銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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第四次ティアマト会戦 後編

 

 イゼルローン要塞での最終会議の席でラインハルトはミュッケンベルガーから左翼の配置を命じられる。

 

(左翼、つまり一番切り捨て易い場所に行けと言うわけか)

 

 口では形式通りの応対をする。

 

「元帥閣下のご配慮に感謝します」

 

 ラインハルトはブリュンヒルトに乗り込むと早速、キルヒアイスに会議での事を相談した。

 

「それは、元帥の考えが丸分かりの配置ですね」

 

「キルヒアイスも同じ考えか。なら、一度だけだが使わざるを得ないか」

 

「確かに危険ですが上手くいけば一番良い場所に布陣が出来ますね」

 

 ハンスはカンニングしているからミュッケンベルガーの考えを知っているがラインハルトとキルヒアイスは何も無い所から正解というゴールに簡単にたどり着いていた。

 ハンスが居れば二人の優秀さに恐怖を感じていただろう。

 

 そして、ティアマト星域に両軍が集結した。

 

「左翼部隊前進」

 

 ミュッケンベルガーの命令でラインハルトは整然と前進を進める。

 ハンスは総旗艦ヴィルヘルミナの艦橋で緊張しながら事態を観察していた。

 両軍が注目するなか左翼部隊は前進して行く、

 

(まだか。何時に転進するんだ)

 

 そして、その時が遂にきた。

 ラインハルトの部隊が右に大きく転進を始めた。先頭部隊が中央まで来た時にハンスが叫ぶ。

 

「元帥閣下、主砲を長距離から短距離に切り替えて、後方部隊はワルキューレの発進準備を!」

 

 敵味方の全員がラインハルトの意表を突いた転進に驚いていた時に行動を起こしたのはハンスだけだった。

 ハンスの叫びで我を取り戻したミュッケンベルガーも瞬時にハンスの叫びの意味を理解して命令を下す。

 

「全艦主砲を短距離に切り替えて発射準備!後方部隊はワルキューレの発進準備をしろ!」

 

 ラインハルトの部隊が戦場を通過すると両軍の距離は至近であった。

 

「ファイエル」

 

 帝国軍の砲撃がワンテンポ早く短距離砲に対して同盟軍の砲撃はワンテンポ遅く更に長距離砲だった為に効果は少なかった。

 慌てる同盟軍に対してミュッケンベルガーは余裕を持って次の命令を下す。

 

「ワルキューレ発進!」

 

 同盟軍の最前列が壊滅して第二陣が短距離砲に切り替えた時にはワルキューレが駆逐艦やミサイル艦に襲い掛かって行く。

 戦艦や巡航艦は帝国軍の艦砲射撃に狙い撃ちにされて次々に火球に変わっていく。

 しかし、同盟軍の提督達も先手こそ帝国軍に取られたが直ぐに反撃を開始する。

 同盟軍の左翼側面に布陣したラインハルトは艦橋で味方の戦いぶりを眺めながら感心する。

 

「ほう、ミュッケンベルガーも意外とやるではないか。それともハンスの指示か?」

 

 傍らに居たキルヒアイスが艦隊の再編成が完了した事を告げる。

 

「ふん、奴等は俺の助けなど欲しくはないだろう」

 

「ラインハルト様には理解している筈です。十人の提督の反感よりも数十万人の兵士の感謝が上だと」

 

「そうだな。キルヒアイス」

 

 ラインハルトは全艦隊に攻撃命令を出した。

 ラインハルトの攻撃を側面に受けた同盟軍の左翼部隊のボロディンはハンスの評価通りの優秀な提督であった。

 通常なら既に戦線崩壊しているが正面の敵と戦いながら側面からの攻撃に対処している。

 

「ハンスの言う通りに優秀な指揮官だな。しかし、残念な事に相手が悪かったな」

 

 ボロディンが優秀な手腕で戦線を維持しても疲労していくのは当然で疲労しきった瞬間にラインハルトは同盟軍左翼部隊の側面を削り取る様に突撃して同盟軍の後背に移動する。

 戦闘中にラインハルトの動きを常に監視してたハンスはラインハルトが同盟軍の後背に出た事を知るとミュッケンベルガーに進言して同盟軍の前に縦深陣を作る。縦深陣が完成した直後にラインハルトが同盟軍の後背から猛烈な攻撃を掛ける。

 ラインハルトの後背攻撃を受けたのはウランフの部隊であったがウランフは「水は低きに流れる」と言って、そのまま前に躍り出る。ラインハルトは自らの攻撃で敵の攻撃に勢いをつけて味方に嗾けたのであった。

 前に猛然と躍り出たウランフだったがカンニングで事態を予め知っていたハンスが進言してミュッケンベルガーが作った縦深陣の中に飛び込む形になった。

 ラインハルトはウランフが前進して出来た穴に入り同盟軍の右翼方向に転進して中央突破を行う。

 同盟軍は背後から槍で胸の中央を貫かれ、更に槍を捻られた状態になった。

 ボロディンは前面の敵と戦っている事が驚愕するに値する程でありウランフは縦深陣に居て戦線崩壊をせずに一点突破を逆に仕掛けて脱出している最中であり同盟軍右翼はパエッタとロボスの指揮で中央突破されながら戦線崩壊から辛うじて免れていた。

 この時に流れ弾ならぬ流れミサイルがブリュンヒルトに当たりそうになり、ブリュンヒルトを溺愛するラインハルトが咄嗟に操艦を指示してしまうのだが、初代艦長であるシュタインメッツから操艦に口出す事は艦長である自分の権限を犯す行為であると諫言される。

 一部始終を横で見ていたメックリンガーが肝を冷やしたが素直に諫言を受け入れるラインハルトに将器を認める事になる。

 

 ラインハルトは同盟軍右翼の側面に布陣して艦隊の再編をしながら攻撃を仕掛ける。

 ウランフは縦深陣から脱出する事に成功して縦深陣の外側から攻撃しながら中央に戻り空いた穴を埋めて尚も戦線を維持している。

 ラインハルトも同盟軍の手腕を見て感心していた。

 

「敵将もハンスが褒めるだけあって確かに良い人材である」

 

 全体として同盟軍はラインハルト一人に翻弄されて、カンニングで事態の推移を知るハンスの便乗で被害を拡大させていた。

 同盟軍参謀長グリーンヒル大将が帝国軍の後背に囮部隊を派遣して帝国軍を陽動して帝国軍が後退した隙に撤退する作戦をロボスに進言する。

 囮役にはヤン・ウェンリー准将が立候補した。既に予備兵力もない同盟軍は囮部隊を編成するのに前線から艦艇を抜くのだがロボスが名人芸と言える手腕で艦艇を抜くのはヤンに「お見事」と言わしめた。

 ラインハルトも前線でのロボスの動きを察知して同盟軍の作戦を看破する。

 第四次ティアマト会戦の特色として各々の指揮官の手腕が発揮された会戦であった。

 ヤン・ウェンリー准将が指揮する囮部隊が帝国軍の後方で陽動を開始するとラインハルト以外の帝国軍本隊は後退を始める。

 この時、ハンスは敵の陽動である事を進言して攻撃の続行を主張したが受け入れて貰えずにいた。

 

(陽動作戦を行うと言う事はロボスは健在で歴史通りに流れたか。被害は圧倒的に同盟軍が大きい点だけが違うが後はラインハルトがロボスを仕留める事を期待するしかないか)

 

 帝国軍本隊が後退した隙に同盟軍も後退して行くがラインハルトが執拗に攻撃を仕掛けて行く。ロボスの旗艦アイアースの周囲でも火球となる艦が続出していたがヤンがラインハルトの旗艦ブリュンヒルトの真下に戦艦ユリシーズを密着させて人質に取るという離れ技を行う。

 旗艦を人質に取られた帝国軍は同盟軍が撤退するのを黙って見ているしかなかった。

 ラインハルトも自分を人質にしたユリシーズが離れて行くのを黙って許した。

 ラインハルトにしては大胆不敵な行動で味方を援護した勇気を賞賛したい程である。

 大胆不敵な行動をしたヤンも名前も知らない白い戦艦の指揮官が帝国軍首脳部から忌避され前線の将兵から人望を得ている事に興味を惹かれた。

 後世、好敵手として注目される二人が名前すら知らずに初めて互いに意識した戦いであった。

 この事がハンスが嫌う本来の歴史通りに無駄な血を流す事になるのか。ハンスも含めて宇宙には誰も知り得る者はいなかった。

 そして、戦略上意義も無い第四次ティアマト会戦が終了した。

 




指摘を受け一部の文章を修正しました。

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