銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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結婚式狂想曲

 

 既に役職持ちの元帥である帝国三長官が多忙の中でハンスは給料泥棒を決め込んでいたが、世の中が甘くもある筈もなく大本営幕僚総監に任命された。

 

「ふむ。陛下も粋な人事をなさる!」

 

 ハンスが大本営幕僚総監としてロイエンタールを補佐する形になるのでロイエンタールとしては歓迎していた。

 

「はあ。折角、給料泥棒が出来ると思っていたのに」

 

 ハンスの愚痴に周囲の者も苦笑するしかなかった。

  ハンスは所詮は兵卒上がりの若造なのでデスクワーク等は苦手で部下にグリルパルツァーやクナップシュタインにトゥルナイゼン等の若手のエリートを集めて自分の補佐をさせた。

 

「まあ。艦隊を動かす程の敵も無く宇宙海賊や事故の処理が軍の仕事になる。卿達には新しい軍を作って貰う事になる」

 

「閣下は我らより、お若いではありませんか」

 

 一番若いトゥルナイゼンが思わず声を出す。

 

「いや。私は地球教の残党を始末して遷都が完了したら軍を辞めるよ」

 

「そんな、勿体ない!」

 

 上昇志向の強いグリルパルツァーが本音を出してしまう。

 

「誠実なクナップシュタインに博識のグリルパルツァー、士官学校を中退して軍に飛び込んだトゥルナイゼンの視野の広さが有れば帝国三長官の後継者も問題無い。私みたいに同盟が健在な時にしか役に立たない人間は辞めるべきだよ」

 

 グリルパルツァーを三長官の後継者と呼ぶ事で道を踏み外す事無いだろうとハンスのセコい考えも存在したが本音でもある。

 この時の会話が効いたのか謎だが、この三人は後に帝国三長官に就任する事になる。

 ハンスにして見ればラインハルトが自分を軍に繋ぎ止める為の人事なのは分かっていたので後進を育成して対抗する気でいた。

 ラインハルトとハンスの水面下の戦いが始まった頃にラインハルトとヒルダの結婚式となった。

 マリーンドルフ伯としては一人娘を嫁に出す感慨に浸りたいが国務尚書として式を取り仕切るのに多忙なのである。

 その多忙の一つにヒルダの懐妊も含まれていた。

 同盟に比べて何事にもお堅い帝国である。結婚前に娘が妊娠したとなると平民でさえ眉を顰めるものである。ましては伯爵令嬢であり相手はラインハルトである。マリーンドルフ伯の心情は察するに余りある。

 因みにヒルダを妊娠させた張本人は実姉と義兄に説教をされる事になる。

 弟の結婚式に参加する為に親子三人でハイネセンからフェザーンまで来て最初に聞かされたのがヒルダの妊娠である。

 アンネローゼはマリーンドルフ伯に姉として謝罪をしてラインハルトに説教をするのである。

 ラインハルトはキルヒアイスに助けを求めたが既に娘の父親となったキルヒアイスもマリーンドルフ伯の味方であった。

 結局、アンネローゼは姉としてヒルダが出産して落ち着くまで面倒を見る為にフェザーンに滞在する事にした。

 結婚式前から色々と問題が発生してマリーンドルフ伯が父親として感慨に浸る余地はなかった理由である。

 結婚式の当日もラインハルトの我儘が始まったのである。

 本人は着慣れた軍服の礼服を着用するつもりであったが軍部からはオーベルシュタインとハンス、文官からはマリーンドルフ伯を始め宮内尚書のベルンハイム男爵からも制止された。

 

「これを着ないと駄目なのか?」

 

 タキシードを前に往生際の悪いラインハルトであった。

 

「それでなくとも軍部偏重と文官達が囁いているのに結婚式まで軍服を着たら文官達の不安を煽ります!」

 

 ハンスの説得で嫌々ながらもタキシードを着るラインハルトであった。

 

(本来はアンネローゼ様の仕事だろ!)

 

 その頃、アンネローゼはヒルダの世話をしていたのである。

 ヒルダにしてみればラインハルトや父のマリーンドルフ伯より、アンネローゼが側に居てくれた方が安心が出来るのである。

 

「ヒルダさん。本当に綺麗だわ」

 

「本当に綺麗だ。ヴァルハラの母さんも喜んでいるよ」

 

「お父様」

 

 妊娠中であったが体形に変化が無い為にヒルダの母親が残した形見のウェディングドレスを着る事が出来たのは幸いであった。

 結婚式が始まると新婦の美しさに会場から感嘆の声があがる。

 出席していた者でシュトライトやハンスは泣き出していた。

 

「同じ年頃の娘が居るシュトライトは分かるが、卿はキルヒアイスの時も泣いていただろ」

 

 ミッターマイヤーもハンスには呆れた様子である。隣に居る親友の方は青い顔をしている。

 

(ロイエンタール。お前の場合は自業自得だ)

 

 ミッターマイヤーもロイエンタールの結婚の経緯を聞いて親友ではなく結婚相手の味方であった。

 シュタインメッツは婚約者共に自分達の式の参考にしていた。

 途中で緊張のあまり宣誓書を読む宮内尚書のベルンハイム男爵の声が裏返り、ラインハルトから「落ち着け、ベルンハイム。卿が結婚する訳ではなかろう」と声を掛ける程度の小さなトラブルで深刻なトラブルもなかった。

 トラブルでは無いが二人が退場する時にビッテンフェルトの歓声を通りこして怒号と言える声量で叫んだ。

 

「ジーク・カイザー!ホーフ・カイザーリン!」

 

 ビッテンフェルトが引き金となり他の出席者も後に続く。

 

「ジーク・カイザー!」

 

「ホーフ・カイザーリン!」

 

 元同盟人のハンスにヘッダ、フェザーン生まれのフェザーン育ちのローザ等は会場の歓声に完全に呆れていた。

 

(自分達の式の時にはビッテンフェルト提督には釘を刺しておこう)

 

 三人が同じ事を考えてる間にも式は進行してキスリングが待機する地上車に新郎新婦は乗り込んだ。

 本来なら新婚旅行は星間旅行なのだが妊娠中のヒルダの体調を考慮してフェザーン有数の静養地であるフェルライテン渓谷に新婚旅行となっている。

 

「まあ。フェザーンだと回廊から出ないと有人惑星も無いからなあ」

 

 ハンスが指摘したがフェザーンも歴史が浅い為に新婚旅行等の観光地が少ないのである。

 

「退役してから結婚した方がいいかも」

 

「あら、どちらにしても私達の結婚式は派手になるわよ」

 

 ハンスは失念していたがヘッダは帝国一の女優なのである。

 

「まさか、テレビ中継とか入るの?」

 

「当たり前じゃない。放送料の一部は私の報酬になるのよ」

 

 亡命して初めてオーディンの地を踏んだ時の悪夢を思い出したハンスである。

 

「諦めるしかないのか」

 

 ハンスとヘッダが話している横でロイエンタールとローザも自分達の式について相談をしていた。

 

「私は二人だけの式でも構わないわよ!」

 

「気持ちは嬉しいが俺の立場だと、そうもいかんのだ」

 

 ロイエンタールも二人だけの式を挙げたいが人間、地位が挙がれば思う様に動けないものである。

 

(ハンスの奴が部下を持ちたがらない気持ちも理解が出来る)

 

 ロイエンタールが式の規模に頭を悩ませている横ではシュタインメッツも自分達の式に頭を悩ませていた。

 

「幕僚の方達だけを招待する?」

 

「そうだな。それで問題が無いと思う」

 

「私の方は身内だけでいいわ」

 

「遷都が完了すれば軍部も暇になるから新婚旅行は遠くても構わんよ」

 

「貴方が居れば何処でも構わないわ」

 

 どうやらミッターマイヤーと同類の様である。

 二人を乗せた地上車を見送りながらハンスがシュタインメッツに声を掛ける。

 

「シュタインメッツ提督、この際ですから三組合同で式を挙げませんか?」

 

「えっ!」

 

「断言は出来ませんが、私達の式はテレビ中継が入ります。ならば、スポンサーも付く筈です。上手くやれば結婚式の費用も安くなりますよ」

 

「なるほど。しかし、自分の一存では決められません」

 

「まだ、時間が有りますから婚約者と相談して下さい」

 

 ハンスはシュタインメッツとロイエンタールも巻き添えにする気の様である。

 

「ロイエンタール提督。実はシュタインメッツ提督にも相談しているのですが、三組合同で式を挙げませんか?」

 

「合同で?」

 

「はい。誰を呼ぶ呼ばないで頭を悩ませる事も無いですし、呼ばれる側も三回も出席しなくとも良いのですから」

 

「ふむ。名案かもしれんな。しかし、俺一人の判断で返事が出来ん。返事は後日になるぞ」

 

 ロイエンタールとシュタインメッツからはハンスが自宅に帰り着くのと同時に賛成の返事があった。

 

「ふむ。では、フェザーンのテレビ局を交えての打ち合わせが必要となりますな」

 

 ハンスはヘッダに合同の結婚式の話するとヘッダから拳骨を貰う事になった。

 

「もう。お二方が賛成しているのに私が反対なんか出来ないでしょう。それを狙って私より先に、お二方に相談したんでしょう!」

 

「鋭い!」

 

「誰でも分かるわ!」

 

「それより、何時になったら、俺を御両親に紹介してくれるの?」

 

「あっ!」

 

「おい!まさか、忘れていたのか!」

 

 どうやら図星だったらしく。笑って誤魔化すヘッダであった。

 

「随分と親不孝な娘だな」

 

「すぐに段取りをするから!」

 

 慌て気味に言うヘッダに呆れるハンスであった。

 次の日にはヘッダの御両親に挨拶を済ませて結婚式も軍の関係で合同になると伝えた。

 

(何が軍の関係よ。本当に詐欺師の才能が有るわ。結婚しても浮気とか気を付けないと)

 

 知らぬ間にヘッダからの信用を失うハンスである。人は自分が気付かぬ間に信用を失う見本である。

 

 ハンスは結婚式の日取りが決まると招待者のリストを作りテレビ局に結婚式の準備を押し付けた。

 

「イベント事はテレビ局が専門だろ。第一に結婚式の費用の半分はテレビ局が出すからな。テレビ局の都合もあるだろう」

 

「自分で準備をするのが面倒なだけでしょ!」

 

「まあ。他にも理由があるけどね」

 

 ハンスの言葉に深い事情がある事を察知したヘッダである。

 事実、一時は帝国軍だけでは無くフェザーンの行政関係者も顔を青くする事態が起こるのである。

 


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