銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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それぞれの新年休暇

 

 新帝国歴003年 宇宙歴801年 1月1日

 

 ローエングラム家

 

「アンネローゼ様は本当に料理が上手ですわ」

 

「あら、それ程でも有りませんよ」

 

「出来れば色々と料理を教えて頂きたいですわ」

 

 姉と妻の会話を聞きながらラインハルトは休暇明けには姉をハイネセンに帰す事を決心した。

 料理だけならラインハルトも歓迎なのだが間違えて、ヒルダまでケーキ道に目覚められたら事なのだ。

 オーディンに居た時の様に、部下をケーキ中毒患者にされたり、肥満体にされたりしては困るのである。

 政治や軍事とは別に気苦労が絶えないラインハルトであった。

 

 ミッターマイヤー家

 

「ウォルフたら、子供が可愛いからと言って抱っこをやり過ぎですよ。抱き癖が付きます」

 

 妻の抗議に仕方なく我が子をベビーベッドに戻したミッターマイヤーは赤ん坊の代わりに妻を抱き上げる。

 

「なら、可愛いエヴァを抱っこするか」

 

「もう、ウォルフたら」

 

 抱き上げた妻の唇を唇で塞ぐミッターマイヤーであった。

 

「あの子、本当に帝国の元帥様かしら?」

 

 息子の目の前の行動に呆れる母であったがとなりに座っていた夫が息子の真似をして自分を抱き上げるとは思わなかった。

 

「ちょっと、貴方。息子達の前ですよ!」

 

 妻の抗議を唇で塞ぐ父であった。この親にして、この子ありである。

 

 ロイエンタール家

 

 ロイエンタールがショットグラスのウイスキーを飲み干す。

 

「十五杯目いった!」

 

 周囲のロイエンタール家の家人達が歓声と悲鳴を挙げる。

 

「よし、後は奥様が飲めば俺の総取りだぜ!」

 

 ロイエンタール家のコック長が両手を握り締める。

 新年から夫婦で飲み比べをしている。家人達もロイエンタール達が飲む杯数に賭けをしている。

 夫婦で合わせて三十杯に賭けたのは家令だけである。

 三十杯を越えて飲めばコック長の一人勝ちである。

 

「悪いなあ。オスカー。明日は芝居見物に付き合って貰うぞ」

 

 どうやら夫婦間でも賭けをしていたらしい。

 ローザがショットグラスの中のラム酒を一気に飲み干す。

 

「負けたよ。お前は古代神話のバッカスの化身だな」

 

 ローザが飲み干す光景を確認してからロイエンタールは静かにテーブルに酔い潰れたのである。

 

 エミールとマリーカ

 

 フェザーンの街を散歩する若いカップルである。端から見れば仲の良い姉弟に見えたかもしれない。

 

「へえ。フェザーンは新年の祝いに観覧車が出るのか!」

 

 新年は家族で家で過ごすのが習慣のオーディンと違い街には人々が多い。

 

「そういう家庭も多いわよ。フェザーンは帝国と同盟の人も多いから」

 

 マリーカが親切に説明する。

 

「せっかく、フェザーンに来たのだから観覧車に乗ってみたい」

 

 エミールが子供らしい好奇心を発揮して観覧車に乗りたがる。

 

「うわ、凄い眺めだ」

 

 オーディンはノイエサンスーシーより高い建物が無い為、エミールには観覧車からの眺めが珍しくて仕方ない。

 

「あそこに仮皇宮が見えるわよ」

 

 マリーカに言われてマリーカの隣に行くエミール。

 

「本当だ。建設中の皇宮も見える!」

 

 窓の外の景色に夢中になるエミー ルに期待を裏切られたマリーカは苦笑する。

 余人が居ない密室である。某撃墜王が居たら小一時間は男女交際について講義をしていただろう。

 

(私達は若いのだから、ゆっくりと進みましょう)

 

 ヤン家

 

 日頃は下宿生活をしていたユリアンも新年休暇の間はヤンの家に家事手伝いに戻っていた。

 

「ユリアンのシチューも久しぶりだな」

 

「悪いわね。ユリアンに家事をして貰って」

 

 呑気な夫に代わりフレデリカが謝罪する。

 

「気にしないで下さい。フレデリカさんも子守りで大変でしょう」

 

 ユリアンが応えた時にインターホンが鳴る。

 

「誰かな?」

 

 今日は護衛役のシェーンコップも居ないのでユリアンが玄関まで応対にでる。

 

「よお。久しぶりだな。ユリアン!」

 

「中佐!」

 

 ヤン夫妻には誰だか声だけで分かった。

 

「提督。お久しぶりです!」

 

 当然と言うべきか。ポプランの横には妙齢の女性がいる。

 

「初めまして、その節はオリビエがご迷惑をお掛けしました」

 

「おい、ラム。普通はお世話になりましただろ」

 

「何を言っているちゃ。事実だちゃ!」

 

 どうやら、ラムと呼ばれた女性は同盟の地方出身者らしい。

 

「実はですね。自分も軍隊を辞めまして、コーネフの紹介でフェザーンの運送会社に就職したんですよ」

 

「そう言えば、コーネフはどうしたんだい?」

 

「コーネフの奴はハイネセンで小学校の教師になりました」

 

「それは、良かった」

 

「コーネフ中佐らしいですわ」

 

「アッテンボロー提督はどうしました?」

 

「アッテンボロー提督は新米ジャーナリストだよ」

 

「アッテンボローも本道に戻ったのか」

 

「それから、提督。キャゼルヌ中将達からは連絡は無いのですか?」

 

 これが、本日のポプランの真の目的だろう。

 

「残念ながら、連絡は全く無いんだよ。先輩達も遠慮しているのかもしれない」

 

「そうですか。今更、提督に連絡しても籠の鳥ですからね」

 

「私が軍服を着る必要も無いと思うよ」

 

「皇帝は例の約束を守るでしょうからね」

 

 ポプランはシェーンコップが娘と息子を持つ二児の父親になった事を聞いてヤン家を辞去した。

 

「ユリアンもシェーンコップの不良中年に会うのは久しぶりだろ。一緒に来いよ!」

 

 辞去する際にユリアンも連れて行ったのはポプランなりの配慮なのだろう。

 

 シェーンコップ家

 

 シェーンコップは珍しくキッチンに立っていた。

 この男にしては殊勝な事に新年休暇の間は子供達を家事から解放させる気でいる。

 実際は既に子供達が鍋に作った大量のシチューを温め直すだけである。

 

「カリン、シチューの皿は何処だ?」

 

 驍勇で鳴らしたシェーンコップも家庭では凡百の父親と変わらない。食器の置き場も分からない。

 

「言ってくれたら、ご飯の用意くらいするのに」

 

 娘と息子からキッチンの主導権を奪還されて、テーブルへと追いやられたシェーンコップであった。

 

「姉さん、パスタはどうする?」

 

 エドワードが冷蔵庫から水漬けのパスタを取り出して聞いてきた。

 

「今日はパンがあるから明日にしましょう」

 

「じゃ、パンを焼くね」

 

 カリンとエドワードの仲は良く。姉弟での料理の手際も良い。

 何となく疎外感を持ってしまうのはシェーンコップの僻み根性だけでは無いだろう。

 キッチンで姉弟が見事な連携プレーを披露していると来客を告げるインターホンが鳴った。

 

「お父さん。お願い!」

 

 防犯上、来客の応対に出るのはシェーンコップ家では父親の役目と決まっていた。

 

「久しぶりだな。ユリアン!」

 

「ご無沙汰してました。中将!」

 

 ユリアンと言う名前に聞き覚えがあった。確かヤン提督の義理の息子の名前である。

 どうやら、父の軍隊時代の仲間らしい。父が久しぶりに楽しそうに笑うのを見たカリンである。

 元軍人の三人が昔話に花を咲かせている間に連れの女性はカリンとエドワードに料理談義をしていた。

 本来の歴史通りにユリアンとカリンが結ばれるのかは神のみが知る事であった。

 

 ミューゼル家

 

 朝からハンスは干し野菜を作っていた。冬の乾燥した空気が干し野菜を作るのには適している。

 

「しかし、海が無いと不便だよなあ。ハイネセンだと今の時季は魚の干物を作っていたのに」

 

 庶民から見れば元帥は高給取りであるが貧乏性が抜けないハンスであった。

 マンションのベランダで干し野菜を作る元帥というのは珍しい光景だろう。

 

 オーベルシュタイン家

 

 オーベルシュタインはリビングで雑誌を読んでいた。

 二匹の仔犬が欠伸をしている表紙に「ワンちゃん倶楽部」と印字されていた。

 

「ふむ。犬には野菜も必要なのか」

 

 オーベルシュタインは子供の頃から部屋で勉強ばかりしていた。

 友人が欲しいとも思わなかった。同年代の少年達からは義眼の事を揶揄されるからである。

 オーベルシュタインが揶揄されると母が悲しむのである。

 

「パウル。ごめんね。ごめんね」

 

 泣きながら謝罪する母を子供心に不憫に思ったものである。

 オーベルシュタインは自然と屋敷から出る事なく部屋で勉強して一日を過ごす様になる。

 心配した両親がオーベルシュタインに小型犬の仔犬を与えたのである。

 オーベルシュタインが人生で初めて心を許した友達であった。

 オーベルシュタインが士官学校入学直前に病気で死んで以来、オーベルシュタインは犬を飼う事はなかった。

 

「しかし、小型犬と大型犬では随分と飼育方が違うものだな」

 

 オーベルシュタイン家の一員となった犬は老齢のためか、一日中、寝てばかりでいる。

 それでも、オーベルシュタインが帰宅すると顔を上げて挨拶するのは律儀である。

 

「やはり、屋内で飼う方が良いのか」

 

 執事夫婦も老齢の為、屋内で犬を飼うと掃除も大変だろうと屋外で飼う事も検討したが断念せざる得ない様である。

 

「残り少ない余生なのだ。好きにさせるか」

 

 足元が温かい感触に包まれたので視線を雑誌から下に落とすと犬が寄り添う様に寝ていた。

 

「好きにすれば良い」

 

 犬に呟く様に声を掛けると再び雑誌に読み始めるオーベルシュタインであった。

 

 サン・ピーエル家

 

「私が言えた義理では無いけど、新年休暇くらい家に帰ったら?」

 

 ドミニクがソファーを占領してポトフを肴に缶ビールを飲んでいるルビンスキーに声を掛ける。

 元自治領主であり、現役の財務尚書には見えない。

 

(良く言って、安酒場にいる小役人ね)

 

「ふん。自分の愛人の家に来て問題があるのか?」

 

 今日のルビンスキーはやさぐれていた。

 

「まあ。今日はいいけど、明日は私は朝から出掛けるわよ」

 

「好きにすれば良い!」

 

「言っておくけど。ビールは貴方が飲んでいるのが最後のビールよ」

 

「なんだと!」

 

「まだ、ビールを飲むなら教育入院は覚悟しなさい」

 

 ドミニクは一枚の紙をルビンスキーに見せた。

 

「ドミニク。何故、それを持っている?」

 

 驚くルビンスキーにドミニクが呆れ声で応える。

 

「だって、最初に私の処に送られて来たのよ。それをコピーして貴方の家に転送しただけよ」

 

 ドミニクがルビンスキーに見せたのは健康診断書である。

 所見欄は痛風の可能性と専門医に受診を示唆している。

 

「明日、朝から特別に軍病院を予約しているから逃げたらミューゼル元帥に報告するわよ」

 

 家族から受診を口煩く言われるのでドミニクの家に避難したが、逃げ込んだ先が黒幕とは迂闊な話である。

 

「私も老いたものだな。その程度も読めないとは」

 

「当たり前でしょう。もう四十四歳よ」

 

 何か言い返そうと思ったルビンスキーであったが、ドミニクの目が年齢の事に触れるなと言っているのに気付き黙る事にした。

 

 

 


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