい鉄の杵と、刀。

 

それを目にするだけで意思の弱い者なら灰になってしまような───禍々しい力を感じる。

 

…いや違うな。

 

ただで武器が手に入ったんだから、喜ぶべきだ。

 

こういう時は単純に考えた方がいい。

 

 

杵と刀にそれぞれ手を伸ばす。

 

───重い。が、持てる。

 

持ち上げ、軽く素振りをする。

 

ブンッ!!ブンッ!!!

 

火の粉をまき散らせ、唸る風。赤熱する杵と刀。

 

なるほど。

 

まだ自分の小さい手には馴染まないが、どういう理屈かは不明だが火の粉が飛び出てくるのは良い特性だ。

 

良い武器となるだろう。

 

とはいえ、山火事を起こすわけにもいくまい。今は邪魔だな。

 

そう思うと、杵と刀は光の粒子となり、自分の体に吸い込まれていった。

 

 

 

「………刀はともかく、杵ってダサいな。」

 

 

 

衛宮士郎8歳。敵と出会わずして大幅な強化を遂げる。




意思に反して脳筋への道を走る主人公。

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