銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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新婚旅行

 

 ロイエンタールが新婚旅行から帰り職務復帰すると入れ替りにハンスは新婚旅行に出掛けるのであった。

 新婚旅行先であるフェルライテン渓谷は渓流が有り川魚の養殖場や放流もしている。

 

「これで、温泉でも有れば完璧!」

 

 ヘッダは自分の夫の趣味が年寄臭いのに呆れていた。

 

「貴方、本当に私より年下?」

 

 思わず真実の一端に触れる事になるヘッダであった。

 

「バレた。実は九十近い歳なんだけど」

 

「年上過ぎるわ!」

 

 事実は時として常識に駆逐されるものである。

 新婚旅行一日目は他愛無い会話をして二人は早目に就寝したのである。

 ハンスはロイエンタール不在の為に連日の残業で疲れていたし、ヘッダも結婚式の騒動で色々とテレビの出演が多かった為である。

 ロイエンタールが女性達に詰め寄られる場面はカメラマンの機転で撮されなかったが音声は帝国中に流れていたので帝国中のゴシップ好きの好奇心を刺激する結果になった。

 

「舞台より疲れるわ」

 

 普段はテレビのトーク番組等は出演しないヘッダであったが、今回は結婚の報告という形でオファーを受けていた為に出演をしたが、当初はハンスの事を聞かれると想定していたが聞かれるのはロイエンタールの事のみだった。

 

「まあ。ロイエンタール元帥には感謝だな」

 

 流石にハンスもヘッダとの事を他人に聞かれるのは照れ臭いのである。

 そうした事情から二人は新婚旅行一日目は甘い会話等はなく食事と入浴を済ませると就寝となった。

 翌日は二人して起きたのは昼近くになってである。

 

「養殖場で新鮮な川魚料理が食べれるわよ」

 

 風呂上がりにヘッダが山荘に入れられた広告をハンスに見せる。

 

「渓流を利用した養殖場か。川魚は食べた事が無いからなあ」

 

「じゃあ。決まりね」

 

 二人は急いで着替えると養殖場に行くのであった。

 

「想定外の大きさ!」

 

「川魚って、こんなに大きくなるのね」

 

 二人の目の前にはヘッダの腕と変わらない大きさマスが皿に乗っていた。

 

「これ、一匹で満腹になるサイズだな」

 

「そうね」

 

 二人は巨大なマスを完食した後に別の種類の小型のマスも枝に刺して焼いていたので注文して完食した。

 

「昔からテレビや映画で見るだけで食べた事が無かったからなあ」

 

「私も舞台が中心だから無かったわ」

 

「オーディンの屋台でホイル焼きは売っているけどね」

 

 二人で仲良く四匹ずつ完食して従業員を驚かせた。

 満腹になった二人は山荘に帰り仲良く昼寝をする。

 二人が起きると既に日が落ちて辺りは暗くなっていた。

 

「夜は何が食べたい?」

 

 新婚旅行中も食事はハンスが作る様である。

 

「そうね。昼は魚だったから夜は肉料理かしら」

 

「了解!」

 

 山荘の冷蔵庫には食材が満杯である。事前に発注していて食材に困らない。

 一時間後、サラダとシチューとステーキとクヌーデルが食卓に並ぶ事になる。

 

「ワインは何がいい?」

 

「ビールがいいわ」

 

「了解!」

 

 二人は食事をしながら明日の予定を相談する。

 

「明日は晴れみたいよ」

 

「それなら、養殖場で釣りでもするか」

 

「そうね。それがいいわ」

 

 同居を始めて五年の年月が経つと会話もベテラン夫婦状態である。

 

「明日はパスタでいい?」

 

「何でもいいわよ。結婚式から残業ばかりで疲れているでしょう」

 

 ラインハルトとヒルダの様な初々しい会話は無いが互いを気遣う気持ちが言葉から溢れている。

 食事が終わると二人はバルコニーでグリューワインを片手に星を眺めていた。

 

「ほれ、渓谷だけあって、夜風は冷たいよ」

 

 言葉と同時に後ろからヘッダを抱き包む。ヘッダも黙って背中をハンスに預ける。

 

「昔は立場が逆だったのにね」

 

「そりゃ、少しは成長するわ」

 

 ヘッダと一緒に暮らし始めた頃はハンスが後ろからヘッダに抱き付かれるのが常であった。

 ヘッダが手をハンスの顔面まで伸ばすとハンスの鼻を掴んだ。

 

「痛い!痛い!」

 

「弟の分際で生意気よ!」

 

「もう、弟じゃない。旦那だ!」

 

「煩い!屁理屈を捏ねるな!貴方は私の永遠の弟よ!」

 

 ヘッダが理不尽極まりない事を言う。

 

「心も体も全て私の物だからね!」

 

「分かった!分かった!」

 

 ハンスは情けない事にヘッダに無条件降伏をした。

 

「分かれば宜しい」

 

 恐ろしきは女性の独占欲である。そして、ヘッダから独占される事に心地よさを感じるハンスであった。

 

「星が綺麗ね!」

 

「ケチなフェザーン人が軌道エレベーターを作った甲斐がある」

 

 本来は離着陸にコストが掛かる為に作った軌道エレベーターであったが大気汚染を防ぐ役目も果たしていた。

 

「もう、ここは私の方が綺麗と褒める場面でしょう!」

 

「そんな、当たり前の事を言うだけ時間の浪費だよ」

 

「それでも言うものよ!」

 

 女性とは我儘な生き物である。ハンスが苦笑していると通信が入った事を知らせる着信音が流れてきた。

 

「はいはい」

 

 ハンスがヘッダを置いて部屋に戻った。

 

「ミューゼル閣下には新婚旅行中に申し訳御座いません」

 

 画面の中で恐縮するシュトライトが居た。

 

「別に構わないけど、何か緊急事態でも?」

 

 ハンスもシュトライトが連絡してきたので深刻な事態かと、一瞬で軍人の顔に切り替える。

 

「緊急事態と言えば緊急事態なのですが、本日、フェザーン回廊の帝国側付近で船団の多重事故が起こりました。幸いにも死傷者は出ませんが回廊を封鎖している状態でシュタインメッツ艦隊が処理に出ました」

 

「何もシュタインメッツ艦隊を使わなくとも他の艦隊が居るだろうに」

 

 シュタインメッツはハンスと入れ替りに新婚旅行に出掛ける予定なのである。

 

「それが、直ぐに出動が出来る艦隊がシュタインメッツ艦隊と黒色槍騎兵隊艦隊だったのです」

 

「それは、賢明な判断ですね」

 

 ハンスもビッテンフェルトに事故処理の能力が無いとは思ってないが救出される側の人の心情を思えば納得するのである。

 ビッテンフェルトは口も悪く短気だが気が優しく寛容な人物でもある。

 だが、日頃の言動が一般人には乱暴者だとの印象を与えてるのである。

 

「まあ。救出される人達に余計な負担を掛ける訳にはいかんからなあ」

 

 シュトライトはハンスの感想を礼儀正しく無視をしている。

 

「それで、シュタインメッツ提督がフェザーンに帰還されるのが五日後になりますので、陛下が結婚式の時の褒美も兼ねて元帥の休暇も五日間の延長をお認めになりました」

 

「そうですか。それで陛下は?」

 

「各尚書と対策会議をされてます」

 

「では、陛下にはミューゼルが感謝していたと伝えて下さい」

 

「了解しました」

 

 通信を切るとハンスはテレビのスイッチを入れた。

 テレビではフェザーンで人気のクイズ番組が放送されていて画面の上部にはニュース速報のテロップが流れていた。

 

「何か緊急事態だったの?」

 

 ヘッダが心配そうな声を掛けながら部屋に入って来た。

 

「いや、貨物船団の事故が起きたみたいだけど、今回は提督達だけの出番みたいだよ」

 

「そう。大きい事故なの?」

 

「いや、死傷者は出て無いよ」

 

「それは、良かったわね」

 

 ハンスはヘッダにシュトライトが連絡してきた内容を話す。

 

「事務所の方は大丈夫かしら?」

 

「心配でも連絡するなら、明日にしなよ。陛下が対策会議をしている段階だと民間までは情報は入ってないかもよ」

 

「それも、そうね」

 

 二人が話をしていたらヘッダの事務所から通信が入った。

 通信の内容はハンスと同じで休暇の延長であった。次の公演の機材が事故の為に届かないのである。

 

「色々な所に影響が出ているなあ。陛下が会議を開く筈だ」

 

 その日は、そのまま就寝する二人であった。

 翌日、二人はサラダとトーストとコーヒーの簡単な朝食を摂ると養殖場に向かいマス釣りを楽しむのである。

 釣り具も養殖場でレンタルをしていた。

 

「なるほど、養殖場で孵化させた魚を放流しているのか」

 

「重さじゃなく数で料金が変わるから大きい魚を狙うわよ!」

 

(金持ちの癖にセコいなあ)

 

 何故か異常に気合いが入っているヘッダに内心は呆れているハンスである。

 

「欲深い事を言っているけど、釣り糸が細いから大物は糸が切れるぞ!」

 

(しかし、考えたもんだ。重さではなく数で料金を取るから小さい魚はリリースするし、大物は釣り糸が細いから釣り上げられん)

 

 ハンスも養殖場側も大物は釣れる筈がないと思っていたが両者の予想は大きく外れた。

 ヘッダが川の主とも言える大物を釣り上げたのである。

 

「確かに重さに関係なく数で料金を頂いてますけど、本当に釣り上げる人がいるとは完全な想定外です」

 

 養殖場の係員の声には驚きと悔しさと称賛と呆れの成分がブレンドされていた。

 

「だろうね。途中で諦めると思ったけど、まさかね」

 

 ハンスの声にも係員と同様の成分がブレンドされていた。

 

「まさか、三時間半も格闘するとは、それも女性で!」

 

 ハンスも苦笑するしかなかった。ヘッダは魚が弱るまで竿を持ったまま渓流を縦横無尽に走り回ったのである。

 

(そういえば、子供の頃に読んだ釣り雑誌に二十三時間も魚と格闘した記録があったなあ)

 

 ヘッダが釣り上げた魚と記念写真と認定証を両手に眩しい笑顔で戻って来た。

 

「今日の夕食は魚のフルコースね!」

 

 ヘッダが能天気な事を言っている。

 

「俺が捌くのか」

 

「当然でしょう!」

 

 ヘッダも料理は出来るが日頃はハンスに任せている。

 ハンスとしては自分で捌けと言いたいが魚のサイズから考えても女性には無理なのは分かる。

 養殖場の調理人に任せる事も考えたが別料金を請求される事は分かっている。

 既に記念写真と認定証の発行に別料金を取られているのである。

 ハンスも高給取りの癖にセコい事を考えていた。

 

「仕方ない。ムニエルとフライとパイ包みにするか。後はシャンパン蒸しと塩焼きかな」

 

 結局、二人は旅行中、毎日の様に釣りを楽しみ旅行中の食卓は魚料理の大軍に占領される事になる。

 こうして、ハンスとヘッダの新婚旅行は平和に過ぎて行くのであった。

 

 

 


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