銀河英雄伝説IF~亡命者~   作:周小荒

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初めての旅行

 

 ラインハルトは第四次ティアマト会戦の功績により上級大将に昇進が確定した。そして、キルヒアイスも大佐に昇進が確定している。ハンスも中佐に昇進が確定したが本人が「既にイゼルローンに行く前に功績もなく少佐に昇進していますから」という事で固辞したのだが意外な事にラインハルトとミュッケンベルガーの二人に説得されたのである。

 ミュッケンベルガーはハンスの短距離砲への切り替えとウランフを縦深陣に誘い込んだ功績を評価していた。

 ラインハルト本人はハンスに対して、本音はキルヒアイスに匹敵する才幹の持ち主であり市井の暮らしにも詳しく、不思議な事に軍隊の外からの視線の持ち主である貴重な人材と評価している。出来るだけ権限を与え才幹を発揮させるべきだと思っている。見事な過大評価の見本である。

 しかし、ハンス個人の関係となると途端に、お互いに子供となってしまう。原因はハンスの僻みである。

 ハンスにしてみれば美人で優しい姉がおり、本人も絶世の美形で頭脳は学年首席であり運動神経も良い。本人は貧乏貴族と言っているが庭付きの一軒家に住んでいて、レストランに住み込んでいたハンスからしたら十分に裕福なのである。

 ラインハルトにしても全てラインハルトの責任で無い事に嫉妬されても迷惑な話なのであり、羨ましいと言うならハンスは義理とは言え優しい姉と一緒に暮らしているのである。

 お互いに相手に嫉妬しているのだから自然と角を突き合わせる事になる。

 キルヒアイスは二人が角を突き合わせる度にラインハルトに対して大人気ないと思うのだがラインハルトが自分以外に素の自分を見せるのは良い兆候だとも思っている。

 

 来年にはラインハルトはローエングラム家を継ぎ伯爵となる。それに追従して出征も決定していた。「伯爵家を継ぐなら手柄を立ててみろ」というわけである。

 キルヒアイスが悪意を感じるのはラインハルトからロイエンタールとミッターマイヤーを引き離しラインハルトに反感を持つ人材ばかりを配属させた人事である。唯一の救いは対同盟に対しては専門家扱いになったハンスが麾下に加わる。これまでと違い初めての総指揮官としては不安が多いとキルヒアイスは思う。

 ラインハルトは危惧するキルヒアイスに向かって鷹揚に言う。

 

「お前が居れば負ける事はない。心配性も度が過ぎると折角の赤毛が白くなるぞ」

 

 自覚の無い心配性の原因が言っているのだからキルヒアイスにしてみれば始末に悪い。

 

「それに、次も勝てば元帥になる。そうすればハンスも取り返す事が出来る。その後は……」

 

 ラインハルトが言わんとしている事がキルヒアイスには分かる。

 キルヒアイスも無言で頷き返す。しかし、口にした事は別の事である。

 

「そう言えば、今度の旅行に折角なら、少佐も誘っては如何ですか?」

 

「ハンスなら既に声を掛けたが珍しい事に礼儀正しく断られた。姉君と一緒に旅行に行くそうだ」

 

「そうですか。お互いに忙しい二人ですからね。休暇が合うのは珍しいのでしょう」

 

 キルヒアイスから忙しい二人と言われた二人は既に機上の人となっていたが、ハンスの自宅前で怒り心頭の人物がいた。

 

「何が今月は忙しいよ。ちゃっかりと二人で旅行に行っているじゃない!」

 

 貴族の姫君と思えぬ口調でヘッダに出し抜かれたマリー・フォン・ドルニエが吠えていた。

 

(姉君が忙しいからチャンスだと思って貴族の姫様が朝から殿方の家に押し掛けるとは……)

 

 朝からマリーに車を出させられた運転手は、この後で何と言ってマリーを宥めるか思案にくれる事になる。

 

 マリーを出し抜いたヘッダは隣の席で居眠りする弟の寝顔を見て小さな幸せに浸っていた。

 

 (弟は昇進する度に考え事をする事が多くなって来ている。夜も寝る事なく考え事をしているのか朝も顔色が悪い。自分と同じベッドだと寝ている様なので休日の前夜だけでも一緒に寝ているけど心配になる)

 

 今回の戦いは激戦だったとヘッダも聞いている。身長に比して体重が軽い事も心配の種である。旅行に連れて行き軍務との繋がりを断つ事で少しは心身共に健康になるのではと思い強引に旅行に連れて来たが気持ち良さそうに寝ている。

 

(やっぱり、旅行に連れて来て正解だったわね)

 

 弟と二人でゆっくりと過ごすのは久しぶりである。弟に付く悪い虫の貴族の姫様はオーディンで悔しがる事だろう。

 

(嘘は言ってないから、本当に旅行の準備と旅行を楽しむ事に忙しいですからね)

 

 何処かの役人の言い訳みたいな事を思いながらマリーの事を考える。

 

(所詮は貴族の姫様ね。この子の表面しか見てないわ。相手にも寄るけど必要なら残酷な事も出来る子なのに)

 

 ヘッダはハンスが根本が優しい人間である事を知っている。故に必要に迫られて残酷な事をした時に支える事が出来る女性がハンスには相応しいと思っている。そして、マリーに支える事が出来るのかと問われると否である。

 

(悪い娘じゃないけどね)

 

 相手の女性の心変わりで弟が傷つく事はヘッダは許容が出来ない。

 

(過保護かもしれないけど)

 

 自分が望んで弟にしたのだから、ハンスには幸せになって欲しいと思うヘッダであった。

 

「御乗船の皆様にお知らせします。本船は間もなく、惑星ヴィーンゴールヴに到着します。ヴィーンゴールヴではレジャーとリゾートを目的とした数々の施設が皆様に有意義な休暇を過ごせる様、お待ちしてます。お降りの方は下船の準備をお願いします」

 

 船内放送が目的地への到着を知らせる。ヘッダはハンスを起こして下船の準備を促す。

 

(ハンスとの初めての旅行なんだから楽しまないとね) 

 

 ヘッダの期待と別に到着して早々にトラブルに巻き込まれる事になる。

 

 惑星ヴィーンゴールヴはオーディンから時間的距離で6時間程の惑星で惑星の大きさもオーディンの半分程である。

 海の多い風光明媚な星で引退した門閥貴族や富豪などが多く住む事で帝国でも有名な惑星である。

 

 宇宙港を出ると冬のオーディンと違い。ヴィーンゴールヴは夏であった。

 日射しは優しく肌を刺す様な真夏日ではなく空気も暖かい。

 ヘッダとハンスは顔の半分が隠れる程のサングラスをしてタクシーを使わずにホテルまでの道程を散歩を兼ねて歩く事にする。

 車道と反対側に白い砂浜で海水浴を楽しむ人々が見えた。南国の鳥の様なカラフルな水着の若い女性も多くいる。

 

「うわ!帝国って、お堅いイメージが有るから、水着とかもシンプルなのかと思えば、意外と過激だな」

 

「興味が有るの?」

 

 問い掛けるヘッダの顔は笑っているが目が笑っていない、幸か不幸かサングラスで目が隠れている。

 

「そりゃ、無いと言えば嘘になるけど海には行かないよ」

 

「あら、どうして?」

 

「僕が行くなら姉さんも行くだろ。そしたら他の男に姉さんの水着姿を見せる事になる」

 

 弟が見せる嫉妬にヘッダは頬が緩みそうになるのを女優のスキルで制止して姉馬鹿な思いとは別の事を口にする。

 

「意外と独占欲が強いわね」

 

「いや、普通でしょ」

 

 更に歩いて行くと長さが10メートルも無いトンネルがありトンネルの中にヘッダとハンスの間くらいの年齢の少年三人が待ち構えていた。

 地元の不良なのだろう。三人共に片手にナイフを持っている。

 ヘッダが目当てか金銭が目当てかは分からないがハンスの血が沸騰していく。

 ヘッダは不幸な少年達に頭を抱えた。ハンスは、この種の人間を嫌悪しており容赦しない事を知っていたからだ。

 

「ガキの癖にいい女を連れているじゃないか」

 

「そうそう、俺達が女の可愛がり方を教えてやるぜ」

 

「訴えたけりゃ訴えてもいいぜ。どうせ無駄になるからな」

 

 ヘッダは少年達の台詞の陳腐さに呆れながら少年達が自分達の死刑執行書にサインをしたので耳を両手で塞いだ。

 ヘッダが耳を塞いだのを見て少年達はヘッダが自分達の台詞で怯えたと思い有頂天になった。他人が自分に怯える事に快感を覚える病んだ精神の持ち主達である。

 しかし、少年達の快感も数秒間だけであった。

 金属板同士を叩きつける音がトンネル内に響いた。

 ハンスが火薬式拳銃で少年達の両方の足の甲を撃ち抜いたのである。

 倒れた少年達の鎖骨をハンスが無慈悲なまでの正確さで踏み折る。

 トンネル内に少年達の言葉にならない悲鳴が充満する。

 その後、ハンスはヘッダを連れてトンネルの外に出ると何処かに連絡した後で警察に通報する。

 

「夕食前までにはホテルに行くから昼食は一人で食べてね」

 

 発砲した直後に日常会話を始める弟にヘッダは呆れてた。

 

(軍人って、ここまで切り替えが出来るのかしら?)

 

 ヘッダも少年達が絡んで来た時点で事の結末の予想はついたが、実際に予想通りになる事に自称常識人の姉としては色々と思う所がある。

 

「分かったわ。夕食は何がいい?」

 

「海の近くに来たから魚料理がいいなあ」

 

「魚料理ね。メニューは任せてね」

 

(折角の貴重なランチのチャンスが無くなったわ)

 

 日常会話を返しながら弟とのランチを惜しむヘッダも十分にハンスに毒されているがヘッダ本人は常識人だと信じている。

 こうして、ヘッダとハンスの休暇は一日目からトラブルが発生した。

 

 


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