銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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銀河英雄伝説IF~亡命者~外伝 ラング 後編

 

 ヨハンの取り調べは対外的な理由として、リスナー公爵の名誉に配慮してラングが直接に行う事にした。

 ラング個人の理由としては若い部下に精神的負担を負わせたく無いのが本音であった。

 ラングの経験上、門閥貴族の女性の執念深さと陰湿さは男性には耐え難いものであった。

 

「誘拐事件では被害届けは出ていない。よって、卿の余罪について取り調べを行う。まずは卿の経歴の確認から始める。間違いがあれば、その都度申し出るように」

 

 ヨハンの経歴確認はオーディンから始まった。

 ヨハンの母のエマはオーディンの地方に住んでいる友人を頼りヨハンを出産するが、エマが退院と同時に友人の家にリスナー家からの圧力が掛かったのである。

 エマは友人の助言もあり、フェザーンの親戚を頼り身を寄せる。

 その後、兄であるヘルマンの援助もあり、母子で慎ましいが平和な生活を送っていまが、数年後、先代リスナー公爵が事故に遭い危篤となった途端に事態は急変する。

 リスナー公爵夫人が遺産相続権のあるヨハンの命を狙い刺客を差し向けて来たのである。

 この時、リスナー家を追い出された時の金銭はフェザーンまでの渡航費用で消えていてフェザーンから脱出する金銭も無く、母子でフェザーンの惑星中を逃亡する日々を送るのである。

 その日々のなかで母、エマは心労の為に若くして病死して、ヨハンは十代で天涯孤独の身となった。

 

「卿も色々と苦労したのだな」

 

 時計を見ると既に午後となっていた。ラングは取り調べを一時中断して休憩にした。休憩の間に昼食を摂り記録官を交代させた。

 午後からは母を亡くしたヨハンが刺客から命を守る為に犯罪組織に身を投じた事から話が始まった。

 

「あの種の組織には、常に命を狙われてる連中がいるので、その意味ではセキュリティが万全だった。何度も仲間に命を救われたぜ」

 

「ふむ。義理堅い連中だな」

 

 その後、ヨハンは企業相手の恐喝やライバル組織との抗争に明け暮れながら、執拗に差し向けてられる刺客を返り討ちにする日々を送る。

 事態が変わったのはリップシュタット戦役が起きた事でリスナー公爵夫人も刺客を送る余裕が無くなったのである。

 それと、ヨハンも天涯孤独の老人の養子となる事で財産の相続権を放棄する意思を示した事も一因であった。

 

「最初から、その方法を使うべきだったな」

 

「それには、仲介屋に、それなりの金銭を払う必要がある」

 

「リスナー公爵夫人も益も無い事をしたな」

 

「同感だな。俺は母と二人だけの生活でも満足していたのにな」

 

「伯父であるヘルマンと連絡を取ったのは何時だ?」

 

「フェザーン遷都が終わり地球教が壊滅した後さ。それまで、地球教摘発の為に官憲の目が厳しく、組織も一時休眠状態だったからな」

 

 地球教のテロ行為撲滅の為に司法省に軍務省と皇帝子飼のハンスと連携を取りながら捜査した当事者のラングとしたら苦笑するしかなかった。

 

「実際に伯父貴に連絡を取ると伯父貴も随分と俺達を探したみたいだった。伯父貴に探し当てられる様だと、とっくにヴァルハラに行っていただろうがな」

 

 ラングは誘拐事件を持ち掛けたのは、どちらかと問いたい衝動に駆られたが、今さら無意味な事だと思い口にはしなかった。

 代わりに当代のリスナー公爵が謝罪の表れとして家宝のフルートをヘルマンの目の前で、へし折った事と自身の母親を養老院に入所させた事と母親の葬儀までリスナー公爵と息子は母親と顔を会わせない事を誓った事を伝えた。

 

「兄貴も馬鹿な母親の為に苦労するな」

 

 ヨハンがリスナー公爵の事を兄と呼んだ事に気付いた。ヨハンはリスナー公爵の謝罪を受け入れた様子である。

 その後、ヨハンは自身が犯した余罪には素直に自白したが所属していた組織に関しては口を割らなかった。

 

「刺客から何度も命を救ってくれた義理がある。そこまで堕ちてないわ!」

 

 ラングもヨハンの言に納得して組織に関しては追及を諦めた。

 

 数日後、ヨハンの死刑執行が行われた。リスナー公爵の意向により、ヨハンはリスナー公爵の弟と認知され、貴族として栄誉ある自裁となった。

 自裁の判決を受けたヨハンは苦笑しながらも、自裁の時に使う毒酒にはビールを指定した。

 

「俺はワインは嫌いだ。赤ワインは渋く、白ワインは酸味が苦手だ。贅沢を言うならばビールには揚げ物のつまみを付けてくれ」

 

 ヨハンの要望にラングも苦笑しながらも受け入れた。ヨハンの遺体はリスナー公爵が引き取り、リスナー公爵の弟として葬儀を出した。

 葬儀にはヘルマンの姿は無く、ヘルマンがフェザーンを離れた事は確認が出来たが何処に行ったかは不明のままである。

 

 そして、葬儀が終わった数日内、ラングとハインツはリスナー邸に招かれていた。

 

「この度はリスナー家の浮沈に関わる一大事であった。それをラング殿の計らいにより、息子も無事に戻り穏便に解決なされた。なんと礼を述べれば良いか言葉も見つからぬ」

 

 リスナー公爵は謝辞を述べるとテーブルのは上にアタッシュケースを取り出し中身をラングに見せた。

 

「これは?」

 

「今回、息子の身代金として用意した一部ですが、快く御笑納して頂きたい」

 

 ハインツもアタッシュケース内に隙間なく入った金の延べ棒に驚いた。ハインツの知識では現金に換算するにも、見当のつかない額になる。

 ハインツは思わず上司の顔を見てしまった。ラングは前王朝時代から贈収賄を拒絶した男であり、任務で知り得た情報を私的に利用した事が無い清廉潔白な官吏である。

 ハインツはラングが怒り出すのではと心配したのは当然であったが、それは杞憂となった。

 

「これは、お心遣い有り難く頂戴します」

 

「おお、受けてくれるか!」

 

「はい」

 

 まさか、前王朝時代から貴族からの付け届け等を全て拒絶したラングが受け取るとは思ってなかった。

 帰りの車内でラングがアタッシュケースの中身を確認している姿はハインツの目には奇異に写った。

 

「ふむ。全て帝国財務省の刻印入りの純金とは有り難い」

 

 ラングはアタッシュケースから一枚の金の延べ棒を取り出すと貴金属店の前で車を停車させた。

 

「直ぐに戻るから、ちょっと待ていてくれ」

 

 運転手に声を掛けるとラングは店に入って行った。10分後、ラングは店から封筒を片手に戻ると封筒の中から札束を取り出して数え出した。

 

「もう、ちょっと待ってくれ。動くと数え間違いをするからな」

 

 ラングが札束を数え終わった時に貴金属店の店員が車の窓をノックするのでラングが窓を下ろした。

 

「お客様。商品の方をお忘れになられてました」

 

「これは、お釣に気を取られて、私とした事がうっかりしてました」

 

「一応、中身を確認されて下さい」

 

 店が木箱を手渡すとラングが中身を確認する為に木箱を開けた時、ハインツは思わず声が出そうになった。

 木箱の中に入っていた髪飾りにハインツは見覚えがあった。

 

(あの髪飾りは、以前のパーティーで部長の奥様が身に付けられていた逸品ではないか!)

 

 確か、あまりにも見事な髪飾りだったので髪飾り等に興味の無いハインツも記憶していた。

 

(確か、奥様の母上の形見の品だと聞いていた筈だ)

 

 ハインツは全てを理解したのである。ラングが捜査費用の為に自腹を切っていた事は知っていたが、ラング夫人は自身の母親の形見まで処分する程にラング家の家計を逼迫していたのだ。

 ラングが店員との会話も終わり車を出させた時にハインツの両眼から涙が溢れていた。

 

「どうした。ハインツ。私がリスナー公爵から金を受け取った事が涙を流すほど、気に入らぬのか?」

 

 ラングも部下の涙に慌て気味である。

 

「違います!」

 

 ハインツは力強く否定する。

 

「部長は前王朝時代から正義を貫いてきました。証拠捏造も尻尾を出さぬ悪を葬る為の方便です。一度も無辜の人間を陥れた事はありません。なのに、前王朝時代から報われるどころか、降格されてる事が悔しいのです!」

 

 ラングは部下に涙を見せない為にハインツの言葉に背を向けて窓の外に視線を向けた。

 ラングの涙は自身の不遇な状況を哀れんでの涙では無い。自分のために涙を流してくれる部下がいる事の感謝の涙であった。

 

「そうだ。忘れていた」

 

 ラングは気を取り直す様に声を出して、髪飾りの釣り銭から数枚の紙幣を取り出すとハインツに渡したのである。

 

「これで、明日にも家族を連れて、ミューゼル元帥の店に行くがよい。今回の事で口の固いミューゼル元帥にも手伝ってもらったからな」

 

 ラングはハインツの立場を考慮してハインツの同僚や部下を使わずにハンスに調査を依頼したのである。

 ハインツもラングの配慮と自身の家族の事も気に掛けてくる上司に感謝をした。

 

 翌日、ハンスの前で口を滑らせてラングの待遇に対する不満の言葉をハインツがすると、その日の内に白衣のままハンスが直訴と称してラインハルトの執務室に怒鳴り込むのは余談になる。

 

 三年後、皇帝直属の捜査組織が出来るとラングは以前から懇願していた妻の故郷の警察署長として定年まで過ごすのである。

 定年後は夫人と晴耕雨読の生活を送り天寿を全うする。

 ラインハルトはラングの死後に爵位を送り故人の功に報いた。残された夫人には銀の鏡台を下賜して夫人の内助の功に称えた。

 夫人は下賜された銀の鏡台を国立博物館に有料で貸し出して博物館からの報酬を全額、匿名で福祉施設に寄付をした。

 夫人の死後に寄付の手続きをした学芸員が事情を明かす事でラング自身が下級官吏時代から匿名で福祉施設に寄付をしていた事が判明する。

 後世、歴史家達からゴールデンバウム王朝末期からローエングラム王朝黎明期の名官吏と称えらる事になるが、故人が喜んだのは墓所がオーディンの観光スポットとなり、多くの観光客から花を添えられる事ではなかっただろうか。

 


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