銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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クロプシュトック事件

 

 珍しくハンスとヘッダが夕食を共にしている。

 

「レタスも茹でて食べると意外と美味しいわね」

 

「レタスだけじゃなく人参も有るからね」

 

 二人の前には鍋が湯気を出している。

 鍋の中身はスライスした人参にキノコ。ベーコンとレタスと小さなエビが鎮座している。

 ハンスがヘッダの野菜不足を配慮して野菜が大量に取れる様に考えた料理である。

 

「エビも食べなさい。女性は鉄分が必要なんだから」

 

(あんたは、私の親か!)

 

 ヘッダは心の声を出さずに黙々と食べる事にする。地球時代の言葉で「台所を制する者は家庭を制する」があるが至言だと思う。

 目の前の少年は料理が上手である。それも普段なら捨てる野菜の皮や魚の骨も利用する。

 栄養価的にも問題が無い様で色々とヘッダの体調問題も解決した。

 

「そう言えば、あっちではレストランに住んでたわね」

 

「そうだよ。客には出せない部分も料理したからね」

 

 ハンスの言葉に納得したがヘッダも年頃の娘である。ハンスの手料理を食べる度に女性としてのプライドに優しくヤスリを掛けられる。

 

(マネージャーに言って、料理人役の仕事を貰って来させよう)

 

 ヘッダが家庭内クーデターを企んでいるとハンスが思い出した様に口を開いた。

 

「明日は夜から出掛けるからね」

 

「仕事?」

 

「半分は仕事だね。ブラウンシュヴァイク公に呼ばれてる」

 

「へえー、あの平民嫌いなスフィンクス頭がねえ」

 

「……ぶはあ」

 

 ハンスは吹き出してしまった。ブラウンシュヴァイク公の髪型を思い出したらしい。

 

「もう、お行儀が悪いわよ」

 

「あのね。あんな事を言われたら吹き出すわ!」

 

「あら、舞台役者の中では有名よ」

 

 明日の夜、ブラウンシュヴァイク公に対面した時に笑い出さないか不安になったハンスである。

 

「それより、あのスフィンクス頭が貴方を呼ぶのよ。平民の少尉とかね」

 

「そりゃ、皇帝陛下に謁見した有名人ですからね」

 

「そりゃそうでしょうけど。私が言うのも変だけど貴方の亡命受け入れって、派手過ぎない?」

 

「そりゃ、派手にするさ。だって表向きは何年ぶりの亡命者だし、姓でも分かるけど先祖が帝国人じゃないからね」

 

「それが不思議なのよ」

 

「つまり、先祖が帝国人でも無い子供が亡命したら厚遇された。じゃあ、同盟で派閥関係で冷遇されてる幹部はどう思うかな?」

 

「それが狙いね」

 

「更に派手に亡命受け入れしたら同盟にも脱出用シャトルの話は伝わる。今頃は同盟軍内部は国防委員会も巻き込んで揉めてるよ」

 

「なるほどね」

 

「もう一つおまけがある」

 

「まだ、あるの?」

 

「うん、帝国の平民の亡命防止だよ。だって、脱出用シャトルは軍人の最後の生命線だよ。その脱出用シャトルがあんな状態の国に亡命する価値があると思う?」

 

「確かにね」

 

「だから派手にしたのさ。待遇だって下っ端からみたら高官だが上から見たら幼年学校卒業生と同じだぜ」

 

「それで帝国一の美少女に声を掛けたのね」

 

「……そうだね」

 

 ハンスの返答は短い。

 

(確かに美人だけど、自分で言うかね。まあ、それぐらいじゃないと駄目なのかな。女優さんって)

 

 色々と説明して鍋の中を見ると見事に空っぽである。

 先程からヘッダが短い返事だったのは策略だったようだ。

 

「まだ、食べれる?」

 

「もう、野菜は飽きたわ」

 

「クヌーデル(じゃがいも団子)とパスタがあるけど、どっちがいい?」

 

「両方!」

 

「じゃ、半分ずつ入れるよ」

 

 クヌーデルとパスタを半分ずつ鍋に投入して蓋をする。

 

「明日は残りのクヌーデルとパスタがあるから自分の好きに料理すればいいよ」

 

「まあ、スフィンクス頭は嫌な奴だけど、ケチじゃないから遠慮なく食べて来なさい」

 

「明日は昼食抜きで行くよ」

 

 いつもの貧乏人根性を出してヘッダに内緒で料理を持ち帰る事を考えてたハンスは似たような事件に埋もれ忘れていたが、翌日には大事件に巻き込まれる事になる。

 

 

 その日は3月にしては寒い日であった。寒がりのハンスは礼服の下に防寒着を着る事も考えたが防寒着を着ると満腹するまで料理が食べれないし動きづらいのではと小市民的な事に頭を悩まされていた。

 悩んだ甲斐がありブラウンシュヴァイク公のパーティーの料理は素晴らしくダンスを前提にしていない為か料理は重い物も多く健啖家のハンスとしては嬉しい限りである。

 

「美味しい!流石にブラウンシュヴァイク公のパーティーだな。料理は一級品だな」

 

「そうだな。ブラウンシュヴァイク公の料理人は一流の腕だな」

 

 ハンスの言葉を受けるのはラインハルトである。若い二人が若さに相応しい食欲で料理を制覇していけば当然の如く遭遇する。

 

「しかし、豚の丸焼きとは豪勢ですね」

 

「私も何度かパーティーには招待されたが他のパーティーでは見た事がない」

 

 給仕に切ってもらいマスタードを付けて食べると見た目だけではなく素晴らしい味であった。

 

「閣下、あちらには、鳥の丸焼きが有りますよ」

 

 新無憂宮のパーティー以来の人生で二回目のパーティーで珍しい物ばかりである。

 ハンスの落ち着きの無い様子にラインハルトも苦笑するしかない。

 鳥の丸焼きを切り分けて貰っていた時に不意に背後から声を掛けられた。

 

「楽しんでくれている様だな」

 

 二人が振り向くと今宵のホストであるブラウンシュヴァイク公が立っていた。

 

「これは、ブラウンシュヴァイク公。今宵はお招き頂き感謝の念に堪えません」 

 

 ラインハルトが形式通りの挨拶をした後でハンスを横目で見ると鳥の足を丸ごと切り分けて貰いかぶり付いていた。

 

「これ、ブラウンシュヴァイク公の御前だぞ」

 

 ラインハルトにしたら門閥貴族の象徴である。ブラウンシュヴァイク公は嫌いだが礼儀を欠く気はなかった。

 ハンスも慌てて口の中の肉を飲み込むとラインハルトと同様に形式通りの挨拶をする。

 

「ふむ、楽しんでくれて結構な事だ。何なら余った料理は持って帰ると良い」

 

 ブラウンシュヴァイク公は機嫌が良い。今日は皇帝臨御のパーティーである。

 皇帝臨御となれば門閥貴族には大変な名誉であり自分の権勢を誇示する事になる。

 ついでにラインハルトも実は機嫌が良い。皇帝の側に居る姉など見たくもないが今日はベーネミュンデが皇帝の側に居る。

 

「有り難う御座います。公のパーティーの料理は大変に素晴らしい。流石、ブラウンシュヴァイク公です。一流の料理人を抱えておられる」

 

「料理人に伝えておこう。料理人達も喜ぶ。しかし、卿らにケーキを出すのは怖いのう」

 

「公も謙遜なさいます。これだけの料理人でケーキが美味しくない筈がありません」

 

「しかし、卿は別にしてもミューゼル大将の実家はケーキ屋ではなかったか?」

 

 流石にラインハルトも、この言葉に驚きブラウンシュヴァイク公の勘違いを訂正する。

 

「公は何か勘違いをされてる御様子。私の実家はケーキ屋ではありません」

 

「そうなのか。いや失礼した。最近、グリューネワルト伯爵夫人が宮廷内で自家製のケーキを配っているのでな。そのケーキの出来が見事なので我が家の料理人も舌を巻いている程なのだ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「その、ケーキ作りは姉の昔からの趣味です。最近、とある人物からの影響で趣味に拍車が掛かったのです」

 

 ラインハルトの視線がハンスに向かう連れてブラウンシュヴァイク公の視線もハンスに向かう。

 ハンスも罪悪感があるのか二人の視線を受けて顔を背ける。

 ブラウンシュヴァイク公もハンスの戦勝式典の発言の話を聞いていたので何となく想像がついた様である。

 

「その、卿も色々と大変だな」

 

「はあ」

 

 何となく気不味い雰囲気が流れた時にハンスが叫んだ。

 

「皆、伏せろ!爆弾だ!」

 

 ハンスが叫ぶと同時に走り出す。ラインハルトはテーブルに飛び乗り大声て会場にいる人々に注意を促す。

 ブラウンシュヴァイク公は家臣のアンスバッハが引き摺り倒す様にして伏せさせられる。

 ラインハルトの声を聞いて会場にいる軍人の出席者は近くにいる人を床に伏せさる。

 唯一の例外が事態を把握できずに立っているのは、フリードリヒとベーネミュンデ侯爵夫人の二人だけである。

 ラインハルトはテーブルを飛び降りる。降りる時にハンスが棒状の物を持って二階に走るのを確認した。テーブルを降りたラインハルトは二人の元に走り二人を押し倒し二人を自分の体で庇う。

 

「失礼、陛下!」

 

 ラインハルトが二人を押し倒した数秒後に轟音と震動が会場を襲った。

 何処かでガラスが割れる音と会場のシャンデリアが揺れて鎖が軋む音がする。

 その音に耐えられなくなったのか女性の悲鳴が聞こえる。

 時間にして何分後だろうか。キルヒアイスの呼び声が聞こえた。

 

「ラインハルト様!返事をして下さい!ラインハルト様!」

 

 ラインハルトはキルヒアイスの声で危険が去った事を悟った。

 

「ここだ!キルヒアイス!」

 

 ラインハルトはフリードリヒとベーネミュンデの二人を取り敢えず椅子に座らせキルヒアイスに手を振って答える。

 

「ご無事でしたか。ラインハルト様」

 

「私は大丈夫だ。それよりも陛下とベーネミュンデ侯爵夫人を何処か安全な場所に」

 

「ミューゼルよ。卿には感謝するぞ」

 

「陛下、勿体のう御座います。それより、お二方には咄嗟の事とは言え御無礼致しました」

 

「そんな事は有りませんよ。妾も助かりました」

 

「シュザンナの言う通りじゃて、しかし、この様な凶行を何者が?」

 

 フリードリヒの疑問にキルヒアイスが答えた。

 

「それについては私めに心当たりが御座います」

 

 その場にいた者が皆がキルヒアイスに注目した時にブラウンシュヴァイク公が現れた。

 

「陛下は御無事で御座るか?」

 

「ブラウンシュヴァイク公か、朕はミューゼルの機転で無事じゃて」

 

「臣の不明に如何なる罰も受けましょうぞ。しかし、今は安全な場所へ」

 

 ブラウンシュヴァイク公が部下共にフリードリヒとベーネミュンデを連れて行く。

 その場に残された二人に警護担当者が事情聴取を始めるがラインハルトは事情聴取をキルヒアイスに任せてハンスを探しに二階に行く。

 

 二階に上がると部屋の一つのドアが吹き飛んでいるのが目に入る。

 ラインハルトの脳裡にヘッダの顔が浮かぶ。実弟を亡くして義弟も一ヶ月程で亡くした事を伝える事を思い気が重くなる。

 ラインハルトが部屋に入ると月明かりが部屋を照らしている。

 部屋の中は窓硝子は割れて部屋の家具は全てがドア側の壁に吹き飛んでいた。

 そして、吹き飛んだソファーの下に黒い人の形が見えた。

 ラインハルトは駆け寄り首筋に手を当てると確かな鼓動がする。

 

「悪運の強い奴め」

 

 ラインハルトの呟きは安堵の成分に溢れていた。ヘッダに訃報を伝えずに済んだ事もあるがハンスが生きていた事にも安堵していた。

 ラインハルト自身も気づいていないがラインハルトはハンスを気に入っている。

 

 ラインハルトはハンスを残し急いで一階に走った。救助隊を呼びハンスの姉に連絡を入れて場合によっては病院までヘッダを送らなければならない。

 今晩は多くの人には忙しい夜になるだろう。

 


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