必ず殺すと書いて必殺。
そんな必殺技も当たらなければ意味はない。
幸いにして素の肉体で破壊力はあるのだし、自分の必殺技はターゲットに当てることをメインに考えればいいのだと思う。
切嗣もそんなふうに言っていた。
線の攻撃ではなく、面での制圧。もしくは空間への干渉こそが絶対不可避の攻撃として望ましい。
「………。」
話に聞いた固有結界。
なんでも現実世界を心の在り方で侵す魔術の奥義。空想と現実を入れ替える魔法に最も近い魔術だとか。
心の在り方。心象風景。
では、自分の心象風景とは一体何だろうか。
──ナイフの素振りを止めて、木を背中にして地面に座り込む。
姿勢をまっすぐにし、胸を開き、上半身から脱力させていく。
頭、首、両肩、腕、指先・・・ゆっくりと、籠められている力を解きほぐしていく。
呼吸は穏やかに、意識してリズムを保つ。
目を瞑り、耳を澄ます。
幸い、周囲一帯の獣は殺し尽くしている。心地のよい風の音が聞こえる。
ゆっくり、ゆっくりと雑念を手放していく。
次第に意識も薄れ行き、自我が大我に飲まれていく感覚。
どこまでも無限大に広がっていく意識。加速度的に広がる全能感。
「………。」
「………………。」
「………………………。」
***
──────見えてくる。
岩。炎。炎。炎。灼熱。熱湯。大火。淀んだ空気。熱波。悲鳴。絶叫。懇願の訴え。「助けてくれ」「やめてくれ」「俺が悪かった」「なんで俺がこんな目に」「ひどい」「呪ってやる」「ああぁあああ」「もう嫌だもう嫌だ」「あはははははは」「────!!」
無視する。罪人の訴えなど聞く必要はない。
自分の仕事は逃げ惑う罪人を鉄の杵で砕き、刀で削り殺すこと。
重ねた罪は清算せねばならない。
───杵で砕き、刀で削り殺す。砕き殺す。削り殺す。砕き殺す。削り殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
今日は元気な男がきたな。…削り殺す。
醜い老婆だ。…砕き殺す。
まだ子供じゃないか。…手加減無用。
老若男女。一切合切公平に砕き殺し、削り殺す。
1年、10年、100年、1000年、10000年。幾星霜───。
淡々と繰り返す。そこに感情の起伏はなく、ただただ繰り返す。
───ここは叫喚地獄、熱鉄火杵処。ただ砕かれることが救いの地獄。
───と、罪人を砕いている時に、閻魔大王様に呼ばれた。
何でも神様の手違いで、人間に健康な体を与えることになったのだとか。
自分の体を与えるらしい。だから死ねとのことだ。
なんで自分なんだと質問すると、さっさと死ねとのことだ。
正直、色々言いたいことはあるし、自分の体を人間に与えるのはどうかと思うが、上司のいうことは絶対だ。うなずく以外に道などない。
せめて、その人間が死んだ時は再び獄卒として働けることを祈っておこう。
***
「………。」
目を開け、周囲を警戒する。
思ったより深く没入していたようだ。
深呼吸を一度。
「・・・ふぅ。」
周囲への警戒も完全になくなっていた。いま、獣に襲われると危なかっただろう。(傷を負う可能性はほとんど0だが。)
「………。」
というか………地獄の鬼じゃねぇか!!
心象風景を探るだけでこうなるとは思っていなかった。
鬼というのがよく分かってなかったが、まさか獄卒だとは思わなかった。
それに、なんたる社畜。
地獄の公務員みたいなもんだと思っていたが、あんなに労働環境が悪いとは思っていなかった。
まるで地獄のような職場だ。
ブラックどころじゃなく、一発レッドカードだ。
…そんな職場で働いていた鬼が、俺の体に宿っているのか。
そうか。
そうなのか。
まあ、その、なんだ。正直…冷静に考えると、都合がいいという感想しかわかないが。
別に快楽殺人犯の体というわけでもなく、職務に忠実な公務員の鏡のような男(性別はあるのか?)の体だ。
そう嫌悪するものでもない。
それに、なんせ炎に対する完全耐性があると分かったようなもんだから。恐らくマグマの中で泳いでも何ともあるまい。
これで火の魔術を扱うリスクが一つ減った。
水ならともかく、火は自分にも熱がくるからな。不安要素は減らしておくにこしたことはない。
「………。」
何だろう、この晴れやかな気持ちは。
ルーツを自覚したからか、位階があがったような気がする。
塞き止められていた川に、水が通ったような。
ミチミチと筋肉の密度が更に濃くなっていくのを体感する。
今なら口から炎を吐けるような気もする。
鉄の杵と刀を縦横無尽に振り回せるような…晴れやかな気分だ。空も綺麗だ。ああ、綺麗だなぁ。
…いや待て、下を見るな。
なんだか知らないが、見たら手遅れになる気がする。
見るな見るな見るな。
見るな…!!
「…ふぅ。抵抗してもしょうがない。」
目線を下げると、そこには鉄の杵と、鉄の刀が落ちていた。
何百人…いや、何億人の血を吸ったであろう、禍々しい鉄の杵と、刀。
それを目にするだけで意思の弱い者なら灰になってしまような───禍々しい力を感じる。
…いや違うな。
ただで武器が手に入ったんだから、喜ぶべきだ。
こういう時は単純に考えた方がいい。
杵と刀にそれぞれ手を伸ばす。
───重い。が、持てる。
持ち上げ、軽く素振りをする。
ブンッ!!ブンッ!!!
火の粉をまき散らせ、唸る風。赤熱する杵と刀。
なるほど。
まだ自分の小さい手には馴染まないが、どういう理屈かは不明だが火の粉が飛び出てくるのは良い特性だ。
良い武器となるだろう。
とはいえ、山火事を起こすわけにもいくまい。今は邪魔だな。
そう思うと、杵と刀は光の粒子となり、自分の体に吸い込まれていった。
「………刀はともかく、杵ってダサいな。」
衛宮士郎8歳。敵と出会わずして大幅な強化を遂げる。
意思に反して脳筋への道を走る主人公。