ミューゼル閣下生還の報告を受けて以来、陛下は大変に機嫌が良い。
ミューゼル閣下が上級大将から元帥に昇進した恩恵でルッツ提督以下、ウルヴァシーから脱出した全員が勲章を授与される事になった。
ミューゼル閣下みたいに勲章など食べれないと言う人もいるが、正直、私は嬉しいのである。軍人となったからには勲章は武人としての誉れである。
更に私だけ特別に昇進である。他の方々が勲章だけなのに私だけ昇進するのは心苦しかったが陛下の言葉を聞いて納得する事にした。
「卿と余だけが仲間外れにされたのだから昇進も当然である」
陛下に曰く、隠密の護衛艦隊の事も知らされず陛下と両提督を眠らせる計画からも排除され、ルッツ、ミュラーの両提督とシュトライト閣下は陛下に続き眠らされて私だけが不覚を取らなかったのだから当然であると言う。
「それに、卿が基地の不穏な動きを最初に察知した功もある」
ここまで陛下に言われて固辞する事も出来ずに有り難く昇進させて頂いた。
「それから、ハイネセンに着いたら特別に休暇を与える。日頃、口煩い年寄りの相手をして気苦労も多いだろう」
これは、完全にシュトライト閣下に対する皮肉なのだろう。ミュラー提督が吹き出しそうになっていた。
その様な事情で私はハイネセンにて思わぬ余暇を手にしたのである。
「さて、ハイネセンで休暇と言われてもハイネセンの墓所や記念館は前回のバーラトの和約の時に陛下と共に見学したからな」
私は観光の基本であるガイドブックを購入して一日だけの観光を楽しむ事にした。
「ふむ。ハイネセンは海産物が名物なのか」
ガイドブックを読んで私は納得した。ミューゼル閣下は肉料理も好きだが魚料理も好きでオーディンやフェザーンは海産物が少ないと言っていた理由に得心した。
「まあ。これだけ、海産物が売りの店が有れば当然か」
海産物が売りの店の数ならオーディンやフェザーンの店を足した数より多いだろう。
私はガイドブックに書かれてる初心者向きと書かれた店に行く事に決めた。
昼食にしては少々、値が張るが観光に来たと思えば値段も手頃で距離も歩いて行ける距離である。
目的の店に到着したが、私は驚いてしまった。店の入り口には水族館の様に巨大な水槽が置かれておりイカが泳いでいる。
「ここはレストランだよな」
思わずガイドブックを取り出して確認してしまった。
「あら、何処か店をお探しですか?」
店の前でガイドブックを開いていたので店員から勘違いされた様である。私は正直に話した。
「いや、立派な水槽があるので本当にレストランかなと思い確認しただけですよ」
「帝国から来られた方は皆さん驚かれますよ」
「そうでしょう。私は帝国のオーディンの出身ですが、この様な巨大な水槽があるレストランは初めてです」
声を掛けた店員は若い女性の店員で嫌味な部分が無く好感が持てた。
決して若く美しいフロイラインだからではなく接客態度に好感を持ったのだ。
店員に案内されて驚いたのは店内にも巨大な水槽があり、水槽の中にはサザエやアワビが水槽の壁面に張り付き底にはカニが鎮座している。
「レストランというよりは水族館みたいだ」
「水槽を目当ての小さなお子様を連れたお客様も多いんですよ」
「さもあらん。小さい子供だけじゃなくとも楽しめる」
オーディンでは観賞用にカラフルな魚が泳ぐ水槽を設置している店は少なくないが食材が入っている水槽を設置しているレストランは皆無だろう。
「此方がメニューになります」
「初めてなので良く分からない。お薦めは?」
「初めての方なら、此方のアラカルトコースがお薦めです。色々な味が楽しめますので御自分の好みの味を発見する事が出来ます」
「では、そのアラカルトコースで」
店員がお薦めするだけのコースである。実に美味であった。
魚の骨から作ったスープに海藻のサラダ。生魚の切り身のマリネ。魚の塩焼きに塩漬けのサーモン。魚の身で作ったパスタ。
オーディンやフェザーンでは味わえない料理であった。
「確かにミューゼル閣下が好きだと言うのも理解が出来る。特に生の魚が、これほど美味しいとは知らなかった」
帝国には魚の生食の食文化は少ないが同盟ではポピュラーな食文化らしい。
栄養的にも優れていて若い女性からも人気があるらしい。
「帝国も同盟も若い女性が健康に気を使うのは同じか」
食事を済ませた後に水族館に行く事にした。
魚料理を食した後に水族館に行くとは我ながら単純である。
そして、驚いた事に水族館では入館料を必要だと言うのだ。
「オーディンやフェザーンでは美術館や博物館等は無料なのに」
入館料とは別にオーディオガイドもレンタルされていたので五ディナールを払いレンタルする。嫌がらせなのか親切なのか分からないがイヤホンは別料金で二ディナールである。
「お客様。この次は来館されるなら、ご自分でイヤホンを用意される事をお薦めしますよ」
どうやら、顔に出ていたらしい。係員の話では恋人同士で持参したステレオイヤホンを使って見学する者達もいるとの事。
「私には当分は縁が無い事だし、第一にそんな破廉恥な真似が出来るか!」
声に出したら切なくなってきた。注意して見れば係員が言った通りで恋人同士なのであろう。男女ペアでステレオイヤホンを使っている者達も少なく無い。
「ふん。あんな連中からはイヤホンの持ち込み料金を取れば良いのだ!」
別に私は妬んでる訳では無い。風紀を問題としているのだ。
「まあ、良い。人は人。自分は自分だ!」
私はオーディオガイドに従い水族館を見て回る事にする。
なるほど、価格設定が高いだけあってガイド自体は素晴らしい。
「しかし、魚の生態だけではなく、料理法までガイドするのは如何なものだろうか?」
それでも、折角のガイドなのだからメモも取る事は忘れない様にする。
「ふむ。料理法もガイドされると目の前の魚も見方が変わって来るのが不思議だ」
夢中になってメモを取りながら水族館を見て回っていると気が付けば既に閉館時間になっている。
「また、機会が有れば来よう」
水族館の外に出ると日は既に落ちていたが水族館の前の広場では屋台が出ていた。
呆れた事にオーディオガイドが説明していた料理法で料理した魚が売っているではないか。
「これが目当てで料理法のガイドもしていたのか!」
口惜しいが見事な戦略である。魚の焼ける匂いが食欲を刺激する。
「その魚の串焼きを二本とビールを」
「串焼きは腸有りと無しが有りますが、どちらにしますか?」
「ほう。腸有りと無しがあるのか!」
私が驚くと屋台の店主は親切に教えてくれた。
「お客さんは帝国の人だね。魚の腸は苦味があるんですけどね。栄養価も高いんですよ。だから、腸有りの魚も売っているんですよ」
「そうなのか。では、それぞれ一本ずつ貰おう」
店主に言わせると魚の腸の苦味も慣れると癖になるらしい。
「この苦味とビールが合うんですよ」
「そいつは楽しみだ」
店主の言う通りに先に腸無しの串を食べたが十分に美味であった。
腸有りの串は口の中に苦味が広がり思わずビールを口にしたらビールの苦味が腸の苦味を消しさりビールが進むのである。
「これは危険だな。ビールを飲み過ぎてしまう」
何故かケンプ提督とレンネンカンプ提督の姿が頭に浮かんだが深く考え無い様にした。
魚の串焼き以外にも魚の身をペースト状にした物を揚げた物や焼いた物もあったが、どれも美味であった。
「ふむ。これでカロリーが少ないとは同盟人が好んで食べる筈だ」
何故か再び、ケンプ提督とレンネンカンプ提督の姿が頭に浮かんだが、やはり深く考え無い様にした。
屋台を食べ歩き一周すると、流石に満腹になり寄宿舎までの道のりを歩いて帰る事にする。
「昼は魚料理に夜は屋台巡りとは」
思わず苦笑してしまった。同年代の人間なら他に年齢相応の休日を過ごしたであろう。
「まあ。人は人。自分は自分だ」
恋人も居らずに些か寂しい生活かもしれない。役目柄、同年代は陛下のみであり、周囲は将官や自分よりも年上ばかりである。
ミューゼル閣下が何かと私の事を気に掛けてくれる理由が分かった気がした。
同時に陛下がミューゼル閣下を特別扱いする気も理解が出来る。
「それを考えると陛下のお側近くに仕えて色々と気に掛けて頂けるとは、私は果報者なのだろう」
翌日、出勤すると陛下に休暇の過ごし方を聞かれたので、正直に答えたら横に居たシュトライト閣下から呆れられた。
「臣は何か粗相をしたのでしょうか?」
「いや、良い。卿の真面目で誠実な人柄が貴重なのだ」
「はあ、有り難う御座います。しかし、陛下が評価される程に私は真面目でも誠実でも有りません」
「その、卿は折角、ハイネセンでの休暇で何か土産でも買う事は無いのか?」
シュトライト閣下が何故か呆れ顔で聞いてきた。
「いえ、両親もオーディンに住んでいますから、ハイネセンで土産を買っても無駄になります」
「両親以外に渡す者は居ないのか?」
「あっ!やっぱり、お世話になる事の多い事務局に何か土産を持って行く方が宜しいのでしょうか?」
陛下の副官業務は他の提督と違い帝国の全ての官庁に指示を出す事となる為に事務局を通じて帝国全体に通達して貰う事が多々ある。
ミューゼル閣下等は役目柄、常に事務局への付け届けを忘れないでいる。私とした事が迂闊であった。
「いや。そう言う意味では無いんだが」
シュトライト閣下は何故か完全に諦めた表情になっていた。
陛下は陛下で何かを考え込まれた。
「リュッケ。フェザーンに帰ったら長期の休暇を与えるので休暇の使い方を考える様に」
私の休暇の過ごし方に問題があったのであろうか?