「おかえり切嗣。それで、イリヤスフィールさんには会えた?」
帰ってきた切嗣は、少し疲れていたようではあったが、出発前の陰鬱とした雰囲気は消えていた。
「ただいま士郎。おかげでイリヤに会うことが出来たよ。途中ちょっとしたハプニングはあったが・・・想定の範疇さ。それに対処も終わった。これからも定期的に会える。」
「それは良かった。ところでハプニングって?」
「士郎が気にすることはないよ。」
「…ふぅん。」
どうせ脅迫的交渉をしたのだろう。いや、それとも自分の存在を交渉に利用したか?
・・・違うな。その場合はこちらの了承をとるだろう(もちろん了承しないが。)。だとすれば、これ以上は関係ない、か。
「さて、どうやら想像以上に動けるようになったようだね。…周囲から動物の鳴き声が聞こえないのが気になるが……なにか目立つことでもしたのかい。」
「───いや?特に何も。言われた通り、型の稽古をしただけだ。ああ、そういえばクマに荷物を盗まれかけたんで退治したぐらいかな。殺してしまったが問題はないだろう?」
「そのセリフを額面通りに受け取っていいのかは悩むところだが、魔術の痕跡は見られないし、ひとまずはいいだろう。」
実践的な稽古となったが、別に問題はないはずだ。
「それじゃあ、次は魔術の訓練といこう」
***
「───魔術とは魔力を用いて世界に働きかける術のこと、か。」
「士郎は天才と評していい程度には飲み込みがいいけど、何にでも適正があるわけじゃないからね。オールラウンダーになれない以上、僕のように特技を磨きあげた方がいい。それと…一人称も改めるべきだね。繰り返しになるが、魔術とは魔力を用いて世界に働きかける術のこと。つまり、世界を己が魔力で満たすもの。場合によっては、世界を屈服させるものだ。『自分』という一人称は他者と自己を分けるもの。いわば区別するためのもの。結界の構築には向くが、攻撃となると別だ。なにせそこに強烈な自我を宿すことは難しい…少なくとも僕にはね。」
「………。」
「それに、敢えて言わせてもらうが…士郎ぐらいの子供が『自分』というのは、不自然に感じるよ。言い方の問題なのかな?なんだか軍人と話している気分になる。」
確かに、軍属経験はあるが。
「なるほど確かに。自分は不自然か。」
「今は休学しているからいいが、いつかボロが出るかもしれないよ。」
小学校に復学する気はないのだが。もう2回も卒業しているし…十分のはずだ。
「わかった。『私』でどうだろう?」
「硬いね。そんな小学生はいないよ。」
「それなら『俺』か。…まあ、別にこだわりはないのでいいが、慣れが必要だな」
「あとは感情を動かした方がいい…僕が言えた義理じゃないけどね。魔術は感情に応じて強さを変えるものだ。手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。これが戦闘魔術の鉄則だよ。戦闘で感情を高ぶらせるのは素人のすることだが、心に燃料は必要さ。…なんでもいいが、感情が高ぶることは?されて嫌なことや、夢はないのかい。」
「切嗣の夢は世界平和ってやつだろう?残念だが俺はそんな高尚な人間じゃないし、命を燃やして叶えたい夢もない。俺の世界だけ守ることができれば十分さ。今まで大した外敵がいなかったからよく分からないな。」
「そうか…それなら課題にしておこう。…じゃあ、魔術の初歩だ。士郎はガンドを知っているかい?」
「知らないな。」
ハンドガンの一種か?
「僕も得意というわけじゃないんだが、指先に魔力を集めて指さすだけで病気にさせる呪術の一種さ。最上級のものはフィンの一撃と呼ばれ、物理的な破壊力を得ることもある。」
「拳銃いらずだな。」
暗殺に使えるかもしれない。
「ところがそういうわけでもない。ほとんどの魔術師はフィンの一撃レベルの攻撃を放つことは出来ないし、そもそも敵に当たらない。当たったとしてもレジストされる。とはいえ、牽制には使えるので知っておいて損はないよ。一度、受けてみるかい?士郎なら少し気分が悪くなる程度で、風邪にもならないだろう。」
気分が悪くなるのも嫌だが、魔術的な耐性を調べる必要もある、か。
「わかった。頼む。」
切嗣の指先に魔力が集まり、発射される。
黒い魔力。ゆっくりと飛んでくる。遅い。
───なるほど、切嗣自身の呪いと合わさり、性質の悪いものになっているようだが…確かに物理的な破壊力はなさそうだ。
遅い・・・これでは当たらないというのも納得だ。
そろそろ当たるかな───
───キィンッ!!
「む。」
「やはりレジストされた、か。」
「体の表面で弾かれたような感覚があるな。」
「薄々分かっていたけど、どうやら士郎は抗魔力が高いようだね。ガンドのようなシングルアクションでは、ほとんど傷つけられないと思っていいだろう。この分なら呪いや洗脳の類にも強そうだね。」
「そうか。それは良かった。耐性が高いのはいいことだ。」
「………。(士郎のそれは、そんな簡単にすませていいレベルじゃないんだが。)…もうサーヴァントレベルの身体能力として扱った方がいいかもしれないね。───と、ガンドだったね。士郎も試してみるといい。」
ガンド。指差しの呪い。
「分かった。全力で撃っても?」
「ダメに決まっているだろう。」
呆れたように嘆息する切嗣。
…それもそうか。最初から全力なんて考え無しのすることだ。
「………。」
体の中に満ちる大海を認識。そこから魔力をひとすくい。
手は人差し指を伸ばし、銃の形へ。
指先に魔力を集め…凝縮。失敗。
再度トライ。…凝縮。失敗。
「…切嗣、魔力を凝縮することが出来ない。」
「魔力の使い方は人によって違うから、あまり効率的なアドバイスは出来ないが…一つ言えることがある。魔力は多すぎても少なすぎてもダメということだ。士郎がイメージしているのは拳銃だろう?そこに大砲の弾をこめても撃てないよ。最悪、暴発する。」
「………。」
そうか。イメージが大切か。
ならイメージするのは前前世で考案中だったレールガン。
魔術回路に加速した魔力の塊を走らせ、指先から射出する。
大切なのは理論ではなく、イメージだ。
とにかく加速が必要だ。十分に加速するには、魔術回路の距離が足りない。
距離が足りなければどうするか?簡単だ。周回させればいい。
体内の魔術回路を道とし、加速を生成する。
一周。二周。三周………。
加速が足りない…一周ごとに燃料を燃やしていく。
十周。十一周………。
「………。士郎。嫌な予感がするんだが。」
五十周。五十一周………。
「…切嗣。悪いが俺の後ろに隠れてくれないか?…加減をミスった。」
「………!!」
切嗣が俺の後ろに回り込んだ瞬間、限界を迎えた魔力の塊を指先から解き放つ。
───豪ッッッ!!!!!!
それは───例えるなら流星。
赤黒い雷が、炎をまき散らし、木に大穴を開けながら夜空を駆けていく。
遅れて届く衝撃波と熱波。そして爆音。
地面は抉られ、荷物は跡形もなく、木々は倒れ、森は燃えている。鳥は叫喚し、鼠は逃げ出し、虫けらは熱波で死滅する。
其はまさしく地獄の再現。
生命の存在できない環境がそこにあった。
「………。」
「………。」
「………士郎。」
「……切嗣。」
「「逃げるぞ!!」」
衛宮士郎になって初めて、切嗣と心から通じ合えた気がした。