銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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~亡命者~ ケスラーⅣ

 

 憲兵総監であるケスラーが何日も休暇を取れるはずもなく、ケスラーと変わりヴェルナーがナターシャの父親探しに付き合う事になっていた。

 ヴェルナーにするとナターシャを父親に会わせる事には色々と葛藤があったのだが、ブレンターノに言われた通りに、父親を探してからナターシャと再会させるかを考えれば良いと自分に言い聞かせていた。

 

「フラウ。その父君がフラウの前に現れないのは、それなりの理由があると思うのですが、本当に大丈夫ですか?」

 

 ヴェルナーは宿舎前まで地上車でナターシャを送り届けると、地上車を降りて宿舎に戻るナターシャに、この数日間の疑問を直接聞く事にした。

 

「私にも新しい両親が出来ました。父にも新しい家族が居ても不思議ではありません。それに父は私の事を忘れないで居てくれたのです」

 

「そうですか」

 

 ヴェルナーの胸中は返答とは反対に複雑である。二人を再会させる事は父親を逮捕させたとナターシャに負い目を抱かせる危惧と同時にナターシャを裏切っている罪悪感がある。

 暗澹たる気分でケスラーに報告の為に憲兵本部に戻ると事態は進展していたのである。

 

「副官殿はタイミングが良いな」

 

 ケスラーの執務室前でハンスと鉢合わせした。

 

「これは、元帥閣下!」

 

「もう辞めた人間だよ。敬礼する必要も無いよ」

 

 ヴェルナーが慌てながら敬礼するのを止めさせたハンスは、ヴェルナーを伴いケスラーの執務室に入った。

 

「ブレンターノ副総監も来ていたのか」

 

「お久しぶりです。閣下」

 

「こちらこそ、たまに店に来て下さいよ。サービスしますから」

 

 ハンスが営業を兼ねての挨拶で全員を苦笑させると、本題に入る。

 

「件の父親か名乗り出ない理由が分かったよ」

 

「殺人罪以外にも余罪があったのですか?」

 

「余罪じゃなく、反対方向だな」

 

 ハンスがブレンターノの質問に返答するのと同時に懐から数枚の紙を取り出す。

 

「被害者が死んでから15年の間、毎月、遺族に高額とは言えないが少なからずの送金がされている」

 

 ハンスが取り出した紙は預金通帳のコピーであった。

 

「これは?」

 

 ケスラーが預金通帳のコピーの入手先に疑念を持ったのは当然の事である。

 

「今日、遺族に会って話を聞いてきた。今年の夏に息子さんが学校を卒業するそうだ」

 

 ケスラーも遺族に会って預金通帳のコピーを貰ってくるとは予想外であった。

 

「それで、肝心な部分だが、途中からフェザーンから振り込まれている。調べたら残留孤児の公開捜査が始まった翌年なんだよ」

 

「では、犯人は……」

 

「名乗り出なかったのは、被害者の家族に送金する為なんだよ。フェザーンに来たのは娘がフェザーンに来た時に遠くから成長した娘を見るためなんだろうね」

 

 ハンスの言葉に軍人三人は溜め息をつくしか出来なかった。

 

「ケスラー総監。民間人の私に出来るのは、ここまでだ。これから先は貴方が判断して決断するしかない」

 

 ナターシャの父親探しを決めたのはケスラーなのである。ハンスも部下達もケスラーに協力しただけなのである。

 

「はい。何とか父君を説得してフラウと再会させるつもりです。そして、フラウがオーディンに帰った後でも遅くはないでしょう!」

 

 この場には、ケスラーが敢えて口にしなかった単語が分からない人間は居なかった。

 

「其処までの覚悟があるなら、私も覚悟を決めて言いましょう。フラウの父親は多分、清掃員としてフェザーンのオフィス街で働いていますよ」

 

「根拠は?」

 

 ケスラーが反射的にハンスの推理に疑問を口にした。

 

「振り込んだ場所は、全てフェザーンのオフィス街のATMから振り込んでいる。恐らくは清掃会社から派遣された仕事先のATM何だろう」

 

「分かりました。其処まで判れば居場所を見つけるのは簡単です」

 

 ケスラーの言葉通りに、翌日にはATMの防犯カメラから振り込みをした人物を探しだし、ハンスの予想通りに清掃員だった事から、着用している制服から清掃会社を割り出して、昼過ぎには振り込みした人物の名前と住所を調べ上げた。

 

「名前はセルゲイ・ヤグルチです。住所はクロイツ地区に住んでいます」

 

「なんだ。ローフテン地区の隣の地区じゃないか!」

 

「もしかしたら、フラウはクロイツ地区と勘違いしたかもしれませんね」

 

 ヴェルナーの報告とブレンターノの指摘に、自身の迂闊さを無言で悔やむケスラーであった。

 

「それで、本人には?」

 

「いえ、まだ接触はしてません。まだ、フラウの父親なのかも分かりません」

 

「今の清掃会社に勤め始めたのは同盟が滅びた年か!」

 

「はい。あの頃は不況のハイネセンからフェザーンに人が流れてましたから、刑事犯とかも警戒をしてましたが完璧とは言えませんでしたから」

 

「無理も無い。あの頃は地球教の摘発に人員を割かれたからな」

 

「いずれにしても、閣下の判断を仰ぐべきだと思い、監視だけ付けてます」

 

「そうか。フラウの帰郷まで数日ある。暫く様子を見よう」

 

 ケスラーにしては歯切れの悪い口調であった。上司が珍しく逡巡する姿に部下二人は顔を見合せるだけであった。

 

 翌日もケスラーが判断を出さないまま1日が過ぎた。ヴェルナーは定時退勤すると帰宅して私服に着替えると、クロイツ地区にあるヤグルチのアパートに向かった。

 

「任務、苦労。様子はどうだ?」

 

 ヴェルナーは見張り役の部下に差し入れを渡しながらヤグルチの様子を問う。

 

「いえ。判で押した様に変わり有りません」

 

「そうか」

 

「で、あの人物は何者ですか?」

 

 部下には見張っている人物の事を教えて無い事を失念していたヴェルナーであった。

 

「旧同盟と前王朝の亡霊だな」

 

「……」

 

 部下は自分が知るべきでない事と勝手に解釈した様子の部下を残して、ヴェルナーはヤグルチの部屋に行きノックをした。

 

「ヤグルチさん。娘さんが、ナターシャさんが事故で怪我をしました!」

 

 ヴェルナーがドアの前で叫ぶと慌ただしくドアが開かれて、中から血相を変えた初老の男性が出て来た。

 

「あの娘は大丈夫なんですか!」

 

「はい。安全して下さい。大丈夫です」

 

 ヤグルチが安心した隙を狙いヴェルナーが本題を切り出す。

 

「ヤグルチさん。いえ、スミノルフさん」

 

 ヤグルチの驚きの表情が事実を語っていた。

 

「娘さんを心配するなら、娘さんに会ってあげて下さい」

 

「私には娘は居ません」

 

 一言だけ残して室内に戻ろうとするヤグルチに、ヴェルナーが再び説得する。

 

「娘さんは既に家庭を持っているのです。それなのにオーディンからフェザーンまで来ているんですよ。今、会わなければ二度と会う事が出来ないかもしれませんよ!」

 

 ヴェルナーの声に一瞬だけ動きを止めたが、ドアは閉められてしまった。

 ヴェルナーはドアに貼り付く様に耳を付けて内の様子を伺う。

 男性の嗚咽が微かにドア越しに確認が出来た。

 

(本当は会いたいだろうに)

 

 ヴェルナーが見張りの所に戻ると、上司であるケスラーが、待っていた。

 

「閣下!」

 

「ご苦労だったな。戻るぞ」

 

 ヴェルナーはケスラーと共に地上車に乗り込むと、ヤグルチの様子を報告した。

 

「然もあらん。肉親に会いたくない筈がない」

 

 ケスラーの口調と表情には苦味が混じっていた。

 

「すまんな。俺が始めた事で卿に負担を掛ける」

 

「いえ。私こそ、閣下から叱責を受けるものと覚悟をしてました」

 

「いや、卿は人として正しい事をしたのだ。むしろ、俺が優柔不断なのだ!」

 

 ケスラーは従妹親子を失った過去を思い出していた。

 

(あの時、子爵との約束を守り、力ずくでもフィーアを連れて帰るべきだった。あの頃から進歩がない)

 

 ケスラーの自嘲と別に、明日からナターシャとの見付からない父親探しに気を重くするヴェルナーであった。

 それから見付かる筈のない父親探しはナターシャの帰郷日の前日まで続いた。

 

「また、来て下さい。次に来た時には父君は必ず見つかりますよ」

 

 昼過ぎに少し遅めの昼食をハンスの店で摂っている時に、ヴェルナーは気休めとも言えぬ気休めを口にした。

 

「次は他の残留者の番です。私は父から人形を贈られただけで満足です」

 

 ヴェルナーは、その言葉を聞いた途端、ナターシャの手を掴んだ。

 

「今から、父君に会いにいきましょう!」

 

「えっ?」

 

 ナターシャがヴェルナーの勢いに圧倒されて、訳も分からずにヴェルナーに手を引かれて店を出て行く光景を見たハンスは、慌てて店の奥に駆け込んだ。

 

「ケスラーの部下にしては直情的だな」

 

 ハンスから直情的と評されたヴェルナーは、車内でナターシャに全ての事情を打ち明けていた。

 

「それでは、私が父と認めたら父は逮捕されるのですか?」

 

「今は父君と会う事だけを考えればいい!」

 

 ヴェルナーはヤグルチを見張っている部下に連絡を取ると、ヤグルチの居場所を確認する。

 

「父君は近くのビルに居ます。直ぐに会えますよ」

 

 ヴェルナーはナターシャを連れて、ヤグルチが働いている現場ビルまで急行した。

 


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