新年休暇も終わり全宇宙の関心がハイネセンに集中をしていた。
前評判の通りに最高評議会議長には、周囲から肘でつつかれたホワン・ルイが就任したのである。
「そりゃ、同盟に引導を渡す役は誰でも嫌だよなあ」
ハンスにはホワンに対して良い印象が無い。
逆行前の世界では私心が無く、教育行政に予算を掛けて各分野の技術者を育成に成功したが、結果は育成した人達は帝国に渡りバーラト政府は帝国の為に少ない国家予算を使い貢献した事になる。
そして、その皺寄せが福祉に掛ける予算を削られたハンス達にきたのである。
ハンスは同盟を完全併呑した暁には政府高官の財産を没収する様にラインハルトに進言するつもりである。
「帝国の門閥貴族と同じで、名前を変えて国民から搾取していただけだろ」
後日、ハンスがハイネセンのジャーナリストに公言している。
ホワンにも言い分があるが、政府高官の地位に居て、トリューニヒトの専横を止められなかった事は罪悪と呼ばれたら反論は出来なかったであろう。
ラインハルトはホワン・ルイの議長就任直後にハイネセンに再び行幸を決定した。
今回は直属の艦隊を率いての行幸である。各艦艇には行政や財政に司法の専門家も随行している。
誰が目にも完全併呑の為の行幸である事は明らかであった。
宇宙歴801年 新帝国歴003年 2月1日
自由惑星同盟の解散と併せて帝国への帰順が閣議決定した。
同日、キルヒアイス高等弁務官に宣言書が提出される事になる。
ラインハルトはハイネセン到着すると宣言書を受諾して自由惑星同盟は三百年近い歴史に終止符を打ったのである。
翌日、ラインハルトは人心の安定の為に布告を出す。
「例え帝国と戦った者であろうと戦死者や遺族、傷病兵は厚く遇するであろう。及び帝国人の無法は厳しく咎める。最早、憎悪で歴史を動かす時代ではない。困窮する者は遠慮なく申し出るように」
この布告は同盟政府高官に深刻な打撃を与えた。単純に軍事力で負けたのではなく民主共和制度が個人の器量に負けたのではと疑念を持ったのである。
事実、同盟市民にも帝国の支配を受け入れる風潮があった。
まさに、ハンスが常日頃から公言していた「どの様な政治体制でも国民を喰わせるのが良い政治」を体現していた。
同年 2月20日
後に「冬バラ園の勅令」と呼ばれる勅令をラインハルトは発布する。
その中でラインハルトは正式に自由惑星同盟の解散と帝国領である事を明言する。
併せて、自由惑星同盟を対等の国家として正式に認めたのである。
これは、皮肉でも嫌味でもなくラインハルトには同盟は対等な敵であり、ゴールデンバウム王朝を憎む同士との思いからの発露であった。
そして、遠くフェザーンの地で中継を見ていたヤンは深刻な溜め息をつく。
「だから。カイザーラインハルトは民主共和制の最大で深刻な敵なんだ。彼が名君で在るほどにね」
ヤン家とシェーンコップ家で昼食を摂りながら見ていた為にフレデリカ、ユリアン、シェーンコップはヤンの言葉に無言で首肯く。
「しかし、提督。これで戦争の心配は無くなったんですよね?」
カリンが確認する様にヤンに質問する。
「そうだね。全宇宙から反ローエングラム派の戦力を糾合しても一個艦隊分の戦力になるかならないかだと思うよ」
「それなら安心です。私は軍隊に入った時は戦死するのも、それほど怖くわなかったですけど」
カリンは一端、言葉を区切り横に座っているエドワードを抱き締める。
「弟が出来てから死ぬのも死なれるのも怖くなりました」
「姉さん」
カリンの告白は全宇宙の大半の人々の本音であろう。
そして、主義主張で戦争を始めるよりは正しい事なのである。
「こうなると、ミューゼル元帥の慧眼には驚嘆するしかないよ。ここまで読んで私と皇帝に密約を結ばせたかもしれない」
現時点で全宇宙で民主共和制の旗を掲げているのはエル・ファシルだけである。
未来の布石ではなく、情熱の赴くままの暴挙に近い。
「こうなると例の話が重要になってきますな」
シェーンコップもヤンと同じ結論に辿り着いた様である。
「しかし、皇帝が本当に約束を守るでしょうか?」
ユリアンの疑問は当然の疑問である。エル・ファシルに大軍を送る片手間でヤンを謀殺してしまえばローエングラム王朝は名実ともに全宇宙を統一する事が出来るのである。
「それは無いと思うよ。バーミリオンの直後も言ったけど、個人的な見解だが信頼が出来る人だと思うよ」
歴史上、ヤンの軍事的才能が注目されるが、実はヤンの才能の中には人物鑑定眼も特筆するべきなのである。
シェーンコップを代表に癖のある人材達を発掘して才能を発揮させたのである。余人なら出来ない手腕である。
「問題は皇帝より、エル・ファシルの連中ですな。素直にキャゼルヌ中将の意見に従うかが問題ですな」
シェーンコップが最大の問題を提示したのである。
エル・ファシルの代表のロムスキーは有名な人物ではなく、どの様な人物なのかは全くの不明のままの未知の人物なのである。
そして、シェーンコップの懸念は杞憂であった。
「ロムスキー代表、我が軍が帝国と事を構える程の戦力も財力も有りません」
後方勤務のエキスパートのキャゼルヌが全てのデータを数値化して帝国と比較してロムスキー代表と閣僚達に説明して見せる。
(ここまで、する必要も無かったか)
ロムスキー達はヤンの考察通りに一時期の情熱とハイネセンへの反発心から自立を宣言しただけであった。
それでも、エル・ファシル自体は開発途上の星系であり、鉱物資源や入植可能な無人惑星を抱えている。
自立しても経済的には展望がある星系である。
また、位置的にもイゼルローン回廊にも近く第二のフェザーンとなり得る。
ここまでを、エル・ファシルの政府高官に大学生の講義の様に連日に渡って説明したのである。
「では、帝国との共存も可能性も期待が出来るのですか?」
「それは貴方達、政治家の手腕次第です。下手に帝国の神経を逆撫でしない限りは大丈夫です」
「では、キャゼルヌ中将には和平交渉での場に同席して頂きたい」
「私は構いませんが軍人が同席しても宜しいので?」
「皇帝ラインハルトはヤン提督を高く評価していると聞きます。私達以上に提督の幕僚だったキャゼルヌ中将が居れば交渉もスムーズに行くでしょう」
ロムスキーは本業が医師であり、本来は政治家では無いので悪い意味での政治家としての拘りが無い様である。また、人格的にも誠実な人物の様である。
「では、帝国に交渉に行く人員を必要最低限に決めて下さい」
「分かりました」
ここからは笑劇の始まりであった。文官武官共に単純に数世紀に一人の天才であるラインハルトに会ってみたいと参加を表明するのであった。
「まずは、代表に指名されたキャゼルヌ中将は当然として実戦部隊の長である儂も行くべきだろう」
「確かにビュコック提督が行かねば皇帝に対して礼を欠く事になりますな」
ビュコックの参加は当然の如くに決まった。
「それなら、護衛役として私も行くべきでしょう」
リンツが名乗りを挙げたがキャゼルヌに却下された。
「連隊長が留守をして良い訳が無いだろう」
「では、小官なら問題無いですね」
代わりにブルームハルトが護衛役を射止めた。
「ビュコック提督が行かれるなら、副官の小官も当然ですな」
確かにビュコックが行くなら副官も同行するのは当然である。
「では、参謀長である、私も同行する必要が有りますな」
「ムライ中将には留守番組の目付け役をして貰う必要が有りますので却下」
「では、私が同行しましょう。キャゼルヌ中将を手伝いをする人間が必要でしょう」
「確かに貴官が来てくれたら俺も助かる」
意外な事にパトリチェフの同行をキャゼルヌも認めたのである。
こうして、武官からは五名が選ばれたのである。
文官側は八名が選ばれたのである。彼らは敵地であるフェザーンに赴く事に躊躇いがあった様である。当然と言えば当然である。
艦艇も帝国軍を刺激せぬ様に一隻にして、軍艦に慣れてない文官の為と万が一の不測の事態に備えて最新艦のヒューベリオンが選ばれた。
「同じ新型艦ならトリグラフの方が新しいでしょうに」
ブルームハルトの疑問は当然である。
「あれは、ハイネセンに置いてきた。同じ持って来るなら最新鋭の艦と思ったが維持費が高いから断念した」
「ヒューベリオンの方が安いんですか?」
「ヒューベリオンが安いというよりはトリグラフが異常に高いだけさ」
実はビュコックのリオ・グランデも一緒に持って来るつもりでいたが、此方は色々と老朽化が進んでおり諦めたのは内緒である。
搭乗艦も決まったので後は帝国に連絡を取るだけでる。
「しかし、キャゼルヌ中将。連絡をして断られる事は無いだろうか?」
ロムスキーは意外と心配性であった。
「その事は大丈夫です。帝国では皇帝への直訴を邪魔する事は禁止となっています。それに帝国にコネも有りますから小官がアポを取ります」
ロムスキーが帝国にコネと聞いて胡散臭いと言いたげな顔をしたが、キャゼルヌは知らん顔をした。
(まあ。普通は帝国にコネが有るとは思わんだろうな)
この当時、銀河系の人々の関心はラインハルトとエル・ファシルの動向に集中していた。
エル・ファシルが和平交渉に乗り出す事は自明の理であり、交渉の結果は共存か対立かで少なからず自身に影響があるからである。
その為に、ハイネセン郊外の病院で火事が起きた事も患者の遺体が行方不明な事も人々が記憶する事はなかった。