銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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エピローグ 前編

 

 軍務省前に屋台が現れる様になり、四年の時が流れていた。

 

「元帥。今日はクロプセ(肉団子)二個とクヌーデル(じゃが芋団子)を三個ね」

 

 若い警備兵がシチューのトッピングを頼む。

 

「はいよ。パンはサービスだよ」

 

「有り難う」

 

「ほな、寒いけど、頑張りな!」

 

 警備兵がシチューとパンを入れた紙袋を手に持ち場へと急いで帰って行く。

 警備兵が去った後で屋台の裏から金髪の青年が出て来る。

 

「確かに卿の言う通りだな。クヌーデルを三個でサワークリーム入りで」

 

 青年もオーダーして屋台に設置された椅子に腰を掛ける。

 

「若い兵士の客が最近は異常に多いんだよ。それで、探りを入れてみたら兵舎の食事が滅茶苦茶なんだよ。はい、お待ち!」

 

 シチューを出した後で二枚の書類を差し出す。

 

「これは、一ヶ月のメニュー表と同じ月の材料の購入リストだよ。帰ってたらシェフに見せて協力して貰う方が早い」

 

「恩に着る。しかし、こんな物が手に入れるとは、卿の人脈が気になるな」

、卿の人脈が気になるな」

 

「蛇の道は蛇だよ。それより、飲み物はグリューワインで良いか?」

 

「寒い日にはグリューワインに限るな。それと、おかわりと追加で鱒の串焼きを焼いてくれ」

 

「はいよ。何本?」

 

「三本」

 

「食い過ぎだろ!」

 

「卿が言えた義理か。二本はヒルダとアレクに土産にする」

 

「じゃあ。二本は帰りに焼こう」

 

「しかし、俺が帝国の実権を握る前の軍の食糧事情も不祥事が多かったが俺の時代にも不祥事が起こるとは」

 

 シチューとグリューワインを受け取りながら金髪の青年が嘆く。

 

「まあ、仕方ない。人は集団になると悪さする人間は必ず居るもんさ」

 

「確かに。それより、二人目が出来たらしいな。おめでとう」

 

「ああ、有り難う。それより、自分は二人目は作らんのかい?」

 

「実は、二人目が出来た。今日も本当は一緒に来たがっていたが、大事を取って皇宮に残して来た」

 

「そちらこそ、おめでとう。今度は顔を見せに行くよ」

 

 返事を返しながら鱒の串焼きを渡す。

 

「レモン汁とビネガーとどっち?」

 

「レモン汁」

 

 小皿に乗せた櫛切りのレモン一個を渡され、早速、鱒にかけると口にする。

 

「旨い!」

 

 瞬く間にシチューと鱒を完食してしまう。

 

「卿の退役を認めずにシェフとして召し抱えるべきだったな」

 

「皇宮で魚の串焼きとか食うつもりかい」

 

 流石に呆れるしかない。

 

「何か問題でも?」

 

 真顔で返されて呆れを通り越して脱力感に襲われる。

 

(オイゲンも大変だが、シュトライトも苦労していそうだな)

 

 内心の思いと別に口にした事は別である。

 

「土産用の鱒が焼けたよ。レモンの串焼きとビネガーも付けているからね」

 

「うむ、有難い。最近のヒルダは酸味を欲しがっているからな」

 

 代金を払い金髪の青年は帰宅した。

 

「おい、今の客は?」

 

 金髪の青年が帰った後で金銀妖瞳の男が声を掛けた。

 

「久しぶり。それから、今の客の事は忘れましょう。それが幸せです!」

 

 金銀妖瞳の男は、現役時代と同じく、何か裏工作をしていると勘繰り、忠告通りに見なかった事にする。

 

「分かった。何時ものを頼む。それとグリューワインを先に」

 

「了解しました」

 

 差し出されたグリューワインを一気に飲み干す。

 

「おかわり」

 

「はいよ。今度は熱いよ」

 

 二杯目は一気に飲めない様に舌が火傷しそうな程、熱いグリューワインである。

 

「安心しろ。もう若くない無茶な飲み方はせん」

 

「最近、日参しているけど、家は大丈夫なの?」

 

 売り上げを無視しての遠回りとも言えない注意喚起に金銀妖瞳が苦笑しながら事情を話す。

 

「子供が出来てから、夜遅くに食事をすると子供が泣き出すのだ」

 

「夜泣きとは別に?」

 

「ああ、夜泣きとは別だな。だから、帰りが遅い時は食事は外で摂るようにしている」

 

「はいよ。臓物の煮込みシチューとクヌーデルとほうれん草のソテー」

 

 一応は健康に気を使っている様である。

 

「しかし、最近は帰りが遅いみたいだな。軍制改革は終わっている筈だろうに?」

 

 自分が退役する頃には軍制改革は殆ど終了していた。

 

「今は二度目の軍制改革を行っている」

 

「またかよ!」

 

 流石に四年後に再度の改革とは間隔が短い様に思える。

 

「仕方ない。最初の改革では外征から領土内の治安維持に変えた。しかし、既に宇宙海賊も殆どが壊滅していて、軍の仕事が事故や災害の対応に切り替わったのだ」

 

「本当に平和になったなあ」

 

「陸戦部隊は特に替わった。急病人の応急手当てから災害時の対応を専門的に学ぶ事になった」

 

 これには軽い驚きを覚えた。

 

「レスキュー部隊化しているのか」

 

「ああ、数年後には艦隊の花形は戦艦や提督とか参謀ではなくなるな」

 

「代わりに強襲揚陸艦と陸戦隊が子供達の憧れの職業になるな」

 

「ふん。別に人気だから軍に入った訳じゃない」

 

 珍しい事に常に冷静沈着な部分しか人に見せない男が拗ねている。

 

(この男も見栄っ張りだな)

 

 考えてみれば見栄っ張りが高じて反乱を興した男である。

 

「しかし、これ程、臓物が美味だとは知らんかったな」

 

 実は帝国でも臓物料理は庶民の食べ物として人気のある料理である。

 その為に飲食店での競争も激しく色々な臓物料理が考案されて提供されているのだが、目の前の男は下級貴族とは言え、金持ちの出身だけあって知らないらしい。

 

「今年は良い材料が手に入ったから出せるけど来年は分からんよ」

 

「ならば、今の内に味わっておこう」

 

 臓物のシチューを堪能して満足したらしく、地位に似合わずに徒歩で帰宅したのである。

 

 客も途絶えて、朝の営業の準備の為に店を閉めようとした時に客が来た。

 

「まだ、営業しているのか?」

 

「はい。大丈夫ですよ!」

 

 反射的に返事をしてたが、相手を確認して驚いた。声を掛けた主は義眼の白髪男である。

 更に奇妙な事に二十代後半の若い女性と、その娘らしき七歳前後の女児を連れている事である。

 

「これは、お久しぶりです。あの、もしかして娘さんとお孫さんですか?」

 

「卿は私を何歳だと思っている。家内と娘だ!」

 

 爆弾発言であった。

 

「な、なんですって!」

 

 白髪頭の正論家は頭髪の色とデスクワークばかりで青白い顔をしている為に実年齢より老けて見える事が常である。

 それが、若く美しい娘と結婚して子供までいるとは驚愕するべき事実である。

 

(待てよ。娘さんの年齢から言えば俺が結婚した時くらいの時の子供だよなあ)

 

 数瞬の思考の結果、脳裏で「連れ子」という単語が浮かんだのである。

 

(そうか。旦那さんを亡くして路頭に迷っている母子を保護の目的で結婚したんだな)

 

 全てが腑に落ちた。この男は意外な事に慈愛精神の持ち主である。老いた野良犬を家族にする様な男であった。

 

(この男の場合は、犬も人も変わらんか)

 

 失礼な事を考えていたが、全てを見通す義眼は看破していた。

 

「何やら、勘違いしている様子だか、娘は実子だ」

 

 本日、二回目の爆弾発言であった。

 

「な、な、なんと!」

 

 反射的に両親と娘の顔を見比べてしまう。父親の遺伝子が娘からは見当たらない。

 

(そう言えば、我が家も娘は母親のクローンみたいだもんなあ)

 

 実体験が一瞬で冷静さを取り戻させた。

 

「しかし、八年以上前に結婚していたのか!」

 

「卿が結婚した直後だな」

 

 相変わらず冷静沈着に返答する。

 

「何故、黙っていた?」

 

 対照的に慌てながら詰問する。

 

「あの結婚式を見た直後で、常人なら派手な結婚式を挙げる気にはならん」

 

 相変わらずの正論家ぶりも健在の様である。

 

「確かに!」

 

 自業自得とは言え悪質な邪魔が入りテレビ中継され大騒ぎが全宇宙に流れたのである。常人なら遠慮したくなるであろう。

 

「式は別にして、結婚した事を何故、言わん?」

 

「私事を報告する必要があると思えん」

 

 もし、この場でラインハルトが居たら三人が結婚報告した日に結婚の話題に狼狽した男の様子から実際は照れていた事に気付いた事であろう。

 その事を知らない人間は額面通りに受け取ってしまった。

 

(そうだった。この人は徹底した秘密主義者だった)

 

 この男の性格を思い出して納得した。更にテロに巻き込まれる危険も危惧したのであろう。

 

「まあ。取り敢えずメニューをどうぞ」

 

 オーダーを取る前から疲労感を覚えてしまった。三人のオーダーを取り手際良くオーダー品を出してゆく。

 

「卿が現役の頃から料理の腕の評判は聞いていたが、正直、これ程とは思っていなかった」

 

 三人は政府高官の一家だけあり行儀良く食事をしてゆく。

 

(流石だな。俺とは大違いだ)

 

 第三者が居れば比較対象が悪いと言った事であろう。

 

「この子は臓物料理が苦手な筈なのに、二杯も食べるなんて!」

 

 子供の好き嫌いに手を焼くのは、どの家庭も同じ様である。

 

「臓物は特有のクセが有りますから、ちょっと下処理をすれば大丈夫ですよ。簡単な下処理の方法を後日、旦那様にお渡ししときますよ」

 

「あら、それは有難う御座います」

 

 三人は満足した様子である。絶対零度のカミソリと呼ばれた男が娘を背中に乗せて帰る姿は平凡な父親と変わらぬ。

 

「皆、良い方向に変わった様だな」

 

 自身が逆行した意義を実感した男は第二の人生を充足感に包まれていた。

 

「今度の休みは久々に家内の実家に行くとするか」

 

 妻も仕事が持つ身である。義両親も娘と孫と会える機会は少ないのである。

 

「お土産は何がいいかな?」

 

 冬の夜空だけが男の呟きを聞いていた。


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